「いつものファミレスじゃないよ。今日はお母さん、おごっちゃう」
「えっ、どこいくの」
「カジキ亭のハンバーグにシーフードサラダ。ポテトサラダだっていいよ」
「やったーっ」
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ここの前菜は、何種類か盛られているが、その中に小さなイワシをオリーブ油で焼いたものがあった。
「ああ懐かしいな。おいしいな。これは郡司さんの大好物でしたね。
一山、別に盛ってこいって我儘を言ってた。
あの人は今、どこで暮らしているんですか」
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この8年間、自分は戦ってきた。
子どもの養育費も払ってもらえないまま、
失踪した夫はあてに出来ぬと必死になって職を探した。
もう30歳は目前だったが、若い学生に混じってシナリオスクールに通い、
課題を徹夜で仕上げた。
念願の脚本家になってからは、レギュラーの仕事をとるためにどれほどの苦労をしてきただろうか。
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2皿目の料理が運ばれてきた。
菜の花を使ったスパゲティである。
おそらく温室ものだろう、春のえぐみには遠かったが、緑と黄の彩りが可憐であった。
「ああ、うまいな」
高林はもう一度、小さな歓声を上げる。
林真理子「ロストワールド」