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スティーブ・ジョブズ 2

リージーはフライパンを持参し、ベジタリアンのオムレツを作った
(このころジョブズは、絶対菜食主義を少しひかえていた)。

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それでも、この不運なマネジャーが選んだレストランへの反応に比べればずっとましだった。
絶対菜食主義の料理を要求したジョブズに、
ウェイターはサワークリームたっぷりのソースがかかった料理を出してきたのだ。

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しかしジョブズは、彼らしいといえばそうなのだが、
もらったプレゼントをすべてホテルの部屋に置いて帰ってしまう。
なにひとつ、持ち帰らなかったのだ。

ウォズニアックをはじめとする古参のアップル社員のなかには、
パーティーで出されたヤギのチーズとサーモンのムースなどが口に合わず、
パーティー後にみんなでデニーズに出かけた人もいた。

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夜の冷気が身にしみるようになると屋内に移動し、
家具がほとんどない部屋で暖炉のまわりに集まった。
カードテーブルの上には、お抱えの料理人が全粒粉で作ったベジタリアンピザがある。
マークラは、近くで穫れたチェリーを箱から直接つまんでいた。
ジョブズがいつも用意しているオルソンのチェリーだ。

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どれほど細かな点も細かすぎることはなかった。
招待者のリストもランチのメニュー
(ミネラルウォーター、クロワッサン、クリームチーズ、豆もやし)も、
ジョブズ自身がチェックした。
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「リサにはとても優しくて。
スティーブはベジタリアンだしクリスアンもそうでしたが、
リサは違いました。
それでもよかったらしくて、チキンを頼んだらどうだいなんて言ってましたよ」

チキンは、ベジタリアンで自然食品を神聖視する両親のあいだを行ったり来たりするリサにとって
ささやかなぜいたくとなった。
当時について、リサはのちにこう書いている。

「食料品は、いつも、髪を染めた人が見当たらない、酵母のにおいがするお店で買っていました。
ブンタレッラとか、キノアとか、セロリアック、キャロブナッツなどです。
でもときどきは変わったものも試してみました。
チキンがずらりと串焼きにされているお店で香辛料が効いた熱々のチキンを
紙袋にいれてもらって車に戻り、手づかみで食べたりしたのです」

父親は自分が食べるものにもっと厳格で、狂信的とも言えるほどだった。
バターが使われているとわかってスープを吐き出すのを見たことがあると言う。
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ジョブズはリサを連れて東京へ行き、機能美にあふれたホテルオークラに泊まったことがある。
エレガントな寿司店で、ジョブズは穴子を頼んだ。
大の好物で、これだけはベジタリアン側に入れている一品だ。
穴子は塩とたれ、2種類が出てきた。
温かい穴子が口のなかで崩れるほろりとした感覚をいまもよく覚えているとリサは言う。
穴子といっしょにふたりの距離も崩れていった。

「乳といてあれほどゆったり落ちついた気分になったのは、
穴子のお皿を前にしたあのときがはじめてでした。
冷たいサラダのあとの温かな許し、度を過ごしたのは、
閉ざされていた部分が開かれたことを意味します。

すてきな天井のもと、小さな椅子に、穴子があって私がいて、
父は自分を少し緩めていたのです」

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ウェディングケーキは、ヨセミテ渓谷の端にある花こう岩の峰、
ハーフドームの形をしていた。
ただし、絶対菜食主義のレシピで卵や牛乳なども使わないものだったため、
とても食べられないと思った人が多かった。
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料理は高名なシェフのアリス・ウォーターズで、スコットランドのサーモンのほか、
クスクスや庭で育てたさまざまな野菜が供された。
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結婚して子どもが生まれても、ジョブズは怪しげな食生活を変えなかった。
レモンを搾ったにんじんサラダだけ、
あるいはリンゴだけなど、同じものを何週間も食べたかと思うと
それを放り出し、なにも食べないと宣言する。

そして、ティーンエイジャー時代と同じように断食に入り、
それがいかに優れているのかをテーブルでしきりに講義するようになる。

パウエルも結婚したころからベジタリアンだったが、
ジョブズの手術後は、魚などのタンパク源を家族の食事に取り入れるようになった。
その結果、ベジタリアンだった息子のリードは熱烈な"雑食"主義者になったという。

皆、父親にとってさまざまなタンパク源が大事だとよく理解していた。

このころ、ジョブズの食事は、多才でおだやかな料理人、
ブライヤー・ブラウンに作ってもらうようになる。
アリス・ウォーターズの有名レストラン、
シェ・パニーズで働いたこともあるシェフだ。

毎日、午後になるとやってきて、パウエルが庭で育てたハーブや野菜を使って
壮観で健康的なディナーを作った。
にんじんサラダ、バジルパスタ、レモングラススープなど、
ジョブズが食べたいと思ったものがあれば、それがなんであろうと、
黙って根気よく作ってくれる。

ジョブズは昔から食べ物にはうるさく、
一口で至高か最悪かに分けてしまうことが多い。
ふつうの人には区別がつかないアボカド2個を食べて、
片方は史上最高のアボカド、もう片方は食えたものではないと評したこともある。
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ニューヨークに行ったとき、ジョブズはニューヨークタイムズ紙の経営幹部50人とアジア料理のレストラン
「プラーナ」の、ワインが並ぶ個室でディナーをともにした
(ジョブズが注文したのはマンゴースムージーとシンプルな野菜パスタ。
どちらもメニューにはない品だ)。

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プレゼンを終えたジョブズは元気で、妻とリード、そしてリードの友だちであるスタンフォード大学の学生ふたりとともに
フォーシーズンズホテルでランチを取った。
私も同席した。

いつもと違ったのは、彼が食べていたこと—
やはり、なんだかんだと料理に難癖はつけるのだが。
ジュースは搾りたてを頼んだのに瓶詰めじゃないかと3回も換えさせたし、
パスタプリマベーラも食えたものじゃないと一口でやめてしまった。

でも、私のクラブ・ルイ・サラダを半分横取りしたあと、
結局、ひとり分を頼んで全部食べたし、最後にアイスクリームも食べていた。
客の望みを徹底的にかなえようとするこのホテルは、
ジョブズの口に合うジュースさせもなんとか作ることに成功した。

***
午前の中途半端な時間に、ジョブズは、なにか食べたいと言い出した。
自分で運転できるほどの元気はなかったので、
私が車に乗せ、ショッピングモールのカフェまで連れて行く。
カフェは閉まっていたが、時間外にジョブズがノックするのはいつものことらしく、
主人はにこにこしながら我々を招き入れてくれた。

「僕を太らすんだって彼がうるさくてね」
とジョブズはご機嫌でオムレツを頼んだ。
良質なタンパク源として卵を食べろと医者に言われているからだ。
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ケータリング会社が提案してきたメニューをドーアからもらうと、
小エビ、タラ、レンズ豆のサラダなどは派手すぎるとして
「ジョン、君らしくないよ」などと反対した。

クリームパイにトリュフチョコレートをあしらったデザートにはとくに強く反対したが、
これは、大統領の好物だとしてホワイトハウスの先発チームが異議を却下した。

すっかりやせてしまったジョブズはすぐに体が冷えてしまうからと、
ドーアがしっかり暖房を効かせたせいで、
ザッカーバーグが大汗をかくという一幕もあった。
***

「無理にでも食べてほしいと思い、家の中はすごい緊張に包まれていました」
毎日、午後になるとブライヤー・ブラウンが来ては
健康的な食事を用意してくれるが、
ジョブズは舌先をちょっとつけただけで食べられないとやめてしまうのだ。

ある夜、
「小さなパンプキンパイなら食べられるかもしれない」
そう、ジョブズがつぶやいた。
穏やかなブラウンは、たった1時間でおいしそうなパイを焼き上げる。
そのパイをジョブズは一口しか食べられなかったが、
それでも、ブラウンは震えが走るほどうれしかったという。

ウォルター・アイザックソン 井口耕二訳「スティーブ・ジョブズ」
by foodscene | 2012-09-08 16:20 | ノンフィクション・アメリカ


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