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ここが青山1

夕食はエビフライにした。
揚げ物に挑戦したかったのだ。
厚子からは帰るメールも届いている。

ブラックタイガーの皮をむき、背わたを取り、
丸まらないように切れ目を入れた。
かぼちゃを薄く切り、ギンナンをあぶり、ブロッコリーを茹で、
野菜類も下準備した。

タルタルソースは市販品だが、ゆで卵を潰して混ぜ、マヨネーズも足した。
昇太はきっとその方が好きだと思った。

コンソメスープはキャンベルの缶詰にした。
塩と胡椒だけの味付けなんて、今の自分には無謀だと判断したのだ。
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厚子は7時に帰ってきた。
駅から電話をくれたので、その間にフライを揚げることが出来た。
なるほど自分もそうすればよかったのかと、目から鱗が落ちた。

「おー、エビフライかあ。豪勢だなあ」
妻がおやじみたいに相好をくずす。

3人で食卓を囲んだ。
裕輔は少し緊張しながらエビフライをかじった。
よかった。サクッと揚がっている。
面倒がらずに油の温度を測った成果だ。

「おいしい。ユウちゃん、すごいじゃん」
驚きの表情で褒めてくれた。
お世辞抜きだと伝わった。

ひと手間加えたタルタルソースも好評だった。
「おいしい」「おいしい」
妻と息子からその言葉が上がるだけで、温かい気持ちになれた。
裕輔はもう明日の晩御飯のことを考えていた。
明日は中華にしよう。
しゃきっとしたモヤシ炒めを作ってみたい。

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炊飯器はゆうべのうちにタイマーセットしてあったので、
味噌汁を作ることにした。
はて、どうやって作るのか。
裕輔は流しの前で考え込んだ。
独身時代は外食ばかりで、結婚後は厚子が料理すべてを受けもっていた。
恥ずかしながら味噌汁の作り方を知らない。

材料を並べてみた。豆腐と、揚げ。
2つじゃ淋しいか。
ジャガイモを加えることにした。

で、まず出汁をとるんだよね。ひとりごとを言う。
グルメ番組が多いせいで、それくらいの知識はあった。
けれど、探してもカツオも昆布も見つからなかった。
うーむ。
我が家の味噌汁は、もしかして出汁をとっていなかったのでは...。

申し訳ないと思いつつ寝ている妻を揺り起こして聞くと、
「だしの素。台所の引き出し」と簡潔な答えが返ってきた。
なるほど、そういうものがあるのか。

鍋に湯を沸かし、具材を投入した。
だしの素も適当に入れた。
具に火が通るまでの間にアジの干物を焼くことにした。
いつもの朝食はアジの干物かシシャモと決まっていた。

網をコンロに載せ、熱する。
干物を手に持ち、またも考え込んだ。
皮と身と、どっちの側から焼くべきなのか...。

まあいい。大勢に影響はないはずだ。
2枚焼くので両方を試した。火加減は中火。
わからないので間を取っていたのだ。

御飯が炊けたので、しゃもじでかき回した。
よしよしうまく炊けている。
全自動のマイコン制御なので、失敗しようがないのだ。

ジャガイモが煮えたので、鍋に味噌を入れることにした。
分量は...適当でいいか。
お玉に取り、少しずつ鍋に溶かした。
その都度味見をする。

判断がつかなかった。
ただ、いつもの味と明らかにちがうのだけはわかった。
それよりジャガイモが異様に多いのが気になった。
2個は多過ぎたようである。
おまけに揚げがくにゃくにゃで湯葉のようになっていた。
しまったな、揚げはそれほど火を通す必要はないのだ。

7時少し前に厚子が起きてきた。
「どう?」鍋をのぞき込む。
「平気だよ」と何食わぬ顔で答えたら、一瞬息を止め、黙ったままテーブルで新聞を広げた。

出来上がった朝食をテーブルに並べた。
まったく自信はないが、白い御飯があるのだからいざとなったら納豆と生卵で食べればいいと開き直ることにした。

親子3人での朝食が始まった。
厚子は最初に味噌汁に口をつけると、
「うん、おいしい」と微笑んで言った。
「昇太、おいしいよね」続けて息子に聞く。
「おいしい」昇太が、アンパンマンふりかけをかけた御飯を頬張りながら言った。

裕輔は妻のやさしさに感謝した。
初めて作った味噌汁は、全然おいしくなかったのだ。
きっと、だしの素の量も味噌の入れ方もでたらめだ。
おまけにアジの干物は焼き過ぎだった。
それでいて皮に香ばしい焦げ目がないのだから、料理はミステリーである。

奥田英朗「ここが青山」
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by foodscene | 2011-04-23 15:56 | 日本

私的生活

ワイシャツに着更えてる間に、私は居間に朝食をはこぶ。

熱いコーヒー、(剛は砂糖なし)かりかりに焼いて、縁が焦げて縮れたベーコン、めだま焼、
(剛は三つ、私は一つ)それにトースト、バターに冷たいミルクを三百CC、
剛はよく朝にスパゲティを食べたがるので、茹でる。
すると私も食べないとソンしたような気になるので、食べる。
すこし分量はちがうけど。

大皿いっぱいのスパゲティに作りおきのミートソース、刻みチーズをたっぷりかけて、
剛と私は、朝からどっさり食べる。
「しかし、君はよう食うなあ。僕と一しょくらい食うとるやないか」
「何ぼたべても、ふとらへんのやから、ええやないの」

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「ゆうべはごちそうさま」
「お気に入りました? お料理」
「おいしかった。何たべたかなあ」
中杉氏が考えこんだので、とても正直でかわいい。
食事の内容というのは、あんがい思い出せないものである。

彼はあわてて、
「そうそう、ムール貝のスープがおいしかった。
肉もよかった、ええ肉使うてはった」

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食事の用意がもう出来ていて、サフランで炊いた貝入り御飯は熱々だったし、
牛肉は坐ればすぐ焼いて出せるようになっていた。
剛は血の出そうな生ま焼けが好きである。

コンソメスープはつめたくしてあるし、ワインは冷えてるし、
剛の好きなカマンベールチーズは切ればとろりとなってつめたいガラス皿に盛ってあるし、
剛を待ってるこんな瞬間、私はまた、(贅沢だなあ)と思うのだった。

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スモークサーモンの上に、うんとこさキャビアをぶっかけてたべた。
高価いキャビアの缶詰が、いっぱいあったから。

さらさらした気高いくらいの涼気がみなぎっていて、
体まで透き通りそう。
山の夜の涼しさは、ほんとに値打ちがあった。
酒も料理も美味しい。

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そういいながら、私は、仔牛のクリーム煮をあたためて来て、
熱いお皿に入れ、彼に廻した。
しばらく、食べるのに二人ともかかっていた。

ここで料理をすることもあるけれど、
道具や調味料がそろわないので、お客のあるときは、ホテルの料理で間に合わせる、
それはウチの家の習慣であったが、それでも今夜ほどおいしくは感じられなかったみたい。

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それで剛が、お昼すぎ、やっと目をさましたとき、
私は自分の車で買物にいって、ちゃんと美味しいシチューを作り、パンも買ってきてあった。
お風呂も沸かしてあった。

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夕方の食事は、食堂にいって摂るのだった。
窓のガラスに食堂の灯がともっているが、その奥の闇に、
スキー場の夜間照明があかあかと灯っていた。

ワカサギのフライが出た。
小さな、透明なきれいな魚で、淡白で薄甘くて、軽くて美味だった。
私はいくらでも食べられた。

田辺聖子「私的生活」
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by foodscene | 2011-04-18 16:09 | 日本

波2

剛志は、朝は和食がいいという。
納豆と目玉焼きと、できればアジの干物とコーンスープ。

味噌汁は好きではない。
豆腐も興味がない、お漬け物は積極的に嫌いだと、そう宣言されたときは、
正直、ショックだった。
豆腐とお漬け物のない家庭なんて、そんなの日本人じゃないと私が言うと、
だって豆腐なんか味ないじゃん、味噌汁は臭いし、漬け物は酸っぱいしさ。
でも俺、納豆は好きだよ、大粒がいいなと言うのでさらにがっかりした。
私は昔から、断然、小粒のほうが好きである。

何でも好き嫌いなく食べる男だと思っていたが、思いの外、偏食家だった。
しかも、どうでもいいことにこだわって、それを私に押しつけようとする。

私が黒胡椒を使うと、胡椒は白だと言い張るし、
たらこはしっかり焼いたほうが絶対おいしくて、半焼けは気持ちが悪いそうだ。

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私は食べかけのハーゲンダッツのクッキー&チョコレートのカップを持ったまま、
父の隣にどすんと腰を降ろす。

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私は自分のデスクにお弁当を広げ、文太は隣の席に座ってコンビニのサンドイッチを頬張っている。

私は、箸でつまみ上げた鶏の唐揚げをいったんタッパウエアのなかに戻し、
うしろに束ねていた髪をほどいて頭を左右に振った。
自分で握った鮭のおにぎり二つと昨日の晩御飯の残りの唐揚げ一つに茹でたブロッコリーを食べただけなのに、身体が熱くなった。

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母が口を一文字に閉じて、冷蔵庫を開けた。
母がこういう口の格好をするときは、機嫌を損ねた証拠である。
冷蔵庫に顔を突っ込みながら、今日はパパも外で食べてくるっていうから
おねえちゃんと二人でステーキ食べちゃおって、お肉二枚しか買わなかったのよおと、
母のグチはまだ続く。
こんなことなら一人ででも食べて帰ってくればよかった。

「いいじゃない。ステーキ肉二枚を三人で分ければ。
他にもサラダとかお豆腐とかあるんでしょ」
姉の波が居間側のカウンター越しに顔を出し、口を挟んだ。

「でも、ヒレ肉だから小さいのよ。
あ、冷凍庫にシュウマイがあったわ。
これ、蒸して食べれば足りるかしらね」
「じゅうぶんじゅうぶん。あたし、お豆腐は冷奴がいいな。
薬味、なんかある? ママ」
「紫蘇と... 、生姜でどう?」
「茗荷ないの? 茗荷」
「ないわよ、そんなもん」
「茗荷で冷奴、食べたかったなあ、あたし」
わがまま言うなら買ってきてちょうだいよ」

阿川佐和子「婚約のあとで」
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by foodscene | 2011-04-10 16:10 | 日本

婚約のあとで 1

台所から出てきた鷹野のおばちゃまが、
グツグツ煮立つビーフシチューを大きなキャセロールごと運んできて、
テーブルの中央に置きながら、会話に加わった。

「これ、ものすごく熱いので、お気をつけあそばしてね。
ご自分でお皿にお取り分けいただけます?
付け合わせのおジャガとお野菜もこちらに置きますから、
ご自由にお取りになって。
もうウチはお客様にサービスしない方式なもんで。
学校の寮みたいでしょ。
ごめんあそばせね」

「うわあ、おいしそー。おばちゃま、何かお手伝いしましょうか」
鷹野家自慢のビーフシチューである。
このシチューに釣られて今夜はやってきたようなものだ。
私は興奮し、席を立った。

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子供の頃、妹とともにクラブハウスのハヤシライスを食べさせてもらうのが楽しみで、
何度か父にくっついてゴルフ場に行ったことがあるが、
コースに出たことはない。

あのとき食べたハヤシライスの味も忘れられないけれど、
鷹野のおばちゃまの作るビーフシチューも絶品だ。
何度食べても感動する。
複雑な深みのあるグレービーソース。
とろけるようなお肉。
私が作るとどうしてもお肉がかたくなってしまうのに、
どうしてこんなに柔らかく仕上げられるのだろう。

それと付け合わせの野菜がまた、
泣きたくなるほどおいしい。
北海道の知り合いの農家からいつも決まって取り寄せているというジャガイモが
甘くてムチムチしていて、それまで自分が食べていたジャガイモは、
なんだったんだろうという気持にさせらるし、
ニンジンも、私はこの家でいただく以前はあまり好きではなかったのに、
鷹野シチューのおかげで大好きになったくらいだ。

「うーん、うまいですねえ。このシチューは」
諏訪さんが唸った。

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安藤剛志は大きな背中を丸め、バツの悪そうな笑みを浮かべながら、
いつのまによそったのか、器に盛った白いご飯の上に、
2杯目のシチューをかけている。
それ、おいしそう。


阿川佐和子「婚約のあとで」
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by foodscene | 2011-04-07 16:39 | 日本