この時期になると俺の客料理の腕前も相当なものになっていたから、
準備に手間どるなどということもない。 クローディアとサンディのために、俺は最近発明した「鶏の胸肉のスペシャル」というのを 作ることにした。 これはどんな料理の本にものっていない、全くの俺の独創である。 骨なしの胸肉を、バター、レモン、ワインでソテーする。 この時、人のあまり使わないマージョラムというスパイスを利かせるのが唯一のコツ、 あとは菠薐草を添えてオヴンに入れればよいという、簡単至極な料理だ。 2人の恋人たちはナップサックを降ろし、サンダルを脱ぎ捨てるとすぐに寛いだ。 と、いっても、俺たちと彼女たち、両者の世界の差が消滅したわけではない。 最初の数時間、俺たちはとりあえずコミュニケイションのための共通の言語、 及び共通の文化的基盤を確立するために努力せねばならなかった。 たとえば最初の日の午後一杯、クローディアと俺たちは、自分たちがいかに若いか、 お互いいかに齢をとらないかを論じあって過したものだ。 やがて食事の支度にとりかかる時間がやってきたので俺は立ち上がった。 彼女たちも俺の後からついてきて、俺が鶏肉に粉とスパイスをまぶすのを注目している。 サンディが何かいいたそうだ。 しきりにクローディアの袖を引っぱっている。 まるで小さな子供がお母さんの注意を惹こうとしているかのようだ。 「あらいやだ」クローディアがいった。 「今気がついたけど、それ、もしかして鶏肉じゃない?」 「そうだよ、鶏の胸肉さ。どうかしたのかね?」 「いえ―どうぞお料理を続けてちょうだい。ただ、私たちの分は作らないで。 無駄になっちゃうから」 「あら、鶏は嫌いだったの?」コリーヌが聞いた。 「私手紙に書いたつもりだったんだけど― 実はサンディは自然食なの。 それで私も彼女の影響で、今ではそれが一番いいと思うようになったのよ。 だから私たちな肉類は食べないの。 もちろん、あなたがたは予定通り召し上がってちょうだい。 私たちは自分でなんとかするから」 「いやいや、そうはいかない。 ちょっと考えさせてくれ」 俺はいった。 しかし、今日の予定では、あとは菠薐草のサラダがあるだけで、これもベーコンを炒めた油を かけて食べようという趣向だから、自然食主義者には工合悪かろう。 「ようし、こうしよう。 もともと今日は外で食べようかなと思ってたのを変更して、俺が料理することになったんだ。 予定を元へ戻して外で食べようじゃないか」 「あら、素敵!」クローディアがいった。 「私たち、もう1年もレストランで食事してないのよ」 よし、そうと決まれば、菜食主義者でも食べられて、しかもオーバーオールにサンダル履きでも気楽に入れるレストランを探さねばならぬ。 あれこれ思いめぐらせた揚句、結局俺たちは近くのショッピング・センターにあるチャイニーズ・レストランに落ち着くことになった。 出てくる中国料理を次々に平らげながら、われわれはクローディアの話に耳を傾けた。 クローディアは、今、第一に玄米、次に環境問題、それから女房の世話に凝っているのだという。 俺は「女房」というのがサンディのことだとわかるのに相当時間がかかった。 「お宅にいる間、私と女房で何でもお手伝いするわ」クローディアがいった。 「たとえば料理のお手伝いとか―」 「そりゃありがたいが、しかし、一体どんな料理だい? さっきから君たちに何を食べさせればいいか考えてたんだけど、 俺はチーズ・スフレぐらいしか思いつかなかったぜ。 かの有名なしぼまないスフレさ」 「あら卵は駄目よ。私たち、どうせ自然食をやるなら徹底的にやらなきゃ意味がないという考え なの。 卵というのは要するに育つ前の鶏でしょ、だから私たちは食べないの」 「フーン、一体君たちはどんなものなら食べられるのかね?」 「あら、動物性以外ならほとんど何でもOKよ」 俺は考えをめぐらせたが、一品も頭に浮かんでこない。 「家ではどんな料理を作ってるのかね?」 「私の得意なのは陰陽スープね。お宅にいる間に作ってあげるわ。 オクラは手に入るでしょ?」 「オクラね。オクラをどうするんだい?」 「明日になればわかるわ。必要なもののリスト渡すから買い物してくださる? 信じられないくらいおいしい野菜スープを作ってあげるわよ。 大体、普通野菜スープって肉でだしを取るでしょ、これが大間違いなのよね。 私のなんか茄子とマッシュルームでだしを取るんですもの」 「いやあ、なかなか興味深い」 「まあ、見てなさいな」 (マイク・マグレディ著 伊丹十三訳 「主夫と生活」より)
by foodscene
| 2006-08-21 01:18
| ノンフィクション・アメリカ
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