<   2009年 08月 ( 12 )   > この月の画像一覧

Getting Over

姉は肉じゃが、それが総菜といわれる簡単な料理でも、
板前というからにはおろそかにしてはいけない、プロの味はどこかに生かされる、
そういう心がまえでなくてはいけないと要求していた。

板前には客のニーズにあわせられる柔軟性と、職人としてだけでない経営者としての感覚も
必要と思っていた。
姉が中道さんと私を新橋の『吉兆』や、代官山の『小川軒』に連れだしたのも、
うまいものをうまく味わう大切さと、
その道を極めた味を知って欲しいと思ったからだろう。

ある日の6時前、姉が1人で『ままや』のカウンターに座り、
天然の寒ぶり、みる貝の刺身の盛合せ、ぬた、湯豆腐、梅茶漬を注文し、
私たちがあっと驚くほどのスピードでたいらげた。
見事な食べっぷりだった。

そして、「それひとつとっても味に調和があり、
きりっとしまった味で、プロの微妙な勘どころを、おさえている」
と、姉の感想を私に耳打ちした。

姉は冷たい物は冷たいうちに、熱い物は熱いうちに、
実に見事にきれいに食べてみせた。
職人が、味のわかる人に出逢うのはうれしいことであり、
緊張感のある仕事をさせるということを、私たちに伝えようとしていたのだ。
姉は言葉でほめるばかりでなく、食べ方や素振りでそれをあらわした。

<向田和子著「かけがえのない贈り物」>
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by foodscene | 2009-08-30 15:06 | 日本

ピリ

「あなたも考えなさい」
姉のいつになくトゲトゲした口調である。
「友人から差し入れで、食べたんだけど、
人参をカリッと辛く炊いたもの、おいしかったから、やってみてよ」
と、半命令だった。
食べたこともないものを作るのはむずかしい。
どうにか作って差し出すと、まあまあ合格であった。
「もう少し人参がパリッとしていた方が良い」
と、姉にアドバイスされた。

料理の命名は、苦しまぎれに「"人参のピリ煮"にしたら?」と言ったら、
「それでよし」と初めて言われた。

他にも仕込みが簡単で、すぐに出せる商品を考えた。
トマトの和風サラダ、これは丸ごとのトマトを六つ切りにして、
その上に大葉シソの細切りをのせ、黒い平皿にサラダ菜を敷きドレッシングをかける。
これは姉のアイディアだ。

日もちのするさつまいものレモン煮は、
以前私が姉宅に届けて好評だったので、これもとり入れた。

<向田和子著「かけがえのない贈り物」>
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by foodscene | 2009-08-30 15:01 | 日本

こんなおせちなら

12月も押し迫ってきた。
私はいつもより気張って、おせち料理作りにとりかかった。

28日、カレー、車柚子の砂糖漬。
29日、豚肉と大根の煮込、はりはり大根漬、ホワイトソース風野菜スープ、
ピーマンの佃煮、レバー生姜煮、それから野菜の下準備。
30日には、ゴボウのきんぴら、ブロッコリーレモン風味、人参と油揚げの炊きこみご飯、
車エビのうま煮、鶉の照焼、鶏団子、もみじ麩とよもぎ麩の煮付、ゴボウ巻、
べろべろ(だし卵の黄身寒天)、銀杏松葉さし、焼クリ、さつまいものレモン煮、
ウド白煮、クワイ、百合根、人参、松茸、こんにゃく、八ツ頭、たたきゴボウの胡麻和え、
酢蓮、シメジ、筍の土佐煮、ハジカミ、菜の花、膾を作った。

31日の午後、姉宅に3日がかりで作った料理を届けた。
帰りには、姉から蒲鉾、伊達巻、常節(とこぶし)、魚の昆布じめ、果物、お菓子、生野菜と、
大晦日に生まれた母の誕生日のプレゼントと花を持たされるのが、恒例となっていた。

<向田和子著「かけがえのない贈り物」>
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by foodscene | 2009-08-30 14:56 | 日本

ライスカレー

店は表通りから入った人通りのない場所、
常連はある一定の客しかいない。
トーストだけでは週1回の客になってしまう。

スパゲッティとカレーライスのメニューを増やすことにした。
客単価を上げることも考えてのことだ。

さて、いざカレーといったところで、
いつも同じ味をとなるとそう簡単ではない。
アイスコーヒーの失敗は二度と許されない。
徹夜してカレーに挑戦した。
玉ネギを茶色になるまで炒め、
スパイスも吟味し、時間をかけた商品にした。

朝が早く夜は遅いので、八百屋が閉まっている。
開店中は1人きりでなかなか買物にも出かけられない。
仕入れの無駄を省くためにも、缶詰の利用と日もちのよい野菜を心がけ、
玉ネギ、人参、ジャガイモとコンスタントに揃っているようにした。

トーストも売れない日がある。
古いパンを使うこともできない。
残りものは家に持ち帰った。

母はパン好きで、「私が食べる」という。
母は理由については何も聞かない。
このパンのトーストにいくらジャムをつけても、
私はおいしいはずがないと思っていた。

ある日、たくさんの食パンが残ってしまった。
厚切りにしてトーストを作った。
その間に玉ネギとコンビーフの缶詰を炒め、
味つけしたものをはさみ、温サンドイッチにすることを思いついた。
これを別々に作っておき、注文がきたとき電子レンジで、30秒"チン"する。
チーズもトーストパンにはさみ、電子レンジに入れる。
この2種類をかごに盛って、
特製温サンドイッチとして出した。
実はこれがヒット商品となった。

ーーー

ジュースのアイディアも考えてくれて、
ミカンの缶詰と生ジュースのミックスで、『水屋』のオリジナル商品になった。


<向田和子著「かけがえのない贈り物」>
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by foodscene | 2009-08-30 14:50 | 日本

すし

心残りが全く無いほど中華料理を食べまくり、
しっかり腹ごしらえしていたつもりなのに、
何事も経験とばかりに、2人は機内食も残さずに平らげてしまった。

午後7時35分羽田着。姉が迎えに来ていた。
「東京の空気には、やっぱり江戸前の鮨があう。お腹は、いっぱいだけど」
という私たち2人の言葉につい惑わされて、
「ひとつ、ふたつ、つまんでいきましょう」
と、姉は六本木の鮨店に案内した。

トロに始まり、あなご、白身魚、鉄火巻、玉子はご飯ぬき、
鮨は別腹、やっぱり酢めしのサッパリさがなんともうまい。
2人はすっかり腹を据えて食べまくった。

姉はお母さんと和子には、やっぱり三番手の鮨店しか、
連れて行かないと思ったことだろう。

<向田和子著「かけがえのない贈り物」>
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by foodscene | 2009-08-30 14:43 | 日本

コサージ

おもしろ好きの母は空港の雰囲気に、もうすっかり酔い始め、
人の行き交いの見える喫茶店でコーヒーを飲みながら堂々としたもので、
私のお供は必要なさそうだ。

機内持ちこみの検査があった。
母は悪びれずに裁ちばさみを出した。
姉がぶっ飛んで来た。
「なんでこんなもの持ってきたの!」
母は何にでも使える裁ちばさみが好きなのだ。

もうすんなり飛行機に乗りこめると思っていた母は、
しょんぼりしてしまった。
準備の疲れが出てきたのかもしれない。

サッと、姉の姿が消えてしまった。
まもなくカトレアのコサージを持って、駆け寄って来て母に手渡した。
母は晴れがましさとうれしさの入りまじった笑い顔になった。
「もったいない、何様でもあるまいし......」
と、言いながら、しっかりと手に持っていた。
そして、ひと働きしたような心地で機内に向かった。
17日午前10時30分、予定どおり、
私たち2人の乗った日本航空香港行きは飛び立った。

17日夜、清蒸助魚(黒鯛の蒸し料理)、清蒸鮮鮑(蒸しアワビ)、胡椒蟹(カニ)、
白灼蝦(塩で味つけしたエビ)、咕老肉(酢豚)、焼乳鴿(ハトの唐揚げ)、

18日朝、シェラトン・ホテルの朝食。
コーヒー、バタートースト、ハムエッグス、オレンジジュース

18日昼、飲茶。蝦団子、焼豚、しゅうまい(エビ)、蟹のつめ、肉団子と湯葉、
骨つき豚の醤油豆入り煮込、蟹とニラの湯麺、ココナツ入り菓子

18日夜、潮州翅(フカヒレ)、カエル、カラシ菜のカキ油炒め、塩ゆでのガチョウ、
小カキと卵の炒め、里芋と銀杏のデザート、ココナツミルクとツバメの巣

19日朝、町に出て、粥(粥いろいろ)、油条(揚げパン)、

19日昼、中国ハム、酔蟹(酒漬けカニ)、清炒蝦仁(エビのむき身の油炒め)、
魚の甘酢あんかけ、中国野菜スープ、蒸しパン、杏仁豆腐

19日夜、マカオ・リスボアホテルのポルトガル料理。
大蝦の唐がらし風味、豚肉と玉ネギポルトガルソース、スープ(ジャガイモ、青菜のみじん切り)

20日朝、リスボアホテルの朝食。オートミール、パン、紅茶、ハムエッグス、パインジュース

20日昼、塩<火に局>鶏、菜遠牛丸(牛肉のかまぼこ風野菜炒め)、
椒塩蝦(山椒塩エビ)、致菜和肉(角煮風干野菜)、例湯

20日夜、韓国肉、クラゲ、トリ肉の細切りとネギの炒め、炒牛百叶(牛の胃袋とニラ、ニンニク、セリ風味ネギの炒め)、ペキンダックのスープ、白ゴマパン風餅、もち米甘酒風あん入り白玉饅頭

21日朝、コーヒー、オープンサンドイッチ

22日昼、飲茶。酢豚、ぎょうざ2種、春巻、もち米のハスの葉包み、買いぐい品、甘栗、ケーキ、
オレンジ、リンゴ、ナシ

以上が、私と母の香港での食事メニューである。

<向田和子著「かけがえのない贈り物」>
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by foodscene | 2009-08-30 14:39 | 香港

まつり

In the very center of one table a pig was standing,
roasted brown, and holding in its mouth a beautiful red apple.
Above all the delicious scents that came from those tables
rose the delicious smell of roast pork.

In all their lives, Laura and Carrie had never seen so much food.
Those tables were loaded.
There were heaped dishes of mashed potatoes and of mashed turnips,
and of mashed yellow squash,
all dribbling melted butter down their sides from little hollows in their peaks.

There were large bowls of dried corn,
soaked soft again and cooked with cream.
There were plates piled high with golden squares of corn bread and
slices of white bread and of brown, nutty-tasting graham bread.

There were cucumber pickles and beet pickles and green tomato pickles,
and glass bowls on tall glass stems were full of red tomato preserves and
wild-chokecherry jelly.

On each table was a long, wide, deep pan of chicken pie,
with steam rising through the slits in its flaky crust.

Most marvelous of all was the pig.
It stood so lifelike, propped up by short sticks, above a great pan filled with baked apples.
It smelled so good.
Better than any smell of any other food was that rich, oily,
brown smell of roasted pork,
that Laura had not smelled for so long.

-Little Town-
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by foodscene | 2009-08-24 12:39 | アメリカ

PIE

"Comb your hair and sit up to the table, Charles,"
Ma said.

She opened the oven door,
and took out the tin milk pan.
It was full of something covered thickly over with delicately browned biscuit crust.
She set it before Pa and he looked at it amazed.

"Chicken Pie!"
""Sing a song of sixpence -" said Ma.
Laura went on from there, and so did Carrie and Mary and even Grace.

"A pocket full of rye,
Four and twenty blackbirds,
Baked in a pie!
When the pie was opened,
The birds began to sing.
Was not that a dainty dish
To set before the king?"

"Well, I'll be switched!" said Pa.
He cut into the pie's crust with a big spoon,
and turned over a big chunk of it onto a plate.

The underside was steamed and fluffy.
Over it he poured spoonfulls of thin brown gravy,
and beside it he laid half a blackbird, browned,
and so tender that the meat was slipping from the bones.

He handed that first plate across the table to Ma.
The scent of that opened pie was making all their mouths water
so that they had to swallow again and again while they waited for their portions,
and under the table the kitty curved against their legs,
her hungry purring running into anxious miows.

"The pan held twelve birds," said Ma.
"Just two apiece, but one is all that Grace can possibly eat,
so that leaves three for you, Charles."
"It takes you to think up a chicken pie, a year before there's chickens to make it with,"
Pa said.
He ate a mouthful and said,
"This beats a chicken pie all hollow."

They all agreed that blackbird pie was even better than chicken pie.
There were, besides,
new potatoes and peas, and sliced cucumbers, and young boiled carrots
that Ma had thinned from the rows,
and creamy cottage cheese.
And the day was not even Sunday.
As long as the blackbirds lasted, and the garden was green,
they could eat like this every day.

Laura thought,
"Ma is right,
there is always something to be thankful for."

-Little Town-
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by foodscene | 2009-08-24 12:27 | アメリカ

There's no great loss without some small gain.

In the morning a dark spray of blackbirds rose and fell above the cornfield.
After breakfast Pa came to the house,
bringing both hands full of birds he had shot.

"I never heard of anyone's eating blackbirds," he said,
"but these must be good meat,
and they're as fat as butter."
"Dress them, Laura, and we'll have them fried for dinner,"
said Ma.
"There's no great loss without some small gain."

Laura dressed the birds, and at noon Ma heated the frying-pan and laid them in it.
They fried in their own fat,
and at dinner everyone agreed that they were the tenderest,
most delicious meat that had ever been on that table.

-Little Town-
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by foodscene | 2009-08-24 12:15 | アメリカ

のこりもの

「映子さん、夕飯は何にするかねえ」
姑がのんびりとした声を出す。
「洋一がいないし、2人だけだから余りもんでいいじゃんね」

いつも姑は同じことを口にする。
夫が出かけた夜は、女2人冷蔵庫のものをさらって食べようということなのだ。

こういう時のために、冷蔵庫の中にはラップされたさまざまなものが眠っている。
おとといの煮物、昨夜の鮭の焼いたものの残り、
そうしたものを電子レンジで加熱すると、なかなか皿数の多い夕食になる。
漬け物は新鮮なものを山盛りにするし、何かもう一品つくることもある。

映子はこのことに対してあまり不満はない。
ただ姑が、夫が出かける夜は判で押したように同じことを言うのが
おかしいだけだ。

**************

その店のパスタもおいしかった。
香草をまぶして焼いた肉も残さず食べた。
「もうお腹がいっぱいだわ」
「そんなこと言わないで、デザートを食べてくださいよ。
ここのケーキはとてもおいしいんですよ」
渡辺に勧められたとおり、チーズでつくった菓子を食べた。
舌にのせるととろりと不思議な甘さがある。

映子はふと、夫と姑はどんな夕食をとっているのだろうかと思った。
おそらくもったいながり屋の姑が、
昨夜の煮物の残りを電子レンジで温めているだろう。
食べ残したサワラの焼いたのも出ているかもしれない。

****

その夜の夕食はなかなかおいしかった。
母はいつもさまざまな不満を口にするが、
少なくとも義姉は料理がうまい。
食卓にはインゲンの茹でたもの、一口カツの他に、
イタリア風サラダというなかなかハイカラなものが並んだ。
何でも料理雑誌に出ていたものだという。


*****

リビングルームの隣りが食堂になっていた。
大きな木のテーブルに、白いテーブルクロスがかかり、
そこにピンクのバラがさしてあった。

テーブルの上には、何種類かのパンとサラダ、
そして何かがはさんであるパイが置かれていた。
「ビーフシチューは温めればいいだけなんです」
「私がしましょう」
「いいえ、お客さんにそんなことはさせられませんよ」
2人はもみあった結果、映子がシチューを温め、
渡辺がコーヒーをいれることになった。
やがて2種類のいい香りがし始めた。
映子は用意された器にそれを移す。

「そうそう、お土産のこれ葡萄ゼリーです。わりとおいしいですよ」
「さっそくデザートにいただきましょう」
2人は向かい合って座った。
食卓に飾ってあるのと同じ、
ピンクのバラの刺繍をしたナプキンを映子は膝に広げた。
優子の心遣いが隅々までゆき届いていた。

「乾杯」
渡辺がグラスを捧げた。
「ペリエですけどね」
「このお水、泡がいっぱい出ておいしいわ」

ビーフシチューはとてもおいしかった。
人参もジャガイモも面取りされていて、
この家の女主人の優しさをよく表しているようであった。
「こんなおいしいシチュー、初めて食べました」
「そうですか...姉貴が聞いたら喜びますよ」

林真理子「葡萄物語」
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by foodscene | 2009-08-24 12:04 | 日本