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働くこと

ただ、なぜわたしが、自分が育ってきた貧しい環境から抜け出せたのかを考えると、
それは「神さま」がいたからじゃないかって思うことがある。
といっても、わたしは何かの宗教を信じてるわけじゃない。
でも、何かしら漠然とした「神さま」が、わたしの中にいる。
もしかしたら「働くこと」がわたしにとっての「宗教」なのかもしれない。

だとしたら、絵を描くのが、わたしにとっての「神さま」ってことになるのかな?
わたしは自分の中にある「それ」にすがって、ここまで歩いてきた。
まわりの大人たちを見てごらん。
下町の町工場のオヤジさんも、威勢よく声をはりあげている八百屋のオバちゃんも、
ちっとやそっとのことじゃあ、お店は閉めない。

生きていくなら、お金を稼ぎましょう。
どんなときでも、毎日、毎日、「自分のお店」を開けましょう。
それはもう、わたしにとっては神さまを信じるのと同じ。
毎日、毎日、働くことがわたしの「祈り」なのよ。

どんなに煮詰まってつらいときでも、大好きな人に裏切られて落ち込んでるときでも、
働いていれば、そのうちどうにか、出口って見えるものなんだよ。

働くことが希望になる -。
人は、みな、そうであってほしい。
これはわたしの切なる願いでもある。

覚えておいて。
どんなときでも、働くこと、働きつづけることが「希望」になる、っていうことを。
ときには、休んでもいい。
でも、自分から外に出て、手足を動かして、心で感じることだけは、諦めないで。
これが、わたしの、たったひとつの「説法」です。

人が人であることをやめないために、人は働くんだよ。
働くことが、生きることなんだよ。
どうか、それを忘れないで。

西原理恵子「この世でいちばん大事な『カネ』の話」
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by foodscene | 2011-05-22 01:26 | GOD

LOHAS

毎日の食事が玄米御飯になった。
妻が“ロハス”というものにはまったせいだ。

42歳の大塚康夫は小説家で、自宅に書斎を構えていた。
だから食事の大半は妻の里美が用意するものを食べていた。
豚肉のしょうが焼きとか、鶏の唐揚げとか、
ハンバーグとか。
主に育ち盛りの息子2人がリクエストしたものを、
それまでの妻は、聖母のマリアのようにやさしく受け入れ、
キッチンで手早く作っていた。

ちなみに、鶏の唐揚げとハンバーグは冷凍食品だった。
里美は駅前の学習塾でパートの事務をしていて、
家事にかけられる時間には限りがあったのだ。

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家に戻り、まずは里美が作った野菜ジュースを飲んだ。
ニンジン、リンゴ、セロリにレモンをジューサーにかけ、
蜂蜜をたらしたものだ。
恵介と洋介も起きてきて、一緒に並んで飲んだ。
2人は鼻をつまんでいる。

「ちゃんと飲みなさい」里美が行儀を注意した。
「だっておいしくないもん」「セロリはいらない」口々に言う。
「野菜を摂らないと、背が高くなりませんからね」
「おれチビでいいもん」
「おれも。背が高いとキーパーやらされるもん」
小学5年生ともなると、すっかり生意気である。

朝食は、玄米御飯にウォーターソテーのきんぴら、野菜の水なし炊き、
ワカメの豆腐ドレッシングという品揃えであった。
料理は総じて薄味だが、そのぶん、野菜の味がよくわかり、
かぼちゃなどはこんなに甘かったのかと意表を衝かれるくらいだ。
おまけに、食卓のロハス化以降、通じがよくなった。
オナラもプッといい音がする。

もちろん、子供たちは歓迎していない。
これまではハムエッグを御飯に載せ、
醤油を各種添加物の入ったふりかけは、当然のようにテーブルから追放された。
「自家製ふりかけを作るから待ってなさい」と、
里美は焼いた魚の骨を砕いて溜めている最中だ。
「ねえ、御飯に卵かけていい?」と恵介。
「だめ。だって今日の給食、春雨入りオムレツでしょ?
卵ばかりになっちゃうじゃない。
おかあさん、ちゃんとバランスを考えて献立を決めてるんだから」
「ちぇっ」鼻に皺を寄せると、佃煮の海苔を載せて玄米御飯をかき込んでいた。

「ねえ、おかあさん、ロハスもいいけど、子供たちは免除したら?
カロリーが必要な時期だし、脂肪分だってすぐに分解するだろうし」
康夫が食べながら言った。
「だめ。子供の頃からの蓄積が体質を作るの。
健康って一朝一夕では手に入らないものなんだから」
「そうだけど、神経質過ぎるのもどうかなあ。
人間には抵抗力があるし。
だいいち、おれたち、チクロ食べて平気だったじゃん」

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「ところで、今夜はトンカツにしない?
なんか、肉を食べたい気分だなあ」康夫が提案した。
「肉ならチキン。蒸し鶏にしようか。
それか、もち米を詰めてスープにしてもいいし」と里美。
「いや、おれはね、カラッと揚がったトンカツに、ソースをいっぱいかけて...」

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「ああ、脂身のついたトンカツを頬張りたい」
「ソースをかけたトンカツをかじりたい」
「ねえ、おかあさん。キャベツも食べるから、お願い」
「トンカツ、トンカツ」父子3人で合唱した。
里美は哀れむような目でため息をつくと、
「じゃあ作ってあげます。ただし、同量の野菜も食べること」
「やったー」息子たちとハイタッチをする。
久し振りのトンカツかと思ったら、大人の康夫まで童心に帰ってしまった。
どうせなら白い御飯も食べたいものだ。

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晩御飯は、かぶ菜の玄米御飯と、厚揚げの野菜餡かけと、
鰯と筍のハンバーグだった。
よくもまあ手の込んだものを毎日作るものだと康夫は感心するのだが、
子供たちは爆発寸前である。
「肉かと思った」「騙された」ふくれっ面で母親に抗議している。

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ヨガは空腹時に行うのが原則ということで、夫婦で昼食を抜いた。
妻が子供たちに玄米パンの野菜サンドを用意したが、
康夫はこっそりお金を渡し、
「あとでモスバーガーにでも行って来い」と連帯を示しておいた。
2人は特殊任務を帯びた工作員のような顔になり、
「おかあさんには絶対に秘密だぞ」と互いに確認し合っていた。

奥田英朗「妻と玄米御飯」
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by foodscene | 2011-05-08 12:51 | 日本

ここが青山2

翌朝は30分早く起きて出汁巻き玉子を作った。
我が家では一度も食卓に出たことがないメニューだ。
料理本を見ているうちに作ってみたくなった。

出汁はゆうべのうちに用意しておいた。
昆布と削り節で本格的にとった一番出汁だ。
それに砂糖、塩、醤油少々を加え、卵を入れて混ぜる。
卵汁ができたら、卵焼き用のフライパンをコンロに載せ、
中火で油をひき、お玉を使って卵汁を流し入れていった。

ジュウッと音がして、卵の表面が焼ける。
表面が半熟のうちに、箸を使って奥から手前に巻いていった。
そして一旦向こうに押しやり、空いたスペースにまた油をひき、卵汁を追加投入する。

いい感じだった。
半熟具合が我ながら素晴しい。うっしっし。つい笑ってしまった。
そして息子の弁当用には、別ヴァージョンもこしらえた。
塩茹でしたブロッコリーを中にはさんで、「ブロッコリー巻き」にしたのだ。
しつこいパパと思われそうだ。

出汁巻き玉子は好評だった。
厚子が「うむむ」と唸っていた。
昇太はケチャップを要求したが、「なりません」と拒絶し、大根おろしで食べさせた。
「おいしいだろう?」
「うん、おいしい」父親の主張を認めた様子である。
「お弁当にも入れておいたからね」
「わーい」無邪気によろこんでいた。ふっ。何も知らないで。

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「ええ、とりますとも。弁当、君の分も作ろうか?」
「あ、作って。会社の近くの店、ランチタイムになるとどこも行列で、ゆっくり食べられないのよ」
「じゃあ、きんぴらごぼうと、とりの唐揚げと、出汁巻き玉子と、
あとブロッコリーもあるから...」指折り数えた。
「あ、そうだ。出汁がもう切れてたんだ。
今夜のうちに作っておこうかな」裕輔が腰を上げた。
「ねえ、わたし、先に寝ていい。疲れちゃった」
「もちろん」
「ふふ。奥さんもらった気分。みんなに自慢したい」
厚子は「ふぁわわわ」と、インディアンのように手を口にあててあくびを響かせ、
寝室へと消えていった。

キッチンに立つ。手鍋に水を入れ、洗った昆布を底に敷いた。

奥田英朗「ここが青山」
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by foodscene | 2011-05-02 02:41 | 日本