卵や野菜、豆腐やしらたきなどを手早く片づけると、イチゴのパックと何やら肉の包みらしきものを両手に持ち、
あっちゃんは私を目で促してじいさんのそばに近寄った。 コタツの片側に二人並んで正座する。 「じいさん、イチゴ買って来たよ」 と坂下老人の鼻面にパックを突き出した。 白髪頭を角刈りにし、突き出した額がいかにも頑固そうな老人は、 落ち窪んだ眼窩におさまる意外に力のある目で一瞥をくれ、 「腹が冷えるけんイチゴはいらん」とぶっきらぼうに言う。 「まあそう言わんで気が向いたとき食べり。 ちゃんと洗ってヘタも剝いて冷蔵庫にしまっといちゃるけん。 たまにはビタミンCも取らんと早よボケるばい」 あっちゃんは手を引っ込めると、私が運んできたレジ袋から、 発砲酒とサントリーオールドで、それにつまみ類を取り出してコタツのテーブルに並べた。 *** 「じいさん、岩田屋でうまい鶏肉も買うて来たけん、今夜はとりすきばい」 さらに肉の包みを持ち上げてみせると、 「そら、ごちそうやな」 じいさんがわずかに口の端を切り上げて笑みらしき表情を作った。 やがて始まった食事は和やかに進んでいった。 坂下老人は今年で八十とのことだったが、大した健啖家で、とりすきもどんどん食べ、 あっちゃんが買ってきたサントリーオールドの水割りをぐいぐい飲んだ。 *** 「じいさん、明日の昼はこのすきやきの残りにうどんば入れればいいけん」 「わかっとる」 「イチゴもラップかけてしまっとるけん、ちゃんと食べないかんよ」 「わしはイチゴはあんまり好かん」 *** 昼飯はレストラン街の「麺王国」で食べた。 あっちゃんは博多ちゃんぽん定食、私は東筑軒のかしわ飯とわかめうどんで、むろん勘定はこちらがもった。 *** 真鯛のしゃぶしゃぶをメインに久美さんの手料理をご馳走になり、 遅くまで三人で過ごした。 この日ばかりは、普段の節制を解いて好物のビールをしこたま飲んだ。 *** トーストとハムエッグ、トマトサラダの朝食をとり、ゆっくり風呂に入った。 *** 目の前で野菜カレーを注文している山田も一足先に辞めていった。 彼の場合は、外資系損保へそのまま横滑りしたのであったが。 同じカレーをオーダーし、ウエイトレスが置いていった水を一口飲んだ。 *** 弁当もあっちゃんが二人分持ってきている。 下枝さんが今朝出勤前に作ってくれたものらしい。 ご飯は握り飯で、おかかご飯を海苔で包んだもの、焼き辛子明太子入り、梅干入りがそれぞれ一つずつ。 おかずは、フグの唐揚、玉子焼き、ポテトサラダだった。 デザートは小さなリンゴが二個。 「下枝はあんまり料理はうまくないんよ」 握り飯を頬張りながらあっちゃんが照れ臭そうに言う。 「おにぎりも唐揚もすごいうまかよ」 言うと、ちょっと嬉しそうな顔になる。 *** リュックに入れてきたレジャーシートを出して平らな芝地の上に敷く。 弁当も一緒に取り出した。 握り飯二個に昨夜の里芋の煮付けの残り、それとジャスコの総菜売り場で焼きたての焼き鳥を三本買ってきた。 飲み物の方はポットのお茶と、もう一つ、サントリーオールドの水割りを別のポットに氷と共に詰めてきている。 オールドは、坂下老人のアパートを訪ねた折に敦が土産にした酒だが、たしかにうまいと思った。 翌日さっそく一本買って、寝酒がわりに毎晩愛飲するようになった。 シートに座ると、焼き鳥のパックを開け、紙コップに水割りを注ぐ。 水割りを口に含んで舌で転がすように味わい、ゆっくりと飲み下す。 口内にウィスキーの香りがふわっと広がる。 その香りが実にふくよかなのだ。 *** 水割りをちびりちびりやりながら、焼き鳥を頬張る。 スーパーで売っているのに「炭火焼」と表示されていた。 一本八十円。なるほど焼き加減もほどよい。 昨今のスーパーの総菜売り場の充実ぶりは目を見張るものがある。 ひとり暮らしを始めた三年半前と比べても、品数の多さ、量の多さは倍量どころではない。 コーナーを覗くたびに目移りするし、感心してしまう。 *** 水割りを紙コップ二杯飲んで、焼き鳥三本を食べ終え、ほろ酔い加減になった。 お茶に切り替えて、握り飯と里芋の煮付けを腹におさめる。 もう満腹だった。 *** リビングのテーブルの前に座ると、あっちゃんが私の持ってきたワインをさっそく開けてくれた。 ドイツの安い黒猫ワインだが味には定評がある。 チーズやクラッカー、ソーセージなどを運んできた下枝さんも一緒にテーブルについて先ずは乾杯した。 「今日は、地物の鰆のとびっきりのやつを一本仕入れてきたけん、 わしがさばいて旨い焼き魚ば食わしてやるばい」 あっちゃんが言う。 「鰆かあ、そらよかねえ」 いよいよ春だな、と思う。 「トルコ風の塩焼きやから、普通の塩焼きとは一味違うけんね」 「トルコ風て何ね」 「まあ、出てきてからのお楽しみたい」 *** あっちゃんの焼いたトルコ風の塩焼きは絶品だった。 鰆を二枚におろして、それぞれ半身の半分を焼いてくれたのだが、 その大きな切り身をぺろりと平らげてしまった。 多めの塩とタイムを振った魚をしっかり焼き上げ、 そこにたっぷりオリーブオイルを注いで、さらにその上にタマネギのすりおろしとオリーブオイルと醤油で作ったトルコ風ソースをこれまたたっぷりとかけて食べる。 「むかし、カッパドキアに行ったとき、途中にトゥズ湖という有名な塩湖があってさ、 そこは湖といっても一面真っ白な塩の平原で、湖畔の土産物屋にはそのトゥズ湖の塩がひとかたまり幾らで売っとるんよ。 トルコの人たちもそこの塩ば常用しとるんやけど、わしも一つ買ってみたと。 そいで、この魚の塩焼きはイスタンブールで食ったっちゃけど、やっぱりトゥズ湖の塩ば使っとった。 日本に返ってきてさっそく土産の塩で同じごと魚ば焼いたら、ほんとにうまかったとよ」 あっちゃんが自慢げに解説してくれたが、 今日の塩はトルコ産ではなく、シベリア岩塩を使ったとのことだった。 「このシベリア岩塩も焼き魚にはもってこいの塩ばい」 もちろん力説していた。 鰆の塩焼きのほかには、フライドポテトの山盛りとつまみにも出たチーズとソーセージ、 それにトマトのスライスサラダとフランスパンだった。 あっちゃんが用意しておいた勝沼の無濾過ワインも抜いたが、 これも淡白で飲みやすかった。 *** 駅の真向かいに建つ旧門司三井倶楽部のレストランに入って、昼を食べる。 三井倶楽部はアール・デコの時代に三井物産の社交クラブとして建築されたもので、 その一階の大広間が現在はレストランとして使用されていた。 室内は真紅の絨毯が敷き詰められ、大きな窓にかかるドレープカーテンも真っ赤だった。 久美さんはふぐのステーキランチ、私はふぐかつ丼を注文した。 「何か仕事を始めようと思ってるんです」 食事が終わり、コーヒーが出てきたところで久美さんが言った。 *** 九州鉄道記念館や海峡プラザなどを巡って、栄町銀天街の中にある「純喫茶 なか川」という喫茶店でお茶を飲んだ。 アイスティーとココアを注文した。 品書きでは「コールティー」となっていて郷愁をそそられる。 届いたココアを一口啜った彼女が「これ、甘くないわ」と嬉しそうな顔になる。 「たまにこうして知らない町に来ると、何だか気分が変わっていいですね」 「ほんとですね」 *** うな重が片づいた頃には、二人でロング缶を四本、空けていた。 「私、焼酎にするけど、青野さんはビールでいいですか」 下枝さんが当たり前のように言った。 「じゃあ、僕はお湯割りで」 酔いも手伝って、また乗ってしまう。 テーブルの上に焼酎の五合ビン、グラス、アイスペール、保温ポット、チーズやクラッカー、さきいかなどを盛った大皿が並ぶ。 どうやら本格的に飲むつもりのようだ。 お湯割りを作ってくれると、下枝さんは、氷を入れた自分のグラスに麦焼酎をなみなみと注いだ。 *** 私と久美さんがたっぷり刺身を取っていると、 すでに自分の皿に料理を盛りつけ終わったあっちゃんが大きなお盆を盛ったまま近づいて来て、 「うまそうやねえ。ああ、わしも刺身が食いたかあ」 と羨ましげな声を出す。 「そげん食いたいなら、いっそ食べればよかろうも。 無理に我慢する方が却って良くないっちゃないと」 目の前には新鮮なマグロ、ヒラス、タイ、スズキ、イカなどの刺身が大皿に盛られ、 バイキングスタイルだからいくらでも取り放題なのだ。 「一度始めたら、そげん簡単にはやめられんと」 あっちゃんはきっぱりと言ったあと、「やけど、つらかなあ」と一つぼやいて先にテーブルへと戻っていった。 「せっかく食欲が出てきたというのに、魚も肉も食えんというのはちょっとかわいそうですね」 となりでスズキの刺身を自分の皿に豪勢に取り分けている久美さんに声をかける。 「いいんです。あの人が自分で言い出して始めたことなんですから」 彼女は涼しい顔をしている。 席に戻ってみると、それでもあっちゃんのお盆の上にはたくさんの料理が並んでいた。 タラの芽と茄子の天ぷら、野菜ビーフン、三つ葉の胡麻和え、筑前煮、小芋の煮っころがし、 ひじき、高野豆腐の含め煮、きのこの冷製パスタ、ごぼうサラダ、枝豆、汲み豆腐、 ところてん、芋粥などなど。 こうして見る分にはなかなか豪華だし、こんなにたくさんのものを食べたいと思えるようになっただけでも、 あっちゃんの回復ぶりが十分に窺える気がして、素直に嬉しかった。 博多の地ビールとして有名な杉能舎(すぎのや)のビールが置いてあるというので、 久美さんと一本ずつ注文した。 *** 二本目のビールと共に、別注の「春わかめの豆乳しゃぶしゃぶ」が届いた。 旺盛な食欲で料理を片づけていたあっちゃんが、これこれ、と言いながらさっそくザルに盛られたわかめを箸でつまんで 沸騰した豆乳の中に放り込んでいる。 志賀島といえばわかめが一番の特産物であるらしい。 「海草類は免疫力アップに最高やけんね」 きれいな緑色に変わったわかめを胡麻ダレにつけてうまそうに食べる。 白石一文著「永遠のとなり」 #
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| 2012-10-23 16:31
| 日本
お砂糖もあります。
こんどは白砂糖はぜんぜんなく、茶色のだけでした。 白砂糖はとてもたかいのです。 でも、白いメリケン粉はすこしでしたがありました。 ひきわりトウモロコシも塩もコーヒーも、そして、 必要な種のぜんぶがそろっていました。 種ジャガイモまであるのです。 ローラは、そのジャガイモが食べられたらいいなと思いましたが、 それは植えつけるのにとっておかなければならないのでした。 とうさんは、にこにこしながら、こんどは小さな紙ぶくろをあけました。 クラッカーがぎっしりはいっているのです。 それをテーブルにおくと、とうさんは、またべつの包みをあけて、 小さなあおいキュウリのピクルスがいっぱいはいったガラスのびんをだすと、 クラッカーのそばにおきました。 「ちょっとぜいたくをしようと思ってね」とうさんはいいました。 ローラの口のなかにはつばがわいてきました。 かあさんは目をやさしくかがやかして、じっととうさんを見つめます。 とうさんは、かあさんがピクルスをとてもほしがっていたのを、ちゃんとおぼえていたのです。 でも、まだ、これでぜんぶではありませんでした。 とうさんは、かあさんに紙包みをひとつわたし、 かあさんがそれをあけるのをじっと見ていました。 なかにはいっていたのは、かあさんが服を一枚つくるのにじゅうぶんなだけの美しいキャラコの布地だったのです。 *** その日の夕ごはんは、ほんとうに久しぶりに、たのしさでいっぱいでした。 とうさんが、またぶじに家にもどってきています。 いためた塩づけブタは、カモやガンやシチメンチョウやシカ肉などばかり食べていたあとなので、 ことさらおいしく思えました。 それに、クラッカーと、小さなあおいキュウリのすっぱいピクルスは、何にもましておいしかったのです。 *** 「ほら、キャロライン」 そういうとうさんの声もいつもどおりです。 「お昼にたくさんこれを料理するといいよ。 種イモにとっておいたので、長いことジャガイモなしだったからな。 もうこうなったら、ぜんぶ食べちまおう」 というわけで、その日のお昼は、その種イモを食べました。 それはとてもおいしく、とうさんが、 「大きな損には、小さな得がつきものさ」というのがよくあたっていると、 ローラは思ったのでした。 *** かあさんは、食料のはいった箱から、冷たいトウモロコシパンと肉をだして、 みんな馬車の日かげのきれいな草の上にすわって、お昼を食べました。 泉の水をくんで飲み、ローラとメアリイは、野草の花をつみながら、 草のなかをかけまわり、その間に、かあさんは食料箱を整理して、 とうさんはまたペットとパティーを馬車につけました。 ワイルダー著 恩地三保子訳「大草原の小さな家」 #
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| 2012-10-23 15:38
| アメリカ
夕ごはんには塩づけのブタ肉がありました。
これで塩づけブタはおわりになったので、とうさんは、翌日は狩りにでかけました。 *** そこで、かあさんは、できたての暖炉に、こぢんまりした炉をつくり、 草原ライチョウのローストを夕ごはんに焼きました。 そして、その夕方、はじめて家のなかで食事をしたのです。 *** 外では、うす紅の空のはるかむこうまで、風は吹きわたっていき、 野生の草がはげしく波うっています。 でも、家のなかは、何もかもがここちよいのです。 ローラの口に入れているおいしいロースト・チキンは、やわらかくたっぷり汁をふくんでいます。 ローラは手も顔もちゃんとあらい、髪もとかしてもらい、 首にはナプキンがむすんでありました。 丸太の上に、姿勢よくすわり、かあさんに教えられたとおり、ナイフとフォークをじょうずにつかっています。 *** かあさんは、ひきわりトウモロコシに水をまぜて、 半月形のうすいかたまりをふたつつくり、そのまっすぐながわをならべて天火の鉄板にのせ、 それぞれの半月形に手のひらをぎゅっと押しつけました。 とうさんは、かあさんの手形がついてさえいれば、 ほかになんの味つけもいりはしないと、いつもいっています。 *** そこで、みんな、牛肉をもって、家にはいりました。 とうさんもかあさんもメアリイもローラも、 ミルクはキャリーにあげることに賛成しました。 キャリーがそれを飲むのを、みんなで見ています。 ブリキのカップでキャリーの顔はかくれてしまっていますが、 キャリーののどを見ていると、ローラには、ミルクがゴクンゴクンとおっていくのがわかります。 おいしいミルクを、キャリーはひと息に飲んでしまいました。 そして、赤い舌で、くちびるについた泡まできれいになめてしまうと、 声をたててわらいました。 トウモロコシパンとジュージューいうビフテキが焼けるまで、 まちきれないほど時間がかかったような気がしました。 でも、その歯ごたえのある、汁けたっぷりの牛肉は、生まれてはじめて食べるほどおいしかったのです。 それに、みんな、とておしあわせでした。 これからはミルクも飲めるし、たぶんトウモロコシパンにつけるバターだってできるかもしれないのですから。 *** 毎日、ふたりはバケツに何ばいものブラック・ベリイをもち帰り、 かあさんは、それを日にあててほしあげました。 毎日、みんなは食べたいだけブラック・ベリイを食べ、その上、 冬に煮て食べるだけの干しブラック・ベリイがたっぷり残りました。 *** ふとったおばさんは、草原ライチョウの熱いスープをカップに入れてもってきてくれました。 「さ、いい子だから、これをみんな飲んでおしまい」おばさんはいいました。 ローラは、そのおいしいスープをきれいに飲んでしまいました。 「さあ、またひとねむりしなさいよ。 あんたがたみんながよくなるまで、ここにいて何もかもしてあげるからね」 スコットおばさんはいいました。 *** 「ばかばかしい。肉切り包丁をとっておくれ。 たとえ熱がでようと寒気がしようと、このスイカは食べるからな」 「そうらしいですね」かあさんは、あきらめて、包丁をわたしました。 包丁がはいると、スイカはおいしそうな音をたてて割れました。 緑色の皮がサックリ割れると、あざやかな赤い実があらわれ、 黒い種が点々と見えます。 その赤い芯のあたりは、まるで凍っているように見えます。 その日の暑さでは、そのみずみずしいスイカは、とてもがまんができないほど心をそそりました。 でも、かあさんはぜったいに食べません。 ローラとメアリイにも、たったひと口でも食べさせてはくれませんでした。 けれど、とうさんは、たてつづけにいく切れもいく切れも食べ、 もうそれ以上はいらないとため息ついて、残りは牝牛にやろうといいました。 *** やがて、暖炉の火もパチパチ陽気な音をたてはじめ、 あぶらののったカモの丸焼きができあがり、 トウモロコシパンが焼けました。 *** ひきわりトウモロコシもずいぶん倹約したけれど、 もうほとんどないし、お砂糖だってそうですよ。 ミツバチの巣のある木をみつけることはできても、 わたしの知ってるかぎりじゃ、ひきわりトウモロコシの木なんかありゃしないし、 来年にならなければトウモロコシの収穫はないでしょうに。 それに、塩づけのブタ肉がすこしあったら、鳥や獣の肉ばかりのあとだから、 きっとおいしいだろうと思いますよ。 *** 小さな紙ぶくろいっぱいの、雪のような白砂糖もありました。 かあさんが袋をあけると、メアリイとローラは、その美しい砂糖のまばゆいほどの白さをながめ、 スプーンに一ぱいずつその味をみさせてもらいました。 かあさんは、その袋の口を、またきちんとむすんでしまいます。 白砂糖は、お客さんのときにつかうのでした。 それに、とうさんは、釘もひきわりトウモロコシも脂身のブタ肉も塩も、 みんなもってきました。 *** とうさんが、大きなふとったシチメンチョウをさげてはいってきました。 「これが二十ポンドが欠けたら、羽から何から丸ごと食べてみせるぞ」 とうさんはいいます。 「クリスマスのごちそうにどうだ、これは? ローラ、この脚一本、たいらげられるかい?」 ローラは、食べられるといいました。 *** ローラとメアリイは、あまりがっかりしないようにつとめていました。 かあさんが、野生のシチメンチョウの羽をむしって料理のしたくをしているのをながめます。 それは、まるまるふとったシチメンチョウでした。 *** ふたりは、もういちど、靴下に手をつっこんでみました。 長い長い棒キャンデーがでてきます。 紅白の縞になったハッカのキャンディーでした。 ふたりは、そのきれいなキャンディーをまじまじと見つめていましたが、 やがてローラは、自分のをほんのひとなめなめてみます。 でも、メアリイは、ローラほどいやしんぼではないので、ひとなめさえもしません。 靴下には、まだ何かはいっていました。 メアリイとローラは、何か小さな包みを見つけました。 あけてみると、ハート型のお菓子がはいっています。 すべすべした茶色の表がわには、まっしろなお砂糖がふりかけてありました。 そのピカピカしたつぶは、まるで粉雪がちらしてあるようです。 そのお菓子は、あまり美しくて、食べるのにはもったいないようです。 メアリイとローラは、ただながめてだけいました。 けれど、とうとう、ローラはそれをうら返してみて、おもてから見てはわからないように、 ほんのすこしだけかじってみました。 その小さなお菓子のうちがわはまっしろなのです! それは、まっしろなメリケン粉に、まっしろな砂糖であまみをつけてつくってあるのです。 *** ミルクはピカピカのあたらしいカップで飲みましたが、 ウサギのシチューやひきわりトウモロコシのマッシュはとてものどをとおりません。 「むりに食べさせなくてもいいですよ、チャールズ。 すぐにお昼のごちそうですから」かあさんはいいました。 クリスマスのディナーには、やわらかくて汁のたっぷりある、 シチメンチョウのローストがでました。 サツマイモは、灰のなかにうずめて焼き、きれいにふいて、 おいしい皮ごと食べられるようにできていました。 さいごの白いメリケン粉でつくった、塩あじの、よくふくらんだパンが一本あります。 そして、そのほかに、まだ、干しブラック・ベリイの煮たのと小さなお菓子もあります。 でも、この小さなお菓子は、茶色のお砂糖がはいっていて、 表にも白砂糖がまぶしてはありませんでした。 *** とうさんが、つかれてこごえて狩りから帰ってくると、 かあさんがブリキのお皿によそってくれる、ほんのすこしの塩ブタであじをつけたとろっとした豆がゆの 夕ごはんほどおいしいものはないのです。 ローラはあついのもすきでしたし、つめたくなったのもすきで、 とにかくそれがある間、いつまででもおいしいのが豆がゆでした。 でも、九日なんて長い間残ってはいませんでした。 いつもその前に食べきってしまうのでしたから。 ワイルダー著 恩地三保子訳「大草原の小さな家」 #
by foodscene
| 2012-10-05 16:07
| アメリカ
栗拾いは秋、春には「わらびとり」の遠足もあった。
ちなみにフランス人は、わらびを全く食べないので、 探す必要もないほどのわらびの群落の中に入って、 手あたり次第それを採っても、まだまだいくらでも残っている。 その日も皆、持ち切れないほどのわらびを持って帰って来た。 それからしばらくの間は、わらびのおひたし、わらびの煮物、わらびごはん、わらびのつけもの、 わらびの天ぷら……と、日本人学校に子供の通うどこの家庭でも、 わらびづくしが続いたことはいうまでもない。 しかし、栗の方は、フランス人も大好きだからそうそう沢山、というわけにはいかない。 それでも、その夜我が家では、ほんの少しのパリの栗を大切にむいて栗ごはんを炊き、 日本の秋をしのんだ。 学校行事も一つずつ終って、そろそろパリも焼き栗のシーズンである。 *** でも、お昼になるとカンティーヌ(給食)がなつかしい。 最後のメニュー、よく覚えてる。 前菜がキャロット・ラペ、そのあと腎臓のポルドー風、マッシュポテト、あんずのコンポット(甘く煮たもの)、 ココナツ入りビスケット。本当においしかった。 なかなか贅沢なお昼なのに、フランスの子供がとても祖末に食べるのにも驚いた。 *** うさぎも、最初はちょっとためらったけど、 今では大好きなもののひとつ。 とり肉と同じみたいで、もう少しコクがある。 それから、ぶたの鼻づらは、名前を見た時ぞっとしてこわごわカンティーヌに行ったら、 普通のハムみたいで、コリコリしておいしくて、ほっとした。 ぶたの血をかためたソーセージもあるし、本当にフランス人はどこも無駄にしないで食べる。 食糧がとても豊富だが、そういう工夫のせいかもしれない。 *** 夜は、パパとママが出かけたので、審と二人で食べた。 ママが、ローストビーフをやいてくれた。 いためごはんと、トマトもいっしょに。 いいにおーい。 パン・オ・レザン(ぶどうパン)もあった。おいしかった。 でも四人でたべるともっとおいしいんだけどナー。 ** 夜、またおるすばん。 仔牛の肉と、じゃがいも、にんじん、パセリ入りのホワイトソースで、すごくおいしい。 ママたちもいっしょに食べるといいのに。 でもここはパリだからそうもいかない。 *** 食事はサーモンのゆでたのにタルタルソースのかかったの(大きいよ!)、 鹿の肉(ローランが狩でとってきたんだって、ワー)、 へんなおいもみたいなやさい(あとでチョロギとわかった)。 *** 魚料理を、ムール貝とクネル(フランス式かまぼこのようなもの)のアメリカンソースにして、 少し日本風のものが欲しいので、 サーモンとえびをあしらったちらし寿司を加え、 ほうれん草をしいたローストビーフ、カブとにんじんのグラッセ、サラダ、チーズ。 デザートは娘と二人で作った洋梨のクレーム・アングレーズである。 書いてみると大げさにみえるが、 材料はテルヌの市場で全部そろうので、それほど骨が折れるということもない。 ぶどう酒も何本か空になって、なかなか楽しい夜が過せた。 *** 朝、えり、ふらふらしてて、ベッドの横でフレンチトースト食べた。 フレンチトーストってえりが東京で熱出したとき、 ママが作ってくれたおぼえがあるんだ。 パンに卵とミルクとお砂糖とからませてフライパンで焼いたのでおしいかった。 あと病人のものとしては、くず湯やすりおろしたりんごなんかね… *** ママ、ムフタールの市場で、“山のいも”見つけたんだって。 夜のごはん、トロロと、竹輪やナスのしょう油煮ですごくおいしかった。 *** やっぱりパリらしく暗い家。 それからおやつ、マコがきのう作ったパウンドケーキ、それに、えりの作って行ったシュークリーム、紅茶、チョコレート。 そのあとホールで、オリカと三人でキャッチボールをはじめた。 *** 朝から数学ずくめ、でも午前中は、カトル・カール(同じ重さの卵、小麦粉、バター、砂糖でつくるお菓子)作りもした。 いつもよりふくらまないんだ。おいしかったけど。 一日でなくなっちゃった。 えり、ひまがあればもっともっと作ってあげたいな。 *** ママはまた、審とバスに乗りに行った。 途中、エディット・ピアフという歌手の住んでいたベルヴィルに寄って、 生まれた家を見て、横のパンやさんでショソン・オ・ポム(りんご入りパン)とブリオシュ買って来てくれた。 *** 七時四十五分になったので起きて朝ごはん。 コーンフレーク、ミルクティー、卵、トースト、ピーナツバターといろいろ。お腹いっぱい。 ** お昼は家へもどった。 トーストに豆をのっけたのと、バタートースト、オレンジ、レモネード。 あまりおいしくない。 *** テレビみたり(ニュースやバットマンを見た)、ポーラと話したりしてるうちに夕食、 トリとじゃがいも、ほうれん草、豆、そこまではおいしかったが、デザートが、 パイナップルにピンクのいやらしいソースかけたので、全部食べるようにすすめられて困った。 *** この家の食事に参っちゃう。量が多くて、毎日甘ったるいレモネードが出るし…。 今日学校では三人の先生の授業が三時間あった。 日本人はみんな1eクラスみたい。 自己紹介や英語の勉強をした。 あまり面白くない。 お昼はサンドウィッチ。 *** ディナーは、ハム、とりにく、チーズ、サラダ、バターパン、ポーラのケーキ、レモネード。 お風呂に入りたかったけど明日だって。まーしょうがない。 *** 夜は、スパゲティー、イタリアの食べたあとではどこのもおいしくない。 とくにケチャップの味のするのは。 *** 昼は、大抵帰って食べている。野菜や果物がほとんど無い。ヨーグルトも。 ここではフランスとちがってそういうもの食べないの。 *** 昼(チーズサンド、ビスケット)をすませてテニスコートへ。 高階菖子著「もう外国なんか行きたくない」 #
by foodscene
| 2012-10-02 15:08
| フランス
かあさんとローラとメアリイは、馬車のなかで、パンと糖みつを食べ、
馬たちが、鼻先にぶらさげたかいばぶくろのトウモロコシを食べている間に、 とうさんは、店のなかで、冬の間にとった毛皮を、旅で必要な品物と交換していました。 *** つぎに、とうさんはまたクリークへおりていって、 水をくんできました。 その間に、メアリイとローラは、かあさんの夕ごはんのしたくを手つだいます。 かあさんが、コーヒー挽きのなかにコーヒー豆をはかっていれ、 メアリイがそれを挽きます。 ローラは、コーヒー・ポットに、とうさんの運んできた水をいれ、 かあさんがそのポットを石炭の上にかけました。 かあさんは、鉄の天火も、やはり石炭の上にのせます。 それがあたたまる前に、かあさんはひきわりトウモロコシに塩と水を入れてこね、 小さくまるめます。 ラードをとったあとのブタの脂かすで、あたたまった天火に油をひくと、 その上にひきわりトウモロコシをまるめたのをならべ、鉄のふたをしました。 つぎに、とうさんは、そのふたの上にもよくおこった石炭をのせます。 かあさんは、その間に、脂身のたっぷりついた塩づけのブタをうすく切りわけました。 それを「スパイダー」で、あぶります。 石炭のなかに立てられるように、みじかい脚が何本かついているので、 それにはクモという名がついているのです。 もしその脚がなければ、あたりまえのフライパンとおなじなのです。 コーヒーがわき、ひきわりトウモロコシのパンも焼け、 肉もジュージューいっていて、 何もかもとてもおいしいにおいをたてているので、 ローラはおなかがグーグーいってきました。 とうさんは、火のそばに、馬車の座席をはずしてもってきました。 とうさんとかあさんはそれにすわり、 メアリイとローラは、馬車の前につきでたながえにすわりました。 みんなそれぞれ、ブリキの皿と、白い骨製の柄がついたナイフとフォークをつかうのです。 とうさんもかあさんも、それぞれブリキのコーヒー茶わんをもち、 赤ちゃんのキャリーも自分用のをもっていましたが、 メアリイとローラは、ふたりでひとつをかわりばんこにつかわなければなりませんでした。 メアリイとローラは、ただのお湯をのみます。 おとなになるまで、コーヒーは飲ませてもらえないのです。 夕ごはんを食べている間に、キャンプの火のまわりには、 うすむらさきの闇がこくなり、とほうもなく広い大草原は、もうまっくらで、 しんと静まりかえっていました。 風が草の間をこっそりとおりぬけていき、大きな空には、大きな星が、 すぐ手のとどきそうな所にキラキラかがやいているだけです。 はてしなく広がっている、肌寒い闇のなかで、 あかあかと燃えているキャンプの火は、心をなごませてくれました。 うすく切ったブタ肉は、脂がたっぷりあって、歯ごたえよくカリカリッと焼けていて、 ひきわりトウモロコシのパンもとてもおいしくできていました。 馬車のむこうの闇のなかで、ペットとパティーも、おなかいっぱい食べています。 草をかみちぎる音が、パリパリきけおてきます。 *** ベーコンとコーヒーのにおいがしていて、 ホットケーキがジュージュー焼ける音がきこえてきました。 ふたりはベッドをぬけだします。 *** したくができると、みんなきれいな草の上にすわり、 ひざにおいたブリキのお皿でホットケーキとベーコンと糖みつを食べました。 *** ローラは、自分が食べているときに、ジャックに何かやってはいけないといわれていましたが、 自分の分のなかからすこしずつジャックのためにとっておきます。 そして、かあさんは、残っていた材料をぜんぶつかって、 ジャックのために大きなホットケーキをつくってやりました。 *** メアリイがつんだ花も、ローラのも、かあさんはおなじように、 とてもきれいだとほめてくれました。 そして、水をいっぱい入れたブリキのカップにいっしょにしていれました。 それを馬車の踏段にのせ、キャンプのかざりにします。 それから、きのう焼いたトウモロコシの焼パンを二切れきって、 それに糖みつをぬると、メアリイとローラにひとつずつくれました。 それがふたりのお昼でしたが、とびきりおいしいのです。 *** 「なあ、キャロライン、ここにはほしいものはなんでもあるよ。 それこそ王者のように暮らせるってものさ」 その日の夕ごはんは、たいしたごちそうでした。 露天の炉のそばにすわって、やわらかくて香ばしいおいしい肉を、おなかいっぱい食べました。 もうそれ以上食べられなくなってお皿をおいたローラは、 みちたりたため息をつきます。 もう何もいらないほどしあわせな気持ちでした。 ** ひきわりトウモロコシのマッシュに、草原ライチョウの肉汁をそえた朝ごはんをすますと、 ふたりは大急ぎで、かあさんのお皿あらいを手つだいました。 *** エドワーズさんは、もう用もないから帰るといいましたが、 とうさんとかあさんは、ぜひ夕食をしていくようにととめました。 かあさんは、そのつもりで、お客さんをもてなすために、 とくべつ上等の夕食をしたくしていたのです。 メリケン粉のむしだんごと、たっぷり肉汁をそえたウサギ肉のシチューがありました。 ベーコンの脂で香りをつけた、フーフーいうほど熱いあつやきのトウモロコシパンがありました。 トウモロコシパンにつけるように、糖みつがそえてありましたが、 これはお客さまもいっしょの食事なので、コーヒーには糖みつはつかわないのです。 かあさんは、店で買ったうす茶色の砂糖のはいった小さな紙ぶくろをだしてきました。 エドワーズさんは、こんなにおいしい夕食をごちそうになって、ほんとうにうれしいといいました。 *** そして、コーヒー・ポットと足つきフライパンのまわりに石炭をかきおこし、 天火の上にもよくおきた石炭をのせました。 草原ライチョウの肉は足つきフライパンの上でジュージューいいだし、 ひきわりトウモロコシの焼きパンからはいいにおいが立ちのぼりはじめました。 けれど、料理をしながらも、かあさんは、まわりの大草原の四方八方に目をくばっています。 *** 朝ごはんのしたくができました。 とうさんがクリークからもどると、みんな炉のまわりにすわって、 焼いたマッシュポテトと草原ライチョウの煮こみを食べました。 ワイルダー著 恩地三保子訳「大草原の小さな家」 #
by foodscene
| 2012-10-02 15:07
| アメリカ
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