とうさんが出かけると、かあさんがいった。
「みんな、あとでとうさんを驚かしてやりましょうよ」 洗い桶で皿を洗っていたローラとキャリーは、くるりと振り向いた。 ベッドをととのえていたメアリも、はっと体をおこした。 「えっ、何?」 3人はいっせいにたずねた。 「さっさと仕事を片づけてしまいなさい。 そしたら、ローラ、トウモロコシ畑へ行って、まだ若い青いカボチャをひとつとっていらっしゃい。 じつはね、パイを作ろうと思うのよ!」 「パイ!でも、どうやって...」 メアリはびっくりしている。すかさずローラはたずねた。 「青いカボチャのパイ? そんなの、聞いたこともないわ、かあさん」 「わたしだって。でも、だれも聞いたことがないことでも、やってみなければ、 できるかどうかわらかないでしょう」 ローラとキャリーは皿洗いをていねいに、でも、おおいそぎですませた。 それから、ローラは、しとしと降る冷たい雨の中を、トウモロコシ畑へ走り、 いちばん大きな青いカボチャをもぎとって、ひきずりながら運んできた。 「オーブンのそばで服を乾かしなさい」かあさんがしかった。 「ローラ、あんたはまだ子どもだけど、いわれなくてもショールくらいはおっていく知恵はあるでしょうに」 「早く走ったから、雨をかわしていけたわ」 ローラはいいわけした。 「だからね、かあさん、あまりぬれてないわ、ほんとうよ。 さあ、これからどうすればいいの?」 「カボチャを薄切りにして、皮をむいてちょうだい。 わたしはパイ皮を作るから。それからどうなるか、お楽しみ」 かあさんはパイ皮をパイ皿に敷き、底をブラウン・シュガーとスパイスでおおった。 それから青いカボチャの薄切りをいっぱいに敷きつめた。 その上から、酢を半カップ注ぎ、いちばん上にバターの小さなかたまりをのせ、 最後に上皮をすっぽりかぶせた。 「できた」 パイの縁をつまんでひだを作ると、できあがりだった。 「こんなのができるなんて、知らなかった」 目を丸くしてパイを見つめ、キャリーがほうっと息をついた。 「まあ、わたしにもまだわからないけれど」 そういいながら、かあさんはパイをするりとオーブンにいれ、とびらをしめた。 「でもね、まずやってみないことには、わからないでしょう。 昼ごはんには、結果が出ますよ」 みんなはきれいに片づいた家で、そろって座ってとうさんを待っていた。 メアリは編み物にせいを出した。 寒い季節がくるまえに、キャリーのために暖かい長靴下を編んでいたのだ。 ------ とはいうものの、パイのほうはみごとに美しく焼けていた。 かあさんがとうさんのために縫っていたシャツをおいて、 オーブンのとびらをあけると、 焼けたパイのこうばしいあまい香りがぷーんとただよってきた。 キャリーとグレイスは立ったまま、中をのぞき、かあさんはパイ皿の位置を変えて、 焼けむらがないようにした。 「うまく焼けているわ」 かあさんはうれしそうだ。 「わあ、きっととうさんは驚いちゃうね」キャリーが声をあげた。 昼食のほんの少しまえに、かあさんはオーブンからパイをとりだした。 とてもきれいに焼けている。 それから、1時ごろまで昼食を待った。 でも、とうさんは帰ってこない。 狩りにいくと、とうさんは食事の時間など気にしなくなる。 そこでとうとう、みんなは先に食べることにした。 パイは、とうさんが明日のごちそうの太ったガンを持って帰ってくる、夕食までおあずけだ。 ----------- ほんとうに冷えびえとしてきた。 寒さがテーブルの下にまでしのびより、ローラのはだしの足から、 スカートの下の膝にまではいあがってきた。 けれど、夕食は温かくて、おいしかった。 ランプの明かりに照らされたみんなの顔が、とうさんの知らない秘密のびっくりをかくしていて、 きらきら光っていた。 とうさんはみんなの様子にぜんぜん気づいていない。 おなかをすかせていたので、がつがつ食べ、 何を食べているのかにもむとんちゃくだった。 そして、繰り返し、いうのだった。 「奇妙だ。カモもガンも、ここへとまって休もうとしないんだから」 とうさんは空になった皿を押しやった。 かあさんがローラに目配せした。 「さあ、いよいよ!」 とうさん以外のみんなの顔にぱっとほほえみが広がった。 椅子に座ったキャリーはもぞもぞ体を動かし、 グレイスはかあさんの膝でぴょんぴょんはねた。 ローラがパイをテーブルにおいた。 一瞬、とうさんはそれが目に入らなかった。 それから叫んだ。 「やあ、パイだ!」 その驚きは、みんなが想像したよりずっと大きかった。 グレイスとキャリーと、ローラまでが大声で笑った。 「キャロライン、パイなんて、どうやってこしらえたんだい?」 とうさんは声をあげた。 「中身はなんだい?」 「食べてのおたのしみ!」 かあさんはパイを切りわけ、1切れをとうさんのお皿にのせた。 三角にとがったところをフォークで切ると、 とうさんはそれを口にいれた。 「アップル・パイだ! いったいぜんたい、どこでリンゴを手にいれたんだ?」 もうキャリーはだまっていられなかった。思わず声をはりあげた。 「カボチャなの! かあさんが、青いカボチャで作ったのよ」 とうさんはもう1切れ、小さなのを口にいれて、ゆっくり味わってみた。 「見当もつかなかったよ。 かあさんの料理は、いつだってこの国いちばんさ」 かあさんは何もいわなかったけれど、頬がぽっと赤らんだ。 そして、みんながおいしいパイを食べている間じゅう、 目にたたえたほほえみはずっと消えなかった。 みんなはゆっくり、ゆっくり味わった。 そのあまい、スパイスのきいたパイを、 ほんの少しずつ、できるだけ長持ちさせるように、食べた。 それは楽しい夕食だった。 ローラはこれがずっと続いてほしいと思った。 ワイルダー 谷口由美子訳「長い冬」
by foodscene
| 2009-11-23 15:26
| アメリカ
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