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Joy of learning Italian.

For years, I 'd wished I could speak Italian
- a language I find more beautiful than roses -
but I could never make the practical justification for studying it.

Why not just bone up on the French or Russian I'd already studied years ago?
Or learn to speak Spanish, the better to help me communicate with millions of my fellow Americans?
What was I going to do with Italian?
It's not like I was going to move there. It would be more practical to learn how to play the accordion.

But why must everything always have a practical application?
I'd been such a diligent soldier for years -
working, producing, never missing a deadline,
taking care of my loved ones, my gums and my credit record, voting, etc.

Is this lifetime supposed to be only about duty?
In this dark period of loss, did I need any justification for learning Italian other than that it was the only thing I could imagine bringing me any pleasure right now?

And it wasn't that outrageous a goal, anyway, to want to study a language.
It's not like I was saying, at age thirty- two,
"I want to become the principal ballerina for the New York City Ballet."
Studying a language is something you can actually do.

So I signed up for classes at one of those continuing education places
(otherwise known as Night School for divorced Ladies).

My friends thought this was hilarious.
My friend Nick asked,
"Why are you studying Italian?
So that - just in case Italy ever invades Ethiopia again,
and is actually successful this time -
you can brag about knowing a language that's spoken in two whole countries?"

But I loved it.
Every word was a singing sparrow, a magic trick, a truffle for me.
I would slosh home through the rain after class,
draw a hot bath, and lie there in the bubbles reading the Italian dictionary aloud to myself,
taking my mind off my divorce pressures and my heartache.

The words made me laugh in delight.
I started referring to my cell phone as il mio telefonino
("my teensy little telephone").
I became one of those annoying people who always say Ciao!
Only I was extra annoying,
since I would always explain where the word ciao comes from.
(If you must know, it's an abbreviation of a phrase used by medieval Venetians as an intimate salutation:
Sono il suo schiavo! Meaning: "I am your slave!")

Just speaking there words made me feel sexy and happy.
My divorce lawyer told me to worry;
she said she had one client (Korean by heritage) who,
after a yucky divorce, legally changed her name to something Italian,
just to feel sexy and happy again.

Maybe I would move to Italy, after all...

E. Gilbert "Eat, Pray, Love"
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by foodscene | 2010-09-27 05:21 | 学習

道子さんのアメリカ 10

夜W邸に行く。
これはニューオルリーンズの古い住宅街にはめずらしい、
超モダンなコアシステムの家。
C・L自慢の「ニューオルリーンズの車海老」のオードヴルで満腹。
9時半、ハーヴァード大学国際政治科のK教授加わる。

10時半、パスカル・マナーレにカキを食べにゆく。
魚河岸の立食の店のようなところで、
立ったまま1打も食べた。
大へんな美味さ。

「南」特有の—L・Wなら反対するだろうが—ゆっくりといそがぬ夜食、
蜒々とつづく会話—いささか降参す。

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B・B夫妻来る。コマンダーにて食事。ああまた食事。
ニューオルリーンズの人間は食いしん坊で大食で、
まともにつきあっていたら一度は参ってしまうと、
C・Sが言ったのはこのことだ。

いくらここの料理が美味でも、
いくらコマンダーが超一流のオムレツを出しても、
こう食べつづけではかなわない。

E・Bは、ブロードウェイの女優だった。
非常に美しい人である。
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午後、ハンドリン先生邸に遊びに行った。
先生は棒縞のシャツを着て、腕まくりをして、
台所でしきりにライムの緑の果実をしぼって、
おとくいのダイキリのカクテルをつくっていらしった。

こういう姿は、当り前のことだが、
いかめしい古めかしいロウェル・ホールの教壇の姿からは到底想像出来ない。
先生は、ちとすっぱい、とか、氷が足らぬ、とか大さわぎをする。
そして、ダイキリをおいしくつくるコツを教えて下さった。

先生は食いしん坊でもある。
ニュー・イングランド名産のカキの風味を飛ばさない料理を出す店は、
リッツとロッコベールだけだ、とか、
どこそこの煮込を食べたか、なにまだ食べない?そりゃいかん、とか、
パリのマキシムの鴨はうまいな、とか。

先生は、旅先の町の地図は、いつも料理屋中心にしておぼえるのが一番だ、
と言われた。
東京なら、「タムラチョーはヤキトリヤ、そこから曲るとNHK、
少し先の右はホテルで舌平目」という風なのだそうだ。

L夫妻がおやつごろやって来て、
ダイキリ(飛び切りおいしかった)を飲み、
デンマークのチーズとフィンランドのクラッカーを食べながら、
大学とも歴史とも関係のない、
よもやま話で大そうたのしかった。

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ひる食はケイ・B邸にて。
夢想家で理想家で、料理などとは無縁の人という気がしていたので、
何を食べさせられるかといささか心配して出かけて行ったが、
案に相違して、なかなかの料理上手で安心した。

昨日から方々さがし歩いてやっと見つけたという、
大へんすばらしい肉を焼いて、
ピメントのたっぷり入ったピラフをそえてくれた。
開けてくれたシャンペンは古い逸品だった。

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ひる、ハンドリン先生夫妻に食事に招かれた。
ファカルティ・クラブか、スクェア近くの小さなレストランだと思い込んで出かけたら、
なんと先生はめかしこんで、うれしそうに、
「さあ、今日はリッツ・カールトンで海老だ、海老だ」とはしゃいでおられた。
びっくりした。
失礼ながら、先生の財布の中味は大丈夫かしらん、と思った。

先生の運転は、講義ほどうまくないようだった。
ハイウェイに出ると少しあぶなかしかったが、
それでもちゃんとリッツに着いた。
定連とみえて—食いしん坊だから—ウェイターが、
今日は海老より鮭の方がいい、と言いに来た。

スモークド・サーモンについての先生の知識は驚くべきもので、
ロンドンのどこそこのは、どうで、
スウェーデンのどこのはこうでと、
なかなか尽きなかったが、ふいにまじめになって、
1年間の勉強の結果を問われた。

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ウィンドウ・ショップに走って行って、
昨日注文しておいたアイスクリームとケーキを取った。
研究室へのささやかなお礼のつもりだった。

研究室からは、朝ごとに、研究室員が台所のコーヒー沸しからコーヒーを注いで飲む、
ドロ焼きの紅茶茶碗が贈られた。
嬉しかった。さすがに感傷が心に満ちた。

犬養道子「マーチン街日記」
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by foodscene | 2010-09-13 13:39 | アメリカ

道子さんのアメリカ 9

1840年来有名なアントアン・レストランにゆく。
(ジェイン・H、ルシイ・W等と。)

創設後164万5千人目とやらの客となり、
ロックフェラーが巨万の富をつくった年にコック長が「発明」したという、
カキのロックフェラー風料理を食べる。

間の手はやはりサゼラック・カクテル。
アントアンのボーイは、客が何十人何百人であろうと、
注文を一切ノートに書かず、まちがいを犯さずに、
ちゃんと運ぶので有名である。

ジェイン・Hの教えてくれたロックフェラーのソースの材料次の通り。

レタス1/2球
ほうれん草1包半
パセリ5枚
青ネギ3枚
セロリ1本(葉のみ)
ニンニク6個
バタ2ポンド
アンチョビー2カン
上質の生パン粉(ごくこまかいもの)4カップ
ウースターソース少々
ホワイトクリーム
トマトケチャップ(自家製)1瓶

コショウ
タバスコ
パプリカ

緑の野菜をゆでてうらごし。
カキの殻にうらごしを詰め、カキをのせ、
ニンニクのしぼり汁とバタをまぜて火にかけ、
のこりものを加えてとろりとさせ、
カキの上にかけてオヴンで焼く。

—と彼女は言うが、
アントアンのロックフェラーは、どうしてどうして、
そんな材料で出来ているとは思われなかった。

ロックフェラーを注文する客にはカードをくれる。
南北戦争時、リイ将軍旗下の幕僚のかくれたという水色っぽい部屋を見せてもらったが、
今日われわれが坐ったのは、
「紅の部屋」で、古風で少々仰々しかった。

食後、名物のカフェ・ブリュレ・ディアボリックを飲む。
コニャックとコアントロー酒とコーヒーとオレンジの皮のしぼり汁とをまぜ、
銀のカップにそそぎ、部屋の照明を消しておいて火をつける。
まさに悪魔(ディアボロ)の舌のような青い焔がゆらゆらとたちのぼる。
悪魔の名をもつ飲物だが、味は天国のごとく香り高く美味だった。

ニューオルリーンズの食物には、
フランスの繊細さとスペインの即興的な感覚が満ちている。
ここにはソフィスティケイションがある。
そういえば、街をうく女性の服装は、ニューヨーク、サンフランシスコに次いで、
シックである。

犬養道子「マーチン街日記」
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by foodscene | 2010-09-13 13:21 | アメリカ

道子さんのアメリカ 8

研究室で大ニュースを聞いた。
ランチテーブルは大さわぎだった。
謹厳な学者のA・Sさえ、大さわぎをしていた。

エルシイがやめるのだそうだ!
「エルシイズ」のサンドイッチはどうなるのだろうか。
エルシイズのサンドイッチがなくなると、
この研究室のランチテーブルは大困りに困るのだ。

なにしろ、目と鼻の先にある。
ちっちゃくて目にも入らぬほどの店ながら、
私はハーヴァードの学生や研究員のために生きてるんですからねというのが
きまり文句の、あのエルシイが、そこにでんといればこそ、
他の店の半額に近い安い値段で、他の店の3倍かた、
上等なサンドイッチが手に入るのに。

エルシイズのロースト・ビーフ・スペシァルなぞは食べきれない。
極上のロースト・ビーフが、
たっぷり2インチの厚みで入っている。
それでいて50セントだ。
ただの50セント!

朝の9時からひるすぎまで、まず、500人はかたい。
おすなおすなと店先に立って、声をからし、
手をふり上げ、ひどいのになるとお金をつぶてのように投げこんで、
サンドイッチの注文をするあの学生の大群も、
大困りになるにちがいない。

12時20分きっかりに、各研究員のへやをまわって、
「エルシイズから何か?」と聞く食事係のロリも大困りに困るにちがいない。
いや、困る困らないよりも、さみしいことだ。
エルシイがいなくなったら、このへんの名物は1つ消えるのだ.....。

----------------
チャールス・アヴェニュウに宿をとる。
このあたりヴェランダのついた家多し。
ピレネー山中の町々を思わせる。
C・W夫婦からのメッセージあり。

町を歩く。ミモザの花の香り。華氏60度。
女の服装がニュー・イングランドと打って変ってシックである。

夜、有名なカリビアンルームにて食事をとる。
カキのロックフェラー、海老の酒蒸し、
そしてアーティショーのサラダ。
こまやかな味であった。
ボージョレの葡萄酒またよし。

ローマのトランス・テベレの、
時代を経た煉瓦でかこまれた古いレストランを思いおこさせる、
風情に満ちたパティオに、
あじさいの紫とミモザの黄とつるバラの紅が咲きみだれ、
雪にうもれたニュー・イングランドを思うと、嘘のようだ。
花のあまりの美しさに、
ブランデーを嘗めながら、つい時をすごす。

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ルシイ・Wは会話の中味の実に豊かな人だった。
作品が近々レコードに吹きこまれるよし。

コマンダー・パレスの外庭で、
噴水の飛沫をここちよく浴びつつ、
満開のバラのまぶしい紅を賞でつつ、名物のカキを食べる。
食前酒はこれまたニューオルリーンズ独特のカクテル、
Sazerac 冷やしたグラスの中をアブサンでしめらせ、
バーボンとアンゴスツラの苦味とレモン汁とをまぜてそそぎ入れたもの。
非常に強いがさわやかな味である。

犬養道子「マーチン街日記」
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by foodscene | 2010-09-13 05:08 | アメリカ

道子さんのアメリカ 7

アメリカの小さな町くらい、
「何もない」町は他の国ではちょっと想像もつかない。
しかし食後の冷凍さくらんぼを詰めたチーズケーキはおいしかった。
せめて1つくらいはよいことがなければ
腹の虫のおさまらないような、わびしい1日だった。

部屋にホット・ウィスキーをとりよせようとしたら、
「この町のルール」で、酒場から自室には酒をはこばないのだそうだ。
人を馬鹿にしている。
大体、「この町」というが、ここには「町」はないではないか。

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ツルツルが少し溶けたので、ボストンに貝を食べにゆく。
ニュー・イングランドの冷たい冬の海でとれる貝の味はすばらしいものだ。

ボストン美術館を見、
ニューベリイ街のぜいたく店をひやかし、
ペインズで小さなカーペット1つ買う。
イラン製できわめて小さいがきわめて美しい。
この間の講演料をもらったので。

ニューベリイは私の好きな通りである。
どの店も手のこんだ彫りなどある石づくりで、
どの店も道路から2メートルばかり高いところに入口があり、
その入口への階段が、どれもこれも黒く塗られた鉄製の手すりをつけている。
風格のあるたたずまいで、おまけにどの店をのぞいても、
並べている商品は一級品ばかりである。
こういうしゃれた街路での散策は実にたのしい。

リッツ・カールトンのものしずかなロビーでお茶を飲んで帰る。
ここのフレンチ・ペイストリイは甘くてなかなかおいしい。
アメリカの菓子は一般に甘すぎてうまくないが。

夜、J・T・アダムスの本で、1820年から1900年までを読む。

犬養道子「マーチン街日記」
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by foodscene | 2010-09-13 04:53 | アメリカ

道子さんのアメリカ 6

カントリー・ストアにゆき、メープルシロップを買う。
ワシントンの兵たちも泊ったというコロニアル・インの、
黒砂糖のプディングと焼きたてのビスケットが大へんおいしい。

木目の出た板ばりの、古風な部屋をあてがわれ、大いに満足。
木立多いあたりの風景にしっくりと合った部屋と調度である。
夕方粉雪ひとしきり舞う。
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午後、レキシントンの農家にて野菜を買う。
手づくりの松ヤニローソクや、
松の香りを入れた手づくりの色とりどりの石鹸が、
赤いリボンのついたクリスマス用のモミかざりと一緒に
土間にうず高く並べられていた。
香気と色彩に満ちた、心豊かにたのしくなる土間だった。

黒い土から掘り出されたばかりの見事な蕪を買う。
ホワイトソースで煮込むつもり。

ソローやエマソンやオルコットなど、
精神の優位を語り、信じた人々のことを、
また彼らがアメリカ文化の底流に、少くとも一時期及ぼした深甚な影響のことを思う。

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戸棚を開け、食糧を点検。
こういう日が3日つづいてスーパーマーケットにゆかれなくても
カンヅメで何とかつなげると知り安心。
肉をたっぷり入れたポットフをつくる。

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午後、ミシェルのパーティにゆく。
中華風ブッフェで大へんたのしかった。

夜、T氏、S氏、ジェイ、マイク、イルゼ来訪。
ジェイとS氏より贈られた心づくしの七面鳥(ローストずみ)とグレイヴィに、
サラダやプラムプディングやアイスクリームをそえ、
クリスマス・ディナー。

ローソクをともし、ドイツのクリスマス・キャロルのレコードをかけ、
イルゼからのプレゼントであるラインの葡萄酒をあけ、
バーボン・ウィスキーの瓶もあけて、大御馳走となった。

ささやかながら心あたたまるパーティでうれしく思う。
9時半、食事を終え、タクシーをよんで、ビーコン・ヒルまで車を飛ばす。
パリのモンマルトルの丘にどこかたたずまいの似た、
ルードヴィヒスクェアをとりかこむ古風な邸宅の窓という窓に、
クリスマスリースがかざられ、ローソクの焔が輝いていた。
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夕方、ゲイ・Sとシルヴィア・Bが来る。
香り高いバーボンウィスキーの瓶をあけ、
盃を手に、語り合う。

シルヴィアは白系ロシアの血を受けている。
彼女はドストエフスキイのカラマゾフのアリョーシャを、
「肌で」愛すというようなことを言った。
その言葉のうらには実感と郷愁とがあった。

メニューはチキンの照焼、さやいんげん。
オンディーブと赤大根のサラダ。
チョコレートケーキとヴァニラアイスクリーム。
コーヒーとブランデー。
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本格的なインドカレーのつくり方の一つをラマから習った。
それによると、トマトと玉ねぎを甘味のないヨーグルトで、
トロトロと長時間煮るのがコツだそうだ。

カレー粉などは問題ではないと彼女は言った。
香辛料は30何種類とやら入れなければならない。
だからうんと高くつく。
彼女はその香辛料をさがすのに丸2日をつぶした。

出来上りは口に入れると、トロリと甘く、
のどもとをすぎてうんとからい。
前にパンディト・ネールさんのところで頂いたカレーとはまたちがう、
奇妙なうまさであった。

犬養道子「マーチン街日記」
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by foodscene | 2010-09-08 15:53 | アメリカ

道子さんのアメリカ 5

ハンドリン先生講義の参考図書目録にある
Benjamin Franklin and a Rising Peopleを急いで1冊読み上げる。
大して面白くなし。

フランクリンという人に対しては、学究的な面と、
あの有名なアメリカ人権利の主張の偉大な演説をのぞいては、
(それからもう1つ、パリにおける伊達な振舞をのぞいては)
さして魅力を感ぜず。

アメリカ史上、魅力を感じ、ひきつけられ、
初期の健かな精神の最も完全なIncarnationを見る心地にさせるのは、
ウールマンやジェファソンである。

夜、ラマ、バーバラを招いて夜食。
オンディーブと赤カブのサラダ。
シャンピニオンと鳥の白葡萄酒煮。
インディアンライスのピラフ。
さやえんどうのソテー。
ラズベリイのアイスクリーム。
シェリ酒とビール。

犬養道子「マーチン街日記」
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by foodscene | 2010-09-07 04:27 | アメリカ

道子さんのアメリカ 4

ストークス夫妻とリリアンを夜食に招く。
ミスタ・ストークスは、
ニュー・イングランド一帯を相手にするC映画フィルム供給会社の副支配人である。
マイ・フェア・レディを「売った」ときの話をしてくれた。
大へんなさわぎだったそうだ。

組合せがわるかった。
この人と、中国政治研究のリリアンとでは、話のつぎほがない。
まずかった。

焼鳥と豆とインディアンライスと、チョコレート・ケーキ、
コーヒー、ブランデー。
鳥の安いのは大助かりである。
人選はまずかったが、
自分で料理をして人をよぶということはたのしいものだ。

------

昨夜から炉火にかけてトロトロ煮込んだシチューの味忘れがたし。
アメリカの小さな村に住む人の手料理は美味である。
相客8人。
絵描き夫婦から、冬の海のヨット遊びに招かれる。
寒風と波浪と「戦うたのしさは格別」と聞かされ、
急いでていねいにことわる。

犬養道子「マーチン街日記」
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by foodscene | 2010-09-07 04:02 | アメリカ

道子さんのアメリカ 3

L・Hとアンリ・カトルにて食事。
フランス人のやっているこの小さなレストランは、
フランス語で注文を取るボーイ、
だまっていても注いでくれる葡萄酒、
パリのレストランそのままの赤白格子縞のテーブルクロスとナプキン等々、
アメリカ北方のケンブリジにいることを忘れさせる。

シャンピニオン入のオムレツは本場の味である。
それにしては値段が安くてよい。
5ドル出せば立派なデジュネ(昼食)が食べられる。

ケンブリジには手軽でうまい小レストランがかなりある。
有難いことだ。
年齢のせいかしらん。量はいらない。
ちょっぴりでよいから、うまいものがほしい。
食いしん坊になって来た。

------

午後ブラトルストリートのセージにゆく。
これはよいマーケットである。
アメリカによい肉はない、などと言う人に見せてやりたい。
霜降りの肉がある。
これはうまい。少々高いが実にうまい。ビフテキ1枚買う。

本場本物のフレンチ・コーヒー豆がある。
中国の香り高い花茶がある。

しかし何と言っても、コンコード通りをまっすぐ行った先の
ミスタ・イーガンの店が一番だ。
フリの客をいれない、紹介の客だけを受ける、
現金買いをさせないツケ専門のあの一風変った頑固な店の、ステーキ用肉は、
松阪でも容易には見られない品だ。

ワラビやソテー用山羊歯や、
さまざまの野のベリー類も売っている。
人工加工しない自然食品の豊富さはうれしい。

骨董屋をひやかし、本屋をひやかす。
いつもの悪い癖が出て、バヴァリアのデミタス・カップを買ってしまった。

--------

ひる、ジーン夫妻とハーヴァード・ダートマスのフットボールを見にゆく。
えらいさわぎである。
ジーンもハワドもハーヴァードのスクールカラーのえりまきをして
昂奮している。

試合開始前のひととき、恒例、「伝統」の、
テイル・ゲイティング。
競技場わきの、チャールス河っぷちの野外で、
ステイション・ワゴンのお尻をテーブルにしてお弁当を食べるのだ。

とうに死んだまま執拗に枝にぶらさがっている黄葉の奇妙に物さみしい白樺の根本で、
身に痛いからっ風をまともに受けて、ブルブルふるえながら、
冷え切ったサンドイッチを食べる。
御苦労なことだ。

犬養道子「マーチン街日記」
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by foodscene | 2010-09-07 03:52 | アメリカ

道子さんのアメリカ 2

夕方、ブラトルの、若やかでしかも粋な通りの、
劇場地下の音楽カフェにゆく。
シェラザードのレコードをしばらく聞き、
珍しく本格的なヴィエナ・コーヒー一杯を楽しく飲む。

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この通りの中頃にあるドイツからの移民の元貴族夫人がはじめた
ウインドウ・ショップ(店はロングフェローの「村の鍛冶屋」の鍛冶屋の住んでいた家)の
アバガド・サラダはなかなかいける。
ここの菓子もよろし。

ブラトルそのものではないが、ほんの目と鼻の先にある、
フランス人家族のやっている小さな「アンリ・カトル」は、
パリの学生街のレストランを思わせる小粋な雰囲気で楽しい。

パリのなつかしい白と赤の格子じまのテーブルクロス、
黒いユニフォームのウェイトレス、そしてボルドーやブルゴーニュの葡萄酒。
パリの味の繊細さをちゃんと受け継いだシャンピニオン入オムレツ。

ケンブリジには、もう一軒、アンリ・カトルを上まわる味のフランス料理屋あり。
わが家からきわめて近いのがうれしい。
「シェ・ジャン」少々高く、二人で行って一晩にまず二十ドルかたは飛ぶが、
それだけのことはある。
とくにコック・オ・ヴァン、シャトオ・ブリアン、よろし。
食後のショコラ・ムスよろし。

松阪に劣らぬ肉を売るミスタ・イーガンの、風変りで古風でいっこくなところがあって
ふりの客は一切ことわる店から買いつけた肉をシェ・ジャンはうまく食べさせてくれる。

誰であろう、アメリカにうまいものなし、なぞ知ったかぶりを
一番最初に言い出したのは。

だが何とも有難いのは、
このブラトルで、本格的なフランスパンの買えることである。
苦味のあるフランス風のコーヒーや、ノルマンディのチーズの安く買えることである。
スコッチ安く、チーズ安く、他に言うことはない。

犬養道子「マーチン街日記」
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by foodscene | 2010-09-06 15:01 | アメリカ