カテゴリ:ノンフィクション・イギリス( 3 )

英国貴族と結婚した私 2

それでも私たちは予定通り、毎日夕方の五時ごろまでに宿に着き、
ソーセージかベーコンに野菜とパンという簡単な夕飯をすませ、
冷たいシャワーを浴びて、おかいこ棚にもぐり込んだ。

そして翌朝は八時ごろまでに起きて、
コーヒーとパンの朝食のあと、
パンにスクランブルド・エッグをはさんだサンドイッチなどを作ってリュックに入れ、
モーターウェイの入口まで歩いてヒッチを始めるのだった。

***

それに反して、人がめっきり少くなった大学の研究室で私は資料をまとめ、
英語で論文を書く準備をしていた。
そしてときどきシーラの車で、
ケンブリッジやサフォークの田舎へ遠出した。
田舎の古いパブやレストランでランチに自家製のパイを食べたり、
スコーンという、パンとお菓子のあいのこのようなものに
ジャムと生クリームをたっぷりつけて食べる午後のお茶を楽しんだ。

***

翌日のクリスマスには、私は長いドレスを着て、
再びイブリンを訪ねることにした。
今度はイブリンのボーイフレンドも一緒に、
そして前夜のドイツ人ともう一人英国女性が加わって、
七面鳥とクリスマス・プディングのごちそうを食べた。

イギリスのクリスマス・プディングには面白い意味があった。
その中にコインを一つ入れておいて焼き、
切ったときにそれに当った人は、一年以内に結婚するというのである。

私たちも試みたが、コインは本当に結婚するはずのイブリンでも、
もしかしたら願っていた私でもなく、
ドイツ人に当った。
プディングを切り分ける前に、たっぷりブランディをかけ、
火をつけてアルコール分をとばすのだが、
一瞬燃え上る青い焰がとても美しかった。

***
Hは料理好きだった。
私たちは一緒に買物に行き、
料理をしては人を招いた。

子羊にニンニクで味をつけてローストした料理とか、
オーブンで焼いたグレープ・フルーツに蜂蜜をかけたデザートとか、
私たちは外でおいしいものを食べるだけでなく、
家でも新しい料理を工夫した。

***

私たちに、美青年が台所でおいしいパテを作ってくれ、
ワインとともにサービスしてくれた。
***

私がもう一つの約束をキャンセルし、食事の招きを承諾すると、
彼は大喜びで台所へ行き、ゆで卵を作った。
私にいくつ食べるかときき、
一つと答えると、私に一つ、自分には二つをゆでて、
トーストとともにテーブルの上においた。
それが夕飯だった。

***

ここの食事は、菜食主義だが、そのメニューは全部、
夫人の手になるものである。
菜食主義といっても、鳥のエサみたいなものとは大違いで、
スープやサラダの種類の多いこと、
おいしいことといったらない。
S夫人は、料理の本も書くくらいだから、
当然のことかもしれない。
パン、ミルク、ジュース、野菜、すべて自家製で、
農園は農業学校を卒業した長男夫婦が経営にあたっている。

***
とりわけ、見事なのはりんごだった。
10本以上あるりんごの木はそれぞれ種類が異なり、小さくて甘ずっぱいコックス、
黄色いデリシャス、大きい紅色のスターキング、
さらにサイダー用や料理用のりんごなど様々だった。

色とりどりに、ずっしりと枝をしなわせた様子は、
まさに一幅の絵だった。
もう真白に霜が降りる10月の早朝、
起きぬけに果樹園へ行って、今朝はどれを試そうかと思案しつつ、
一番おいしそうなのを選び、洗いもしないでパリッとかじると、
肉がしまって甘く、歯にしみるほど冷たかった。
「ここは魔法の国だ」と私は思った。

戦争中から戦争後にかけて、子供時代を飢えですごした私は、
その後も果物はお金を払って買うものだと思っていた。
英国では、プラムもさくらんぼもあんずも、りんごも、
シーズンにはとても安くておいしく、
果物好きには何よりだったが、それでもポケットのお金と相談しつつ、
ほんの少しだけ買うのがそれまでの生活だった。
だから、大好物の果物が庭でとれるなんて信じられないことだった。

***
プラムや梨やりんごは、放っておいても困るくらい実った。
庭からいくら果実がとれても、
とれたことに気付きもしないマイケルに反して、
私はそれを利用することを真剣に考えた。

冷凍できるものは冷凍し、ジャムや瓶詰もたくさん作った。
ラスベリーやカラントのシーズンには、
私は朝から晩までジャム作りをした。

田舎の家に客を招くとき、
一番のごちそうは、夏ならば庭に座って太陽と自然を楽しむことであり、
雨の日や冬の夜には、炉に薪をたいて、その前で一杯飲みながら、
おしゃべりをすることだった。

そんなときの食事は、庭からとってきたばかりの野菜類が主で、
それにシーズンにはキジ、あるいは新鮮な鮭、ムール貝、
子羊のローストなどが加わる。

野菜を作る庭があって贅沢だと人はいったし、
その通りであったが、この贅沢は、座っていてできるものではなかった。
庭から掘ってきたじゃがいもやにんじんの泥を落とし、
キャベツもレタスもきれいに洗って食卓に出すのは、
洗ってある野菜を店から買ってくるほど、簡単ではない。

それどころか、きゅうりも、トマトも、いんげんもちょうど食べごろにとらないと、
たちまちお化けのような大きさになってしまうから、
とれてとれて困るときには友人に分けたり、それでも余れば、
トマトはピュレーに、きゅうりはピクルスに、
いんげんやそらまめは、さっとゆでて冷凍に、と忙しかった。

料理を習ったこともない私が、
自分で工夫してジャムやピクルスを作り、
プラムを青いうちに塩づけにして、梅干しまがいのものを作るのを見て、
みんなは驚いたが、すべては子供時代にやったことの応用だった。

それは戦争のおかげともいえようか。
砂糖の買えない時代、
白いフカフカのパンなど見たこともない時代に育った私は、
残念ながらあまり大きくは育たなかったけれど、
いわば自然食品だけで育てられた子供だったわけだ。

山梨県に疎開していたあいだは、
子供ながら味噌も梅干しも、白菜漬けもタクワンも母が作るのを脇で手伝ったし、
薪でごはんも炊けば、太い不揃いのうどんを母に代わって作ることもした。
おやつには、自家製の干しいもや干し柿、
あるいは庭からとってきたきゅうりやトマトやとうもろこしを食べた。

英国でみんなに羨ましがられる生活が、
戦争中の疎開生活と同じだったとは!

しかし夫のマイケルは、そういった新鮮な食べ物には大した興味を示さなかった。
彼は好きな物が決まっていて、
それさえ食べていれば機嫌がよかった。

好き嫌いも多く、魚はダメ、玉ねぎ、レタス、キャベツの類もダメ、
生野菜も好きではなかった。
子供時代を大勢の乳母に囲まれてすごし、
いつも子供用の食事、お腹をこわさない食事で通した習慣が、
大人になっても抜けなかったらしい。
卵料理か鶏料理、それに、じゃがいも、ほうれん草、豆類、
あとはバナナかりんご、そして甘い物しか食べなかった。

「妻はジャム作りが上手でね」と、みんなに自慢はしたけれど、
私がせっかく作ったジャムも、マイケル本人は決して食べず、
もっぱら「マークス・アンド・スペンサー」印の物にしか手をつけなかった。

マークス寿子著「英国貴族と結婚した私」
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by foodscene | 2012-05-09 16:17 | ノンフィクション・イギリス

わたしのオックスフォード

「トーストが来たよ。どうぞ」
入口の横の配置室からおばさんたちが熱いトーストを運んでくれる。
すでに卓上にはバター、ジャム、コーン・フレークスなどが並んでいる。

あとでわかったことだが、トースト・ラックは熱くても、
肝心のトーストが冷たくなっていることがよくある。
「コールド・トースト」はここの朝食の名物なのだ。
バターを塗ろうにも溶けやしない。
その冷たいトーストをイアンは5枚も平らげた。
私もつられて3枚食べた。

***

各自の席にナイフ、フォーク、スプーン、カレッジ・カラー(セント・ピーターズは緑と金)のテーブルマットが置かれている。
ファースト・コースの到来を待ちきれない学生は、
長いテーブルのあちこちに置かれた籠の中のパンをかじりはじめる。

空になった籠や水差しを持ちあげて待っていると、
給仕がおかわりを持ってきてくれる。
つけあわせの野菜やグレーヴィー・ソースも皆の手の届くところに
置かれている。
このとおり形式だけはきちんと整っているのだが、
肝心の料理となるとどうもいけない。

友人の家などでよくおいしい家庭料理をごちそうになる私は、
「イギリス料理はまずい」という定評には同意できないのだが、
カレッジの食事に関するかぎり、
まったく弁護のしようがない。

なぜ野菜をここまで煮殺してしまうのか。
どうしてスープは糊みたいにねばつくのか。
なぜデザートはいつも甘すぎて粉っぽいのか。

イギリス料理が炭水化物に富んで「重い」のはわかっているつもりだが、
それにしても、なのである。
セント・ピーターズのコックは、
湿った感触のパンやぶ厚いパイ生地などで、
「これでもか」とばかりに学生たちを炭水化物責めにする。
イギリス人に友人たちは、
「カレッジの食事をイギリス料理の基準だと思っちゃだめよ」と、
いつもくり返している。

昨夜のディナーは、その典型ともいうべきものだった。
まずはスプーンを動かしにくいほど粘っこいマッシュルーム・スープ。
メインはステーク・アンド・キドニー・パイ。
家庭料理として親しまれている一品で、
牛肉と腎臓を香ばしいパイ生地にはさんだものの上に
熱いグレーヴィーをかけたものなのだが、
セント・ピーターズ版はパイがいつも半生で、
グレーヴィーはやたらに塩辛い。

つけあわせの野菜は人参とフライド・ポテト。
身長190センチ、質よりも量を大切にするドミニックは、
このポテトを自分の皿に山のように積みあげているが、
私は食べる気になれない。
人参も煮崩れる寸前にお湯からすくったとしか思えないほど
グチャグチャになっている。

デザートはアップルパイ……らしきものなのだが、
なにせ黄色いカスタード・クリームがなみなみとかけてあるので、
その下に隠されているものの正体をあばくのは容易ではない。
ケーキにせよパイにせよ、なんにでもカスタードをぶっかけるのが
イギリスの習慣なのである。
この習慣にどうしてもなじめない私は、
これだからフランス人にバカにされちゃうのよ、と粉っぽいアップルパイの生地を
噛みしめる。

****

かくもまずい食事を、なぜ学生たちは毎晩、食べに集まるのか。
理由は明白、安いからだ。
なにしろ3コースで2ポンド(500円弱)。
スーパーで買ったものを自分で料理するとしても、
ここまで安くあげるのはむずかしい。

***

ディナーは3コースだが、学生と違ってワインがたっぷりつく。
火曜、金曜、日曜には「デザート」というコースがある。
ケーキやアイスクリームなどの本来のデザートを食べたのち、
特別の部屋でポートワインを楽しみながらフルーツとチョコレートをつまむのだ。

このデザート用の別室は食堂よりもずっと小さく雰囲気も親しみやすい。
直接照明を排し、テーブルの中央にキャンドル・スタンドが置かれている。
ポートワインを左へ順々にまわしながらパイナップルを一切れ食べ、
チョコレートをかじる。
会話も雑談や噂話が中心である。

***
最近、食料品の値段が高くなってきた。
オックスフォードでも野菜の値段はロンドン並みだ。
こんなとき、貧乏学生のつよい味方は学生食堂である。

カレッジの食堂はとにかく安い。
たとえばセント・ピーターズの朝食は30ペンス(当時で約70円)。
シリアル、ジュース、紅茶込みで、
トーストは何枚食べても同じ値段。
クックド・ブレックファースト(スクランブルド・エッグ、ソーセージ、ハムなどの
典型的なイギリスの朝食)を頼んでも60ペンス(約140円)なのだからありがたい。

朝食だけではなく、昼食やディナーも安い。
昼食は1ポンド以内ですむし、3コースあるディナーだって2ポンド(約480円)という
安さなのだ(もっとも味のほうはいまひとつであることはすでに書いた)。

それでもまだ「高い」と言う人がいる。
政府からもらう生活費を倹約して親元に仕送りをしていたころのジャネットがそう。
当時、彼女はお昼には自分で作ったサンドイッチしか食べなかった。
パンが一斤で50ペンスほどで、
安物のチーズ・スプレッドが80ペンス。
それで1週間分のランチができるから、
一食当たり20ペンス(約50円)ですむ。
カレッジの昼食がまずいからといって、
1ポンド30ペンス(約310円)のサンドイッチを食べている自分がはずかしくなった。

さすがにジャネットのような人はそれほどいなかったが、
それでも全体的に見て、
みんなつましい食生活をしている。
たまには友人の誕生日のお祝いなどで外食をすることもあるが、
それは例外。安い食事と社交の場でもあるカレッジの食堂はいつも満員だ。

川上あかね著「わたしのオックスフォード」
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by foodscene | 2012-03-22 16:03 | ノンフィクション・イギリス

ロンドン・デイズ

ぞろぞろと着替えて、売店に向かう。
ギルドホールの入り口を入ってすぐの所に、
サンドイッチを売っている場所があるのだ。

ミックス・サンドとバナナ1本、それにミルクティーを買って、中庭に出る。
ロンドンでは珍しいぐらい晴れていて、B組全員で、
中庭のレンガ敷の地面に直接、腰を下ろした。
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僕は覚悟を決めて、サンドイッチを食べ始めた。
が、幸運なことに、「私の想像力が、私を苦しめる」という結果だった。
なんのことはない、みんな、初対面で緊張していて、
ぽつりぽつりとしか話さない。
僕も、ぽつりと、「このサンドイッチは、うまいね」とか
(実際、売店はイタリア人の夫婦がやっていて、かなりの水準だったのだ)
「今日はいい天気だね」とかしゃべっていたら、
なんとか時間は過ぎていった。
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家に帰り、近くの中華料理屋さんのテイクアウトで、
チャーハンと酢豚を買い、ゆっくりと食事をする。
が、もう途中から、英語の勉強をしたくてたまらなくなる。

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誘われたパブは、ロンドンでは珍しく、タイフーズを出すパブだった。
ロンドンの食い物のまずさを語りだすと、単行本2冊分はすぐにたまるので、
ここではさらっとすます。

とにかく、ロンドンのほとんどのパブで、まともな味は、ビールだけである。
それなら、問題がないじゃないか、とあなたは思うかもしれない。
つまり、おつまみは、壊滅的だということだ。

1年間、僕は、パブで"フィッシュアンドチップス"と呼ばれる、
魚のフライとフライドポテトだけを食べ続けた。
"フィッシュアンドチップス"を置いてあるパブはまだまともである。
多くのパブでは、おつまみといえば、袋入りのポテトチップスとピーナッツだけだったりした。

それでも、イギリス人は、なんの不満もなく、えんえんとビールを飲み続けるのだ。
どーいうこと!?

鴻上尚史「ロンドン・デイズ」
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by foodscene | 2010-12-26 18:41 | ノンフィクション・イギリス