<   2008年 05月 ( 14 )   > この月の画像一覧

別れはグラデーション

久し振りに外国人の客が来たべな、という感じでおじさんが揉み手で出てくる。
この土地のワインが欲しいね、と言うと
「ならお客さん、マヴロス(黒)の美味いのがあるよ」という。
赤とか白とかロゼとかは聞いたことがあるけれど、黒なんてはじめてだ。

味見させてもらうとたしかにこれは美味しい。
まるで薬みたいにぴりっとしているのだが、腰のはいったしっかりした味である。
自家製のものらしく、汚い一升瓶に入ったワインがキッチンの床にならんでいる。
これを半リットルもらう。

それからグリーク・サラダと、スブラキ1皿と、フライド・ポテトを2皿。
フライド・ポテトは冬眠明けの熊にやりたいくらい山盛りいっぱいある。
そのあとでレッツィーナ・ワインも1本飲む。
これで700円。
しかし安いと思いませんか?

(村上春樹著「遠い太鼓」より)
[PR]
by foodscene | 2008-05-06 23:33 | ギリシャ

君がずっと好きだった

ピッツァとワインも美味しかった。
僕はシシリー風のピッツァというのを食べたのだが、これはイタリアのピッツァに比べてもなかなかのものであった。
食事代が10ポンド。

(村上春樹著「遠い太鼓」より)
[PR]
by foodscene | 2008-05-06 23:28 | イギリス

彗星

翌日、イヤニスのタヴェルナで昼食を食べながらレシムノン行きのバスを待つ。
隣のテーブルではデヴィッド・ボウイが疲れて年老いたような(要するに最近のデヴィッド・ボウイのような)顔つきの1人旅のイギリス人が、脂がべっとりと浮いた牛肉の煮込みをいかにも不味そうに食べている。

我々はワインとサラダだけを食べる。
バスが来たので僕は勘定を払い、1週間前から捨てようと思いつつ果たせなかったぼろぼろのナイキ・シューズを(僕がそれを捨てるたびに、どういうわけか誰かが届けてくれるのだ)紙袋にくるんでそっとテーブルの下に置き、バスに乗り込む。

(村上春樹著「遠い太鼓」より)
[PR]
by foodscene | 2008-05-06 23:27 | ギリシャ

誠の愛

僕の泊まったホテルの近くに鎚と鎌の旗をかかげた共産党の本部があり、
その1階に小さなカフェがあった。
僕はいつもそこに行って朝食を食べた。
なにしろ安かったからだ。

ホテルの食堂で朝食を食べるとひとり500円近くかかるが、
ここだと100円ですむ。

焼きたてのティロ・ピタ(チーズパイ)とどろっとしたグリーク・コーヒーとで100円なのだ。
そして朝の6時から開いている。
父親と母親と30前後の息子が3人でそのカフェを経営している。
客は漁師たちと、共産党員たち(見かけからしてたぶんそうだと思う。たしかめてみたわけではないが)。

そこでフォークナーを読みながらーところでフォークナーの小説はブルジョア的なのか非ブルジョア的なのか? ー朝食を食べる。

時々まわりで客同士が喧嘩を始める。
漁師対漁師、あるいは党員対党員、あるいは漁師対党員......who knows?
とにかく僕はここで安い朝食を食べる。

それからカヴァラはどういうわけかパンの美味い町だ。
他の町とはパンの種類もずいぶん違っている。

共産党カフェをでると僕はビザンティン時代の旧市街の坂道を散歩する。
坂道のところどころにパン屋がある。
窓からのぞくと、職人が朝のパンを焼いているところだ。
いい匂いもする。

中に入ると小学生の子供が出てきて、もうすこしで新しいパンが焼きあがるからちょっとそこで待っていて下さい、と言う。
お父さんとお母さんがかまどの前で汗をかきながらパンを焼き、
おじいさんとその男の子が売っている。
子供はナップザックを入り口に置いて、学校に行く時間がくるまで店を手伝っている
(いつも感心しちゃうのだが、ギリシャの子供たちは本当によく働く。イタリアの子供は日本の子供と同様まず働かない)。
彼は一家の中で多少なりとも英語が話せる唯一の人物であり、それを誇りにしている。
「グッ・モーニング。ワッ・キャナイ・ヘルプユー」といかにも嬉しそうに僕に話しかける。

僕はおじいさんが丁寧に紙に包んでくれたあつあつのパンをかじりながら坂道を城まで上り、
誰もいない城壁の上に立って海と町を眺め、それから賑やかな魚市場をぬけてホテルに戻ってくる。

4日間我々はこの港町に滞在した。
この町がけっこう気に入ったからだ。
4日間、我々は殆どなにもしなかった。
ただぼんやりとして、映画館に行き、散歩をし、ホテルのヴェランダに座って港を眺め、
魚市場をのぞき、市場の近くの美味くて安いプサリ・タヴェルナ(魚介レストラン)で食事をし、また散歩をした。
雨が降ると近所のマーケットでワインとパパドプロス・クラッカーをたっぷりと買い込み、
部屋に籠もって本を読んだ。

(略)

僕は鯵のグリルを食べながら2つ向こうのテーブルに座ったナイロンのジャンパーを着たおじさんの姿をノートにスケッチしている。
彼はすごくつまらなそうにワインを半リットルのみ、イカを食べ、パンをちぎって口の中に詰め込む。それを順番通りにやる。ワインを飲み、イカを食べ、パンを口に詰め込む。
猫が1匹それをじっと見上げている。

(村上春樹著「遠い太鼓」より)
[PR]
by foodscene | 2008-05-06 23:24 | ギリシャ

寒いのきらい

寒さ以上にこたえるのが食事である。

レストランに入ると、季節ごとの料理のリストがあった。
それを見てみると、夏場はけっこう料理の種類が豊富である。
例えば9月には、
<バルティック・ヘリング、鱈、ヒラメ、シロマス、鮭、ホワイト・フィッシュ、ヤツメウナギ、兎、野鳥、ワイルド・ダック、きのこ、苺、コケモモ、プラム、クランベリー、マトン>なんてものが食べられる。
なかなか豪華である。

しかし夏が終わり冬がやってくると、地表は雪と氷に覆われて、
材料そのものが極端に少なくなってしまう。
11月ともなると、新鮮な材料を使った料理といえば、
トナカイ肉とタラコとヘラジカ肉だけという有り様である。
ヘラジカ肉!
いや、9月の時点でだって、ヘルシンキの町のレストランの食事は、決して美味しいといえるような代物ではない。
あのローマ市場に並んだはちきれるように新鮮で元気いっぱいの野菜のことを思うと、
悪いとは思うけれど、僕はとてもフィンランドには長くは住めない。
こんなところでしけたキャベツと酢漬けニシンを食べながら冬を越したくない。
すごく綺麗で感じの良い都市ではあるのだけれど。

(村上春樹著「遠い太鼓」より)
[PR]
by foodscene | 2008-05-06 23:16 | フィンランド

ペトラ(レスボス島)

それから僕らはまた町に戻って海辺のタヴェルナに入る。
日曜日の午後で、タヴェルナは町の人達でいっぱいである。

蠅のいっぱいいるとくに清潔とは言いがたいタヴェルナだが、雰囲気は温かい。
ほとんどが地元の客だが、排斥的な感じはまるでない。
目が合うとみんなにっこりする。
風が吹いてくると隣のテーブルから「クリオ(寒いね)」と僕らに声をかける。
ウェイトレスのおばさんもにこにことして親切である。

僕らはかなり大きい鰹の開きをグリルして香草をまぶしたものと、
サラダと豆の料理と肉のシチューとワインとパンを頼む。
魚はオリーヴ・オイルをかけない焼き魚にしてもらった。
これがとても美味しい。
全部で1300円。なかなか幸せな気持ちになる。
(略)

朝、からからという羊の鈴の音で目を覚ます。
奥さんがミチリーニ行きのバスの時間にあわせて早めの朝食を作ってくれる。
ヴェランダのテーブルで、僕らは朝食を取る。
パンとパウンド・ケーキと(北ギリシャではどういうわけか朝に大抵パウンド・ケーキが出てくる)、茹で卵と、コーヒー。
卵は産みたてで、実に新鮮である。
2匹の猫がごはんをねだりにやってくる。

(村上春樹著「遠い太鼓」より)
[PR]
by foodscene | 2008-05-06 23:00 | ギリシャ

and...

家に戻るとさっそく下ごしらえにかかる。

僕がいんげんの頭をむしって、茹でる。
女房が出刃で(これは日本から持参した)鮭をしわける。
すごくいいトロが出たので、わさび醤油につけて台所に立ったまま食べる。
こういうのをもぐもぐと食べていると御飯が食べたくなる。
ちょうど昨日の残りの冷飯があったので、このトロの刺身と梅干しをおかずにして食べる。
じゃあ、イカも切っちゃおうかということになって、
イカも刺身で食べてしまう。
このイカは実にとろりとして美味しかった。
ゆであがったいんげんも漬物がわりにぽりぽりと食べる。
インスタント味噌汁も作る......という具合に台所で立ったまま、簡単に昼食が終わってしまう。
こういうのはけっこう美味しいものである。

ついでだから書いちゃうと、この日の夕食は鮭と鰯の寿司、梅干しの巻き寿司、蕪の簡単漬物、いんげんの梅あえ、焼き鰯、というものであった。
もっともこういう日は例外的で、大体はパスタを食べて暮らしている。

ローマの市場の食物はみんなとにかく元気がいい。
とくにトマトとホーレン草とインゲンは、口にふくむとコリッとして「野菜です」という香ばしさが口の中にさっと広がる。
その3つは東京に戻ってきてしばらくは、まずくて食べられなかったくらいだ。
東京のイタリア料理店の味はここのところずいぶんおいしくなったけれど、
野菜のいきおいだけはやはりいかんともしがたいと思う。

(村上春樹著「遠い太鼓」より)
[PR]
by foodscene | 2008-05-06 22:53 | イタリア

ポンテ・ミルヴィオ(ミルヴィオ橋)の青空市場 2

僕らはバスでポンテ・ミルヴィオまで行く。
まず魚屋に行って鮭を買う。
鮭は輸入品だから(もちろん地中海で鮭はとれない)決して安くはないが、
我々にとっては非常に利用価値の高い魚である。
これ1匹あれば鮭寿司も作れるし、塩焼きもできるし、頭を使って吸い物も作れる。
ありがたいことに身を買うと頭をただで貰える。
何故ならイタリアの人は鮭の頭なんてまず使わないからだ。
あのかまの美味しいところも使わないで捨ててしまう。

だいたい1キロで3000円くらい。
好きなだけ切って売ってくれる。
うろこを落とし、はらわたを出し、頭を切り、それから輪切りにして量り売りしてくれる。
僕らはいつも上半身の方を取る。
しかし見ているとよく上半身だけ売れ残った鮭があるから、
イタリア人は下半身を好んで買っていくのかもしれない。
僕らは2500円分の鮭を買った。
(略)
隣の魚屋で大きめの鰯を7匹と、イカを5匹買う。
鰯はとても安く、イカはちと高い。全部で1400円。

それから野菜。大根を3本と蕪。
きのこを2キロ。トマト、キウリ、ジャガイモ、ビエダ(京菜に似た野菜)、ホーレン草、
インゲン、バジリコ、等々。

2人で両手にいっぱい荷物を抱え、コーヒーを立ち飲みしてからまたバスに乗って家まで帰る。
こういう買い出しはけっこう大変だけれど、それでも新鮮な食料品をいっぱい買うとずいぶん幸せな気分になる。

(村上春樹著「遠い太鼓」より)
[PR]
by foodscene | 2008-05-06 22:47 | イタリア

ポンテ・ミルヴィオ(ミルヴィオ橋)の青空市場 1

それからこの市場の近くには安くて美味しい食べ物屋がある。
150円(1500リラ)出せばかなり大きなあつあつのピッツァを食べさせてくれる立ち食いピッツァ屋がある。
「ミレ・チンクェ(1500)!」と怒鳴ると、ちゃんと1500リラぶん切って、
オーブンで温めてくれる。
200円出せばけっこう腹いっぱいになる。
その隣には、いつも労働者やら兵隊やらで賑わっている安いレストランがある。
ウェイターの目付きと愛想は極端に悪くて、ときどき店の中がひどく汗臭いが、
味は悪くない。
かと思えばイタリアには珍しく見事に正統的なフィレ・ステーキを食べさせてくれるシックなレストランもある。
ここは静かで、ウェイターの愛想もよく、暖炉でぱちぱちと火が燃えている。
市場の入り口にあるバールの立ち飲みコーヒーも香ばしくて美味しい。
どこの国でもそうだが、活気のある市場の近くには必ず美味い食べ物屋が揃っている。
錦小路だってそうだし、築地だってそうだ。

(村上春樹著「遠い太鼓」より)
[PR]
by foodscene | 2008-05-06 22:41 | イタリア

今ではsecond hometown、UK

夕方に仕事を終えると、近所に買い物に行って、
簡単な料理を作って食べる。
僕はロンドンで暮らしているあいだ外食というものをほとんどしなかった。
正直に言って、何を食べてもたいしておいしくなかったからだ。

もちろんどこかにおいしいレストランはちゃんとあるのだろうと思う。
でもイタリアから来ると、ロンドンで金を払ってレストランに入ろうという気がまず起きない。

悪いとは思うのだけれど、率直に言って自分で作ったほうがまだおいしい。
食パンはおいしかった。
料理と呼ぶほどのものではないけれど、スーパーでロースト・ビーフとパンを買ってきて、
ロースト・ビーフ・サンドを作って毎日食べていた。
カレーを作ったり、トマト・ソースを作ったりもした。

(村上春樹著「遠い太鼓」より)
[PR]
by foodscene | 2008-05-06 22:35 | イギリス