カテゴリ:東南アジア( 3 )

がらくた 1

「これは何?」
うさんくさそうな、母の声が聞こえた。
見ると、ココナツとレモングラスの味のするカレーの、
中にたくさん入った丸いものをスプーンでつついている。

「大ぶりのグリンピースかと思ったけど、
それにしちゃ柔らかくて、ほおずきみたいな味がするのよ」
食べてみたが、私にも何だかわからなかった。

注文した覚えのない食後酒が運ばれてきて、
隣の店を見るとミミと父親が手を振っていた。
母が苦笑して、きりがないわね、と、言った。

***

砂浜におりたときには、肉や魚を焼く煙が、
盛大に上がっていた。
ただし、私のがっかりしたことには、バーベキューといっても
キャンプ場でするようなそれではなく、
きちんとしたクロスのかけられた、
レストランとおなじテーブルが波打ち際まで持ちだされただけのことだった。

そばにグリルが置かれ、
3人のウェイターがつきっきりで給仕してくれる。
アイスボックスの中の、真空パックになった素材を見て、
母も失望をあらわにした。

***

エビ、白身魚の切り身、牛フィレ肉、とうもろこし。
ミミの父親は、1人で旺盛な食欲を見せている。
母とミミはほとんど食べなかった。
私は奇妙な義務感にかられ、皿に取り分けられた分だけは何とか胃に収めた。

***

その晩の夕食に、彼らは姿を見せなかった。
街のレストランに行ったのか、あるいはディスコに行ったのかもしれないと思った。
私と母は浅蜊のスパゲティを食べ、白ワインをのんだ。
雲はすでに切れており、晴朗な夜空が広がっていた。

***
「お庭の、ほら変な舞台みたいになってるとこがあるでしょ、大きな壺が飾ってあるとこ。
あそこで女の子が中国茶をいれてくれてね、
鉄板でパンケーキみたいなものを焼いてくれるの。
おもしろかったわよ」
「よかった」
髪にブラシをあてながら、私は言った。

「その鉄板がね、たこ焼きの器械みたいにくぼんでるの。
だから平べったいパンケーキじゃなくて、まあるい球みたいなパンケーキができるわけなの」
母の説明は続く。
あたしがおもしろかったって言ったのはその点なのよ。
だってそうでしょう?
中国茶とパンケーキなんて、それだけじゃおもしろくも何ともないでしょう?

***
「おいしいお魚がいただきたいわね」
母が言った。
「鰯がいいわ。小ぶりの、指で割けるくらい新鮮な鰯を焼いて、
身が爆ぜたところへお醤油をちょっとたらして」

テーブルの上には、すっかり見馴れた(というのは無論おなじものばかり注文するからなのだが、
他にこれといって食べたいものが見つからないので仕方がない)
青菜炒めと白濁したスープ、えび料理がならんでいる。

「あとはそうね、日本酒があれば十分。
へんに気取ったやつじゃなくてね、〆張鶴とか久保田とか、ごくふつうのやつでいいから」
プールの水は黒々としている。
海からの風が椰子の葉を揺らし、
ざわざわと音をたてる。
わずかに遅れて、コロコロと木楽器が鳴った。

***
「柳がれいってわかる?干物よ。とてもおいしいの」
桐子さんの好きなところは、一人でどんどん喋るところだ。
私の言葉がすくなくても、気にしないところ。
「わかります」
私は言った。

桐子さんは紅茶をいれてくれた。
そして、また薄荷チョコレートをだしてくれた。
緑の箱の、うすい四角いチョコレート。

***

アメリカにいたころも、ショッピングモールに併設されたシネマコンプレックスに
よくでかけた。
山のようなポップコーンや、テイクアウトした春巻を持って。

ひさしぶりに映画館にでかけましょう、とママは言う。
どこで何が観られるのか調べておいて、と。
そして立ち上がる。
コーヒーの入ったマグを手に、台所をでていく。
たぶんもう一度寝るのだ。

トーストが焼け、私はそこにバターと明太子を塗る。
明太子は、パパの両親がしょっちゅう送ってくれるので、
我家の冷蔵庫の常備品だ。
明太子と映画館は、どちらも私が日本に帰って感動したもの。

江國香織著「がらくた」
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by foodscene | 2012-04-30 14:40 | 東南アジア

バンコック

明日で帰国という日、
バンコック市内のレストランで打ち上げパーティーが開かれた。

最初はどうなるかと思っていた、
こちらの香辛料やトウガラシをたっぷり使った料理も慣れるとうまい。
エビや魚のすり身を揚げた料理に、
シンハービールで何度も乾杯をする。
そのうちに日本大使館からいなり鮨の差し入れが届き、
みんな大喜びだ。

林真理子「RURIKO」
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by foodscene | 2010-10-17 14:23 | 東南アジア

浮世でランチ

ペナン島のホテルで部屋の天井を見上げると、
ナマコのような楕円形のシミがあって、私を憂鬱にさせる。
バナナチップスを食べながらまた見上げると、
それはバナナの切り口に見えた。

バタワースで列車から降りて、そこからフェリーに乗って、
ペナン島へ渡った。
植物園を散歩して、
それから屋台でナシルマという、
ココナッツミルクで炊いた白ごはんを、バナナの葉で包んであるものを食べた。
今はホテルでひとり、くつろいでいる。

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私は今、マレーシアのマラッカというところにいます。
朝ごはんはフルーツを食べて、昼は肉骨茶(マレー語ではバクテーと言うようです)屋さんに行きました。

お店に行ったら、私の他にはお客さんがいなくって、
店員のおばさんは英語がわからないらしくって、
だから私は鍋を指さして食べたいしぐさをしました。
5分ぐらいしぐさを続けたら、やっとよそってくれました。

肉骨茶は、骨付きの豚肉、湯葉、チンゲン菜のような野菜、
エノキ、マッシュルームを漢方薬で煮込んだもので、スープを飲むと、
体がジーンとしびれる感じがしました。
そうしたら泣きたくなりました。
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頷いて、私は皿を取り、朝ごはんを選び始める。
揚げ卵、謎の野菜炒め、小さなトースト。
それから、さまざまな種類のジャムの前で悩んでいると、
おじさんが側に来て、これはオレンジ、これはレモン、と教えてくれながら、
「サワー、サワー」
と顔をしかめる。でも、私はレモンを選ぶ。

安っぽいのに妙に可愛らしい青いギンガムチェックのテーブルクロスの上に、
部屋のキーと、皿を置く。
どの料理も驚くほどおいしかったので、ぱくぱくと食べた。
レモンジャムはやはり、酸味が強かった。

「オイシイ?」
おじさんが聞いてくれたので、
「おいしいです」
と頷く。3回、おかわりのために立ち上がった。

食べ終わって部屋に戻ろうとすると、
「オイシイ?」
おじさんはまた聞いてくれる。
「おいしかったです」

山崎ナオコーラ「浮世でランチ」
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by foodscene | 2010-08-30 15:40 | 東南アジア