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舌は保守的

「さて、晩飯にしましょうか、ホテルの食堂でまた羊の串焼きかと思うと、ぞっとする、といって、外は寒いから、中華料理店へ行くのも億劫だし」
「少し遅くなってもいいのでしたら、すき焼きをしますよ、あまり固くない牛肉が手に入ったのです、野菜も、ありますし」
 客室担当者が、云った。
「え、すき焼き!待つとも!手伝うよ」
 一同、唾を呑むように、雀踊りした。
 
 客室担当者は、手早く粒の細長い現地米を研ぎ、日本から持参の電気炊飯器にセットすると、恩地たちもバスルームの洗面台に俎を置き、風呂場の水道で洗った野菜類を刻んだ。
 ご飯が炊き上がると、アルミ鍋に肉、ネギや白菜に似た野菜類、マッシュルームを入れ、今日だけは豪勢に使おうと、貴重品の醤油と砂糖で味つけした。食べることだけが楽しみの単身赴任者たちは、目を輝かせて、せっせと取り皿に醤油味の沁みた肉や野菜を取り、舌鼓をうった。

(山崎豊子著 「沈まぬ太陽」より)
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by foodscene | 2006-05-08 02:23 | テヘラン