5つある合成樹脂製のテーブルのひとつ—
僕らの一番好きな窓ぎわのテーブルだ— にみんなで座ると、ウェートレスが即座にメニューとお茶を持ってくる。 ある意味では、このときが最高の瞬間だとも言える。 僕らの顔を熱のように照らすちょうちんの赤っぽい光、 かじかんだ手を温めてくれる小さく色鮮やかな茶碗、 空腹を焼く熱いお茶。 意外なくらい頼もしく重いメニューは漢字で手書きされ、 いくつかの料理にはごく大ざっぱにちがいない英語の説明が やはり墨の手書きで添えられている。 僕らがここに来るたびに、メニューはますます長くなっている。 新しい品が書き加えられたら以後消されることはなく、 いまやメニューは何ページにもわたり、 最後まで読み通すのは不可能な長さになっている。 僕らがいくら長生きしたところで、 この小さな、街の片隅の中華料理店にある品全部を味見しつくすことは おそらくできまい。 メニューにはページ番号もなく、前回どこまで読んだか、 僕らは思い出せたためしがない。 秋の、菊の盛りに食す習わしの菊鍋だったが、 それともライチとビワ入りの杏仁豆腐だったか? (中略) およそ天と地に存在するもので、この店で食べられないもの、 この店の人たちがごちそうに変容させるすべを見出していないものはない。 松の実の粥、桂花の丸パン、魚の香りソースの鳩、 燕の巣のスープ(南シナ海沿岸の料理で、その巣はアマツバメのくちばしで 消化しやすく噛み砕かれた海草でできていて、 ゼラチン風の材料が固まって小さな半透明のカップを形成している)。 ウニの卵、クラゲの塩漬け、ショウガとコショウの実で味つけした臓物、 五香のハタの頬骨、雲の耳(アラゲキクラゲ)、 綿菓子リンゴ、銀杏と金針(ユリの芽)、苦いメロン......。 (スチュアート・ダイベック著、柴田元幸訳「ペーパー・ランタン」より)
by foodscene
| 2008-08-17 21:34
| アメリカ
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