カテゴリ:食堂( 9 )

蘊蓄

「そうだよね。
帝国の『フォンテーヌ・ブロー』とか、
オークラの『ベル・エポック』みたいな、
ホテルの中のフランス料理店はいっぱいあるけど、
こういうレストランはまだまだ珍しいよね。
僕は、パリに行くと必ずトロワグロへ行くんだけど、
日本でもああいう店がもっと増えるといいよね」

喋りながらも、彼の目はじっくりとメニューを凝視している。
よほどの美食家なのだろう。

彼はオマール海老のサラダと、
舌平目のムニエルを注文した後、こう提案した。

「今日、『仔羊の塩包み蒸し焼き』というのがあるけど、
これ、二人前からになっている。
ルリちゃんさえよければ、これを注文しない」
「そうね、おいしそうね。
じゃ、私もそれをお願いします」

信子はそう答えたが、本当のところはどうでもよかった。
仔羊など食べたことはなかったし、
不味そうだと思ったが、嫌だったら残せばいいのだ。
そもそも信子は、一緒に食べる者が驚くほどの少食なのだ。

林真理子「RURIKO」
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by foodscene | 2010-10-18 13:42 | 食堂

割烹

「ここは関西の割烹の店ですけど、
頼んどくとね、いちばん最後にカツ丼をつくってくれるんですよ」
「カツ丼ですって」
「ええ、ご飯も少なくて上品なカツ丼ですけどとてもおいしいですよ。
実は僕、カツ丼が大好物でしてね。
そば屋に入ってもあればっかり食べてるんです。
そば屋のカツ丼も捨てがたいよさがありますけど、
ここのカツ丼は上品でうまい。
僕は"よそゆき丼"と呼んでいるんですけどね」

その言い方がおかしくて、映子は笑った。
カツ丼と発音する時、渡辺はとたんに深刻な顔つきになるからだ。
「やあ、笑いましたね」

「今日は鮎のいいものが入りました」
女将が近づいてきて、小魚の皿を置いた。
鮎は映子にとって親しいものだ。
夫の洋一が時時釣に出かけるからである。
が、ここの鮎は乱暴に食べる釣果とはまるで違っていた。
細い笹の葉が敷かれ、いまにも跳ねそうな形に焼かれている。
緑色のたで酢というものも、映子には見慣れないものだ。
「僕は、魚を食べるのがとっても下手なんですよ」
「男の人はみんなそうですよ」
そう言った後で、映子は自分は男に媚びているようだと思う。

林真理子「葡萄物語」
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by foodscene | 2009-08-24 11:52 | 食堂

学食

初代学生食堂オープン。
開業当初は、グレーがかったベージュに白のマーブル柄の入ったテーブルとピンクの
椅子を配置。
テーブルの上には小さな花が活けられ、また、開業にあわせて、本学のロゴマークを
あしらった
カップと湯飲みが新作された。

スタートはホットドッグとミルクのセットと仕入れた日替り弁当のみ。
とはいえ、セットのミルクはホットミルクだったというから驚きである。
寸胴のホーロー鍋で温め、先述の本学ロゴ入りカップで提供されていた(後にビンで
の販売となる)。

この食堂で調理された料理第一号は「たまご丼」、40円也。
そして後に、「ライスカレー」がメニューに加わり、追って、
メイン・野菜・ごはんを基本セットとする「ランチ」も登場。
内容は日替りで、味付けごはん、八宝菜、酢豚、芙蓉蟹風のものといったラインナッ
プだったという。

開業時のスタッフは、当時をこう振り返る。
「とにかく、冷蔵庫も今ほど高性能で大型でもなかったし、保存料などもない時代。
何より食中毒に気をつけていました」。

新しいメニューに取り組む時には、
「いろいろ試食にも行ったし、プロに習いに行ったりもしました。
でも、大量に作るとなると勝手が違って、習った通りにできないことも出てくるんで
すよ。
営業終了後、皆で残って研究していました」
と、蔭で並々ならぬ苦労を重ねられた様子。

スタッフが個人的に通う料理講座で学んだ一品が食堂にデビューしたこともある。
「芙蓉蟹・・・というか“もどき”ですが(笑)、あれはなかなかうまくできなくて
苦心しました。
でも出したところ好評だったので報われましたね(笑)。
『味付けごはん、また作って!』などとリクエストをもらうのも嬉しかったですね」。

食券制だった当時、人気のランチは、
「早く買わないと売り切れる!」と列ができるほど。
アイスクリームやオレンジジュース(プラッシー)もよく売れたという。
(略)
たまご丼を最初の調理メニューに推薦したのも、ライスカレーを出すと決まった折に
「野菜がゴロゴロした家庭風のものではなく、
レストラン風のすっきりしたものを」との助言も彼。


同志社女子大学の歴史 から
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by foodscene | 2008-11-17 20:53 | 食堂

ヒラリーの英語

麻布十番は、昔から萌の大好きなところだ。
昔ながらの商店街に入り混じって、小さなビルの中に、最新のバーやレストランが
ひっそりとあかりを放っている。

最近萌が気に入っているのは、一ノ橋に近いイタリアンレストランだ。
地下に下りていくと、大きなワインセラーがあり、その陰にテーブルが置かれている。
ここは上階の客たちには気づかれない席で、化粧を落とした女優が、女友だちとにぎやかにパスタを食べたりしていることもある。

雑誌の取材で訪れてから、この店とこの席がすっかり気に入ってしまい、
三ツ岡とのデイトによく使うようになった。

「この席に座ると、いかにも密会っていう感じで好きだわ」
などと言い、三ツ岡を苦笑させた。

何を食べてもうまいが、特別に注文すると、焼き野菜たっぷりの皿や、豆の入ったリゾットをつくってくれる。
つき合うようになってわかったことであるが、意外にも三ツ岡は大層肉が好きで、
特に仔羊には目がない。
この店の仔羊は香りが濃くてよいと、骨をしゃぶるようにして食べる。

が、今夜の三ツ岡は遅刻したうえに、とても疲れているように見える。
前菜のガスパッチョも半分も飲めず、すぐに皿を下げさせた。


(林真理子著 「野ばら」より)
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by foodscene | 2007-02-12 22:04 | 食堂

ginza

2人は銀座の方に歩きかけたが、すぐにやめた。
あちら方面の喫茶店は壊滅状態だと思い出したからだ。

外国資本のコーヒーチェーン店か、そうでなかったら馬鹿高い金をとる高級店しかない。
東銀座の方へ向かって、歌舞伎座横の文明堂に入った。
ちょうど芝居の真最中で、客はほとんどいなかった。

萌はミルクティーを頼み、三ツ岡はコーヒーとカステラのセットを頼んだ。

萌は彼から「問題外」と言い渡されたような気がする。
多少気のある女の前で、男は甘いものなど絶対に食べない。
そのぐらい萌とても知っている。

「三ツ岡さんって、甘いもの、お好きなんですか」
やや皮肉を込めて問うてみた。
「好きだねぇ・・・・・・。前は、そんなでもなかったけど、この頃年のせいか、
 午後になると甘いものが欲しくってたまらない。
 羊かんでも、饅頭でも、ケーキでもむしゃむしゃやるね」


(林真理子著 「野ばら」より)
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by foodscene | 2007-02-12 21:57 | 食堂

満腹太郎

ドアを開けると、町屋独特の驚くほど広い空間が拡がっていた。
膨大な数のグラスが並んでいるケースは、まるでバーのようだ。
カウンターの代わりに肉を焼く鉄板があった。

「いらっしゃいませ」

コック帽をかぶった老人が、亀岡に一礼する。
グラスの数とはまるで合わない客数で、萌たち一行の他には、中年の男と女のカップルがひと組いるだけだ。

「ここのステーキは不思議なステーキやで。こげ目っていうものが、まるっきりあらへん。
 ぬるい温度で肉の旨味を閉じ込めるっちゅうことをしてはる。
 ふつうだったらまずくなるはずやけど、どういうわけかごっつううまいんや。
 いったいどういうわけやろと、いつも考えとるんやけど・・・・・・」

これはどうやら亀岡の口癖らしく、老いたシェフは「また始まった」という風に笑っている。

(中略)

やがてワインとバカラのグラスが3つ置かれた。
年代もののペトリュスである。
町中の小さなステーキ屋の奥から、まるで手品のように高価なワインが出てきたのだ。

「ここは結構いいワイン出してくれるんやけど、デキャンタもテイスティングもなしという、
 滅法愛想のないとこでなあ・・・・・・・」
「仕方ありませんよ。全部ひとりでやっているんですから」

やがて白い布をかぶせたトレイが運ばれてきた。
布をとると大きな肉の塊が、白と赤のマーブル模様の切り口を見せている。

「ヒレもありますけど、今日はやっぱりサーロインでしょうなあ」
「じゃ、それにしよ」
「お嬢さん方、焼き加減は・・・・・・」
「私、ミディアム・レア・・・・・・」
言いかけた萌を、亀岡が制した。
「そんなん言わんと、ここの大将にまかせとき。
 そりゃあうまく焼いてくれるわ」

3つに切られた肉が鉄板の上に置かれた。
ジュウジュウと音をたてるわけでもない。
ただ置いた、という感じである。
その間に3人はワインを飲み始めた。

「ペトリュス、大好き」
千花がペロッと舌で、唇についたしずくをなめた。
「私、他のワイン飲んでも、正直言って何が何だかよくわからないの。
 でもペトリュスだけはわかるわ。
 だってこれ、しょっちゅう亀岡さんが飲ませてくれるんだもの」
「いやあ、そう言ってくれたら嬉しいな」
亀岡は相好を崩した。

「私もいろいろ飲み比べたけど、ペトリュスがいちばんうまいワインやと思うなあ。
 女で言うてみたら、これといった癖がない、誰からも好かれる絶世の美女、というところだな」
「ふうーん、私とはちょっと違うなあ」
「そうやな、チカちゃんは確かに美人やけど、絶世というのとは違う。
 だけど女はそのくらいの方が幸せやで。
 あんまり美人だと、男も仕事もひいてしまう」

2人がそんな軽口を叩いているうちに、温野菜をのせた大皿が並べられ、
その上にシェフは焼き上がったステーキをのせる。

萌はこんな不思議なステーキを食べたことがなかった。
焼き目というものがまるでない。
熱によって赤黒く変色した肉塊だ。
ひとくち口に入れる。

「おいしいわ」
先に言葉を発したのは千花だ。
「肉のジュースが、しっかり中に閉じ込められてて、それがブチュッと出てくるの。
 うんと焼いたステーキよりも、お肉がどこまでもどこまでもやわらかいっていう感じ・・・・・・」

「そうやろ、そうやろ」
亀岡は頷く。
気に入った答案を目にする教師のようだ。
「ここは肉を焼く常識と全部反対のことをしとる。だけどこんなにうまい。
 誰かちゃんと研究せえへんかと思うけど、
 ここの大将変わり者やさかい、テレビにも雑誌にもいっさい出えへんのや」
「勘弁してくださいよ。
 年寄りがひとりコツコツやってる店ですよ。
 マスコミなんか出たらえらいことになりますわ」

その後量は少ないけれども、ドレッシングが凝ったサラダが出、
メロン、コーヒーという順で食事が終わった。

(林真理子著 「野ばら」より)
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by foodscene | 2007-02-12 21:31 | 食堂

最後の9分間

「大丈夫。職人がちゃんとそう言ってるから」とおじさんはにこやかに言う。
「だからそのへんのタヴェルナでゆっくり食事してらっしゃいな。
帰ってきてしばらくしたらちゃんとちゃんとお湯が出るようになるから」

「どうだか」と僕は思い、「どうだか」と女房も思う。

でももうお金も払ってしまったし、ホテルを変えるわけにもいかない。
珍しくホテルを予約したりするとこの始末である。
こういう場合に大抵の夫婦がそうするように、
我々は不運の責任を相手に押しつけあうが、やがてそれにも疲れて近所のタヴェルナに入り晩御飯を食べる。
土地のワインを飲み、菜の花みたいなもののサラダとお粥みたいなものとキウリと小さなタイとスタッフド・トマトを食べる。
これはなかなか美味しかったし、安かった。

食事のあとで港をぶらぶらと散歩して9時にホテルに戻る。
しかし我々が直感的に(というか経験的に)予測したように、9時になってもお湯は出て来ない。


(村上春樹著 「遠い太鼓」より)
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by foodscene | 2006-06-13 00:34 | 食堂

フランスのある料理店

ベルヴィル街にある<ラオス・シャム料理店>に入った。店の主人やボーイたちと握手した。ぼくはスープ・フォーとタイエビの串焼きを注文した。

(シリル・コラール著 長島良三訳 「野性の夜に」より)
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by foodscene | 2006-04-06 00:43 | 食堂

ネルズ・グロサリー&カフェ  (ボルティモア)

 アイラは、牧場家屋風の真新しい平屋が並んだ小道に入っていった。どの家の裏にも、白い縁どりのある赤い納屋風の物置小屋が建っている。マギーには、この辺に食べるところがあるとは思えなかったが、次の角を曲がると、前に数台の車が停まっている木造家屋が見えた。窓に、埃だらけのネオンサインが点いていた。

<ネルズ・グロサリー&カフェ>。

アイラは、バンパーにジューダス・プリーストのステッカーを貼ったジープの横に車を停めた。マギーはドアを開けて外に出、車のかげに隠れて、パンティストッキングをグイッと引っぱりあげた。
 店内に入ると、パンとワックスペーパーのにおいがした。マギーは学校の食堂を思い出した。ところどころに、缶詰を物色している女が立っている。カフェは店の奥にあった。長いカウンターをそなえ、正面の壁に、オレンジ色のスクランブル・エッグやベージュのソーセージなど色あせた写真が並んでいる。カウンターの前のスツールに腰かけると、アイラは地図を広げ、マギーはフライパンを洗っているウェイトレスの、のっぺりした白い後ろ姿を眺めた。ウェうトレスは、フライパンにスプレーでなにかを吹きつけ、汚れをヘラですくい取り、もう一度スプレーをかけた。白髪まじりの髪を後ろでぐるっと巻いて、平たい大きな黒いヘアピンで留めている。
「なんになさいます?」ようやくウェイトレスは、振り向きもせずにたずねた。
「僕はコーヒー」とアイラも地図から目をあげずに言う。そう簡単には決められないマギーは、サングラスをはずすと、壁の写真を眺めた。
「えーと、私もコーヒー。それと、どうしようかな、サラダかなんか食べたほうがいいんだけど、でも―」
「サラダはないんです」と、ウェイトレスはスプレーをわきに置いて、エプロンで手を拭きながらマギーのほうへやってきた。小じわに囲まれた目の奥に、薄緑色の瞳が光っている。浜辺にころがっている色のあせたガラス瓶のような色だ。
「サンドイッチ用のレタスとトマトでよければ、お出しできますけど」
「じゃあ、棚にあるタコ・チップスでもいただくわ」とマギーはいそいそと言った。
「ほんとはいけないんだけれどね」。ウェイトレスは、カップwp2個取り出してコーヒーを注いだ。
「私、感謝祭までに4キロは減らしたいの。いつもこの4キロで苦労するのよ。でも今度こそ、絶対に減らしてみせるわ」

(アン・タイラー著 中野恵津子訳 「ブリージング・レッスン」より)
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by foodscene | 2006-03-26 05:51 | 食堂