食料部屋では、母さんが、6クォート(約5.7リットル)入りの鍋に
ゆでた豆をいっぱいにして、タマネギ、コショウ、豚の脂身をひと切れいれると、 糖蜜をその上からたっぷりかけた。 ベイクド・ビーンズの下ごしらえだ。 こんどは、粉の樽をあけているのが、アルマンゾの所から見える。 母さんは、大きな黄色い瓶に、ライ麦粉とひきわりトウモロコシをパッパッと投げこみ、 ミルクとタマゴなどをかきまぜながら流しこみ、 大きな天火の焼き皿に、その灰黄色のインディアン風ライ麦パン(ライ・アン・インジュン)のたねをいっぱいにいれた。 「アルマンゾ、ライ・アン・インジュンを持ってっておくれ。 こぼさないようにね」 母さんはそういうと、豆の鍋をさっと持ちあげ、 アルマンゾは、重いライ・アン・インジュンの天火皿を持って、 こぼさないように気をつけながら母さんについていった。 父さんが、暖房用のストーブの天火の大きな扉をあけ、 母さんが豆とパンだねをなかへすべりこませた。 こうしておくと、日曜の昼までに、両方ともゆっくりいいぐあいに仕上がるのだった。 *** 翌朝、アルマンゾが、両手に乳桶をさげてよたよたしながら台所にはいっていくと、 母さんがホットケーキを何段にも積みあげたのを焼いていた。 日曜日だからだ。 ストーブの上には、直火のあたらないわきによせて、 ぷっくりしたソーセージを山のように盛った大きな藍色の盛り皿がのっているし、 いつものように、イライザ・ジェインはアップル・パイを切っているし、 アリスはオートミールを盛りつけていた。 いつもとちがうのは、小さな青い盛り皿が、さめないようにストーブの奥においてあり、 何段も積みかさねたホットケーキが、十山ならんでいることだった。 ジュージュー煙のたつ焼盤の上では、一度に10枚分のホットケーキが焼け、 母さんは焼けるはしから、重ねたホットケーキの上に1枚ずつ手早くのせていって、 バターをたっぷりぬってメイプル・シュガーをふりかける。 バターとメイプル・シュガーはとけてまざりあい、 ふわふわしたホットケーキにしみこみ、 カリッとした縁をつたってしたたりおちた。 これが「重ねホットケーキ」だった。 アルマンゾは、ホットケーキの種類のなかでは、これがいちばんすきだった。 母さんは、みんながオートミールを食べ終わるまで、 ホットケーキを焼きつづけている。 この重ねホットケーキは、いつも、どんなにたくさん焼いてもたりないほどだった。 みんなホットケーキの山をつぎからつぎへとたいらげ、 アルマンゾがまだ食べつづけていると、母さんがあわてて椅子をうしろへ引くといった。 「まあたいへん!8時じゃないの!さあいそがなきゃ!」 *** 日曜の昼食のごちそうを前にテーブルにつくと、 アルマンゾはすこし元気が出てきた。 母さんは、自分のお皿の横においたパン切り板で、ほかほかしているライ・アン・インジュンパンをうすく切りわけている。 父さんはスプーンをチキン・パイの下までぐっといれた。 厚い皮を大きくひとすくいすると、 フカフカした下側を上にお皿に盛りつける。 それにグレイビイをたっぷりかけ、やわらかい鶏肉の大きな切れを、 白身と赤身を骨からはずしながらその上にすくいとった。 そのそばにベイクド・ビーンズをひと山盛ると、 プルプルしている豚の脂身をひときれのせた。 お皿の端には、真紅の赤カブのピクルスをそえ、 父さんはそのお皿をアルマンゾに渡した。 アルマンゾはだまってそれを全部たいらげた。 そのあと、カボチャのパイをひと切れたべると、 さすがにおなかがいっぱいになった。 それでもまだ、アップル・パイをひと切れ、 チーズをそえてたいらげた。 食事がすむと、イライザ・ジェインとアリスがあと片づけをし、 父さんと母さんとローヤルとアルマンゾは、仕事は何もしなかった。 午後じゅうずっと、みんな眠気をさそうあたたかい食堂にすわっていた。 母さんは聖書を読み、イライザ・ジェインは本を読んでいた。 *** ときどき、アルマンゾも生のニンジンのかけらをたべる。 外側のところが一番おいしかった。 厚くてきめの細かい外の皮はポロッとまるくむけ、甘味がある。 中側はもっと汁気があって黄色い氷のようにすきとおっていたが、 かすかにピリッとからい味がした。 *** 正午には、樹液はぜんぶあつめられ、鉄鍋のなかで煮たっていた。 父さんはお弁当をひろげ、アルマンゾは、父さんとならんで丸木に腰をおろした。 ふたりは食べたり話したりする。 足を火のほうにのばし、うしろには丸木が山と積んであり、 よりかかるのに具合がいい。 ふたりのまわりは、一面に氷と深い森だけだったが、 そうしていると、とてもいごこちがよくいい気分だった。 お弁当を食べおわると、父さんは、樹液の煮えかげんをみているために、 焚火のそばで番をしていたが、 アルマンゾはヒメコウジ(ウィンター・グリーン)の実をさがしにいった。 南の斜面の雪の下に、厚い緑の葉の間に、 真赤な実がなっていた。 アルマンゾはミトンをとって、素手で雪をかきわけた。 赤い実がかたまっているのをみつけ、 口いっぱいにほおばる。 冷たい実が歯にきしみ、香ばしい汁がほとばしりでた。 雪のなかから掘りだしたウィンター・グリーンの実ほどおいしいものは、 そうはないのだった。 アルマンゾの服は雪にまみれ、指はかじかんで赤くなっていたが、 南の斜面を全部あさりつくすまでは、そこをはなれなかった。 カエデの幹の間に太陽がひくくなっていくと、 父さんは、焚火に雪を投げこみ、火は、ジュージューいって、 湯気をあげながら消えていった。 父さんは、火が消えると、熱い煮つまったシロップを桶にくみこんだ。 父さんとアルマンゾは、また天秤棒をかついで、 桶を家まで運んで帰った。 ふたりは、台所のストーブの上にある大きな赤銅の鍋に、 運んできたシロップをあけた。 それから、アルマンゾは夕仕事にかかり、父さんは、 残りのシロップを森にとりにいった。 夕食がすんだときには、シロップはもう固めることができるようになっていた。 母さんは、6クォートの牛乳鍋に、シロップをひしゃくでくみいれ、 そのままさますように置いておいた。 朝には、かたいカエデ糖の大きなかたまりが、どの鍋にもできあがっていた。 母さんは、そのまるい金茶色のかたまりを、鍋をポンとひっくり返してだすと、 食料部屋のいちばん上の棚にしまった。 毎日毎日、樹液は流れだし、毎朝、 アルマンゾは父さんといっしょに出かけては、 それをあつめて煮つめ、毎晩、母さんがそれをメイプル・シュガーに仕立てた。 もう、一年分のメイプル・シュガーはたっぷりできてしまったのだ。 そして、最後のシロップは、たた煮つめて、 そのまま大きな瓶に入れて、地下室にたくわえた。 これが一年分のメイプル・シロップになるのだった。 アリスは学校から帰ると、アルマンゾのまわりをかぎまわって、大声をあげた。 「あらっ、ウィンター・グリーンの実を食べたわね!」 アリスは、自分は学校へ行かなければならないのに、 アルマンゾは、樹液をあつめにいって、ウィンター・グリーンの実を食べたりしているのは、 とても不公平だというのだ。 *** そして、日曜のたびに、ふたりいっしょにそこへ出かけて、 雪をかきわけるのだった。 アルマンゾが赤い実をひとかたまり見つけると大声でわめき、 アリスが見つけると金切声をあげ、 ときどきは半分ずつわけ、ときどきは全部ひとりじめした。 そして、その南の斜面を、ふたりは四つんばいになってさがしまわり、 午後いっぱいウィンター・グリーンの実を食べた。 アルマンゾは、厚い緑の葉を桶一ぱい持って帰り、 アリスがそれを大きなびんにつめこんだ。 母さんがそれにウィスキーを口までそそぎ、 そのまま地下室においた。 これが、母さんがケーキやクッキーをつくるときに使う、 ウィンター・グリーン香味になるのだった。 ワイルダー 恩地三保子訳「農場の少年」
by foodscene
| 2012-07-09 16:34
| アメリカ
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