俺は無言で彼らをショッピング・センターまで送り届けた。
そしてその帰り道、俺は1軒の店に立ち寄った。 肉屋である。 俺はそこでシチュー用の肉を仕入れ、家に帰るやいなや肉を炒めて煮こみ、 スープのもとを作りあげた。 俺の知る限り、野菜スープにはなんといったってビーフ・ストックでだしをとるのが一番いいのだ。 スープの中に入れる野菜に関しても、俺はクローディアの指示を完全に無視した。 俺は、自分がいつも使いなれた、平凡な野菜ども、すなわち、玉葱、蕪、キャベツ、人参を使ったのである。 5時になると、俺は骨と肉をスープから取り出し、残りの野菜スープをトロトロと煮こんでいった。 やがてクローディアの友人たちが次々にやってき始めた。 彼らのうち6人は菜食主義者で、俺はもちろんあらかじめそのことを承知していたから、 彼らに対してだけはさすがに少々心が痛んだ。 さて、俺がスクエアな郊外族という演技で客たちを迎え入れ、 そろそろみんなを食卓へいざなおうとしていたまさにその時、 クローディアが意気揚々と帰ってきた。 両腕は買い物の包みで一杯だ。 彼女は真直にスープ鍋に歩み寄ると蓋を取った。 濃厚で、ゆたかで、深みのあるビーフの香りが台所一杯に立ちこめる。 「まあ、この匂い!最高ね」 俺は一と言もいわず、彼女がスープの香りを胸一杯吸いこみ、 ついでと一と口味見するのを眺めていた。 「マイクル!このスープ、私がいつも作るのよりずっと素敵よ。 一体どうやってこの肉みたいな味をつけたの?」 「ウースター・ソースさ」俺はいった。 「それもたっぷりね。もちろんベースはマッシュルームと茄子でとってある」 「これ、茄子のスライスを上にのっけて出してくれるんでしょうね。 私はいつもそうしてるんだけど」 「クローディア!いいかげんにスープの味見はよしてくれないか」 突然私にぴしゃりと叱りつけられて、彼女は驚きの表情を浮かべ、 慌ててスープ鍋から離れた。 そして珍しく、俺がスープを皿に注ぐのを手伝い、 客たちに運びさえするのであった。 菜食主義者の客たちは、もう絶えて久しく肉を口にしていない本格的な連中だったが、 しかし菜食主義も所詮頭までのこと、胃の腑まではなり切っておらぬのだろう、 何度も何度も戻ってきてはお代りの皿を差し出すのであった。 やがて食事が済み、子供たちが皿を片付け始めた。 俺はクローディアが片付けに参加するかどうかを見守ったが、 彼女のお手伝いはさっき手伝ったのが最初で最後だったらしく 動こうとする気配もない。 俺は客たちを無視して席を立ち、子供たちの片付けに加った。 -------------------------------------------- 「サンディと私は予定より早く発つことにしたわ」 「ア、そう。それで?」 「明日の朝早く汽車に乗るわ。 汽車はハンティングトン発よ。 最後まで送らせるのは悪いけど私たちを駅まで連れてってちょうだい。 それだけ早く私たちを追い出せるんだから、あなたにとっても悪い話じゃないでしょ?」 「ああ、そういう話ならお門違いだ。 明日君らを送るのはコリーヌさ。 俺は君ら二人のために、もう十分タクシーの役を勤めたからね。 それから、もう一つ。 俺は正直をモットーとしてるからいうんだが、今夜の野菜スープには肉が入っていたんだ」 これが俺とクローディアの最後の会話であった。 翌朝、俺はいつになく寝坊しているところをコリーヌに起された。 コリーヌはこれから二人を駅まで送ってゆくところだという。 「二人にさよならいわなくてもいいの?」 コリーヌが聞いた。 「君が二人分いっといてくれよ。永久にさようならってね」 (マイク・マグレディ著 伊丹十三訳 「主夫と生活」より)
by foodscene
| 2006-08-28 02:12
| ノンフィクション・アメリカ
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