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青空2

昼食の用意が整えられた、その十畳ほどの座敷は、
久子夫人の家の造りを連想させた。

ただ、座卓の上に乗っているのは、
重箱に詰められたおせち料理ではなく、
チーズ・フォンデューの丸鍋と、輪切りにしたフランスパン、
山盛りのレタス・サラダ、彩りに富んだオードブルの大皿だった。

文彦は、物珍しそうに、古い造りの座敷のあちこちを眺めまわしている。
「床の間を背にして、あぐらをかいてチーズ・フォンデューとは、なかなかおつですね」
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「その着物は紬かしら」
「着物も帯も、母のおさがり。
着物って、温かいの。
1枚つづきの布で身体をくるんでしまうし、帯は腹巻き代わり。
さ、チーズが溶けてきたわ。
自分の好きなように、そのパンを入れて食べて」

それぞれが金串の先にフランスパンを刺し、
チーズの入った丸鍋へと進ませる。
輪切りのパンのぐるりに液状になったチーズをからませて食べるそれは、
見た目よりもしつこさがなく、
レタス・サラダの爽味を組み合わせると、互いの味覚がいっそう引き立って、
いくらでも食べられそうだった。

藤堂志津子「青空」
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by foodscene | 2010-06-06 16:15 | 日本

青空1

卓の上には、大ぶりな黒塗りの重箱3段に形よく詰められたおせち料理が、
艶やかな光沢を放っていた。

きんとん、昆布巻き、かずの子、叩きごぼうなどのおきまりの品々のほかに、
花をかたどったスモークサーモンや牛肉のマリネ、
海老のクリームあえ、といった洋風のものも並んでいる。

車を運転してきた真弓のために、夫人は取っておきだという玉露をいれはじめる。
「真弓さんは今年のお客さま第一番目。
遠慮なく召し上がって」

箸を出すのがためらわれるほど、
それらは鮮やかな色と形の対比で眼を楽しませた。
眺めているだけで満ち足りた気分になってくる。
箸先で、ほんの少しでもその調和を崩したら、
せっかくの食べ物の生々しさを掻き消して、
人工的ともいえる艶をおびている重箱の中が、
一挙に輝きを失ってしまう気がした。

料理に見つめ入っている真弓の眼の前に、
いきなり向かい側から箸が伸びてきた。
箱の真ん中に盛られていたスモークサーモンで作られた花を、
的確に、手際よくすくい取ってゆく。
四角い空間の中心を取られ、重箱の中は、
ふいに、ありきたりな、馴染みのある総菜の詰め合わせに変わり果てた。

小皿に取ったそれを、形のよい口許へと運びながら、
夫人は、どこか自嘲めいた口調で言った。
「亡くなった主人が、いつもこうしていましたの。
私がせっかくきれいに盛りつけたお料理の、一番かなめになっている部分を、
いっとう先にお箸で壊して食べてしまう。
お客さまがいらっしゃるときでも、そんなことにはおかまいなし。
私への当て付けでしたわね、あれは」

言いながら、夫人は、今度は重箱の角を利用して、
見事な半月形に並べられたかまぼこの列から、その形をまっぷたつにする一切れをつまみ取った。
真弓は夫人の言動に戸惑いながら、小皿に料理を取り分けた。

藤堂志津子「青空」
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by foodscene | 2010-06-06 16:08 | 日本