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ねじまき鳥クロニクル

僕は台所に立って魚のバター焼きと味噌汁をつくった。
そのあいだ妻は台所のテーブルの前に座ってぼんやりとしていた。

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僕はクミコが帰ってきたらすぐに料理にかかれるように支度を整えていた。
たいした料理ではない。
薄切りの牛肉と、玉葱とピーマンともやしを中華鍋で強火で一緒に炒め、
塩と胡椒を振り、醤油をかける。
そして最後にビールをさっとかける。
一人暮らしをしているときによく作った。

ご飯も炊いてあるし、味噌汁も温めてあったし、
いつでも料理にかかれるように野菜も大皿にきちんと切りわけてあった。

しかしクミコは帰ってこなかった。
僕は腹が減っていたから、自分のぶんだけでも先に作って食べてしまおうかと思った。
でも何故か気が進まなかった。
とくに根拠はないのだけれど、それは不適当な行為であるように感じられたのだ。

台所のテーブルの前に座ってビールを飲み、
食品棚の奥の方に残っていた湿りかけのソーダ・クラッカーを何枚か齧った。
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「それからもうひとつついでに言わせてもらえるなら」と彼女は言った。
「私は牛肉とピーマンを一緒に炒めるのが大嫌いなの。
それは知ってた?」
「知らなかった」
「とにかく嫌いなのよ。
理由は訊かないで。
何故かはわからないけれど、その二つが鍋の中で一緒に炒められるときの匂いが我慢できないの」
「君はこの六年間、一度も牛肉とピーマンを一緒に炒めなかったのかな?」
彼女は首を振った。
「ピーマンのサラダは食べる。
牛肉と玉葱は一緒に炒める。
でも牛肉とピーマンを炒めたことは一度もないわ」

「やれやれ」と僕は言った。
「でもそのことを疑問に思ったことは一度もなかったのね?」
「だってそんなこと気がつきもしなかったよ」と僕は言った。
僕は結婚してからこのかた牛肉とピーマンを一緒に炒めたものを食べたことがあるかどうか考えてみた。
でも思いだせなかった。
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「君は疲れているんだよ」と僕は言った。
「少し休んでから、久しぶりに近所の店にピザでも食べに行こう。
アンチョビと玉葱のピザを半分ずつ食べよう。
たまに外食したってバチはあたらないよ」
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昼食の用意をしているときにまた電話のベルが鳴った。

僕は台所に立ってパンを切ってバターをマスタードを塗り、
トマトのスライスとチーズをはさんだ。
そしてそれをまな板の上に載せ、
包丁で半分に切ろうとしていたのだ。
ちょうどそこに電話がかかってきた。

電話のベルを三度鳴らさせておいてから、僕は包丁でパンを半分に切った。
そしてそれを皿の上に載せ、包丁を拭いて引き出しの中にしまった。
それから温めておいたコーヒーをカップに注いだ。

村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」
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by foodscene | 2011-01-17 19:21 | 日本