「そうだよね。
帝国の『フォンテーヌ・ブロー』とか、
オークラの『ベル・エポック』みたいな、
ホテルの中のフランス料理店はいっぱいあるけど、
こういうレストランはまだまだ珍しいよね。
僕は、パリに行くと必ずトロワグロへ行くんだけど、
日本でもああいう店がもっと増えるといいよね」
喋りながらも、彼の目はじっくりとメニューを凝視している。
よほどの美食家なのだろう。
彼はオマール海老のサラダと、
舌平目のムニエルを注文した後、こう提案した。
「今日、『仔羊の塩包み蒸し焼き』というのがあるけど、
これ、二人前からになっている。
ルリちゃんさえよければ、これを注文しない」
「そうね、おいしそうね。
じゃ、私もそれをお願いします」
信子はそう答えたが、本当のところはどうでもよかった。
仔羊など食べたことはなかったし、
不味そうだと思ったが、嫌だったら残せばいいのだ。
そもそも信子は、一緒に食べる者が驚くほどの少食なのだ。
林真理子「RURIKO」