カテゴリ:フランス( 7 )

もう外国なんか行きたくない

栗拾いは秋、春には「わらびとり」の遠足もあった。
ちなみにフランス人は、わらびを全く食べないので、
探す必要もないほどのわらびの群落の中に入って、
手あたり次第それを採っても、まだまだいくらでも残っている。
その日も皆、持ち切れないほどのわらびを持って帰って来た。

それからしばらくの間は、わらびのおひたし、わらびの煮物、わらびごはん、わらびのつけもの、
わらびの天ぷら……と、日本人学校に子供の通うどこの家庭でも、
わらびづくしが続いたことはいうまでもない。

しかし、栗の方は、フランス人も大好きだからそうそう沢山、というわけにはいかない。
それでも、その夜我が家では、ほんの少しのパリの栗を大切にむいて栗ごはんを炊き、
日本の秋をしのんだ。
学校行事も一つずつ終って、そろそろパリも焼き栗のシーズンである。

***

でも、お昼になるとカンティーヌ(給食)がなつかしい。
最後のメニュー、よく覚えてる。

前菜がキャロット・ラペ、そのあと腎臓のポルドー風、マッシュポテト、あんずのコンポット(甘く煮たもの)、
ココナツ入りビスケット。本当においしかった。
なかなか贅沢なお昼なのに、フランスの子供がとても祖末に食べるのにも驚いた。
***
うさぎも、最初はちょっとためらったけど、
今では大好きなもののひとつ。
とり肉と同じみたいで、もう少しコクがある。
それから、ぶたの鼻づらは、名前を見た時ぞっとしてこわごわカンティーヌに行ったら、
普通のハムみたいで、コリコリしておいしくて、ほっとした。
ぶたの血をかためたソーセージもあるし、本当にフランス人はどこも無駄にしないで食べる。
食糧がとても豊富だが、そういう工夫のせいかもしれない。

***

夜は、パパとママが出かけたので、審と二人で食べた。
ママが、ローストビーフをやいてくれた。
いためごはんと、トマトもいっしょに。
いいにおーい。
パン・オ・レザン(ぶどうパン)もあった。おいしかった。
でも四人でたべるともっとおいしいんだけどナー。

**
夜、またおるすばん。
仔牛の肉と、じゃがいも、にんじん、パセリ入りのホワイトソースで、すごくおいしい。
ママたちもいっしょに食べるといいのに。
でもここはパリだからそうもいかない。

***
食事はサーモンのゆでたのにタルタルソースのかかったの(大きいよ!)、
鹿の肉(ローランが狩でとってきたんだって、ワー)、
へんなおいもみたいなやさい(あとでチョロギとわかった)。
***
魚料理を、ムール貝とクネル(フランス式かまぼこのようなもの)のアメリカンソースにして、
少し日本風のものが欲しいので、
サーモンとえびをあしらったちらし寿司を加え、
ほうれん草をしいたローストビーフ、カブとにんじんのグラッセ、サラダ、チーズ。
デザートは娘と二人で作った洋梨のクレーム・アングレーズである。
書いてみると大げさにみえるが、
材料はテルヌの市場で全部そろうので、それほど骨が折れるということもない。

ぶどう酒も何本か空になって、なかなか楽しい夜が過せた。

***

朝、えり、ふらふらしてて、ベッドの横でフレンチトースト食べた。
フレンチトーストってえりが東京で熱出したとき、
ママが作ってくれたおぼえがあるんだ。
パンに卵とミルクとお砂糖とからませてフライパンで焼いたのでおしいかった。

あと病人のものとしては、くず湯やすりおろしたりんごなんかね…
***
ママ、ムフタールの市場で、“山のいも”見つけたんだって。
夜のごはん、トロロと、竹輪やナスのしょう油煮ですごくおいしかった。
***
やっぱりパリらしく暗い家。
それからおやつ、マコがきのう作ったパウンドケーキ、それに、えりの作って行ったシュークリーム、紅茶、チョコレート。
そのあとホールで、オリカと三人でキャッチボールをはじめた。

***
朝から数学ずくめ、でも午前中は、カトル・カール(同じ重さの卵、小麦粉、バター、砂糖でつくるお菓子)作りもした。
いつもよりふくらまないんだ。おいしかったけど。
一日でなくなっちゃった。
えり、ひまがあればもっともっと作ってあげたいな。

***
ママはまた、審とバスに乗りに行った。
途中、エディット・ピアフという歌手の住んでいたベルヴィルに寄って、
生まれた家を見て、横のパンやさんでショソン・オ・ポム(りんご入りパン)とブリオシュ買って来てくれた。

***
七時四十五分になったので起きて朝ごはん。
コーンフレーク、ミルクティー、卵、トースト、ピーナツバターといろいろ。お腹いっぱい。
**
お昼は家へもどった。
トーストに豆をのっけたのと、バタートースト、オレンジ、レモネード。
あまりおいしくない。
***
テレビみたり(ニュースやバットマンを見た)、ポーラと話したりしてるうちに夕食、
トリとじゃがいも、ほうれん草、豆、そこまではおいしかったが、デザートが、
パイナップルにピンクのいやらしいソースかけたので、全部食べるようにすすめられて困った。

***
この家の食事に参っちゃう。量が多くて、毎日甘ったるいレモネードが出るし…。
今日学校では三人の先生の授業が三時間あった。
日本人はみんな1eクラスみたい。
自己紹介や英語の勉強をした。
あまり面白くない。

お昼はサンドウィッチ。
***

ディナーは、ハム、とりにく、チーズ、サラダ、バターパン、ポーラのケーキ、レモネード。
お風呂に入りたかったけど明日だって。まーしょうがない。

***

夜は、スパゲティー、イタリアの食べたあとではどこのもおいしくない。
とくにケチャップの味のするのは。

***
昼は、大抵帰って食べている。野菜や果物がほとんど無い。ヨーグルトも。
ここではフランスとちがってそういうもの食べないの。

***
昼(チーズサンド、ビスケット)をすませてテニスコートへ。

高階菖子著「もう外国なんか行きたくない」
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by foodscene | 2012-10-02 15:08 | フランス

もう外国なんか行きたくない

お昼休みは、十二時から二時半まであって、
この間に家へお昼を食べに帰る子もいれば、
給食を学校で食べる子もいる。

いつも全校生徒の約半分、二十人くらいの子供が給食をとっていた。
その給食も、手伝いのおばさんが近所のマーケットからその日に必要な食料を買って来て、
先生自ら手伝いの人といっしょに調理する。

お台所と食堂は半地下にあって、子供にきくと、
「時時、卵焼きなんか手伝わせてくれた」そうだ。

テーブルにお皿を並べるのも生徒の仕事だ。
先生もいっしょに食べるので、いちいちお行儀を直されて、
「最後には、ソースをパンできれいにふきとる」ことも教えられ、
我が家ではつい最近まで、この子だけはそれをやっていた。

今でも、「アルエットの給食はおいしかったナァー」といっている。

メニューはオムレツとかハンバーグ、それにチーズ、デザートは果物やヨーグルトで、
ごく普通のものなのだが、
何しろ家庭と同じように食べる直前に作ったものが出て来るし、
またフランス人は総じて味覚の発達した国民なので、学校給食といえども手抜きをしない。
考えてみると、ずいぶん贅沢なお昼をとっていたことになる。

***
カンティーヌ(給食)の時は泣きたくなりませんでした。
キャマンベールが出て、えりは大きいパンを一切れもたべちゃった。
ほしぶどう入りのマドレーヌも出ました。
袋に入っているので、審(弟)に持ってかえりやすいのです。

***
授業では苦労していたが、お昼のカンティーヌは、
彼女にとって一番のたのしみであった。
毎日メニューをたんねんに写し、そのせいか、
お料理の名前はフランス人並みに覚えてしまった。

再び彼女のノートから、ある一週間の給食の献立と、ある日の学校の様子をうつしてみよう。

ある一週間の献立

月曜
トマト・ヴィネグレット(トマトのドレッシングあえ)、
ブルギニョン(牛肉のブルゴーニュ風シチュー)、
リ(味付きのお茶)、
ムース・オ・ショコラ(チョコレートムース)

火曜
ラディ(赤かぶ、バターと塩で食べる)、
ポルク・ロティ(ぶた肉の焼いたの)、
キャロット(煮たにんじん)、
グラス・フレーズ(いちごのアイスクリーム)、
ビスキュイ(ビスケット)

水曜 学校はお休み

木曜
キャロット・ラベ(細切りのにんじん)、
プレ・ロティ(ローストチキン)、
プチ・ポワ(グリーンピース)、
フリュイ・ド・セゾン(季節の果物、この時は梨)、

金曜 金曜は魚料理
パンプルムース・サラド・ヴェルト(グレープフルーツとレタスのサラダ)、
フリットル・ド・ポワソン(まるい白身の魚のフライ)、
ガトー・ショコラ(チョコレートケーキ)

土曜 土曜日にもあるのです
サラド・ニソワーズ(ニース風サラダ)、
ビフテク(ビフテキ)、
ポム・フリット(フライド・ポテト)、
マドレーヌ(干しぶどう入りマドレーヌ)

***

朝、目ざまし時計で七時に目を覚まし、
身仕度をして朝食。
朝食はいつでも、バゲットいく切れかと、ミルクと、時には果物やヨーグルトを食べることもあります。
できたてのバゲットはすごくおいしくてとても安いので
(当時、一フランだった。今は二フランくらいになっている)、
もっと高くしてもいいと思うくらいです。

***
カンティーヌに行く子がだいたい全部そろうと、
かんとくのような女の人が二、三人つきそって、
フォワイエ・デ・リセエンヌという食堂へつれて行ってくれます。

テーブルは一部屋に十二ほどあり、八人がけです。
みんな適当な席におさまると、
パンとのみものとオードヴルはもうおいてあり、
一つのお皿から少しずつ自分のお皿にとります。
今日はキュウリにドレッシングをかけたもの。

オードヴルを食べ終えると、みんなバゲットで、お皿にのこったドレッシングをふきとって食べるので、
お皿はきれいになります。

のみものは、水とレモンジュース。
肉とつけあわせが来ました。
ぶた肉のおいしいロティ、カリフラワーにとかしチーズがかかったすごく熱くていいにおいの、
おいしそうなつけあわせです。

みんなお皿にとって、ペチャクチャおしゃべりしながらたべます。
しゃべっているにもかかわらず、まん中のお皿はみるみるへって、からになると
女の人が持って行きます。

今度は、デザート用のスプーンと小さいお皿が配られます。
今日は、チョコレートのアイスクリームにビスケット。

食べおわるころになると、みんなぞろぞろ立ちあがって、
バゲットやビスケットを食べながらリセに向かいます。

高階菖子著「もう外国なんか行きたくない」
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by foodscene | 2012-07-04 14:11 | フランス

南仏プロヴァンスの12か月

というわけで、数マイル離れたラコストのレストラン<ル・シミアーヌ>の主人が
馴染みの客に料理六品とピンク・シャンパンの昼食をもてなすと聞いた私たち夫婦は、
これこそ一年のはじまりを祝うにふさわしい耳寄りな話といそいそと出かけて行ったのだ。

12時半にはもう、こぢんまりとした石造りの店はいっぱいだった。
健啖を競うとなればいずれ劣らぬ猛者揃いと見受けられる家族連れの客もいた。
毎日2時間ないし3時間は食べる歓びに専心するためでもあろうか、
みなおしなべて丸々と肥え太ったその家族は、
私語を慎んでテーブルに目を伏せ、店の主人が掌るフランス好みの儀式に神妙に
付き合っていた。

店の主人がまたかなりの巨漢でありながら、
宙を舞うがごとくにテーブルからテーブルへと渡り歩く術を心得た男で、
この日はヴェルヴェットのスモーキングジャケットにボウタイという晴れ姿だった。

ポマードで塗り固めた口髭をふるわせて、
彼は思い入れたっぷり、節をつけてメニューを読み上げた。
フォアグラ。ロブスターのムース。
ヒレ肉の包み焼き。消化の良いデザート。そして食後酒。

メニュー紹介は主人がテーブルごとに歌って聞かせる美味礼賛のアリアだった。
そのつど、彼は自分の指先に接吻したが、
あれでは店中をまわり終る頃には唇が摺りむけてしまうのではないかと
他人事ながら気になった。

「ボナペティ!」どうぞごゆっくり、と主人が紹介を締めくくると、
店内はしんと静まり返り、
寛いだ雰囲気の中で客たちはおもむろに食事にとりかかった。

*****

プロヴァンスの夏の豊富な食べ物はよく知られている。
メロン。モモ。アスパラガス。クルジェット。ナス。コショウ。トマト。
ニンニクをきかせたアイヨリにブイヤベース。
緑の濃淡も鮮やかなレタスを敷いて、オリーヴ、アンチョヴィ、ツナ、茹で卵、
土の香のするジャガイモの薄切りをのせ、オリーヴ油のドレッシングをたっぷりかけた山盛りのサラダ。
新鮮や山羊のチーズ….。

イギリスのレストランのみすぼらしいメニューを前にするたびに
私たちはプロヴァンスの人々の豊かな食生活を思い出して羨望やみ難く、
憧憬は募るばかりだった。
冬は冬でまた別の、味にかけては勝るとも劣らない料理があろうとは、
私たちは思ってもみなかった。

プロヴァンスの冬のご馳走は農家の家庭料理である。
丹精込めて作られる田舎料理は腹持ちがよくて体が暖まり、元気が出て、
満たされた気持で寝につくことができる。
都会のレストランの盛りつけに凝った小粋な料理にくらべたら、
必ずしも見た目はよくないかもしれないが、
ミストラルが肌を刺す極寒の夜は何といってもこれに限る。

ある晩、近くの知人が私たちを夕食に招いてくれた。
その家まで、わずかな距離を行くにも思わず小走りになるほどの寒い夜だった。

ドアを潜るとたちまち眼鏡が曇った。
億の壁いっぱいを占めるような大きな暖炉に火が赤々と燃えている。
眼鏡の曇りが消えて、見るとチェックの布をかけたテーブルに十人分の席が設けられていた。
親しいご近所や親類筋が集まって私たち夫婦を品定めしようという趣向である。
片隅のテレビはつけっ放しで、キッチンからはラジオの音が洩れていた。
何匹もいる犬や猫たちは客が来るとそのつど外へ追い出されたが、
次の客にあやかってまたちゃっかり入り込んだ。

早速、飲み物が運ばれてきた。
男にはウイキョウの香をつけたパスティス、
女にはよく冷やした甘いマスカット・ワインだった。

***

生涯忘れることのできない食事だった。
胃袋の容量を超える献立といい、かかった時間の長さといい、
桁はずれとはこのことで、正しくは、生涯忘れることのできない何回分かの食事だった。

はじめに自家製のピザが出た。
それも一種類ではなく、アンチョヴィ、キノコ、チーズの三通りで、
どれも必ずひと切れは食べなくてはならないこととされていた。

テーブルの真ん中に置かれた二フィートはあろうかという棒状のパンをてんでにちぎって皿を拭くと、
次の料理が運ばれてきた。
ウサギとイノシシとツグミのパテ。
豚肉の角切りをマールブランデーで味つけしたテリーヌ。
コショウの実の入った大きなソーセージ。
新鮮なトマト・ソースに泳がせた甘みのある小さなタマネギのマリネ。

これを平らげてまたパンで皿を拭くと、今度はカモ料理だった。
マグレを扇形に並べてうっすらとソースをかけたところはいかにもうまそうで、
何やら洒落た新種の料理かと見紛うばかりである。
実際、これほどの料理はそんじょそこらでお目にかかれるものではない。
胸肉も脚もそっくりそのままで、まわりに天然のキノコをあしらい、
濃い目のグレイヴィがまた格別の味だった。

やっと残さず食べきって、やれやれと椅子の背にもたれたのも束の間で、
みんながまたぞろ皿を拭き、
そこへ熱い湯気の立つ大きなキャセロールが運ばれて来た時には、
私たちは驚きうろたえ、声もなくただ目を瞠るばかりだった。

当家のマダムご自慢のウサギのシヴェ(シチュー)で、
ほんのひと口という私たちの哀訴もやんわり笑って黙殺された。
私たちはシヴェを食べ、さらにニンニクとオリーヴ油で揚げたパンとグリーン・サラダを食べ、
山羊のチーズの大きな塊を平らげ、その上、
娘さんが腕をふるったアーモンドとクリームのガトーを詰め込んだ。
イギリスの名誉にかけて、私たちは食べた。

コーヒーとともに、ひしゃげた酒瓶がいくつかテーブルに並んだ。
消化を助ける薬用の地酒であるという。
胃袋にまだ多少なりと余裕があったとしても、そこへこんなものを流し込んだら
心臓が破裂してしまうに違いない。

しかし、主人は頑として私の辞退を認めず、十一世紀の頃、
低地アルプス地方の修道僧たちが編み出した処方に従って調合した一服を
飲めと言って聞かなかった。

***

プロヴァンスの標準からいっても、決してこれが毎日の食事ではない。
地に働く人々は昼しっかり食べて、
夜は簡単に済ますのが普通である。

健康のためには実に理にかなった結構な習慣だが、
私たちにはこれがなかなかむずかしい。
この土地に暮すようになって私たちは、
昼食がうまければうまいほど、夜はますます食欲が湧くことを知った。
驚くべきことである。

食べ物が豊かな土地で、男と女の別なく食べることに異常なまで執念を燃やす人々に囲まれて
暮しているせいもあるだろう。
例えば、肉屋は肉を売るだけではない。
私たちの後ろに客の列が長く伸びるのもお構いなしで、その肉をどう料理して、
盛りつけはこう、付け合わせには何、酒はこれこれ、
とことこまかに講釈しないと気が済まない。

はじめてこれを体験したのは、ペプロナータと呼ばれるプロヴァンス風シチューにする子牛の肉を
仕入れにアプトへ出かけた時のことである。
私たちは人に薦められて、料理の名人で職人気質と評判の高い旧市街のその肉屋を訪ねた。

肉屋夫婦は揃って大柄で、私たち二人が土間に立つと、それだけでもう小さな店はいっぱいだった。
主人は料理の目論見を説明する私たちの言葉に熱心に耳を傾けた。
そういう料理を知っているか、と私は言わずもがなのことを言った。

主人は憮然として大きな肉切り包丁を研ぎにかかった。
そのあまりの権幕に私たちは思わず一歩退った。

***

私たちの畏敬の念は充分主人にも通じたに違いない。
彼はやおらヴィールの大きな塊を取り出し、
講義口調で料理の心得を話しながら、それを角切りにした。
細かく刻んだハーブを袋に詰めて肉に添え、
彼はさらに、香辛料はどこそこの店で買うようにと教えてくれた。
彩りを考えて、ピーマン四にトウガラシ一の割合と量まで指定する気の配りようである。
私たちが失敗しないように、彼は料理の仕方を二度繰り返し、
ワインはコート・デュ・ローヌを薦めた。
見事な手捌きと話術はそれ自体、一幕の名演技だった。

***

一度イギリスまで足を伸ばしてリヴァプールのホテルでロースト・ラムを食べたことがある。
真っ黒な上に焼き冷ましで、味も素っ気もなかった。
もっとも、知っての通り、
イギリス人はラムを二度殺すのだから、期待する方が無理というものだ、と
ムッシュー・バニョーは言った。
つまり、一度は肉にする時、もう一度は料理する時、というわけだ。

イギリスの料理をこうまでぼろくそにけなされては立つ瀬がない。
次のボキューズ行きを夢見ながら床磨きを続けるムッシュー・バニョーをその場に残して、
私は早々に引き揚げた。

***
皮を剥ぎ終えた肉を冷たい流水に一昼夜漬けて臭みを抜く。
水を切り、袋詰めにして夜干しにする。
できれば霜の夜がいい。

翌朝、その肉を鋳物のキャセロールに入れ、
血とワインをよく混ぜてひたひたにかける。
ハーブ、タマネギ、ニンニクの塊を加え、
一日二日とろ火で煮込む。
(マッソーは、煮込む時間はキツネの年齢や大きさによって変るのではっきりとは言えないと弁解した。)

以前はこれにパンと茹でたジャガイモを添えて食べたが、今はディープ・ファット・フライヤーなどの便利な道具があるので、
ポム・フリットを付け合わせにすることもできる。

***

暖房を入れることが決まると、
私たちは一足飛びに夏のことを考えはじめた。
石塀をめぐらせた裏庭を青天井のリヴィングルームにする計画である。
すでに一隅にバーベキューの竈とバーがある。
あとはどっしりとした大きなテーブルを据えればいい。

6インチの雪の中に立って8月半ばの昼時分を思い浮かべながら、
私たちは敷石の上に一辺5フィートの正方形を描いた。
これだけの広さがあればブロンズ色に日焼けした裸足の連衆8人がゆったり坐れ、
真ん中にサラダの大鉢、パテにチーズ、ローストペパー、
オリーヴ・ブレッド、よく冷えたワイン、と盛りだくさんの料理を並べることができる。

ミストラルがたちまち雪中のテーブルを掻き消したが、
その時にはもう、私たちの考えは決まっていた。
テーブルは一枚岩を切り出した四角い大きなやつがいい。

***

彼らは石の壁を攻略するのと同じ破壊力をもって弁当に立ち向かった。
サンドイッチの軽い食事とはわけが違う。
プラスチックの大きな籠にチキン、ソーセージ、シュークルート、
サラダ、パン、と盛りだくさんで、皿小鉢やナイフ、フォークも本式である。
幸い、誰も酒は飲まなかった。

***
職人たちが帰った後、私たちは北極探検にでも出かけるような重装備に身を固めて、
仮のキッチンではじめての炊事にとりかかった。
バーベキューの竈と冷蔵庫はそのまますぐ使える。
ホームバーのカウンターには流しとガスコンロふたつが作りつけになっている。

必要なものはすべて揃っているのだが、
惜しむらくは壁がない。
気温は相変わらず氷点下である。
これで壁があったらどんなに有難いことだろう。

とはいえ、葡萄の小枝は盛んに炎を上げて、
あたりはラムチョップとローズマリーの香りが漂い、
セントラルヒーティングに代ってワインが芯から体を温めてくれる。

私たちは冒険家気取りで意気軒昂だった。
が、食事が済んで、外の井戸で洗い物をする段になると、
高揚もそれまでだった。

***
私はお薦めは何かと尋ねた。
「何なりと」老人は言った。
「連れ合いの料理はどれも天下一品でしてね」
彼はテーブルにメニューを広げて、折りから来合わせた別の客の相手に立った。
なるほどどれもうまそうで、私たちは選択に迷った。

スタッフィングにハーブを使った子羊の肉。
ドーブ。
トリュフを添えたヴィール。
<ファンテジー・デュ・シェフ―シェフの気紛れ>
とだけ記された正体不明の料理…。

老人は戻って来るとまた腰を降ろして私たちの注文を聞き、
心得顔にうなずいた。
「ああ、やっぱり。ファンテジーの注文は男のお客さんと決まっていましてね」
私ははじめのコースに白ワインのハーフ・ボトル、後は赤と注文した。
「いや、それは違う」老人はヴィザンの赤ワイン、コート・デュ・ローヌを薦めて、
上等のワインといい女はヴィザンと相場が決まっていると言い、
暗く奥深い酒蔵からその瓶を運んできた。

***
料理はゴー=ミヨー・ガイドに書かれている通り、頬が落ちそうなほどだった。
ワインもまた老人の言葉に違わず、私たちはコート・デュ・ローヌがすっかり気に入った。
山羊のチーズの小さな塊にハーブをあしらったオリーヴ油のマリネが運ばれてきた時には、
すでに瓶は空だった。
私はハーフ・ボトルをもう一本頼んだ。

ピーター・メイル 池 央耿訳「南仏プロヴァンスの12か月 」
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by foodscene | 2012-04-19 15:41 | フランス

ナラ

まず最初の夕食は、ベトナム風中華料理の「玉城酒楼」で。
しかし時差ボケからか、何を食べたのかほどんと思い出せない。
ただ、白人客ばかりの店内で、
東洋人の店の主人が親切にしてくれた。

タイ料理の店「MANORA」は、神秘的だった。
薄暗い店内には、オリエンタルな匂いのお香が微かに漂い、
タイの民族音楽が流れていた。

エビ料理、肉と野菜の炒めものなど、
幾皿も注文したが、中華の味付けに近かった。
魚を発酵させたナンプラーのスープが、酸っぱい中に複雑な味わいがあり、
私は大好きになった。

キムチの卵焼きやジンギスカン風の焼肉が珍しかった韓国料理の店の名前は、
「NARA」といった。
韓国語にも、ナラという言葉があるのですかとたずねると、
女主人が教えてくれた。
ナラとは韓国語で祖国とか国という意味で、
日本の奈良という地名は朝鮮半島から渡った人々が祖国をしのんで付けたのだと。

アラブ料理の店「CHEZ LE PRESIDENT」は、街角で催涙ガスを浴びた直後で
動揺していたせいか、これもまたよく覚えていない。
しかし、珍しかったので頼んでみた北アフリカの赤ワインが印象的だ。
葡萄の甘味も渋みも強くて、コクがあった。
ポルトガルのワインに似ていたが、もう少しダイナミックなのだった。

中華料理の店「ミラマ」は、鴨蕎麦が、死ぬほど美味しかった。
鴨をのせたラーメンだが、麺の色が蕎麦のように灰色で、
韓国の冷麺のようにコシがある。

透明なスープは、鳥や野菜の旨味がよくきいていて、しかも癖がない。
そして、上にのっている鴨は、北京ダックのように、蜜を塗って香ばしくローストした代物なのだ。
辛み味噌か芥子を塗って食べる。
スープには喉が鳴り、鴨には、ほっぺたがとろけた。

忘れられないのは、オルセー美術館での1人きりの昼食だ。
青空の下、セーヌ河沿いをのんびりと歩きながら美術館に行った。
美術品をじっくりと鑑賞した後、
最上階のレストランに入った。
天井には美しい絵画、壁には大鏡、金色のシャンデリアや壁細工のある店内は優雅で、
宮殿の広間のようだ。
客も少なく、ゆっくりと時間が流れている。
薄緑色をした冷えたミュスカデの白ワイン、野菜や魚介類のオードブル、
サーモン料理の皿を前に、私は1人で幸福な笑みを浮かべていた。

松本侑子「作家以前」
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by foodscene | 2009-12-28 11:17 | フランス

ヌクマム

「わー、これがチャゾーっていうの、おいしそうね」
運ばれてきた皿の上には、揚げた春巻きを小さく切ったようなものが、
香菜をたっぷり添えて盛られている。
「これはビールにとても合うね。さあ、このヌクマムをつけて食べたらいい」
「ヌクマム!」
小鉢のそれをしげしげと奈々子は見つめた。
ようやく本物のヌクマムと出会えたのだ。

「日本にたまに帰って、そして空港に降り立つと—」
梶原は以前言ったことがある。
「なんとも言えないにおいがした。暑さと、そしてヌクマムのにおいだ。
そしてこれをかぐとね、ああベトナムに帰ってきたんだっていつも思ったね」

ヌクマムは茶色のとろりとした液体だ。
少量のためか、それほどにおいは感じられない。
さじで奈々子はチャゾーの上にふりかける。

「そんなにかけるとからいよ」
「いいの。私ってからいのが大好きなの」
口に入れる。
ピリッとくる辛さではなく、舌をやんわりとつつむような刺激があった。
「おいしいわ。チャゾーも揚げたてでほかほかしてる。
これ、外見は春巻きにそっくりだけれど、もっと繊細な感じね。
中身がぼってりしていないわ」

こんなふうに食べ物の感想をすぐに口にするのは俊につけられた癖だ。
東京のさまざまなレストランや料理屋に行くたびに、
2人はぴちゃぴちゃと舌をならしながら、あれこれ意見を言い合ったものだ。

「いま日本はグルメブームなのよ」
奈々子が言いわけめいたものを口にしたのは、"ぼってり"などと言った時、
山崎の目にかすかに軽蔑じみたものが浮かんだのを見たからだ。
「若い人もみんな、いっぱしの評論家みたいなことを言うわ。
それが流行ってるのよ」
「そうらしいな」

***

2人の目の前には、新しい皿が運ばれてきた。
蒸した魚料理と、山のような野菜だ。
「この野菜は、バイン・チャンに巻いて食べるんだ」
ほらっと言って、山崎は白い紙状のものを手にとった。
「なに、それ。クレープ?」
「クレープはこんなに薄くないよ。
ライス・ペーパーって言われて東京でも買えるって聞いたけれど」
「ううん、見るの初めて」
それは触れるとパリッと破れそうなほど薄く乾燥していた。
「このままでは巻きづらいからね。お湯にひたしてクルって巻くんだ」
ままごとじみた手つきで、奈々子は1枚をとりあげ小さなボールにつける。
野菜も見たことがないようなものばかりだ。

「それはドクダミにハッカだよ」
「えーっ、ドクダミなんか食べられるの」
そう叫んだものの、何種類もある緑の中から、どれがドクダミだともわからない。
よく知っているニンジンにサラダ菜を選び出し、こわごわとのせた時だ。
奈々子の肩ごしに、すうっと手がのびてきた。
バイン・チャンをとり上げ、すばやく野菜をたぷりとのせる。

「この店のマダムだよ」
髪を結い上げ、青いアオザイを着た女は、奈々子のために3つも野菜をバイン・チャンに巻いてくれた。

(林真理子著「戦争特派員」より)
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by foodscene | 2009-02-08 15:12 | フランス

モンブラン

「じゃ、お茶を飲みながら話しましょうや。知りませんでした?
このホテルの4軒先はね、パリでいちばん有名な菓子屋なんですよ」
どうやら山崎は相当の食いしん坊のようだ。

「ここのモンブラン、ごらんなさい。
ここのを食ったら、もう他のものは絶対に食えない」
やわらかい自然光がさし込んでくる、サロンのような喫茶店だった。
ウエイトレスが運んできたモンブラン・ケーキを指さしながら山崎は興奮したように言う。
「日向さんも、召し上がったらいかがですか」
「私、甘いものは苦手なんです。というよりも、食べないことにしているといった方がいいかしら。
食べちゃいけない、食べちゃいけないってことばかり思ってたら、
いつのまにかあんまり食べたくなくなっちゃったんです」
「女の人はかわいそうですね。
僕も前には甘いものが嫌いだったけれど、
このパリに来てから好きになりましたね」

山崎はフォークでさくっと割る。
中にもクリームが入っているらしく、まぶした砂糖の間から、とろりと白いものが顔をのぞかせた。
「甘いものとワイン、この2つを口にしなきゃ、フランス料理は食べたうちには入りません。
こっちの連中は左党にして甘党ですな」
ケーキを頬ばりながらも、山崎の手はせわしなく動き、書類をいくつか鞄からとり出す。

(林真理子著「戦争特派員」より)
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by foodscene | 2009-02-08 15:01 | フランス

そろそろ決めたい

いつも、わたしたちの前には、いろんなごちそうがならべられる。
しかし、わたしたちは、ほんのすこししか食べない。

汁の垂れる焼きたての菓子が、いまでも目の前にうかんでくる。
それから、小さく縮れた楔形のトースト、
熱い湯気を立てている薄い菓子、
ふしぎな風味をもっていて、とてもおいしく、なんでつくったのかよくわからないサンドイッチ、
非常にめずらしいしょうがパン、
口へ入れると溶けてしまうエンゼル・ケーキ、
それについてくる干しぶどう入りの、皮の張った、あまりおいしくない菓子。

それはじっさい飢えた一家族の口を1週間は十分にささえて行けるくらいの豊富な
食物であった。

わたしたちの食べ残したそれらの菓子類が、どうなってしまうのか、
わたしたちは知らなかった。

(デュ・モーリア著 大久保康雄訳 「レベッカ」より)
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by foodscene | 2006-08-10 00:31 | フランス