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別ればなし

キッチンのガス台の前に立ってフライパンを手にしていた高治は、
千奈の声など耳に入らなかったかのような顔つきで肩ごしに振りむいた。
「ベーコンエッグの卵、2個でよかったか?
パンもオーブン・トースターで焼いているから」

その日の遅い昼食は、千奈のこしらえた焼きそばだった。
11時すぎに、連れ立って近くのスーパーマーケットに1週間ぶんの買いものへゆき、
実演販売していた焼きそばを試食し、
そこに使われていた新製品のソースの味が、
ふたりともいっぺんに気に入ったので、さっそく試してみたのである。

2時に昼食をとり、3時からのテレビの競馬中継に高治はかじりついた。

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「高ちゃん、何をつくってるの?」
「何って、晩ごはん。野菜炒めなんかどうかなと思ってさ。
冷蔵庫のなかの残りものを一掃するには、これがいちばんだから」
「さっきの話、まだ終ってない」
「あとにしようよ」
いかにもわざとらしい明るく、はずんだ口ぶりだった。
「1日はまだ長いんだからさ」
けれど、ひと風呂あびてから夕食のテーブルについた高治は、
自分の手料理に舌つづみを打ち、
次々と缶ビールをあけていった。

「きょうのキュウリもみの出来は、われながら絶品だ。
料理ってのは不思議だね。
その日、そのときのちょっとしたタイミングとか作り手の気分で、
微妙に味が変わる。
ほら、千奈、このツナのかき揚げも捨てたもんじゃないぞ。
食べてみてくれよ」

千奈につけ入るすきを与えまいとするかのように、
食卓での高治は飲み食いするあいだにも、しゃべりつづけた。
そして、そこたまビールを飲み、たらふく食べたあと、
夜の9時にならないうちから、彼はよろよろと隣室のベッドにもぐりこんでしまった。

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オフィス街のサラリーマンやOLでごった返す昼食時のうどん屋で、
杉岡はキツネうどんを、千奈はタヌキうどんを注文した。
4人掛けのテーブル席で、
横に並んで椅子に腰かけた杉岡と千奈のむかい側では、4、50代のふたりの男が、
それぞれ鍋焼きうどんと親子丼を黙々とたいらげていた。
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「最近のぼくの昼めしは、ずっとこの店でね。
昼に何を食べようか、とあれこれ考えるのが面倒で。
前は、通りの角の蕎麦屋に通いつめていたのだけど、
いまはここ。
たいがいキツネうどんなんだ」
あくる日の昼休みは故意にうどん屋を避け、
弁当屋で鮭弁当を買ってきて食べた。
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翌日、千奈はうどん屋ではなく、ホットドッグの店で昼休みをすごした。
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突然に訪れた夏めいた陽ざしと温度のため、
うどん屋の店内はクーラーがきいていたけれど、
千奈はそれまで食べてきたタヌキうどんを、冷やしタヌキに、
はじめて切りかえた。
熱い汁物を注文する気にはなれない戸外の暑さだった。

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「早かったのね。晩ごはんは精進揚げと煮魚よ」
73歳と71歳の両親の好みにあわせて、
与志子の作る料理は、つねに素朴な和風の味つけだった。
まちがってもハンバーグとかパスタは食卓には並ばない。
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言いつつ与志子は冷蔵庫からプラスチックのカップに入ったオレンジ果汁のゼリーを2個取りだした。
三口ほどでたいらげてしまえそうな小さなサイズである。
「食べる?」
「うん。おいしそう」

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「この煮魚の味つけは、お姉ちゃんしかできないわね。
どうやっても、この味、私にはできないの」
父も同調した。父もまたこの機会に、与志子への世辞を言っておくのも悪くはないと、
とっさの判断を働かせたのかもしれない。
「うむ。こういう煮物は、お姉ちゃんにまかせるにかぎる。
へたな料理屋のものより、よっぽどうまい」

今夜は体調のよい母も気くばりを示した。
そうでないときの母は、自分のことだけで精一杯らしく、他人への配慮はぞんざいなことが多々あった。
「煮魚もおいしいけれど、精進揚げも衣が薄くて、とても食べやすいわ」

当の与志子は、3人のだれに対しても、
「そう?」と、こともなげに答えただけで、別段、うれしそうな顔もしなかった。
食後はメロンを食べたり、お茶を飲んだりして、やはり食堂のテーブルで、
4人でゆっくりと時間をすごした。

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7月の2週目の火曜日、
喫茶店で12時15分に顔をあわせたふたりは
「おむすび2個と串カツ2本」のランチ・メニューを注文した。

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トマト・パスタがテーブルに運ばれてきた。
杉岡は味も確かめずに、卓上の粉チーズの容器を取りあげ、
パスタの表面が真っ白になるくらいにふりかける。

杉岡が粉チーズの容器を近づけてきた。
「ほら、これをかけたほうがおいしいよ」
かけなくても、十分な味つけのトマト・パスタだった。

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「ただいま。あー、もう、腹ぺこだ。
朝、パンを食べたきりだから」
「お帰りなさい。お肉、冷蔵庫に入ってる」
「肉、もう焼いていいか?」
「うん。私のもお願い」

手を洗い、冷蔵庫からステーキ肉の包みを取りだした高治は、
ひと目でわかる肉質の差に気づいた様子だった。
一方は霜ふりの見事なピンク色、
もう一方は、見るからに赤身そのものの肉なのだから、
高治でなくても、その違いは歴然としている。

フライパンをガスレンジの上にのせて温めだしている。
熱くなってくるフライパンのなかを、じっと見つめている。
やがて、煙が立つほどに熱くなったフライパンに2枚の肉を投げこむ。
「高ちゃん、ステーキ皿は使わないの?」
いつもなら、温めておいた黒い鉄のステーキ皿にこだわってやまないのが高治なのである。
肉を焼く前にステーキ皿は十分に温めておかなくてはならない。
「いや。きょうはいい。腹がへって、それどころじゃないんだ」

肉を焼く高治のそばで千奈はサラダを器に盛り、テーブルに運んだ。
手製のドレッシングも2種類、すでに用意しておいたのをテーブルに置く。
時間はかからずに肉は焼きあがった。
高治も千奈も、ステーキは肉の内側が生焼けなのを好む。
「できたぞ。食べよう」

...

ウェイトレスが注文を取りにきた。
千奈は野菜ピラフを、食欲がないという杉岡は、トーストと冷たいミルクを頼む。

藤堂志津子「別ればなし」
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by foodscene | 2011-07-25 15:41 | 日本

キスよりもせつなく

注文したランチが運ばれてきた。
ここのパスタランチはOLにとても人気がある。
オリーブオイルの香りが鼻をくすぐる。
知可子はフォークを手にした。
先に来ている有季のランチはほとんど手がつけられていない。
ドレッシングがお皿の中ですっかり分離してしまっている。
......

料理はとてもおいしかった。
特にポトフがいい。
肉は口の中に入れると野菜よりも早く溶けた。
魚料理は鰻の蒸し焼きをバターソースでからめたもの。
思ったよりしつこくない。
「みんなどうしたの、あんまり喋らないのね」
有季がちぎったパンにバターをつけながら言った。
確かに、さっきからひとりではしゃいでいるのは有季だけだ。
アルコールに弱い有季の頬は、もう薄く紅色に染まっている。

「そう?料理がおいしいんで、つい食べることに夢中になっちゃって」
確かに、料理はおいしいが、もちろんそれだけじゃない。
会話の代わりにナイフとフォークを動かしていた。
それしかなかった。
食べること以外、何もすることがない食卓は、
ウェイターが困り果てるほどのスピードでお皿もグラスもカラにした。
2本目のワインもすぐ底をついた。
.....

徹の食欲は旺盛だった。
焼き鳥だけでは足りなくて焼きおにぎりも注文した。
食べっぷりは見ていて気持ちがいいくらいだ。
おばさんに「もっとゆっくり食べてよ」としかめっ面をされるくらいだ。
徹につられて、知可子もついつい箸が進んだ。
もちろんお酒の方もするすると喉を通ってゆく。

...

30分後、ふたりはクラブのレストランに座っていた。
知可子の前には茄子とベーコンのトマトソースラビオリが、
彩子の前にはきのこのコンソメ風リゾットが置かれている。
飲み物はクラブ特製のベジタブルジュース。
青臭さがないこのジュースをふたりともとても気に入っていた。

.........

結局、彩子に言われた通り、駅前でチキンバーガーと自分のためにテリヤキバーガー、
そしてスープをふたつ買い、彩子のマンションを訪ねた。

唯川恵「キスよりもせつなく」
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by foodscene | 2011-07-24 14:12 | 日本