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表参道のオープンカフェ(笑)

ランチに白のグラスワインを頼んだ。
それを半分ほど飲んだところに、豆のサラダが運ばれてきた。
表参道のこの店は、オープンカフェにしては料理がうまいことで知られている。
瑞枝はこの後、甘鯛の蒸したものをオーダーしているが、それも悪くない。

目の前に座る文香は、焼きたてのバゲットがおいしいとちぎって食べ始めた。
そうしながらもワインのお替わりを頼む。

林真理子「ロストワールド」
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by foodscene | 2010-02-28 13:17 | 日本

親子丼とお好み焼き

必ず30分以内にお届けしますというピザを、
この数ヶ月もう何枚注文したことであろう。
あの油っこいにおいをかぐだけでもうたくさんと、
日花里は言ったばかりではないか。

それなのに聡のためならば、今夜のメニューはそれでいいと言い出したのだ。
娘の心の粘っこさに、瑞枝はかすかな嫌悪をおぼえる。

「お母さんは、あそこのピザだけはもうご免よ、
どうせ出前にするなら、ひさご屋の親子丼にするわ」
「じゃ、私もそれでいいよ...」
---
「お母さん、久瀬さんだよ。お好み焼きをつくりに来てくれたんだって」

「あのさ、今日は焼きソバの玉も買ってきたからさ、デラックスダブルといこうよ」
昨日とは別な店の袋を高く掲げた。
日花里は彼の腕に、まるで小猫のようにじゃれつく。
「わー、おいしそう。私ね、お好み焼きってあんまり食べたことない。
焼きソバが入ってるのなんか初めてだよ。
でも大好きだと思う」

「久瀬君が来るかどうかわからなかったから、
もう出前を頼んじゃったわ。
親子丼、もう来る頃かもしれない」
「日花里、親子丼なんかいいよ」激しい口調だった。
「そんなの、とっといて明日食べればいいよ。
私、久瀬さんのお好み焼きを食べるから」
その時、まるでタイミングを見計らっていたようにインターフォンが鳴った。
二人前の親子丼が届いたのだ。
瑞枝と日花里は見つめ合う。

「毎度ーッ、ひさご屋です。今日は暑いですねえ」
聡と同じ言葉を口にした。
手渡された赤絵の丼はほかほかと温かい。
こんな季節に親子丼を頼むのは珍しい客かもしれなかった。

テーブルの上に親子丼を2つ置く。
紙に包まれた小さな発泡スチロールも一緒だ。
この中には今どき珍しいほどの発色剤を使った、真黄色の沢庵が2切れのっているはずだ。
沈黙が続いた。
たかが親子丼ふたつに、母と娘の思惑がからみあっている。

「OK、じゃ、こうしようよ」
聡が突然大きな声を出した。
「この親子丼、すっごくおいしそうじゃん。
オレもすっごく腹減っているからさ、これ、ご馳走してよ。
3等分すればさ、そんなにたいした量じゃないだろう。
その後、お好み焼きつくるからさ」
「そうだね、そうしようよ」

冷蔵庫の中をのぞき、貰いもののラッキョウやつくだ煮といったものを小皿に盛る。
ちまちまとした皿や醤油差しを並べると、
丼物だけのわびしいテーブルも急に家庭の色彩を持った。

日花里は親子丼の蓋を大切そうに開けた。
もう冷めて湯気は上がらない。
「じゃ、日花里、久瀬さんから半分、お母さんから半分もらうよ」
「ちょっと待ってくれよ」
聡が大きな声を出す。
「日花里ちゃん、算数の時間に割り算もう習ってるだろう。
2個を3で割れば、3分の2じゃないか。
オレとお母さんから半分ずつ貰えば、半分と半分で日花里ちゃんは1個親子丼を食べることになる。
日花里ちゃんだけが得をするんだよ」
「あっ、そうか」
「だからさ、こうして、日花里ちゃんはこの丼とこの丼から3分の1ずつ取るんだ」

聡はそれぞれの丼に箸をつきさし、上手に飯と具をすくった。
何のためらいもなく瑞枝の丼にも箸を伸ばす。
そして日花里のために新たな丼をつくってやった。
聡は思いのほか箸づかいがうまく、
日花里の丼はつぎはぎが見えないように玉子の具を平らに整えてある。
「それじゃ、いただきまーす」

林真理子「ロストワールド」
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by foodscene | 2010-02-28 13:12 | 日本

朝食

瑞枝は冷蔵庫からベーコンと玉子を取り出し、
フライパンをレンジにかけた。
賞味期限をいくらか過ぎていたベーコンであったが、脂が溶け、
うまそうにゆっくりと縮れていく。

現金な母親だと言われそうだが仕方がない。
今朝の瑞枝は、日花里に対して幾つか負い目をつくってしまったのだ。
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「昨日はごめんね」
瑞枝は皿にベーコンエッグを盛りながら後ろ向きで言った。
「泣いちゃったりして、お母さん、どうかしてたね」
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瑞枝は娘のためにトーストにマーガリンを塗ってやる。
もっと薄くてもいいよと日花里は言った。
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レンジの上の小鍋に泡が立ち上がり、こぼれ落ちようとする寸前であった。
あわてて火を消す。
全く牛乳というのは悪意のように、
ほんの一瞬目を離した隙に、突然沸騰し鍋からはみ出そうとするのだ。
それを茶碗に注いでやると日花里はこくこくと飲み始めた。
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ベーコンエッグの皿を残し、日花里は立ち上がった。
「これ、せっかくつくったんだから食べなさいよ」
「いいよ。私、朝はあんまり食べない。ミルクとパンだけだもの」
日花里が出ていった後、それは瑞枝が食べることになった。
気をつけて焼いたつもりであるが、
黄身が固まり裏側が焦げていた。

インスタントコーヒーをいれ、それで流し込むように喉に入れた。
最近これほど早く起きたことはないので瑞枝とて食欲がない。

林真理子「ロストワールド」
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by foodscene | 2010-02-28 12:58 | 日本

スズキ

二人がメニューを眺めている間、
壁にひかえていた女が近づいてきた。
「今日はスズキのいいものが入っておりますけれども」
「じゃ、私はそれをグリルにしていただくわ」
「僕は肉にします。
僕はここのレバーの煮込みが大好物なんですよ」
黒いワンピースに身を包み、カトリック系の女教師のような女はにっこりと微笑んだ。

「奥でつくっているシェフは、どうもあの女性の息子らしい。
もうひとり息子がいますけれど彼はソムリエをしています。
もうじき出てくるでしょう」
「家族でやっている店って本当なのね」
「だけどここの店はうまいですよ。
本場で修行してきた息子の夢をかなえるために、
一家で協力しているっていう感じですよね」

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前菜の盛り合わせが運ばれてきた。
野菜のマリネ、ホワイトソースにからめたそら豆、
生ハムなどがほんの少しずつ綺麗に盛られていた。

「とてもおいしい」
瑞枝は言った。
口の中に入れた生ハムの塩味と、ワインのさわやかさがとてもよく合った。
「高林さんは東京に来るたびに、おいしいレストランへよく行くのね」
「そんなことはない。仕事がたて込んでいる時は、
そこいらの定食屋や牛丼屋に入ります。
だけど今日は瑞枝さんと一緒だから、
どこかいいレストランへと一生懸命探しました」
「まあ、ありがとう」
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by foodscene | 2010-02-22 16:18 | 日本

京都鱧

灘の酒の小瓶が、氷を詰めた透明の器に入れられカウンターに置かれた。
若いおかみさんが、薩摩切子のグラスを手渡してくれた。
昼寝をたっぷりした後の熱っぽい体に、
冷えた酒がしみいるように入っていく。
気がつくと三杯たて続けに呑んでいた。

「まるで小さな極楽だわ」
瑞枝はつぶやく。
「おとといまで、目を吊り上げて徹夜で仕事してました。
その私が、京都にいて、おいしいもの食べて、おいしいお酒を呑んでるなんてまるで夢みたい...」
「じゃあ、もっといきましょうよ」
高林は瓶を取り上げ、瑞枝のグラスに傾けた。
そうしている間にも二人の前には、皿が運ばれる。
冷やしたガラス皿に盛られた鱧であった。
「まあ、鱧なんて今年初めてだわ。
私ね、そもそも関東の人間だったから、鱧を食べたのは京都が最初よ。
十何年か前、郡司と来た時が初めてだったの」

林真理子「ロストワールド」
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by foodscene | 2010-02-22 16:11 | 日本

焼肉

「あのね、この石焼きビビンバっていうのを食べたい」
「いいよ。でもそれはご飯だから、いちばん最後でいいんじゃないかな。
その前に特上カルビとか特上ロースをばんばん食べようよ」
「あんまり贅沢させないでね」
瑞枝は自分のメニューをぱたんと閉じた。
場所柄、どれもかなりの値段であった。

「うちは母子家庭だから、焼き肉に行っても並カルビって決めてるの」
「でもさ、並カルビって脂が多いからさ、デブになるよ。
日花里ちゃん、デブになるの嫌だろ、ね?」
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「えーとね、キムチとオイキムチ、
特上のタン塩と特上のカルビ、特上のロースをそれぞれ三人前...」
「そんなに入らないわよ」
「オレが食べるから大丈夫」

確かにそのとおりで、聡の食べっぷりはたいしたものであった。
彼はもともと酒は強くないらしく、
冷たいウーロン茶を飲んでいるが、その分気持ちよい食欲を見せる。
あるリズムを持って、肉を網の上に置き、裏返し、口に入れていく。

日花里のこともたえず気にして、
「俺のお箸でいい?」
と断ってから、ひょいと肉片をいれてやる。
熱々のカルビに味噌を垂らし、サンチュで巻いて渡してやる。
その合い間にたえず火加減に気を配り、網の上に肉が並んでいるように
箸をせっせと動かしていく。

「何かすごいわねー、名人技を見てるみたいだわ」
大ジョッキの生ビールを飲んでいる瑞枝は、ただただ感心するばかりだ。
「こんなに焼き肉の食べっぷりのいい人、初めて見たわ。
普通男の人って、お酒ばかり飲んであんまり食べないものだけど」
「前の事務所にいた時に鍛えられたもの。
ほら、若い男ばかりだったから、食べに行くのはやっぱり焼き肉ってことになるよね。
若いのが割り勘で食べるんだから、すごい生存競争だよ。
それにさオレはいちばん年下だったから、先輩のも焼いて、
自分のも食べなきゃならない。
だからオレ、焼き肉の食べ方って自信あるよ。
いちばん効率よく、うまく食べられる自信がね...。
ほら、沢野さん、そこ、そこ、焼けてるよ」

さすがに瑞枝の分はとってくれないので、
あわてて箸を出さなくてはならなかった。
追加で特上カルビをもう二人前頼む。

「日花里ちゃん、そろそろ白いご飯を食べようか。
ビビンバ食べられるようだったら後でオーダーすればいい。
その前にカルビで白いご飯食べるとうまいぞ」
「うん、そうする」

瑞枝の見ている限り、日花里はいつもの倍の肉を口にしている。
火を囲み、若い男のエネルギーにひきずられることにより、
いつもは苦手なタン塩も嫌がらず食べている。
瑞枝としてはあまり認めたくないが、
これほど楽しそうな娘をみるのは久しぶりであった。

「もう日花里、お腹がいっぱいだよー」
甘えるようにプリーツスカートを左手で押さえ、それを聡に見せた。
「お腹がはちきれそうになっちゃった」
「そんなこと言わないでさ、一緒にデザートを食べようよ。
ここのアイスクリームは最高なんだよ。
たらっと蜂蜜がかけてある」
「アイスクリームかあ...」
日花里はもったいぶって、思いきり悩むふりをする。
「食べちゃおうかなあ...」
結局ぺろりとたいらげた。

こちらに払わせてほしいという瑞枝の願いを全く退け、
聡は自分のカードを店員に渡した。
「そんなこと言わないでよ。
オレも今夜はすごく楽しかったんだから」
聡は二人をマンションの前で降ろした。
「久瀬さん、今日はどうもご馳走さまです。
とてもおいしかったです」

林真理子著「ロストワールド」
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by foodscene | 2010-02-22 16:04 | 日本

SB@artesia

「いつものファミレスじゃないよ。今日はお母さん、おごっちゃう」
「えっ、どこいくの」
「カジキ亭のハンバーグにシーフードサラダ。ポテトサラダだっていいよ」
「やったーっ」

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ここの前菜は、何種類か盛られているが、その中に小さなイワシをオリーブ油で焼いたものがあった。
「ああ懐かしいな。おいしいな。これは郡司さんの大好物でしたね。
一山、別に盛ってこいって我儘を言ってた。
あの人は今、どこで暮らしているんですか」

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この8年間、自分は戦ってきた。
子どもの養育費も払ってもらえないまま、
失踪した夫はあてに出来ぬと必死になって職を探した。
もう30歳は目前だったが、若い学生に混じってシナリオスクールに通い、
課題を徹夜で仕上げた。
念願の脚本家になってからは、レギュラーの仕事をとるためにどれほどの苦労をしてきただろうか。

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2皿目の料理が運ばれてきた。
菜の花を使ったスパゲティである。
おそらく温室ものだろう、春のえぐみには遠かったが、緑と黄の彩りが可憐であった。
「ああ、うまいな」
高林はもう一度、小さな歓声を上げる。

林真理子「ロストワールド」
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by foodscene | 2010-02-08 16:59 | 日本