2人は銀座の方に歩きかけたが、すぐにやめた。
あちら方面の喫茶店は壊滅状態だと思い出したからだ。
外国資本のコーヒーチェーン店か、そうでなかったら馬鹿高い金をとる高級店しかない。
東銀座の方へ向かって、歌舞伎座横の文明堂に入った。
ちょうど芝居の真最中で、客はほとんどいなかった。
萌はミルクティーを頼み、三ツ岡はコーヒーとカステラのセットを頼んだ。
萌は彼から「問題外」と言い渡されたような気がする。
多少気のある女の前で、男は甘いものなど絶対に食べない。
そのぐらい萌とても知っている。
「三ツ岡さんって、甘いもの、お好きなんですか」
やや皮肉を込めて問うてみた。
「好きだねぇ・・・・・・。前は、そんなでもなかったけど、この頃年のせいか、
午後になると甘いものが欲しくってたまらない。
羊かんでも、饅頭でも、ケーキでもむしゃむしゃやるね」
(林真理子著 「野ばら」より)