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大阪

それはともかく、この店では食べるものを注文するのもたいへんだった。
それでも酒のしずくで濡れた銀色の丸いトレイの上で、
ボーイが注文を書きとめてくれ、
肉の焼き具合も聞いてくれた。

その間も、テーブルの脇を男の子や女の子がひっきりなしにすれちがい、
ぶかぶかどんどんの音楽に合せて踊るらしいが、
私たちはやっと来たカニのクリームコロッケを食べては飲むのにいそがしくて、
音楽なんか聞いていられない。

***

私たちはローストビーフにナイフとフォークを入れながら、
談笑している。
北丘森夫が細心の注意で選んだ赤ワインを飲み、
(それが何という銘柄か、私にはおぼえられないし、
そんなことに関心を払う余裕はなかった)
食べないときはしゃべっていた。

田辺聖子「お気に入りの孤独」
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by foodscene | 2010-10-24 15:31 | 日本

お気に入りの孤独 さわやかなカニ

私と中園と村瀬は城崎温泉の旅館でカニを食べた。
すこし滋味が足りない気がしたが、
さわやかなカニだった。

このあたりのカニは松葉ガニと呼ばれて姿も美しく、
味はとても濃厚である。
その日食べたのはそこまで熟れきらない、まだ少女っぽいような味だった。

***

おひるは総持寺の智里庵という精進料理のお店で、
秋らしい銀杏の蕪むし、柿なますなどの精進料理をいただき、
名物の沢庵や胡麻豆腐などをお土産に買った。

田辺聖子「お気に入りの孤独」
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by foodscene | 2010-10-24 15:22 | 日本

お気に入りの孤独 出石蕎麦

「三たて—って、知ってますか、出石蕎麦の特徴です」
「三たて?」
「まあ、挽きたて、打ちたて、ゆがきたてです。
客の顔見てからつくりますから、ちいとひまがかかります。
そのあいだビールでも飲んでて下さい、僕は運転があるから」

ビールは私と中園が遠慮なく飲むことにした。
肴に、さよりの干物を焼いたのが出てくる。
海が近いのでおいしいのだった。
男2人は久しぶりに会ったのか、共通の友人のことをしゃべり、
村瀬はしきりに、ビールのつぎ役になった。
いい男みたいに思えた。

そこへやっと、出石蕎麦が運ばれてくる。
ほんとにゆがきたてというように、濡れ濡れとした蕎麦が、
出石焼の白い皿にわずかずつ盛られて出てくる。
村瀬は割箸をテーブルに立て、
「この箸1本で皿・17枚分の高さです。
17枚ぐらいはみな食べますよ」

いまは、とりあえず、という感じで1人5枚ずつ来ている。
とろろ、のり、葱、わさび、卵、などを入れて食べるのだそうである。
蕎麦の色は黒く、匂いが高い。

私は勇んで早速食べた。
コシがあって、何とも野趣にみちていた。
「冷い!」
といったら、
「なんの、これを真冬に食べると、また旨いんですわ。
冷いのをすすりこむのが何ともいえんでの」
村瀬は、するすると蕎麦を食べ、見る間に皿を重ねてゆく。

「これ、何枚ぐらい食べられるんでしょ」
「40、50、食う人がおるさけ、の。
春の祭に蕎麦食い大会があります。
挑戦して下さい」

私はがんばって12皿だった。
コシのある、しこしことした蕎麦は、すすりこむには手応えも存在感もありすぎて、
簡単にいかない。
鄙の男の素朴さ、というような蕎麦であった。

町は典雅でものやさしいが、この蕎麦は、たけだけしい。
信州上田のお殿サンは、この味と別れることができなんだのであろう、と思うと微笑される。
いかにも昔のサムライが好きそうな、ごつごつと飾り気のない、旨い蕎麦だと思った。

村瀬は20皿、中園は17皿、中居さんはもろぶらに、いくらでも蕎麦を運んでくる。
蕎麦湯を飲んで私たちは店を出た。
蕎麦というのは食事とはまた別なのか、
客は入れかわり立ちかわり、来るようであった。

田辺聖子「お気に入りの孤独」
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by foodscene | 2010-10-24 15:19 | 日本

マフィアパーティ

生ビールがつがれ、男たちばかりで群れてうちとけてしゃべり合った。
(マフィアの一家みたいだなあ)と思いながら私はバーベキュー用の炉に炭を足していた。
このパーティでは、子供が喜ぶというのでいつもバーベキューなのだった。

牛肉は直火で焼くが、そのほかのものはコンロにかけた大きい鉄鍋で焼く。
その種類といったら、およそありとあらゆる、考えつく限りのおのを、
マダームは用意しており、男客たちは飲むのが主であるが、
女客は食べるのがたのしみなので、上手に焼いて皿に並べないといけなかった。

マダームによれば、六甲ホテルのジンギスカン料理を参考にしているという。
野菜は玉葱、にんじん、コーン、アスパラ、もやし、ピーマン、茄子、たけのこ、キャベツに南瓜、
それに鳥肉やソーセージ。
明石の蛸に、イカ、海老。
焼きそばをするために、中華麺も、どっさり盛りあげてあった。

木かげで焼いていたのだが、
日ざしがじりじりと移って、秋陽がコンロを直射し、
暑いったらなかった。
私は皆の豪勢な食欲に追いまくられて、自分が食べるどころではなかった。

田辺聖子「お気に入りの孤独」
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by foodscene | 2010-10-24 15:11 | 日本

じゃこ御飯

食事は申し分なくおいしく、ほんの少しのビールと、あたためた日本酒ではじまった。
舅が日本酒好きなので、涼も少年の時から少し手ほどきされた、といっていた。
マダームは日本酒嫌いだけれど......。

***

ぬけぬけと私は食べていた。
お酒をすませたあとの御飯は、これも涼の好きな、
「じゃこ御飯」だった。
これはマダームに教わったのだ。

京都のある高級料亭が、ごく少し売り出している、
ちりめんじゃこと山椒の実のつくだ煮を、あたたかい御飯に混ぜるだけ、
しかし、ちりめんじゃこの美味しいつくだ煮が中々、手に入らない。

マダームは盆・暮の贈答品にをそれを貰うと、
「涼に、じゃこ御飯を食べさせてやって。
猫みたいだけど、ほんと、美味しいの」
とまわしてくれるのだった。

これはなるほどおいしくて、
私も好きになってしまった。
そうして、「贅沢」というのは、こういうことなんだな、と思った。
邸内にプールやテニスコートがあるのも「贅沢」だろうけど、
高級料亭が、ほんのぽっちりしか売らないつくだ煮を手に入れる、
ということのほうが、もっと贅沢だった。

だって、その材料は吟味しぬかれたもので、
ちりめんじゃこは淡路のどこそこのもの、
山椒の実は丹波のどこそこのもの、と、気の遠くなるような撰別をしてあつめているのだもの......。

ともかく、私は涼と一緒に「じゃこ御飯」をたのしみ、
涼がこれから始まる楽しい時間への期待をますます昴めるのを痛いほど感じ、
「片付けるのは朝にしよう、僕も手伝うから」というのに、
「うん」と答えてしまっていた。

田辺聖子「お気に入りの孤独」
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by foodscene | 2010-10-24 15:06 | 日本

日常食

季節の服を入れ替えし、1人で食事をすませた。
スパゲティにたらこと青紫蘇をまぶしてお醤油味にしたもの。
ボージョレーの赤の若いのを1人で半分くらい飲み、
あとはすっかり片付けてから、また、ブルーチーズをワインの友にして、
テレビを見ながら、ちびちび飲んでいた。

***

マダームは、もう20年近くいるという古いお手伝いさんの、
小竹さんというおばさん相手に、焼いたクッキーを用意していた。
芦屋のケーキ屋から取り寄せたケーキだの、
フルーティなワインが準備されていて、
私はマダームといっしょに青い花柄のテーブルクロスを拡げた。

***

私は今日帰宅する、というのをマダームから電話で連絡されていたので、
駅前のスーパー(そこはとても高級なスーパーで、備えつけの籠に客たちがレミ・マルだの、
羊のチーズだの、フランスもののパテやテリーヌの缶詰、
キャビアの缶詰など、ぼんぼんと無造作に抛りこんでいるような店だった)で、
夕食の材料を買った。

ポークピカタをつくるつもりなので、
いい豚のロース肉を2枚、忘れずにパルメザンチーズも買った。
ロース肉にまぶすのに卵に粉チーズを加えないといけないんだもの。

私は涼のいない日々、2日ばかり家で食べただけで、
あとは外で食べていた。

***



田辺聖子「お気に入りの孤独」
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by foodscene | 2010-10-24 14:37 | 日本

お気に入りの孤独 卵大好き女

オムレツは焼いてすぐ食べなきゃ、ならないもの。
そして卵を割って落せば、即、30秒で焼き上ると見なければいけない。
「涼ちゃん!オムレツができるよっ」
と私は叫んで、フライパンにサラダ油、それにバターをたらした。

バターは泡ふいて溶け、私はすぐ卵を流しこむ。
私のは2個、涼のは3個。
図体の大きな涼は大食いなんだもの。

そして私のを先に焼くのは、私のは少々冷めてもいいけど、
涼には焼きたてを食べさせてやりたいという、やさしい女ごころ。

「極楽やなあ」
といいながら涼がTシャツとジーパンの恰好でキッチンへ来た。
「天国でもええけど。
なあ、風里。天国と地獄って、ほんまにあるのかなあ。
これが天国かもしれんな、朝起きて風里、そばに居って、オムレツ食べさしてくれる、いうのんが」
「天国・地獄、なんて、作ってからいうたってしようないでしょ、
作る前にあたしに相談に来たんなら答えようもあるけど」

あるかないか、なんていうけど、そんな概念をつくったことが、
そもそも、天国・地獄があることになるんやからね。

私は生まミルクを入れた卵をフライパンで烈しく掻きまわす。
私は卵大好き女である。
ほいほいほいとせわしく箸で掻きまわし、
半熟に火が通ったところで手前から折りたたみ、
輝くような黄色の半月形のオムレツをつくった。

***

土曜の朝、私はいつものプレーンオムレツではなく、
ボリュームのあるスパニッシュオムレツをつくった。
ハムのみじん切りとマッシュルームの薄切り、それに茹でポテトのあられ切りしたものを入れて、
どかッとした1皿にするのだった。

涼はとびきり元気でそれを食べ、途中、フォークの手を止めて、
左手で指を折っている。

***

私は、ポークピカタを食べやすいように切って盛り、
和風にしていたので、べつに玉子焼きもつくった。
私も大好きだけど、涼も大好き、という玉子焼き。
(それはニラを刻んだものと、明太子をほぐしてまぜたものである。
これはビールのおつまみにもなっちゃう。
玉子の味つけは酒をほんの少しと、おいしいお醤油<うすくち>、
だしは入れない。

女の人生には、「また別」、ってのが多い、とつくづく思ってしまう。
涼が私を裏切ってるのではないか、という疑惑に苛まれながら、
私は卵を割ってかきまわしてほぐし、刻んで水気を絞ったニラと、
袋から出した明太子を入れて更に烈しく箸で混ぜ、
頃合いに熟した玉子焼き器に、頃合いの量の紅花油を流しこんで、
注意深くガスの火を調節する。

この火加減も頃合いでなくちゃ、いけない。
ふんわりして、しかも流れ出したりしないような玉子焼きをつくるには、
火加減がたいせつである。

***

私も特別具入りオムレツを作るのに半分、気をとられていたから。
スイスチーズと、生まハムとトマトを小さい賽の目に切って、
卵に包むのだった。

(どんなチーズだっていいけど、涼は駅前の高級スーパーで買うそれと、
生まハムの取り合せを喜んで食べるので、
エーデルワイスの花の模様が包み紙についたそれでなくてはいけないのだった)
これは涼の朝の、このごろのきまりになっている。

***

涼はトーストにも、ポーチドエッグを塗りたくりながらいう。
私の卵好きが涼に感染ったのか、涼が好きだから私も好きになったのか、
2人とも卵大好き男と女だった。

私も半熟卵をスプーンで黄身ごとすくい、
トーストに塗ったくり、パプリカをふりかけて、わんぐり食べながら、
「もし100万円するんだったら、どうしてた?」
「やめてた」
と涼はいい、2人で笑ってしまう。

田辺聖子「お気に入りの孤独」
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by foodscene | 2010-10-24 14:35 | 日本

蘊蓄

「そうだよね。
帝国の『フォンテーヌ・ブロー』とか、
オークラの『ベル・エポック』みたいな、
ホテルの中のフランス料理店はいっぱいあるけど、
こういうレストランはまだまだ珍しいよね。
僕は、パリに行くと必ずトロワグロへ行くんだけど、
日本でもああいう店がもっと増えるといいよね」

喋りながらも、彼の目はじっくりとメニューを凝視している。
よほどの美食家なのだろう。

彼はオマール海老のサラダと、
舌平目のムニエルを注文した後、こう提案した。

「今日、『仔羊の塩包み蒸し焼き』というのがあるけど、
これ、二人前からになっている。
ルリちゃんさえよければ、これを注文しない」
「そうね、おいしそうね。
じゃ、私もそれをお願いします」

信子はそう答えたが、本当のところはどうでもよかった。
仔羊など食べたことはなかったし、
不味そうだと思ったが、嫌だったら残せばいいのだ。
そもそも信子は、一緒に食べる者が驚くほどの少食なのだ。

林真理子「RURIKO」
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by foodscene | 2010-10-18 13:42 | 食堂

おもてなし

「さあ、何もないけれど召し上がって頂戴」
まき子が食堂へと招き入れる。

女中たちが次々と料理を運んでくる。
おせち料理やちらし寿司、ローストビーフは、
すべてまき子の手づくりだと夫は誇らかに言った。

林真理子「RURIKO」
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by foodscene | 2010-10-17 14:26 | 日本

バンコック

明日で帰国という日、
バンコック市内のレストランで打ち上げパーティーが開かれた。

最初はどうなるかと思っていた、
こちらの香辛料やトウガラシをたっぷり使った料理も慣れるとうまい。
エビや魚のすり身を揚げた料理に、
シンハービールで何度も乾杯をする。
そのうちに日本大使館からいなり鮨の差し入れが届き、
みんな大喜びだ。

林真理子「RURIKO」
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by foodscene | 2010-10-17 14:23 | 東南アジア