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主夫と生活 5

修学旅行にはやりきれない点が一つあった。
出発時刻がむやみに早いのである。
なんたって朝の4時に出発というのだ。
そして、見送りに行けば、まわりはみんなお母さん方、男は俺1人という、
例によって例の如き事態が待ち受けているのは目に見えている。

一家の稼ぎ手たる主人は、十分に睡眠をとり、元気一杯で新しい朝を目覚めねばならない。
となると、早朝子供を駅に送るなどは当然母親の役割であり、
わが家にあっては俺の役割ということになるのだ。

「お前、出されたものは何でも食べるんだぞ」
俺はリアムにいった。
「ああ、わかってるよ」とリアム。

「嫌いなものが出たらどうするんだ?」
「ウン、僕、そういうこともあるかもしれないと思ってサンドイッチを5個作っておいたんだ。
 ピーナッツ・バターのサンドイッチさ。
 ちゃんとスーツケースに入ってるよ」
「ピーナッツ・バターのサンドイッチを?スーツケースの中にだと?」
「大丈夫だよ、僕、ちゃんとシャツにくるんでおいたから」
「おいおい、リアム」
「嘘だよ、パパ。冗談、冗談」


「お弁当、もう作っちゃった?」
「作ったよ」
「ウワー、どうしよう!」
「どうしたんだ?」
「サンドイッチにロシアン・ドレッシングを使わないでほしかったのよ」
「だけど、あれは手作りのドレッシングだし、第一、お前、ゆうべサラダにかけた時には
 おいしいっていって食べたじゃないか」
「サラダにはいいのよ。だけどサンドイッチにつけるとひどい味になっちゃうんだもの」
「我慢しなさい」


(マイク・マグレディ著 伊丹十三訳 「主夫と生活」より)
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by foodscene | 2006-09-03 17:47 | ノンフィクション・アメリカ

主夫と生活 4

その日の夜中、子供たちがぐっすりと眠りこけている間に、
俺は3つのサラダ・ボウルに、ジェリー・ビーンズ、チョコレート、茹で玉子を均等に配分して、
それぞれの枕元に置いた。

俺は、こういう作業のすべてが全く馬鹿馬鹿しいことを百も承知であったが、しかし、
古い伝統に従うというのも、なかなか床しくてよい気分のものだし、
それに俺としては、少くともまた一つ、子供たちになにか母親らしいことをしてやれたという
喜びがあったのである。

翌朝、俺は9時に目を覚ました。
起き出してみると、3人の子供たちは、なにやら不興げな顔つきで日曜新聞を読んでいる。

「どうかね?」俺はいった。
「イースターの兎ちゃんは、ちゃんときてくれたかな?」
「来たことは来たみたいなんだけど、なんかちょっと変なんだよな」
ショーンがいった。

「どこがどう変なのかな?ちゃんと説明してごらん」
「だってバスケットもないんだもん」シオバーンがいった。
「誰かがお菓子をぼろっちいサラダ・ボウルに入れちゃってさ」
「だけどキャンディはおいしかったはずだぞ、どうなんだ?」

連中は返事もせずにまた新聞を読み始めた。
「おい、その態度は一体どういうことだ?
 お前たち、ちゃんとキャンディを貰ったろうが?」

「そりゃ、あったことはあったけどさ」ショーンはいった。
「けどもくそもない、沢山あったはずだ。
 お前たち、あのキャンディが一体いくらしたのか知ってるのか?」
「知らないわよ、あんなの5分で食べちゃったわ」シオバーンがいった。
「僕なんかもっと早く食べちゃったもん」とリアムもいう。

「おいおい、じゃあ、お前たち、もうあれを全部食べちまったのか?
 やれやれ、なんてこった!
 こりゃ歯が全部抜けちまうぞ。よし!パパは決めた。
 イースターの兎は今年限りで終りだ。
 イースターの兎は死んじゃったんだ。
 おい、リアム、真面目に聞きなさい。イースターの兎なんてものはそもそも存在しないんだ。
 わかるか、リアム?
 イースターの兎なんてものはいないんだぞ」
「僕、全然聞えないもン」リアムがいった。

俺は、イースターの兎の役は果たせなかったが、予言者の役は果たすことができた。
1週間ほど前からぐらぐらになっていたリアムの歯が、
キャンディを食べたその日のうちに抜けてしまったのだ。


(マイク・マグレディ著 伊丹十三訳 「主夫と生活」より)
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by foodscene | 2006-09-03 17:39 | ノンフィクション・アメリカ

主夫と生活 2

子供たちにとってサンタクロースはとっくの昔にお伽話になってしまっていたが、
だからといってクリスマス・プレゼントに対する夢までが消滅してしまったわけではない。

それどころか、こちらの夢は、しっかりと頑固に生き残っていた。

同じことが復活祭にもいえるようだ。
連中はイースターそのものは信じていないが、キャンディを持ってくる兎のほうには、
まだまだ未練があるらしいのだ。

イースターの前の週になると、俺がちゃんとイースターをやってくれるのかどうか、
子供たちはさかんに心配し始めた。

俺は3人に提案してみた。
もうみんな大きいんだから、夜、大きな兎に仮装して飛びはねたり、
バスケットに入った卵型キャンディを枕もとに置くなんぞは、いいかげんにやめにしようじゃないか。
大体俺はあのキャンディが気に食わんね。
あれは今はキャンディの形をしているが、
将来は必ず歯医者の請求書に化ける恐るべき代物であって―

「でも、僕はまだ子供だもン」11歳のリアムがいった。
「パパは子供にむかって、イースターの兎がいないなんていおうとしてるんじゃないでしょうね」
「そんなことはありえないよ」ショーンもいう。
「パパが子供の夢を壊すようなことするわけがないだろう」
「心配しなくていいわよ、リアム」シオバーンがいった。
「イースターの兎ちゃんはきっと来てくれますからね」

しかし、これしきのことで引きさがる俺ではない。
イースターが間近に迫った頃、俺は砂糖とキャンディの値上がりを報じる新聞記事を見つけ、
切り抜いて子供たちに見せたり、ジェリー・ビーンズが突然、値上がりをした記事を読ませたりして子供たちに精神的圧迫を加えることを試みた。

しかし、子供たちもさるものである。
記事を読むやいなや、子供たちは直ちに行動を起した。
近郊の菓子屋に片っぱしから電話をかけ、品不足に襲われていない店、
少くとも12軒を発見して、そのリストを俺に手渡したのである。

イースターのキャンディ是か非か、
親子の攻防が盛り上がろうとする矢先、まずコリーヌが軟化してしまった。
子供たちからのプレッシャーに耐えかねたのだろう。
彼女は町へ出かけてゆくと、大きなチョコレートの兎を買ってきてしまったのである。
「イースターですものね、やっぱり何も買ってやらないわけにはいかないわ」

そして、俺のほうも、復活祭の前日、土曜日の夕方ぎりぎりまで頑張っていたのだが、
町へ買い物に出た時、ついふらふらとジェリー・ビーンズに手をのばしてしまった。

そうして、一つ買ってしまえばもう駄目だ。
俺はキャンディ・コーンやチョコレートなど、しこたま買いこんでしまったのである。

コリーヌはキャンディを入れるバスケットも買おうといったが、
俺は一計を案じて6ドルの節約に成功した。
今年のイースターには、バスケットのかわりに、木のサラダ・ボウルを使おうというのだ。
なんたる名案!


(マイク・マグレディ著 伊丹十三訳 「主夫と生活」より)
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by foodscene | 2006-09-03 17:28 | ノンフィクション・アメリカ