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風をください 4

ワタルはお茶漬を食べている。
夏の夕方、冷えた御飯(たきたての熱いのに、つめたいお茶をかける、というやりかたもあるけど)に、
熱い焙じ茶をぶっかけて、浅漬けのキュウリやお茄子、大根などのヌカ漬けでお茶漬を食べるほど、
いい気分のものがあろうか。
このあいだ山椒の実を煮いたので、
それも添えて私はワタルに食べさせた。

「絶品」
とワタルはいう。
「あたしが?」
「このヌカ漬けですよ。
極上とびきりの味。
こんなうまいもん、京都にもない。
あそこは言葉はていねい、物柔らかやけど、何たって、
することがちまちましすぎて、腹いっぱい食われへんからな」

***

そうだ、ヌカ漬けのお漬物が、今夜ごろ、
とてもおいしく漬かり上っている。
手が紫いろに染まるような茄子や、キュウリ、夏大根など。

それに、この間からガラスの広口瓶に漬けてるピクルスが、
いいあんばいにできて、一人で食べるにゃ惜しいナーと思ってたとこ、
今年は梅干を漬けなかったけど、
ラッキョウもおいしくできてる、これを、
(伊豆サンにあげようではないか)

伊豆サンのお好みは、私、前にもご馳走になったし、
この間の京都での食事を見てもわかる。
和食派で、それも手間と心をかけたものが好きらしい。
きっと、こういう漬物なんかが好きにきまってる。

田辺聖子著「風をください」
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by foodscene | 2011-11-28 15:44 | 日本

風をください 3

「友達がカニを持って来てくれるって」
「カニって、松葉ガニ?」
冬になって関西人があこがれるのが、山陰北陸の松葉ガニである。

このカニの美味でコクのある味ときたら、カニの中の王様である。
大阪では『かに道楽』という大きな店があって
安くたべさせてくれるが、
大阪人は、冬のたのしみの一つにする。

姿もよく、絵に描いたようなカニで
茹でると鮮紅色になり、甲羅から脚の先までびっしりと、
雪白のミがつまっている。

私は大好きなんだけど、といって、
いませっかく餃子で宴会してるのに、
その興をそぎたくなかった。

***

「いま、餃子パーティしてます、どうぞちょっとだけでもお寄り下さい」
「餃子? ハア、それはそれは。
カニやらお節料理食べ飽きた身には魅力的ですなあ。
….そんならちょっと…」
なんでこう、大阪人は食い意地がはってるのだ!

***
「その餃子は、すみれサンが作ったものでしょうな?」
「はあ、まあ」
まあ、というのは、皮は市販のものを使ってるからである。

「ニンニク入ってますか?」
「ニンニク、椎茸、白菜、豚の挽肉、お葱にショウガ…」
「つけ汁は何ですか」
「ゴマ油、練りがらし…お料理教室みたいですね…」
と笑ったら、
「期待が生れてよけいおいしく食べるためですよ」
と伊豆サンはどこまでも「楽しむ天才」なのである。
しかしあまり腰をおちつけられては困るんだ。

***

「そしたら、半分だけ。食べてはるうちにアルコール気はとんでしまいますから」
といったら、伊豆サンは嬉しそうにビールを受けた。
餃子と肉団子のスープ、酢豚、などでテーブルはこぼれそうになっているが、
「旨いもんは宵越しすな」
と皆で言い合い、
「いつ天災が来ても心のこりせぬように」
とカニも食べることにする。

出刃で切れこみを入れて食べやすく、
身をせせりやすいようにするのはワタルの力仕事、
二杯酢をつくるのは私。

***
「旨い。この餃子はよろしな」
と伊豆サンは叫ぶ。
「つけ汁がええ」
「スーパーで、腐乳(フールー)を買ってきました。
中国料理の材料の…。
それ、ちょっと混ぜて」
「うん、ええ味にしてある。
ぷんとくるこの匂い、なんやろ、ホンモノの中華料理店で食べたみたいやな、と思てたら、
その味ですか、すみれさん、料理の腕も相当なもんですなあ」
「見よう見まねですわ」

***

伊豆サンはそういいつつ、ほんとにおナカをすかせていたのか、
酢豚に手を出している。

私はというと、目の前の大皿に盛られたカニに手を出さぬわけにはいかなかった。
雪のように白い身がぎっしり詰っている。
よく肥ったカニである。

海のなかのおいしい栄養分、海のエキスをたっぷり吸いとったような美味、
この甲羅にとろりとした味噌がいっぱいつまっている、これにはやはり、
「熱燗をそそいで、カニ味噌酒をつくらなければ」
ということで、ついに日本酒のお燗までして、
「しゃァない、タクシーで帰りますワ」
と伊豆さんは腰をおちつけ、宴会になってしまう。

***

私はチョコレートムースを食べながら、自分も昂奮してくる。
「あたし、いうたった」
みどりはクリームパフェのスプーンをなめながら、
「『あんた、きれいなお化粧のわりに、えげつない口やなあ』いうたら、
『うるさいわね、仕事すんだらとやかくいわれることないわよ、
口も化粧もあたしの自由やろ』ですってさ」

***

「このお水が、おいしおすのえ」
と、汲みたての水をコップについでくれた。
ほんとうにさわやかで、何ともいえぬ仄甘みもあり、
(水とはこういうものか)
と目がさめたような気がする。

もうずっと昔、山登りして、山の崖に湧き出る山水を飲んだことがあった。
それも、まるで「山のジュース」というようなおいしさだったが、
これもさながら、
「初夏のジュース」というよう。
初夏そのものをギュッとしぼったら、こんな味がするのじゃないかと思われるほどだった。

「いや、この水を、みんなに飲ませたげよ、思て」
と伊豆サンは笑い、
「もう飲んだら、帰ろか」
といって、馴染みらしい店のおかみさんや娘たちを笑わせる。
「お水だけやったらタダやろ、また来るわ」
「まあ、そのお水使たお料理もおあがりやしとくれやす」
「ほな、ついでに食べよか」
と皆が笑っていても、私は気持の一部が晴れないのだ。

おいしい水でお薄をたててくれた。
それから松花堂弁当が出て、これが京都らしく、
ちまちまと美しい料理が並んでいる。
お吸物は、はもだった。

目の下は暑い道路だが、二階の座敷にはよく風が通り、
簾が日ざしをさえぎって、
「京都やなあ」という風情である。
女の子たちはよく食べ、まだゴハンが足らないというので、
茶そばなどを追加したりしている。

***
「おひる食べたんやないの、あの子と」
私は挑戦的になっている。
「食べた、何やら目の中へ入りそうに小さい弁当箱に、
ままごとみたいなもんがチマチマ並んでて、食うた気ィがせえへんかった。
それにどこへいっても人がいっぱいで、
嵯峨野はまた、修学旅行の生徒で渦巻いとんのやもん」

田辺聖子著「風をください」
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by foodscene | 2011-11-25 17:39 | 日本

ワーキングガール・ウォーズ

「今から?」
讃岐定食、うどんと煮物と小椀のかやく御飯にプリンが付いて780円、
これでいいか、と店に入りかけたところで背後から声がした。

「ここ初めてなんだけど、うどんは本格的らしいんだ。
ちょっと試してみようかなと思ってさ。
ちょうどいいや、今日は奢るよ」

渡瀬が昼食を奢ると言い出した時は、必ず魂胆があった。
渡瀬の小遣いは昼食代込みで月額3万円という噂だったから、
1回の昼食に1500円かけたらコーヒー代もなくなる計算だ。

渡瀬の妻は怠け者だと思う。
弁当くらい作って持たせれば、渡瀬の小遣いを1万円に減らすことができる。
あたしがこいつの妻だったら絶対にそうする。
弁当なんて、前夜の夕飯の残り物を詰め込んでおけば
一丁上がりなんだから。

渡瀬の魂胆がどこにあるにしても、
奢ってくれると言うのだから奢ってもらうことにする。
讃岐定食780円はキャンセルして、こんぴら定食870円にした。
煮物の替わりに小エビと野菜のかき揚げがついて来る。
天ぷらセット1200円を選ばなかったのは武士の情けだった。

うどんはまずくなかったが、
うどんを水洗いしているのが水道水なので、カルキの臭いがした。
東京で冷やしうどんを食べるのはやっぱり不正解だった。
つゆ物にしておけば良かった。

「でね」
あらかた食べ終わって、盆の隅に載っていたプリンの容器に2人が手を伸ばした頃、
渡瀬はやっと用件に入った。

****

「いえ、その…あたし、今、レストランにいるんです。
ダンディーズです」
観光ガイドには必ず載っている有名レストランだ。
カンガルーだのクロコダイルだのが上品に食べられるので、
珍しいもの好きの観光客に人気がある。

それはいいとして、何よ、まさか今からあんなところで
エミューでも一緒に食べませんか、なんて言うつもりじゃ…

****

開店して間もないので店は大混雑だったが、5分ほど待って運良く席が空いた。
まだ開店サービス期間中で、サラダと飲み物が付いたランチセットが
通常より100円安い600円。

パスタの種類は豊富だったが、
ランチセットになるものは限られていた。
心惹かれたのはガーリックのパスタだったけれど、
さすがに午後の仕事を考えて思いとどまり、
オリーヴとトマトソースの無難そうなスパゲティを選ぶ。
麻美は茄子入りのミートソース。
やはり若い子は肉っぽいものが好きだ。

****

欲張って南禅寺まで歩いたらさすがにくたびれて、
名物の湯豆腐屋さんに入ってランチタイム。
ひとり客は冷遇されるかと少しびくびくしていたけれど、
幸い、選んだ店は感じよく迎えてくれて、
ひとりなのに庭園を眺められる和室の4人用席を用意してくれた。

湯豆腐の他に野菜の炊きあわせ、ごま豆腐、青菜の白和えと精進天ぷら。
少々予算オーバーの昼食だったけれど、
宿泊代を浮かせた分贅沢ができる。
なんて優雅。
なんてリッチ。

****

「あたしもまだ、御飯の気分じゃないかな。
あのね、正木さん、トマトジュース、飲める?」
「割と好きですけど」
「ならよかった。
ここのブラディマリー、トマトジュースが本物の生絞りなのよ。
生トマトをジューサーで搾って作ってくれるの。
だからすごくおいしいんだ。
ね、試してみない?」

澄子が頷いたので、あたしはブラディマリーを注文した。

世間話というか、社内の噂を少しの間だらだらと喋りながら、
運ばれて来たブラディマリーをすすった。おいしい。
「ほんとにおいしいですね、これ」
澄子も嬉しそうな顔になる。
こういう笑顔の時、このひとは本当に綺麗だ、と思う。

****

そして翌朝は、なんと夜明け前に叩き起こされ、
バスに詰め込まれ、エアーズロックのサンライズを、朝食ボックスに入れられた
バナナとマフィンにパックジュースをすすりながら眺める。

****

ショッピングアーケードには食料品を扱っているスーパーもあるので、
簡単に済ませたい人は、パンとハムを買ってサンドイッチにビール、
という手もあるが、いちばんカジュアルなホテルのバーベキューレストランなら、
買った肉をセルフで焼いて食べることもできて、それだと日本で定食を食べるのと
料金が変わらない。

****

気楽にビュッフェで食べることにして、
ワインだけ選ぶ。
2人ともオーストラリアのワインには詳しくないと言うので、
あたしが乏しい知識から適当にセレクトした。

乾杯してから、まずは料理を取りに。
オーストラリアに住んでいて何より嬉しいのは、
狂牛病の心配がないので牛骨の髄が食べられることだ。
髄を焼いてとろっとさせたものは、
あたしの大好物なのだ。
日本に帰ってしまうと、そう簡単には食べられなくなる。

このレストランのビュッフェは豪勢だった。
タスマニア産の生牡蠣まで並んでいて、
野菜も果物もたっぷりある。
とりあえず、お腹がきつくなるまでは食べることを中心にすればいいので気楽だ。

****

「このあたりのおしゃれなレストラン、なんて調べて来なかったもの。
いいわよ、展望レストランで湖畔定食でも」
「なんスか、湖畔定食って」
「いかにもありそうじゃない。
刺身と煮物に、湖でとれたって触れ込みの、養殖のアマゴのフライか何か付いてるの。
それでさ、茶わん蒸しとデザート付きで2500円」
「そのくらいだったら手を打ちます?」
「そうね。でも3000円なら考える」

柴田よしき著「ワーキングガール・ウォーズ」
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by foodscene | 2011-11-25 08:45 | オーストラリア

小さいおうち 2

おかげで上野駅は疎開の人たちでごった返していて、
切符を買うのも長蛇の列だった。

せめてもの思い出にと、そのころ話題になっていた雑炊食堂に入ろうとしたけれど、
これもまたものすごい人の列が続いていて、
結局、順番が回ってきたときには、売り切れてしまった。

どうせ、ろくなもんじゃないだろうと思っても、
食べられないとなると腹が立つ。
いっしょに並んでいた年寄りが言うには、
一杯じゃとても腹が持たないから、
すっかり食べた後でもう一度並んでも、
満腹にはほど遠いとのことだった。

わたしにしてみれば、
一度食べた者が二度も三度も並ぶから、
こんな行列になるのだと、そのことも腹立たしかった。

***

十年も会わなかったから、さすがに両親は年を取っていたが、
それでも、母は、よく帰った、よく帰ったと、
旨い煮物を作って歓迎してくれた。
芋のたっぷり入った味の濃いごった煮は、
懐かしくて旨かった。

***

「朝ど夜のほがに、昼の弁当もつくらんなね。
おかずもなにも、ねえもの」
「ほだなごど、自分で考えろ。
弁当のおかずまで、住職が考えるごどでねー」
住職の言うことも、もっともだったので、
弁当のおかずは自分で考えることにした。

こんにゃくの味噌漬けだとか、野草の佃煮を、
配給の玄米の上に散らした弁当をよく作った。

***
親が会いに来ない子が気の毒で、
しょうがないから妹に頼んで、
かぼちゃの煮たのを作って持ってこさせ、
いっしょに食べたりした。

***

ある日、その、むしったようなハゲの男の子が、厨房にカエルを持って、やってきた。
「農作業のとき、見つけたの。
おばちゃんにあげろって、先生が言った」
おそらく先生は、子供同士がカエルを争って喧嘩しないように、
厨房に持っていけと言ったのだろう。

わたしはその場で開いて串に刺し、
醤油をつけて焼いてやった。

「け(食え)」
と言って差し出すと、男の子は困った顔をした。
「け」
「何?」
「お食べなさいって、言ったんですよ。
いまなら誰も見てません。
誰かに訊かれたら、おばちゃんが細かくして
今日の晩御飯にみんなに食べさせるって、お言いなさい」
「でも」
「自分で捕ったんでしょう?
早く、食べておしまいなさい」
「おばちゃんは、お母さんみたいな話し方をするね。
東京の人みたいな話し方をするね」
その子供も、山の手風の話し方をしたので、
懐かしかった。

***
また、駅の近くをぶらぶらして、今度は食いっぱぐれないようにと、
早い時間に雑炊食堂に行った。
なるほど菜っ葉の浮かんだ雑炊で、
旨いものでも、腹にたまるものでもなかった。

***
「ねえ、タキちゃん、いま、何が食べたい?」
と、おっしゃった。
「え?いまですか?
さっき、上野でお昼を食べましたから」
「そうじゃないのよ。
そうじゃなくて、もし、いま、何でも好きなものを食べられるって聞いたら、
どこの何を食べたいかって話なの。

恭一といっしょに、これを始めると、
旦那様、すごく怒るのよ。
いやしいことを言うって、おっしゃるの。
でも、いいじゃないの、ねえ?
思い出して、楽しんでるだけなんですもの。
たとえば、そうねえ、
コロンバンのショートケーキが食べたいわ」

わたしはびっくりして奥様のお顔を見つめ、
奥様は、ぷっと噴き出された。
「どうしたの、タキちゃん。
だから言ったでしょ。
楽しんでるだけよ。
これから食べようって、話じゃないのよ」

頭の中には、建物に小さなエッフェル塔をくっつけた、
銀座六丁目のハイカラな喫茶室「コロンバン」の様子が浮かんだ。
すると、なぜだろう、あの、平和で物がいっぱいあったころの都心の思い出が、
匂いや音ごと甦ってきた。

「奥様」
思いがつい、口をついて出てきた。
「それでしたら、わたし、資生堂のカリーライスが食べとうございます」
「あら、出たわね。やっぱり、カレーのタキちゃんね」
奥様は急に元気を出されて、手を打って喜ばれた。

「資生堂なら、わたしは、ミートクロケットをいただくわ」
「恭一ぼっちゃんは、どういたしましょう?」
「ぼっちゃんは学校だから、そうね、お土産に、
アイスクリームをポットでいただきましょう」

資生堂には取っ手のついた青いポットがあって、
お持ち帰り用のバニラアイスクリームを入れてくれたものだった。
「アラスカは、旦那様、ごひいきでした」
「東京会館もよ」
「千疋屋はいかがでしょう」
「冨士アイス」
「永藤パン」
「洋ものに飽きたから、麻布の姉さんに頼んで、
豆源のおとぼけ豆を買ってきてもらおう」
「甘辛でございますか」
「そうよ。甘いもの、辛いものと、交互に食べるのよ。
だけど、せっかく麻布から何かもらうなら、わたし、豆よりお稲荷さんがいいわ」
「おつなずし」
「ああ、ほんとに食べたい、ゆずの味」

旦那様が、よしなさいと言われるのも当然だったかもしれない。
この遊びは、始めはいいけれども、
続けているとつらくなってくる。

しばらく静かに黙った後で、奥様は、
お湯呑みを両手で握り、ほうじ茶の残った底を見つめられた。
「わたし、時々、とっても食べたくなるものがあるの。
東京のものじゃないのよ。
二楽荘のシュウマイ。
—ねえ、あなた、板倉さん、覚えてる?」

****

奥さんが、盆にビールとグラスを載せて運んできてくれた。
小皿には塩漬けの鰤と、
色鮮やかな青葉の和え物が盛られていた。
名物だからね。
食べていくといいよと、平井氏が言った。
僕は初めて、北陸名物の巻鰤というものを食べた。
酒に浸して塩味を抜くのだという。



中島京子著「小さいおうち」
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by foodscene | 2011-11-21 13:56 | 日本

風をください 2

ワタルは漬物好きの男の子で、若い子には珍しい。
おばあちゃんに育てられたせいかもしれない。
そして私はワタルが漬物好きなのを知ってるので、
このごろは、いつ来てもいいようにセッセと漬けておく。

でも漬物は一人二人の分を、ちょうどいい具合になんか、
うまく漬けられないのである。
これはせめて、五、六人分、そして毎日食べていないと、
最高の状態にならない。

夏のヌカ漬けなんか、生きものだからとくにそう、
昼間、家にいない私は、どんなに手を入れても、漬かりすぎになったり、
浅すぎたり、むつかしかった。

それにくらべれば、さむくなった今は、
塩漬けだから、漬かったのを冷蔵庫に入れておけば、
しばらくは保つ。

私はワタルの好きな大根の刻み漬けをいまやっている。

民芸品点で、押しぶたのついた漬物用の重い陶器の桶を買って来て、
短冊に切った大根と茎を塩で漬ける。
葉っぱは茎にちょっと残るように、
小さく切ってあしらう。

茎はこまかく刻んでぱらぱらと短冊大根のあいだにまぜてしまう。
これがワタルは好きで、
自分でもうまく刻んで手つきよく重しのフタをのせ、
「まだ重みが足らへんかもしれん」
などとひとりごとをいい、
ドンブリ鉢などその上に重ねておいたりする。

そうしてこの刻み漬けは、そのまま食べるものなので、
ゴミなどかからないように上にそーっとビニール袋などかぶせたりする。

****

「刻み漬けがあったらええ、よ」
とワタルはいう。
私が大いそぎで御飯をたいたからである。
私は漬物でキメてみることにする。

ちょうど母のうちへ寄って、もらいものの広島菜をお裾分けしてもらっていたので、その幅広の、青々した葉っぱの、水をぎゅっとしぼって巻き簀の上にひろげる。

「何すんの?」
とワタルは立って来て見てるので、
「まかしといて。音楽でもかけてて」
「ムード出して漬物食べるのか」
広島菜というのは酸っぱくもなく、辛くもなく、
青くさくもなく、それでいて色は青々と漬かってて、
歯切れよく、日本一である。

この上に御飯をひろげ、まん中に、黄色い沢庵(おこうこ)をこまかく刻んだもの、白ごま、青のり、などを巻きずしのようにならべて、
くるくると簀ごと巻き、巻ずしの要領で切ってもいいし、
端からかじってもいい。

これにあたたかいおすましのお汁(つゆ)をつけて—
それも卵を溶いたもののほうが味のバランスがいい、
刻み漬けをすこし、それに小梅の梅干し。

「いつ来ても、はじめて食うた、というようなもんばっかり、やな」
とワタルはいい、それがまた私には嬉しくてならないのであるが、
しかしワザと、そっけなく、
「そうかなあ」なんて。

「ワタル、あんた器用なんやもの、家でもしてみれば?
この広島菜、持ってかえる?」
「そらかなわん。そこまでマメやないよ、オレ。
ここで食べるからおいしいんでねえ。
おばあちゃんと食べててもしようがないやろ、
そんなことわかってるくせに」

***

飽食をしたあとだから、何をしゃべってもおもしろいんだけど、
「パリッパリッ……」といいそうな、
ほどよく漬かった広島菜巻きの御飯をおなかいっぱい食べると、
もうお酒じゃなくて、こうばしいお茶を飲みたくなる。

それも、ぶあつい民芸品のお茶碗に、こうばしく焙じ茶など淹れて、
私は、
「漬物友達、ってもんになったら、おしまいだね…
茶飲み友達より、わるいんやない?
あたしとワタルの仲がさ…」
***

そういえばずっと前、
ワタルと、前にいた女子アパートで、『シチューの素』でつくったのを食べたっけ。
それにしても、シチューにしろ、おいしい漬物にしろ、
うまいうまいと食べるだけ食べて「ホンナラまた」なんて。

***

「ゴハン食べた?」
「これからよ」
「雀ずし買うていくから、待っててな」
「むはははは」
****

「雀ずしをさ、ワタルに食べさせようと思って買ったのよねえ、ワザワザ」
「スウが好きやと思て買うたんですよ、これ」
「何さ、あんたが食べたかったから買ったんでしょ」
「どっちのいうこと」
なんていいながら、一人で二本ずつ食べちゃった。

雀ずしといっても別に雀をたべるのではなく、
小鯛の身をのせた箱ずし、その色や形が雀に似てるので
雀ずしというのだそう。

私は『すし萬』の小鯛ずしが好きなのだが、
ワタルはそれを知っていて、買ってきたのにまちがいない。
私のほうは、もっぱら自分がたべるつもりで買って来たのだが、
偶然、ハチ合せしたのである。
ワタルのために買ったというのはこの場合
「うそだまし」である。

この雀ずしに合う漬物は、小かぶらの薄塩、
かるくちょっと圧しをきかせたもの、
私は漬物圧し器、というのがきらいで、
拾って来た石をおもしに使うが、それの中くらいのがいい。

「うまい、この小かぶらはうまい!」
とワタルは絶讃して余念なく雀ずしと小かぶら漬けを食べている。
私は私のつくったものをおいしそうに食べるワタルにふかい満足を感じる。
餌付けに成功した飼育係りのような気分、といえばよかろうか、
正月の予定もたったことだし、
ひょっとしたら、今がいちばん幸福な時期かもわからない。

***

「実はね、その日に、但馬の猪肉が手に入ることになってんの、
イノシシ。
これ、おいしいのよ、アンタ、本物の猪よ。
牛肉よりやわらかくて、おいしいの、アンタ、
本物なんか食べたことないでしょ。
あたし上手に、ぼたん鍋をつくるから」
約束させられてしまった。

ぼたん鍋というのは猪鍋のことである。
猪は身が赤くてぼたん色をしている。
それにしても、節子は「本物」というのも好きみたい、
自分だけが本物を知ってると思いこんでいる。

でも、
「ね、ね、おいしいの、食べさしたげるから、さ」
と一心に思いこんでいわれるのは、嬉しくなくもない。
女のやさしさを、身心にうけるたのしみ、というのもあるのだ。

****
「見て見て!この肉。きれいでしょう?」
と節子は大皿をどんとホームごたつの天板の上にのせた。
鮮紅色の肉は、ふちに白い脂身をレースのようにつけて、
幾段かに重ねられてこんもり盛り上っていた。

同じことなら、この美しい猪肉、薄切りしてあるのだから、
一枚ずつきれいに並べて、花びらのように飾ったらずっと見映えがするのに、
そういう気はまわらないらしい。

私はやっと鍋に関心と視線が移り、
「手伝いましょうか」
と長い菜箸を持ったら、
「あ、それより、すみれはここ。こっち」
と伊豆サンの向い側へ坐らされる。

こたつへ膝を入れて、私の左手が藤沢氏、右手に節子が来たので、
野菜の籠や肉の皿は私と節子の間へ置く。

***

猪鍋というのは味噌味に仕立てる。
その味噌に特徴があるのだろうけど、
八丁味噌に仙台味噌をまぜ、昆布だしで煮る。
野菜は、セリ、白菜、ささがきのゴボウ、焼き豆腐にこんにゃく、
などというもの、
猪肉がおいしくて柔らかくて、臭みはさらになく、
コクのあるところは牛肉より美味である。

脂身もかたくなく、微妙なうまみがあり、
食べるとホカホカと芯からあたたまって来て、陽気になる。
私がそういうと、
「昔の人は、猪のことを山クジラというて食べた。
四つ足を食べるのは仏教徒のタブーやから、
体のクスリやというて食べたんでしょ。
また実際、猪肉はクスリ、いいますねえ—
体の芯からホカホカする、いうのは当然かもしれません」
伊豆氏がニコニコという。

***

私は胸あてのついたエプロンをして、
餃子を冷凍からもどし、焼いていた。
どうせお節料理やお煮しめ、お餅などを食べてきてると思うので、
そういう家庭料理はいっさいやめ、
冷蔵庫のなかは酢豚やら、ビーフシチューやら、そういう実質料理がぎっしり詰めてあるのだ。

桶や琺瑯の容器にはこれまたお漬物がやや漬かりすぎにいっぱい、
一週間ぐらい籠城できそう。

「あっ。餃子に酢豚か。しめた、正月にこんなん食えるとは思わへんかった。
ビールを飲もう」
ワタルは手をこすり合せて喜んだ。
さらに白菜のお漬物を見ると、待ち切れないように指でひときれつまみ、
口へ抛りこむ。
「漬物もビールのサカナになる」
「フン」
その漬物だって、ものすごい心がこもってるんだド。

***
餃子の熱々をいくつもいくつもこしらえ、
あっさりした肉団子のすましのスープをつくった。
きれいな金色の焦げめのついた餃子をいっぱいにならべ、
酢豚も盛ると、暖房をとめてもいいほどあったかになる。

ビールで乾杯して、
「ことしもよろしく!」
餃子のせいで、部屋じゅうニンニクの匂いがぷんぷん—、
近所のビルはみなまだお休みなので、誰もいない。
窓をすこし開けて匂いを追い出し、
「ケンカ別れしなくてよかった!」
とビールをつぎ合う。

田辺聖子著「風をください」
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by foodscene | 2011-11-21 13:44 | 日本

イミテーション・ゴールド

レースが近づき、みんなが工場で頑張っている時、
福美はよく差し入れに行く。
お握りに鳥のカラ揚げ、卵焼きといった簡単なものだが、
5、6人分となると結構、材料費がかかる。

***

怒りや疑問がうずまいているのに、
それでも途中のスーパーで食料品を買うのは忘れない。
邦彦の好物の豆腐と鶏肉を買った。
これで湯豆腐とそろぼ飯をつくるつもりだ。

そんなふうに献立を考えることは、2人の歳月の確かさを噛みしめることと同じで、福美はやっと心が静まる。

***

うっすらと汗をかいていた。
たっぷり買物をしたのでスーパーの袋は重たく、
邦彦のアパートに行くまで、3度も持ち直さねばならなかったほどだ。

袋の中には、カツオの刺身と、アサリが入っている。
邦彦は炊き込みご飯が好きだ。
今日はカツオの刺身と枝豆、そしてあさり飯というのはどうだろう。

林真理子著「イミテーション・ゴールド」
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by foodscene | 2011-11-07 14:50 | 日本