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食べて、祈って、恋をして イタリア2

キャサリンは地図と『ミシュラン・グリーンガイド』を持ち歩き、
わたしはランチを詰めたバスケットを持ち歩く。

なかにはソフトボール大のロールパンが2個、
スパイシーなソーセージ、肉厚のグリーン・オリーブをアンチョビで巻いたの、
森の薫りのするキノコのパテ、
薫製モッツァレラチーズ、胡椒をきかせたルッコラとチェリートマトのグリル、
ペコリーノチーズ、ミネラルウォーター、
ハーフボトルのよく冷えた白ワイン。

そうして、わたしがどこでお昼にしようか迷っているとき、
キャサリンが頭に浮かんだ疑問を口にする。
「どうしてみんなもっとトレント公会議について語ろうとしないのかしらね」

****

そしてわたしはひとり、豊かで満ちたりた街、ルッカに向かった。
このトスカーナの小さな街には、
世に名高い凄腕の肉屋たちがひしめいている。

イタリアのどの土地の肉屋にも負けない美しくカットされた肉が、
"食べたいんでしょ?"と誘惑するように街じゅうの店に陳列されている。
挑発的なストッキングをはいた貴婦人の脚のごとく、
あらゆるサイズの、色の、由来のソーセージが店の天井から吊され、
ぶらぶらと揺れている。

ハムとなったたくましい臀部が、ウィンドーのなかから
アムステルダムの高級娼婦よろしく誘っている。
チキンは死んでもなおまるまるとしてつやめき、
どの鶏が最もジューシーで脂が乗っているかを競い合ったあと、
誇らしげにみずからを捧げたのではないかと想像してしまうほどだ。

だが、ルッカですばらしいのは肉だけではない。
栗、桃……
店のかごにこぼれんばかりに盛られた無花果……。

この街は、プッチーニの生誕地としても有名だ。
でも、こういうことに興味を持つべきあと思いつつも、
わたしは地元の食料品店でこっそり聞いた秘密ー
街で最高のキノコ料理がプッチーニの生家の向かいのレストランで食べられるー
のほうにはるかに興味がある。

***
わたしは通りを渡った先のレストランに入り、
“キノコのリゾット”を食べながら、雨がやむのを待った。

****
いまとなっては、ボローニャへ行ったのがルッカの前だったのか後だったのか思い出せない。
ボローニャの街はあまりに美しくて、街にいるあいだ、
つねに歌を口ずさまずにはいられなかった。

「わたしのボローニャには名前がある!それは、き・れ・い〜」
美しいレンガ建築と裕福なことで知られるボローニャは、
古くから、“赤と肥満と美し”の街と呼ばれてきた。

食べ物は断然、ローマよりこっちのほうがおいしい。
そしておそらく、こっちのほうがバターが多く使われている。
ジェラートですら、ボローニャに軍配があがる
(こう言ってしまうのはローマへの忠誠を欠くようで、気が引けるが、
本当なのだ)。
ここのキノコは太くて肉厚でセクシーにそそり立っている。
ピッツァの上で波打つプロシュットは、優雅な貴婦人の帽子を飾るチュールのようだ。
そしてもちろん、ボローニャ・ソース。
ただのミートソースだという考えをこのソースは軽く一笑に付すにちがいない。

英語には”ブオン・アペティート”に相当する言葉がないと、ふと気づいた。
これはとても残念なことだし、食文化のちがいをよく示している。
イタリアの鉄道の旅は、まるで世界に名を馳せる食べ物やワイン巡りのようだ。
次に停まるのはパルマ……そして、ボローニャ……ええっと、次は……
モンテプルチャーノ。

列車のなかにも食べ物がある。
小ぶりのサンドウィッチや、おいしいホットチョコレート。
外が雨模様だと、なかでとる軽食も、列車の疾走感もいっそう楽しいものになる。

***

20ポンドの七面鳥を焼くには時間がどう見ても足りなかったので、
ルカは七面鳥の胸肉をソテーにし、わたしは七面鳥の詰め物だけをつくるために指揮をとった。
レシピをなんとか思い出し、パン屋で買ってきた上等のイタリアのパンに、
こちらで手に入らないものを別のものに置き換えて
(アプリコットの代わりにナツメヤシの実とか、セロリの代わりにフェンネルとか)
さまざまな材料を混ぜ合わせ、どうにかそれらしいものができた。

******

地図を頼りに行ってみると、そこは小さな食堂(トラットリア)だった。
気さくな年輩の女主人が、夕刻からの客に備えて、
キリスト生誕のクリスマス飾りを壊さないように注意しながら、
ストッキングの足でテーブルに乗って、窓ガラスを拭いていた。

わたしは彼女に、メニューを見る必要はないから、
シチリア島で初めての夜なので店でいちばんおいしいものを食べさせてほしいと伝えた。
彼女はうれしそうに両手を揉み合わせ、厨房にいる彼女よりもさらに年嵩の母親らしき女性に
シチリア島の方言でなにか叫んだ。

それから20分とたたないうちに、
わたしは、これまでイタリアで食べたなかで間違いなく最もおいしい食事にありついていた。

初めて見る種類のパスタで、大きくて平べったくてもちっとしていた。
大きさこそちがうが、それは司教冠のように折りたたまれて、ラビオリのような袋状になり、
なかにエビとタコとイカを混ぜたとろりとしたあつあつのピューレが詰まっている。
それがホット・サラダのように、新鮮なザル貝、野菜の細切りと混ぜられて、
オリーブ油をきかせた魚介風味のスープに浸かっていた。
そのひと皿のあとには、タイムと煮込んだウサギのシチューがつづいた。

ところが、翌日のシラクーザではさらにおいしかった。
日も暮れかかるころ、冷たい雨の降るなか、わたしはバスでシラクーザに到着した。
そして、すぐにこの町が好きになった。

*****
その夜、教えられた店に行き、テーブルにつくと、
ウェイターがただちにふわふわの雲のようなリコッタチーズを運んできた。
チーズにはピスタチオが散らしてあった。
このほかに芳しいオイルをつけて食べるパン、肉のスライスが何枚かとオリーブの皿、
タマネギとパセリ入りのドレッシングで和えて、冷たいオレンジを散らしたサラダ。
そのあとようやく、この店にイカの名物料理があることを教えられた。

エリザベス・ギルバート 那波かおり訳「食べて、祈って、恋をして」
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by foodscene | 2012-03-20 15:55 | イタリア

食べて、祈って、恋をして イタリア1

ローマでの最初の食事は、そんなには、
ものすごくたくさんというほどには食べられなかった。

自家製のパスタ(スパゲッティ・アラ・カルボナーラ)に、
ほうれん草とにんにくのソテー
(偉大なロマン派の詩人、シェリーは、
英国に住む友人に宛てた手紙で、イタリアの食事について、
こんな信じられないことを書いている。
「きみには想像もつかないと思うが、
イタリアの若いご婦人方はなんとにんにくを食べるんだ!」)。

ついでにアーティチョークもひと皿。
ローマっ子たちがやけに自慢する食べ物だ。
そして、ウェイトレスがいきなりサービスで出してくれたおまけ―
なかにそっとチーズが詰められたズッキーニの花のフライ
(蔓から摘まれたことに花たちは気づいていないかもしれないと思わせるほど、
ものすごく繊細に料理されていた)。

スパゲッティを食べたあと、仔牛肉も試した。
そうそう、店のお勧めの赤ワインをひとりでボトル一本空けて、
オリーブオイルと塩を添えた温かいパンを食べて、
そして、デザートにはティラミス。

******

時は2003年9月上旬。
暖かくてどんよりした天気がつづいていた。
ローマに来て4日目、わたしはどんな教会や美術館も訪れておらず、
旅行案内書にすら目を通していなかったが、
ただ目的もなくやみくもに歩きつづけ、
気さくなバス運転手がローマ一のジェラートを売ると教えてくれた
小さな店を発見した。

店の名前は、<イル・ジェラート・ディ・サン・クリスピーノ>。
訳すと、“聖人パリパリーノのアイスクリーム屋”といったところか。

最初は、ハチミツとヘーゼルナッツの2種類を食べた。
そしてまた店に戻って、グレープフルーツとメロンを試した。
そして夕食後、もう一度そこに歩いて戻り、
シナモン・ジンジャーを味わった。

******

授業は午後から開始だ。
そこで、昼食(エンダイブのロースト)を食べにいき、
学校までぶらぶら戻り、レベル1の生徒たち(きっと、わたしよりお間抜けなはず)の前を澄まして通り過ぎ、
初めての教室に足を踏み入れた―
同じレベルの仲間たちとともに。

******

ええと、ヨーガの練習っていつするんだっけ。
チョコレート・ペストリーとダブルのエスプレッソですます
速攻イタリア式朝食の前?それともあと?

ローマに来て数日は、毎朝、ヨーガ・マットを広げていた。
でも、まじまじと見つめて、笑っただけだった。
一度、ヨーガ・マットになりきって自分に語りかけてみた。

「了解、“ペンネ・アイ・クアトロ・フォルマッジ(4種のチーズのペンネ)“の
お嬢ちゃん…えっと、そうですよね?
あなたがきょう食べたのは」

わたしは赤面し、ヨーガ・マットをスーツケースの底にしまいこんだ。
それから散歩に出て、ピスタチオのジェラートを食べた。
イタリア人にはこれを午前9時に食べるのも理にかなったことだが、
いくらわたしでもそれには賛成しかねる。

******
フードライターのエリザベスはローマのアパートメントのほかに
ウンブリア州に一軒家を持ち、
イタリア人の夫がいて、イタリアじゅうを食べ歩き、
《グルメ》誌に寄稿するという仕事をしている。

前世で溺れている孤児を数えきれないほど助けたとか、
よほどの善行を積んだにちがいない。

当然ながら、彼女はローマのどこに行けばおいしいものが食べられるかを
よく知っている。
そのなかには、あれがない天国には行きたくないと思えるほどの、
フローズン・ライスプディングを売るジェラート屋もある。

ある日、彼女とランチに出かけたときは、
ヘーゼルナッツ・ムースのラムとトリュフ巻きカルパッチョ風に加えて
野生ヒヤシンスの球根、ランパショーネのピクルスまで食べた。

******

彼はしょっちゅう昼間に電話してきて、
「やあ、いま近所にいるんだ。
ちょっとお茶でもどう?
それともオックステールのひと皿にする?」などと言う。

こうしてわたしたちは、ちょっとどころかたっぷりと、
ローマの裏通りの地下食堂で食事をする。
照明は蛍光灯だし、外には看板も出ていない。
わたしたちはそんな店が好きなのだ。

ビニール製の赤いチェックのテーブルクロス。
自家製の果実酒リモンチェッロ。
自家製の赤ワイン。
そしてルカが“小さなユリウス・カエサルたち”と呼ぶ、
手の甲に黒い毛を生やした、
髪を一分の隙もないオールバックにした地元の男たちが持ってくる、
信じられない量のパスタ。

******

ルカといっしょでなければ、わたしは乳飲み仔羊の腸を人生で初めて
試すこともなかったことだろう。
これはローマの郷土料理。

食に関して言うなら、ローマという土地はかなりワイルドで、
北イタリアの金持ちなら捨てるような獣肉のあらゆる部位を、
舌も内臓も全部味わい尽くす。
それがこの街の流儀なのだ。

さて、試してみた仔羊の腸は…だいじょうぶ、味わえた。
ただし、それがなにかについて
あまり考えないようにしている限りは。

それはこってりした味わい深いグレービー・ソースに浸かっていた。
ソースそのものは抜群のおいしさだ。
けれども、腸にはある種の…腸ならではの弾力がある。
レバーにも似ているが、もっとむちゃっとしている。

無心に食べているうちは、おいしいと思えた。
ところが、このひと皿をなんと形容しようか考えはじめたのがいけなかった。
この見た目は腸って感じじゃないわね。
腸じゃなくて、これは…サナダムシ?
わたしは皿をわきへ押しやり、サラダを注文した。

「好きじゃないのかい?」これが大好物のルカが尋ねた。
「ガンジーは一生涯、仔羊の腸を食べなかったわ」
「食べたさ」
「いいえ、食べなかったわ、ルカ。
だって、彼はベジタリアンだったもの」
「ベジタリアンだったとしても、これなら食べられる」
ルカはきっぱりと言った。
「なぜって、肉じゃないからさ、リズ。
これはただのくそだ」

******

食べることと話すことがわたしにもたらした喜びは
計り知れないほど大きく、なおかつ単純明快だった。

10月中旬のある日、わたしは、
はたから見ればあんでもないことかもしれないが、
わたし自身にとっては人生最良の時間のひとつとして
永遠に記憶に残るような数時間を過ごした。

まず、アパートメントの近所に市場を発見した。
うちから道数本しか離れていないのに、
それ以前はなぜか気づかなかった。

わたしは一軒の小さな店に近づいた。
イタリア人の女性とその息子が自分たちの畑で穫れたものを売っている店で、
豊かな葉っぱの緑がまるで藻のように色濃いほうれん草や、
血のような色をした、牛の心臓かと見まごうばかりのトマトや、
ショーガールのレオタードのように皮のぴんと張ったシャンパン色のブドウなどが
並んでいた。

わたしは、細くて色鮮やかなアスパラガスの束を選んだ。
この半分だけ買えるだろうかと、
簡単なイタリア語で店の女性に尋ねることができた。

わたしひとり分でいいの。
それ以上説明する必要はなかった。
彼女はただちにこの手からアスパラガスを受け取って、
半分にした。

わたしは、毎日同じ時刻にこの場所へ来たら、
この店で買い物ができるだろうか、と尋ねた。
彼女は、できる、と答えた。

毎朝7時からここで店を開いてるよ。
すると、息子が言った。
「ま、7時に開こうと努力してるってこと…」
3人で声をあげて笑った。
この会話すべてがイタリア語で交わされた。
数ヵ月前までは、わずかな数語しか話すことができなかった言語で。

わたしは歩いてアパートメントまで帰り、
ランチのために新鮮な赤卵ふたつを半熟に茹でた。
卵の殻を剝いて平皿に載せ、7本のアスパラガス
(細くてシャキシャキで調理する必要もなかった)を
横にあしらった。

オリーブも何個か、アパートメントと同じ通り沿いにあるチーズ屋で
仕入れた山羊のチーズも数切れ、そして、
脂のよく乗ったピンク色のサーモンをふた切れ。

デザートには、市場のあの女性がおまけにくれた、
美しい桃が1個。
桃はローマの日差しの温もりをまだ残していた。

わたしはずいぶん長いあいだ、
食事に手をつけられずにいた。
それがランチの最高傑作に思えたから。
これこそ、なんでもないものでなにかをつくりあげる芸術だと思えたから。

自分の食事の美しさをたっぷりと目で愛でたあと、
ついにわたしはそのひと皿を、
清潔な板張りの床の日差しの注ぐ一角に持ち出し、
床にじかにすわって食べた。
指を使って。

ひと口ひと口をしっかりと味わい、
イタリア語の日刊紙を読みながら。
わたしの身体の細胞のひとつひとつに幸福が宿っているのを感じた。

********

ここから川を渡って、トラステヴェレ地区に入る。
この地区は生粋のローマっ子が住む、
いわゆるローマの下町だ。

古来ここに住む職人や労働者たちが川向こうの街にありとあらゆる記念碑を
建ててきた。
わたしは静かな軽食堂(トラットリア)でランチをとり、
料理とワインを相手に何時間もその店で過ごした。

トラステヴェレ地区では、本人が望むのなら、
食事時間を引き延ばしている人間を誰も咎めることはない。
わたしはブルスケッタと、スパゲッティ・カーチョ・ペーペ
(チーズと黒胡椒だけのいかにもローマらしい素朴なパスタ)と、
小ぶりのローストチキンを注文した。

チキンは、食事のあいだずっとわたしを見つめつづけていた野良犬に、
最後に分けてやった。

********

しかし、彼は間違いなくナポリっ子だ。
その証拠に、ローマを発つとき、彼はナポリでお勧めのピッツェリアを教えてくれた。

ジョヴァンニが言うには、そこなナポリでいちばんおいしいピッツァを売る店なのだとか。
わたしは色めきたった。
なぜなら、イタリアでいちばんおいしいピッツァはおそらくナポリのピッツァだろうし、
世界でいちばんおいしいピッツァはイタリアのピッツァだろう。
だとすると、その店のピッツァというのはつまり…
大げさすぎるかも、いや、でも、もしかして…
世界でいちばんおいしいピッツァ?

ジョヴァンニはすごく真剣に熱をこめて店の名を口にした。
秘密組織の会合に誘われたのかと勘違いしそうになったほどだ。

彼は店の住所を記したメモをわたしの手に押しつけ、
並々ならぬ自信をのぞかせてこう言った。
「とにかく、このピッツェリアに行くといいよ。
注文するのはマルゲリータ。
モッツァレラチーズはダブルで。
でも、もしナポリでこのピッツェリアに行かなかったとしても、
ぼくには嘘をついてほしい。
言われたとおり、あそこには行ったって」

もちろん、ソフィーとわたしは、そのピッツェリア<ダ・ミケーレ>に行った。
そこでひとり1枚ずつ頼んだピッツァはわたしたちを骨抜きにした。
それどころか、そのピッツァを愛するあまり、
興奮状態のさなか、わたしにはそのピッツァがわたしを愛してくれていることまで信じられた。
まるで情事のような、わたしとピッツァの関係……。

一方、ソフィーは哲学の深淵を垣間見たように、わたしに切々と訴えていた。
「どうして、ここの人たちは、ストックホルムでピッツァを焼いてくれないのかしら?
わたしたち、いったい、ストックホルムでなにを食べていたのかしら?」

<ダ・ミケーレ>はふた部屋だけの小さな店だが、
店のオーブンはつぎつぎにピッツァを焼きあげ、
休むことを知らなかった。
雨のなかを店まで15分ほど歩いたが、そんなこともまったく気にならない。

早い時刻に店に行かないと、生地がなくなって閉店になる。
それではあまりに残念だ。
午後1時ころには店の前がピッツァを求める人でごった返していた。
救命ボートにわれ先にと群がるような押し合いへし合いだ。

この店にメニューはない。
ここで食べられるピッツァは2種類だけ。
レギュラーとチーズ増量。

南カリフォルニアのニューエイジ風のオリーブと天日干しドライトマトのピッツァもどきは、
ここには存在しない。
この店のピッツァの生地は、これまで食べたピッツァもどきとはちがいー
これを思いつくまでに食事の半分の時間を要したが—
むしろインド料理のナンに近い。
やわらかで、噛みごたえがあって、味わい深い。
なのに、信じられないくらい薄い。

これまでわたしは、人生においてピッツァ生地の選択肢はふたつしかないと思っていた。
薄くてぱりぱりか、厚くてもっちりか。
なのに、薄いのにもっちりしたピッツァがこの世界に存在していたなんて!
なんという奇跡!
薄くて、ぱりっとして、もちっとして、噛みごたえがあって、滋味深くて、
塩気のよくきいた天国のピッツァがここにある!

ピッツァの上では、クリーミーな旨いトマトソースがふつふつと泡立ち、
水牛の乳からつくるモッツァレラチーズと溶け合っている。
そして葉を数枚つけたバジルの枝たひとつ。
それが香草の芳しい香りをピッツァ全体に放っている。
そこにいるだけで周囲の人々が活気づく、パーティーの出席者のなかでひときわ光る
映画スターのように。

こんなピッツァを口におさめるのはひと苦労だ。
放射状に切ったひと切れに挑むために、ぐにゃりとしたピッツァを折りたたむと、
土砂崩れのように熱いチーズが流れ落ち、
そばにいる人まで含めてあわてふためくことになる。
でも、こうするしかない。

この奇跡を起こすために、男たちは薪を燃料とするオーブンに
大きなシャベルでピッツァを入れたり出したりする。
まるで巨大な蒸気船の内部で、燃え盛る炉に石炭をくべつづけるボイラーマンのようだ。
シャツの袖がまくりあげられて、前腕に汗がにじむ。
男たちは力仕事に顔を紅潮させ、火の熱気に片目を細める。
そして口にはくわえ煙草。

ソフィーとわたしは、お代わりをそれぞれもう1枚注文した。
ソフィーはなんとか落ちつこうと懸命だし、わたしはもう、
ピッツァのあまりのすばらしさに、どうしていいのかわからなくなっている。

わて、ここでわたしの身体についてー
当然ながら、わたしの体重は日に日に増えていった。
イタリアに来てからというもの、
わたしは自分の身体をぞんざいに扱い、大量のチーズとパスタとパンとワインと
チョコレートとピッツァをそこに送りこんできた
(ナポリの別の店ではチョコレート・ピッツァなるものが食べられると聞いていた。
そんなばかな……。
ところが、あとでそれを街で見つけて食べてみた。けっこういける。
頭のなかでは、えええっ……チョコレート・ピッツァ?
という台詞が繰り返されているのだが)。

わたしはエクササイズをしていなかった。
食物繊維も、ビタミンも充分に摂っていなかった。
アメリカでは、無農薬飼料で育てた山羊のヨーグルトに麦芽を散らして食べていたというのに。
友人なら誰でも知っているくらい徹底していたのに。

でも、そんな日々ははるか遠い出来事。
アメリカではスーザンが、わたしが、
“炭水化物三昧の旅”に出ているとみんなに言いふらしているだろう。
でもこういったことすべてを、わたしの身体が喜んでいた。
わたしの身体はわたしの失敗や甘えを見て見ぬふりをする。
「好きにやりなさい。
いつまでもできるわけじゃないんだから。
純粋な喜びの追求はもう充分と思ったら、わたしに言って。
ダメージから回復する方法をいっしょに考えてあげる」……そんな感じだ。

それでも、ナポリ一のピッツェリアの鏡に映ったわたしは、
健康で幸せそうな顔をしていた。
瞳が輝き、肌もつやつやしていた。
自分のこんな顔を長いあいだ見ていなかった。

「ありがとう」とわたしは鏡につぶやく。
それからソフィーとわたしは、
甘いお菓子を求めて雨のなかに駆けだした。

エリザベス・ギルバート 那波かおり訳「食べて、祈って、恋をして」
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by foodscene | 2012-03-19 14:11 | イタリア

By no means, Rome.

夕方前に外に出て、道端のカフェでレモンのグラニータ(シャーベット)を食べる。
イタリアといえばジェラート(アイスクリーム)だが、
僕はグラニータが好きだ。
冷たくて、甘くなくて、そしてきゅっと酸っぱい。
本当のレモンで作ってあるから
真剣に酸っぱいのだ。
そしてところどころにレモンの種が混ざっている。
ローマの夏というと僕はレモンのグラニータを思い出す。

(村上春樹著「遠い太鼓」より)
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by foodscene | 2008-06-08 23:55 | イタリア

アイスをパンにはさんで食べる

僕らはパレルモで外食するときはだいたい昼食を食べることにしていた。
夜は外に出るのが億劫なこともあるけれど、
一番の理由は量が多すぎて、夜中(つまりイタリアの夕食時間)に食べると
おなかいっぱいになって寝られないからだ。

パレルモの主要レストランを全部まわったわけではないし、
あまり高い店は敬遠して行かなかったから、
ここがパレルモでいちばん美味い店だと断言することはできないのだが、
僕は個人的にはグラナテリ通りにある『ア・クカーニャ』がいちばん好きだった。
僕はここに3度行った。

ずっとイタリアで暮らしていて、2度行ったレストランはけっこう沢山あるけれど、
3度行った店は少ない。
だから美味しいことには間違いないだろうと思う。
もっともイタリアのレストランは料理人の移動が激しくて、1年後に行ってみるとがらっと味が変わってしまっていることがあるから、
今でもここの料理が美味しいかどうかは自信がないけれど。

ここはまずビュッフェ形式のアンティパストが美味しい。
イタリアのレストランのアンティパストは見た目は美味しそうでも
いざ食べてみると脂っぽいものが多くて閉口することが多いのだが、
ここのは実にさっぱりとしていて、家庭料理っぽいところが嬉しい。

それを食べながら腰のある美味しいシシリーの白ワインを飲む。
それからプリモのお勧めはシシリー名物のパスタ・コン・サルデ(鰯のパスタ)と
イカスミのリングイーネ。
このふたつは優劣つけがたく美味しい。

鰯のパスタというのはパスタに鰯と松の実とフェンネルとレーズンを混ぜた
とても香ばしい料理で、皿が運ばれてきたときの匂いが実に良い。
内容の取り合わせがちょっと奇妙に感じられるかもしれないが、
実際に食べてみるとなかなかなごんだ味わいがある。

シシリー以外ではめったに食べることのできないものであるから、
もし当地に行かれることがあったらこの料理は是非賞味していただきたいと思う。

とはいうものの、もう一方のイカスミのリングイーネも逃したくない。
イカスミのパスタなんてどこにでもあるじゃないかと言われるかもしれない。
でもこれは生半可はイカスミのリングイーネではない。
なにしろ山盛りのリングイーネにこれでもかというくらいイカスミがかかっているのだ。
これを最初に見たときには
「ひとりの人間がこんなにいっぱいイカスミを食べられるものか」とげんなりしたものだが、
でもちゃんと食べられる。
食べてみると実にすんなりと胃に収まってしまう。

食べおわる頃にはナプキンがスミで真っ黒になってしまうのが
難といえば難だが、この迫力もやはり味わっていただきたいと思う。

僕は赤坂の『グラナータ』のイカスミのパスタも好きだけれど、
でも『ア・クカーニャ』のそれに比べるとイカスミ度が一次元違うという気がする。

だいたいにおいてこの店はひとつひとつの料理の量が多いので、
アンティパストとパスタを食べるとおなかがいっぱいになってしまう。

そこで我々はふたりで一品軽いセコンド・ピアット(メインディッシュ)を取って
それをシェアすることにしていた。
本当はアンティパストとパスタだけでもう充分なのだが、
セコンドを断ったりするとウェイターは
「今日の夕方の6時で世界は終わります」と言われたときのような顔をする。
そういう顔はできることなら見たくないので、
いちおうセコンドを注文する。

ここのセコンドは魚が美味しい。
新鮮な魚をさっぱりとした味つけでグリルしてくれる。
トルーマン・カポーティに似たヘッド・ウェイターが魚を運んできて、
ナイフとフォークを使って器用に手早く骨と身を選り分けてくれる。

それからエスプレッソ・コーヒーを飲む。
女房はケーキを食べる。
僕は思うのだけれど、女の人というのはデザート用に小型の予備の胃を持って生まれてくるのではあるまいか。

これで値段は5万リラ(5千円ちょっと)。
これだけ食べると、正直言って翌朝までおなかが減らないから、
まあ安いと言ってかまわないのではないかと思う。
魚がけっこう高いので、セコンドに肉料理を取ると、値段はもっと安くなる。

それからこれはレストランの料理ではないが、
シシリーのアイスクリームはなかなか美味しい。
材料の果物の味が生きていて、とてもフルーティーなのだ。
陽気が温かいせいで、冬でも町にでるとよく屋台でアイスクリームを買って食べた。

アイスクリームを買うと
「コーンにするかパンにするか」と訊かれる。
最初は何のことだか全然理解できなかった。
パンって何だ?
と思ってまわりを見ると、ハンバーガー・パンにアイスクリームをはさんで
もぐもぐと食べている人がけっこういた。
僕の知る限りでは、世界広しといえどもこんなアイスクリームの食べかたをするのはシシリー人だけだ。
こういうのは好きずきだから、いちいちけちをつけるつもりはないけれど。

シシリーの食べ物の美味しさを味わうには何もレストランに通う必要はない。
自炊をする人間にとってもシシリーは至福に満ちた場所である。
なにしろ市場に行くと魚屋がやたら沢山ある。
そしてとれたてのカツオやサバやマグロやイカやら海老やら貝やら、
新鮮な魚介類がずらりと揃っている。
魚だけではない。
野菜と果物に関しても文句のつけようがないくらい豊富である。
ワインだってとても美味しいし、安い。
パレルモという町につくづくうんざりしたこの僕でさえ、
ここの土地が産出する食物だけは素晴らしいと思わざるをえなかった。
なにもかも揃った素晴らしい土地というのはなかなかないものである。

(村上春樹著「遠い太鼓」より)
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by foodscene | 2008-06-08 23:53 | イタリア

and...

家に戻るとさっそく下ごしらえにかかる。

僕がいんげんの頭をむしって、茹でる。
女房が出刃で(これは日本から持参した)鮭をしわける。
すごくいいトロが出たので、わさび醤油につけて台所に立ったまま食べる。
こういうのをもぐもぐと食べていると御飯が食べたくなる。
ちょうど昨日の残りの冷飯があったので、このトロの刺身と梅干しをおかずにして食べる。
じゃあ、イカも切っちゃおうかということになって、
イカも刺身で食べてしまう。
このイカは実にとろりとして美味しかった。
ゆであがったいんげんも漬物がわりにぽりぽりと食べる。
インスタント味噌汁も作る......という具合に台所で立ったまま、簡単に昼食が終わってしまう。
こういうのはけっこう美味しいものである。

ついでだから書いちゃうと、この日の夕食は鮭と鰯の寿司、梅干しの巻き寿司、蕪の簡単漬物、いんげんの梅あえ、焼き鰯、というものであった。
もっともこういう日は例外的で、大体はパスタを食べて暮らしている。

ローマの市場の食物はみんなとにかく元気がいい。
とくにトマトとホーレン草とインゲンは、口にふくむとコリッとして「野菜です」という香ばしさが口の中にさっと広がる。
その3つは東京に戻ってきてしばらくは、まずくて食べられなかったくらいだ。
東京のイタリア料理店の味はここのところずいぶんおいしくなったけれど、
野菜のいきおいだけはやはりいかんともしがたいと思う。

(村上春樹著「遠い太鼓」より)
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by foodscene | 2008-05-06 22:53 | イタリア

ポンテ・ミルヴィオ(ミルヴィオ橋)の青空市場 2

僕らはバスでポンテ・ミルヴィオまで行く。
まず魚屋に行って鮭を買う。
鮭は輸入品だから(もちろん地中海で鮭はとれない)決して安くはないが、
我々にとっては非常に利用価値の高い魚である。
これ1匹あれば鮭寿司も作れるし、塩焼きもできるし、頭を使って吸い物も作れる。
ありがたいことに身を買うと頭をただで貰える。
何故ならイタリアの人は鮭の頭なんてまず使わないからだ。
あのかまの美味しいところも使わないで捨ててしまう。

だいたい1キロで3000円くらい。
好きなだけ切って売ってくれる。
うろこを落とし、はらわたを出し、頭を切り、それから輪切りにして量り売りしてくれる。
僕らはいつも上半身の方を取る。
しかし見ているとよく上半身だけ売れ残った鮭があるから、
イタリア人は下半身を好んで買っていくのかもしれない。
僕らは2500円分の鮭を買った。
(略)
隣の魚屋で大きめの鰯を7匹と、イカを5匹買う。
鰯はとても安く、イカはちと高い。全部で1400円。

それから野菜。大根を3本と蕪。
きのこを2キロ。トマト、キウリ、ジャガイモ、ビエダ(京菜に似た野菜)、ホーレン草、
インゲン、バジリコ、等々。

2人で両手にいっぱい荷物を抱え、コーヒーを立ち飲みしてからまたバスに乗って家まで帰る。
こういう買い出しはけっこう大変だけれど、それでも新鮮な食料品をいっぱい買うとずいぶん幸せな気分になる。

(村上春樹著「遠い太鼓」より)
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by foodscene | 2008-05-06 22:47 | イタリア

ポンテ・ミルヴィオ(ミルヴィオ橋)の青空市場 1

それからこの市場の近くには安くて美味しい食べ物屋がある。
150円(1500リラ)出せばかなり大きなあつあつのピッツァを食べさせてくれる立ち食いピッツァ屋がある。
「ミレ・チンクェ(1500)!」と怒鳴ると、ちゃんと1500リラぶん切って、
オーブンで温めてくれる。
200円出せばけっこう腹いっぱいになる。
その隣には、いつも労働者やら兵隊やらで賑わっている安いレストランがある。
ウェイターの目付きと愛想は極端に悪くて、ときどき店の中がひどく汗臭いが、
味は悪くない。
かと思えばイタリアには珍しく見事に正統的なフィレ・ステーキを食べさせてくれるシックなレストランもある。
ここは静かで、ウェイターの愛想もよく、暖炉でぱちぱちと火が燃えている。
市場の入り口にあるバールの立ち飲みコーヒーも香ばしくて美味しい。
どこの国でもそうだが、活気のある市場の近くには必ず美味い食べ物屋が揃っている。
錦小路だってそうだし、築地だってそうだ。

(村上春樹著「遠い太鼓」より)
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by foodscene | 2008-05-06 22:41 | イタリア

シズル感演出

スペイン広場に戻ると、道端で売っている焼栗のにおいがして、
キューンとお腹が空いてきた。
一袋買いポケットに入れると懐炉がわりになってホカホカとあたたかい。
一粒一粒出してはゆっくりと食べながら、しゃれたショウ・ウィンドーを覗いて歩く。
どの店もウィンドー・ディスプレイが実に良い。
いちいち店の中に入ってあれこれいじくりまわさなくてもウィンドーを一通り見較べれば
買物の心が決まるほど、商品展示が効果的なのだ。

ローマに溢れる偉大な歴史的遺産のエネルギッシュな創造者達と、
現在の頼りないほどのどかなイタリア人達とが本当に同じ人種なのだろうかと
思うことが多いのだが、少なくともこの装飾的センスの鋭さ華やかさだけには、
古今に通じる血と伝統を実感することができる。

もう一つのきわめて盛大に食欲的な胃袋も古代ローマ帝国以来、
衰えを見せてはいないようである。

スパゲッティーといえば、
日本では普通それだけで一食を済ますものだが、イタリアでは食事の第一段階としての
スープがわりにすぎない。
山のようなスパゲッティーをペロリと平らげてから舌なめずりして再びメニューを広げ、
次なるメイン・コースの料理を選び、そのかたわらもりもりパンをかじり
ワインをあおるイタリア人の前では、
いつも大食を自認する私も小兎のようにしょぼくれてしまう。

こんなに重い食事と食事の間でも、彼等はさっさとお腹を空かせて、
ピザやサンドイッチやケーキの店に群がるのである。
そういう軽食スタンドが、貧乏旅行者にとっては絶好の補給基地になる。
わけのわからないメニューに頭をひねらなくても、ガラス・ケースの中身をながめて
「これとこれ」と指さして、そこに明示された嬉しくなるほどささやかな金額を引き換えに支払えばよいのだから、きわめて気楽で安全確実で、しかもヘンに気取ったレストランより素朴なイタリアの味を愉しめる。

(桐島洋子著「女がはばたくとき」より)
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by foodscene | 2008-04-29 03:39 | イタリア

かんぺいちゃん

おいしいニョッキが食べたくなって、汽車に乗ってはるばる北のボローニャまで行く。
僕はボローニャという町がなんとなく好きで、とくにこれといった用がなくても
ふらっとここに行って、3、4日ゆっくりすることがある。

食べ物も美味しい。
それもなんということのない普通の料理が美味しいのだ。
ボローニャには僕の贔屓のレストランがけっこうある。
どれもガイドブックやミシュランには出ていない店だ。

みんな飛び込みで入って偶然発見した。
安くて美味しくて、何度通っても、味の崩れがない。
一流店と違って、シェフが引き抜かれて他の店に移籍して、
それで一夜にして味が変化したりするようなことはまずないからだ。

おとーさんとおかーさんが奥の方で夫婦喧嘩しながらごそごそと調理をしているような小さな店である。
派手ではないけれど、何度食べても飽きない味なのだ。

チップだって受け取らない!
特に僕はここに来るとよくニョッキを食べる。

ニョッキがボローニャの名物というわけではない。
しかし寒い季節に霧深いボローニャの町であつあつのニョッキをはふはふと食べる
あの感触というのは、ちょっと何物にもかえがたい。

ニョッキというのは不思議な食べ物で、これほど簡単な料理もないだろうと思うのだが、
美味いのと不味いのとの差が実に歴然としている。
本当の庶民料理であるだけに、不思議に気持ちのこもり具合が出てしまう。

食べ物ひとつとってもいい街です。


(村上春樹著 「遠い太鼓」より)
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by foodscene | 2006-06-13 00:43 | イタリア

mama, I miss your pasta.

ウビさんのお母さんは小柄な人だが、見るからに芯の強そうな、
いかにもイタリア人のお母さんというタイプの人である。
僕らを家の中に案内して、すぐに昼食を作ってくれる。

メニューはトルテリーニのトマト・ソースと、野菜サラダと、ブロコレッティとアーティチョークと
じゃがいもの煮野菜と、肉料理が二品。
とても美味しい。全部自家製である。

料理ができたところで、お父さんの偏屈バチスタが戻ってくる。この人は完全な酔っ払いで、朝から晩までワインを飲んだくれている。
御飯もろくに食べない。鼻がサンタクロースのように赤い。


(村上春樹著 「遠い太鼓」より)
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by foodscene | 2006-06-13 00:22 | イタリア