アイスをパンにはさんで食べる

僕らはパレルモで外食するときはだいたい昼食を食べることにしていた。
夜は外に出るのが億劫なこともあるけれど、
一番の理由は量が多すぎて、夜中(つまりイタリアの夕食時間)に食べると
おなかいっぱいになって寝られないからだ。

パレルモの主要レストランを全部まわったわけではないし、
あまり高い店は敬遠して行かなかったから、
ここがパレルモでいちばん美味い店だと断言することはできないのだが、
僕は個人的にはグラナテリ通りにある『ア・クカーニャ』がいちばん好きだった。
僕はここに3度行った。

ずっとイタリアで暮らしていて、2度行ったレストランはけっこう沢山あるけれど、
3度行った店は少ない。
だから美味しいことには間違いないだろうと思う。
もっともイタリアのレストランは料理人の移動が激しくて、1年後に行ってみるとがらっと味が変わってしまっていることがあるから、
今でもここの料理が美味しいかどうかは自信がないけれど。

ここはまずビュッフェ形式のアンティパストが美味しい。
イタリアのレストランのアンティパストは見た目は美味しそうでも
いざ食べてみると脂っぽいものが多くて閉口することが多いのだが、
ここのは実にさっぱりとしていて、家庭料理っぽいところが嬉しい。

それを食べながら腰のある美味しいシシリーの白ワインを飲む。
それからプリモのお勧めはシシリー名物のパスタ・コン・サルデ(鰯のパスタ)と
イカスミのリングイーネ。
このふたつは優劣つけがたく美味しい。

鰯のパスタというのはパスタに鰯と松の実とフェンネルとレーズンを混ぜた
とても香ばしい料理で、皿が運ばれてきたときの匂いが実に良い。
内容の取り合わせがちょっと奇妙に感じられるかもしれないが、
実際に食べてみるとなかなかなごんだ味わいがある。

シシリー以外ではめったに食べることのできないものであるから、
もし当地に行かれることがあったらこの料理は是非賞味していただきたいと思う。

とはいうものの、もう一方のイカスミのリングイーネも逃したくない。
イカスミのパスタなんてどこにでもあるじゃないかと言われるかもしれない。
でもこれは生半可はイカスミのリングイーネではない。
なにしろ山盛りのリングイーネにこれでもかというくらいイカスミがかかっているのだ。
これを最初に見たときには
「ひとりの人間がこんなにいっぱいイカスミを食べられるものか」とげんなりしたものだが、
でもちゃんと食べられる。
食べてみると実にすんなりと胃に収まってしまう。

食べおわる頃にはナプキンがスミで真っ黒になってしまうのが
難といえば難だが、この迫力もやはり味わっていただきたいと思う。

僕は赤坂の『グラナータ』のイカスミのパスタも好きだけれど、
でも『ア・クカーニャ』のそれに比べるとイカスミ度が一次元違うという気がする。

だいたいにおいてこの店はひとつひとつの料理の量が多いので、
アンティパストとパスタを食べるとおなかがいっぱいになってしまう。

そこで我々はふたりで一品軽いセコンド・ピアット(メインディッシュ)を取って
それをシェアすることにしていた。
本当はアンティパストとパスタだけでもう充分なのだが、
セコンドを断ったりするとウェイターは
「今日の夕方の6時で世界は終わります」と言われたときのような顔をする。
そういう顔はできることなら見たくないので、
いちおうセコンドを注文する。

ここのセコンドは魚が美味しい。
新鮮な魚をさっぱりとした味つけでグリルしてくれる。
トルーマン・カポーティに似たヘッド・ウェイターが魚を運んできて、
ナイフとフォークを使って器用に手早く骨と身を選り分けてくれる。

それからエスプレッソ・コーヒーを飲む。
女房はケーキを食べる。
僕は思うのだけれど、女の人というのはデザート用に小型の予備の胃を持って生まれてくるのではあるまいか。

これで値段は5万リラ(5千円ちょっと)。
これだけ食べると、正直言って翌朝までおなかが減らないから、
まあ安いと言ってかまわないのではないかと思う。
魚がけっこう高いので、セコンドに肉料理を取ると、値段はもっと安くなる。

それからこれはレストランの料理ではないが、
シシリーのアイスクリームはなかなか美味しい。
材料の果物の味が生きていて、とてもフルーティーなのだ。
陽気が温かいせいで、冬でも町にでるとよく屋台でアイスクリームを買って食べた。

アイスクリームを買うと
「コーンにするかパンにするか」と訊かれる。
最初は何のことだか全然理解できなかった。
パンって何だ?
と思ってまわりを見ると、ハンバーガー・パンにアイスクリームをはさんで
もぐもぐと食べている人がけっこういた。
僕の知る限りでは、世界広しといえどもこんなアイスクリームの食べかたをするのはシシリー人だけだ。
こういうのは好きずきだから、いちいちけちをつけるつもりはないけれど。

シシリーの食べ物の美味しさを味わうには何もレストランに通う必要はない。
自炊をする人間にとってもシシリーは至福に満ちた場所である。
なにしろ市場に行くと魚屋がやたら沢山ある。
そしてとれたてのカツオやサバやマグロやイカやら海老やら貝やら、
新鮮な魚介類がずらりと揃っている。
魚だけではない。
野菜と果物に関しても文句のつけようがないくらい豊富である。
ワインだってとても美味しいし、安い。
パレルモという町につくづくうんざりしたこの僕でさえ、
ここの土地が産出する食物だけは素晴らしいと思わざるをえなかった。
なにもかも揃った素晴らしい土地というのはなかなかないものである。

(村上春樹著「遠い太鼓」より)
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by foodscene | 2008-06-08 23:53 | イタリア


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