<   2006年 06月 ( 5 )   > この月の画像一覧

かんぺいちゃん

おいしいニョッキが食べたくなって、汽車に乗ってはるばる北のボローニャまで行く。
僕はボローニャという町がなんとなく好きで、とくにこれといった用がなくても
ふらっとここに行って、3、4日ゆっくりすることがある。

食べ物も美味しい。
それもなんということのない普通の料理が美味しいのだ。
ボローニャには僕の贔屓のレストランがけっこうある。
どれもガイドブックやミシュランには出ていない店だ。

みんな飛び込みで入って偶然発見した。
安くて美味しくて、何度通っても、味の崩れがない。
一流店と違って、シェフが引き抜かれて他の店に移籍して、
それで一夜にして味が変化したりするようなことはまずないからだ。

おとーさんとおかーさんが奥の方で夫婦喧嘩しながらごそごそと調理をしているような小さな店である。
派手ではないけれど、何度食べても飽きない味なのだ。

チップだって受け取らない!
特に僕はここに来るとよくニョッキを食べる。

ニョッキがボローニャの名物というわけではない。
しかし寒い季節に霧深いボローニャの町であつあつのニョッキをはふはふと食べる
あの感触というのは、ちょっと何物にもかえがたい。

ニョッキというのは不思議な食べ物で、これほど簡単な料理もないだろうと思うのだが、
美味いのと不味いのとの差が実に歴然としている。
本当の庶民料理であるだけに、不思議に気持ちのこもり具合が出てしまう。

食べ物ひとつとってもいい街です。


(村上春樹著 「遠い太鼓」より)
[PR]
by foodscene | 2006-06-13 00:43 | イタリア

最後の9分間

「大丈夫。職人がちゃんとそう言ってるから」とおじさんはにこやかに言う。
「だからそのへんのタヴェルナでゆっくり食事してらっしゃいな。
帰ってきてしばらくしたらちゃんとちゃんとお湯が出るようになるから」

「どうだか」と僕は思い、「どうだか」と女房も思う。

でももうお金も払ってしまったし、ホテルを変えるわけにもいかない。
珍しくホテルを予約したりするとこの始末である。
こういう場合に大抵の夫婦がそうするように、
我々は不運の責任を相手に押しつけあうが、やがてそれにも疲れて近所のタヴェルナに入り晩御飯を食べる。
土地のワインを飲み、菜の花みたいなもののサラダとお粥みたいなものとキウリと小さなタイとスタッフド・トマトを食べる。
これはなかなか美味しかったし、安かった。

食事のあとで港をぶらぶらと散歩して9時にホテルに戻る。
しかし我々が直感的に(というか経験的に)予測したように、9時になってもお湯は出て来ない。


(村上春樹著 「遠い太鼓」より)
[PR]
by foodscene | 2006-06-13 00:34 | 食堂

青春18切符

コリントス運河のところでバスは止まって、乗客たちは外に出て15分休憩する。
僕らは運河を眺めながら、前夜ホテルのおばさんにもらった復活祭のパンを齧った。

パンの真ん中に赤く塗った茹で卵が入っている。
もそもそとパンを食べ、卵を割って食べる。
日差しが温かくて、まるでピクニックに来て御飯を食べているような気分である。

バスの乗客はギリシャ人ばかりで、外国人といえば僕らの他には一人旅をしている小柄なイギリス人の女の子だけだった。

ドイツにいる知り合いのところに行って、そこから鉄道で下りてきたの、と彼女は言った。
日当たりの良さを求めてね。
でも、もう休暇も終わりだし、今日の午後は飛行機でロンドンに帰るの。
日当たりの悪い惨めなロンドン。
大学の授業、やれやれ(と彼女は笑う)。
そして我々はまたバスに乗る。


(村上春樹著 「遠い太鼓」より)
[PR]
by foodscene | 2006-06-13 00:26 | ギリシャ

mama, I miss your pasta.

ウビさんのお母さんは小柄な人だが、見るからに芯の強そうな、
いかにもイタリア人のお母さんというタイプの人である。
僕らを家の中に案内して、すぐに昼食を作ってくれる。

メニューはトルテリーニのトマト・ソースと、野菜サラダと、ブロコレッティとアーティチョークと
じゃがいもの煮野菜と、肉料理が二品。
とても美味しい。全部自家製である。

料理ができたところで、お父さんの偏屈バチスタが戻ってくる。この人は完全な酔っ払いで、朝から晩までワインを飲んだくれている。
御飯もろくに食べない。鼻がサンタクロースのように赤い。


(村上春樹著 「遠い太鼓」より)
[PR]
by foodscene | 2006-06-13 00:22 | イタリア

クックブックが好きな人はいる

今や、俺たちの新生活で何が成功であったかというならば、それは料理である、と俺は断言して憚らない。
俺は、かつてジョン・シーヴァーの小説をむさぼり読んだ如く、料理書に読み耽った。
僅かな手間を惜しまなければただのポーク・チョップが、スパイスを効かした素晴らしいポーク・チョップに変るのだということを俺は学んだ。

料理書のコレクションは数10冊にもなったが、結局俺が帰ってゆくのは、いつもクレイグ・クレイボーンの本であった。
他の料理書には、俺の能力を超える料理法が出てきたり、手の混んだ作り方の手順が数ページに及んで述べられていたりするのだが、クレイボーンの本はまるで違っていた。
一と言でいえば、クレイボーンは頼りになるのだ。

クレイボーンの本を使った場合、失敗するほうが難しい、とさえいえるだろう。文句をつけるところがあるとすればカレーの項目くらいのもので、あそこは飛ばしてしまってもいいと思うが、しかし、あとの項目はすべて傑作であり、それらのレセピーは単純明快な上に、一種の優雅ささえも漂わせているのだ。

クレイボーンの中でもとりわけの逸品は、チーズ・スフレであろうか。
俺はすでに6回も試みて一度の失敗もしていない。
スフレは毎回確実にふんわりと焼き上がり、外は狐色、中はとろけるようであった。

クレイボーンの確実性は確かにありがたいが、しかし料理の真の醍醐味は未知への挑戦にこそある。
いつも同じレセピーを繰り返すのは俺の性に合わぬ。

そこである晩、俺は別のスフレに挑戦することにした。
それはジュリア・チャイルドによる「しぼまないスフレ」と呼ばれるものであった。

「しぼまないスフレ」とは、聞くだけでなんとはなしに安心感が湧き起ってくる名前ではないか。
説明を読むと、どんな素人にもできそうだ。
第一、作ってすぐに食べなくてもいいというのが便宜に適う。
完成後30分ぐらいは温いオヴンの中でいささかも風味を損うことなくもつそうだし、
その上このスフレは皿にくっつかないようにできているから、別の皿にとりわけるような際、
ポンと引っくりかえしても形が崩れない、というのだ。

一体どういう仕掛けでこんな奇蹟が起りうるのか?
秘密はただ一つ。
二重鍋を使うことである。
水を入れた鍋の中に一と回り小さな鍋を入れてスフレを作るのだ。
水の存在が、スフレの焼き上がる速度をゆるやかにする。
だから「しぼまないスフレ」は180度のオヴンでまる1時間15分焼かれたのち、
初めて取り出されて皿に移され、家族たちの笑顔に迎えられるという寸法なのだ。

今だからいおう、俺はこの料理にはやや懐疑的であった。
どう考えても水に浮かべた鍋でスフレを焼くというのはピンと来ない。
何やら水っぽいスフレができるように思えてならぬ。

1時間15分が経過した時、俺は家族に号令して、皿を持ってオヴンの前に集合させた。
本にはもう30分待ってもよい、とあったが俺は冒険はしたくなかった。
俺はスフレの最も完璧な瞬間を逃したくなかったのだ。
スフレのふくらみの最高潮の一瞬を捉えて食卓にのぼせたかったのである。

俺はオヴンの蓋を開けてスフレを取り出した。
それは「ふくらんでいない」などという次元ではなかった。
スフレはむしろ積極的に鍋の底深く沈みこんでいた。
それはまるで己れの惨めな姿を恥じているようですらあった。

俺が鍋を傾けると、卵とチーズとマッシュルームからなる、水っぽいパンケーキの鉛色の塊りがどろりと落ちて皿の上で打ち震えた。
それは完全にして悲惨は失敗であった。

それにしてもこんな時、当のジュリア・チャイルドはどう切り抜けるのだろう。
彼女ならおどけた顔で、とりあえず冗談を一発飛ばし、すました顔でごみ箱にスフレの死骸を叩きこみ、足取り軽く次の仕事に駆けつけるのだろう。
この俺、マイク・マグレディはどうやって急場を切り抜けたか?
俺は、自分を取り巻く家族たちの苦悶の表情を無視して例の塊りを5つに分け、晩餐の食卓にのぼせたのである。
ただし、俺といえどもこの時ばかりは、シオバーンが物もいわずに立ち上がり、ツナ・サンドイッチを作り始めるのを無言で見守る他なかったのであった。


(マイク・マグレディ著 伊丹十三訳 「主夫と生活」より)
[PR]
by foodscene | 2006-06-06 23:02 | ノンフィクション・アメリカ