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ニューヨークのとけない魔法

アッパー・イーストサイドにある「Le Pain Quotidien」は、
ベルギーのベーカリー・カフェだ。
中はヨーロッパのカントリー風の作りで、フランス語もとび交う。
どんと置かれた長い木のテーブルを、ほかの客と囲み、
軽い食事ができる。

私は友人と、クロワッサンやフランスパンなどいろいろな種類のパンが入ったバスケットと、
生ハムやチーズ、オリーブなどの盛り合わせを頼んだ。
オリーブのペーストや粒入りマスタードをつけて食べる焼き立てのパンは最高だ。
シナモン・デニッシュなどのデザートもおいしい。

***

So, bring coffee and doughnuts.
だから、コーヒーとドーナツを持ってらっしゃい。
コーヒーとドーナツといえば、
アメリカ人が大好きな朝食だ。

パバロッティとドミンゴの生の声を、1日おきに聞けるとは、なんという贅沢だろう。
早起きをし、地べたにすわり込み、ドーナツを食べながら、並んで待っていれば、
信じられない料金でそのチケットを手に入れることができる。

***

家に戻らない人は、六十丁目とアムステルダム街のダイナー(庶民的なレストラン)で
時間をつぶしているわよ。
そう教えてくれる人がいた。

言われたとおりにそこへ行くと、それらしき人々がいた。
ソーセージと目玉焼きに、トースト、コーヒーという典型的なアメリカの朝食を注文したが、
睡眠不足で食欲もあまりない。

8時に戻ると、点呼が始まり、私たちはすらりと一列に並ばされた。
やがて徐々に列は乱れ始め、人々は地べたにすわり込み、寝転がり、
思い思いにドーナツやベーグル、コーヒーやミネラルウォーターといった朝食を口にしたり、
本を読んだりし始めた。

***

でも、天気のいい日には、マンハッタンのストリートをぼんやり眺めながら、
外ですわり込んで食事をするのが好きだ。
近くのピザ・ショップでイタリアン・ソーセージとマッシュルームのピザとコーラを買ったり、
デリでサンドイッチを作ってもらったりする。

総菜を量り売りしているデリで、ラザニアやチキン、パエリア、寿司の太巻き、
サラダなど、いろいろなものを少しずつ、透明なプラスチックの容器に入れてくることもある。
まだ少し肌寒い日は、スープにフランスパンを買ったりする。

昼時になると、五番街に面したニューヨーク公共図書館の長い石段に、
人が並んですわり、思い思いにランチを楽しむ。

***

マンハッタンのチェルシー・マーケットには、モロッコ人の経営する店がある。
モロッコ絨毯、皿、タジンというモロッコの伝統料理を作るための、
円錐形のふたのついた土鍋などを数多く揃えている。

タジンは、チキンやイモ、ニンジンをターメリック、サフラン、クミンなどで煮込んだもので、
見た目はカレーのような料理だ。
こってりとしていておいしい。

昨年、この店を訪れた私は、やけにモロッコが懐かしくなった。
数年前にモロッコを旅したんですよ、と店主に声をかけた。
彼の名前はモハメッドだった。
ちょうど、モロッコ人がよく飲むミント・ティーを入れているところだった。
ポットを持ち上げて、高い位置からミントの葉の入ったグラスに注ぐ。
彼を訪ねて立ち寄った、知り合いの男の人と飲むためだ。
近くのレストランのシェフだった。

僕らは祖国は違うけれど、宗教は同じなんだ、とモハメッドが言う。
シェフはトルコ人、ふたりともイスラム教徒だ。
君もミント・ティー、どう?
彼がいれてくれたティーは、ミントの香りが強く、そして甘く、
モロッコがますます近くに感じられた。

***

ゲイルのキッチンには、包丁もまな板もない。
だって、切るもの、ないんだもの、とゲイルは言う。

私、今日は料理をしたのよ、といかにも大仕事をやり遂げたかのようにゲイルが言えば、
それはターキーやチキンを一羽、オーブンで丸焼きした、ということである。
それでも一応、味つけはする。

ガーリック、オニオン、パプリカなどのパウダーをふりかけ、
オーブンに突っ込む。
ターキーを焼けば、ひとりで3週間もかけて食べている。

朝はコーヒーだけで、昼はほとんど毎日、お弁当を持っていく。
とはいえ、フランスパンにハムかターキーと、チーズのスライスをはさむだけだ。

夜はたいてい、中華料理のテイクアウトだ。
なぜか電子レンジはない。
冷蔵庫から出したネコのエサの缶詰ひとつ温めるだけでも、
大きなオーブンを使う。

包丁がないので、私はアメリカの巨大な野菜を切るのに、
幅1センチほどのステーキナイフを使う。
キュウリもピーマンもナスも、日本の3、4倍の大きさだ。
まな板がないので、それを皿の上で切るのがいかに忍耐力を要するか、
察することができると思う。

というわけで、ゲイルは野菜をほとんど食べない。
たまにトマトを買えば、買ったことすら忘れるので、
私が毎朝のように、トマトが腐るよ、と忠告する。
1週間後、腐ったトマトを私が捨てる。

私が作るのは、たいてい野菜たっぷりの料理なので、
勧めても彼女はほとんど食べない。

何、それ?海草に発酵した豆(納豆のことである)に、ゆで野菜?
ノー、サンキュー。
お金をもらってもいらないわ、とゲイルは言う。

着色料や保存料たっぷりのお菓子やポテトチップスが、いつも欠かさず置いてある。
自分の食生活に改善の余地が大いにあることは、よくわかっているようだ。
つい最近も、言っていた。
こんな食生活していて、今も行きているのが、不思議だわ。
だったら、もっと野菜食べれば?
Nah, I can't be bothered.
面倒くさい。どうでもいいわ。

今夜も彼女は、テイクアウトのスペアリブをかじっている。

***

レストランに入り、コロナビールに、チキンのブリートーとチミチャンガを
オーダーした。
食事が終わると、ゲイルは素早く自分のクレジットカードをウエーターに渡した。
私があわてて自分のクレジットカードを出そうとすると、彼女が言った。
Tough!

あおいにくさま、残念でした、というところだろうか。
自分がおごるそぶりをまったく見せずに、彼女は支払いを済ませた。
***

そうこうしているうちに、もうランチの時間だ。
パソコンや資料をテーブルの隅に追いやり、
サラダに、ツナとワカメのパスタをどんとテーブルの真ん中に置く。

緑を眺め、クラシック音楽を聞きながら、ヘルシーなおいしい食事を、
愛する夫といただく、午後の執筆がはかどらないわけがない。

***

ある日、そんなアメリカ人の母親が、ベビーシッターがうちの子にバター・サンドを食べさせたのよ、と息巻いていた。
それはひどいわね、と私の友人は同情した。
ふだんから、よほど栄養に気を配っているのだろう。

感心した友人が、いったい、ふだんはどんなものを食べさせているの、と聞いた。
アメリカ人の母親は胸を張って答えた。
ピーナッツバター・サンドよ。

これには、さすがのアメリカ人も笑うだろうと思い、
私は友人のローズマリーに話した。
彼女は60代、私の母の世代だ。
ローズマリーは大きくうなずいている。

そりゃ、そうよ。その母親が怒るのもムリないわ。
ピーナッツバターは、バターよりずっと栄養価が高いんだから。

***

日本人の中には、ターキーは肉がパサパサしているので、
好きではない人も多いが、あの迫力のあるターキーの丸焼きなしのサンクスギビングは、
やはりさみしい。

しかし、巨大なターキーは1日では食べ切れない。
おせち料理のように、何日間かは食卓がターキーづくしとなる。
ターキー・サンドイッチ、ターキー・サラダ、日本人の友人宅では
ターキー入り素麺までごちそうになった。
サンクスギビングから4日後の今日も、私の冷蔵庫にはターキーが入っている。

Enough is enough.
来年の今頃までは、もうたくさん、という感じである。

***

礼拝のあと、メンバーらが外を歩き回り、
道をうろつく人たちに、サンクスギビングのディナーに来ませんか、と呼びかける。
この辺りにはドラッグ・ディーラーもたむろしている。
ホームレスの人たちのために、メンバーが手分けして、
80羽のターキーを焼き、ピラフを作り、テーブルを用意し、給仕しているのだ。

しばらくすると、教会の前には長蛇の列ができた。
並んでいるホームレスの男の人が、仕事でカメラを持っていた私に声をかけてきた。
俺の写真を撮ってくれよ。
今日、この場にいたことの証拠にさ。
来年はここにはいないように、頑張るからよ。
You never know.

どうなるかは、誰にもわからない。
ひょっとしたら、来年のサンクスギビングには、彼はホームレスを迎える側にいるかもしれない。

***

ハヌカの初日の夜、ユダヤ人は家族や親しい友人と食卓を囲む。
この日、ニューヨーク郊外に住むゲイルの両親の家に呼ばれた。

集まったのは家族や親戚11人。
まず父親のマックスがヘブライ語で祈りを読み上げると、
全員がアーメンと言う。

料理はすべて、母親のローズが2日かけてひとりで作った。
ローズがテーブルに着く暇もなく、一品ずつ運んでくる食事を、
ワインを飲みながら、次々にご馳走になる。

ゲフィルタ・フィッシュと呼ばれる魚のすり身で作られた、つみれのようなもの、
チキン・スープにクラッカーのようなものを丸めた団子の入ったマッツォ・ボール・スープ、サーモン、ブロッコリー。

すでにお腹はいっぱいなのに、キッチンから香ばしい匂いがしてくる。
これがポテトで作られたラトケスと呼ばれるパンケーキだ。
8日間、燃え続けた“奇跡の油”をいつまでも忘れないように、感謝の意を込めて、
油を使ってパンケーキを焼くようになったといわれる。

ローズがフライパンにたっぷり油を敷いて、
ひとつひとつ焼いている。
これにアップルソースをかけて食べるのだが、
ゲイルと私だけはケチャップをつける。

最後は、これも手作りのアップル・デニッシュとブルーベリー・デニッシュに、
コーヒーだ。

お母さん、これ、おいしい!最高だよ!と口々にみんな、声をかける。
そうかい?よかった。
おいしいかどうか、心配してたんだよ、とローズはうれしそうだ。

***

Welcome home
We missed you - especially Ashley.
There is half a roasted chicken (1/2)
and green salad (+tom) for a cold supper + milk & oj in frig.
XOXOXOXO
Love, J&R

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夏、ハドソン川の川べりを散歩するのはとても気分がいい。
ゲイで有名なクリストファー・ストリートを、
川に向かって歩いていく途中に、「Malatesta Trattoria」という
庶民的なイタリアン・レストランがある。

ここは北イタリアの料理を出す。
プロシュートをはさんだピアディーナと呼ばれる薄いパンがとてもおいしい。
ラビオリはトマトとクリームのソースがチーズにマッチし、
口の中でとろける。

***

夏、パーク街のセント・バーソロミュー教会では、
野外で礼拝を行う。
礼拝のあとは、クッキーをつまみ、コーヒーを飲みながら、
おしゃべりを楽しむ。

私の教会ではHomecomingの日がある。
夏が終わり、休暇などで街を離れていた人たちが、再び街に、
そして教会に帰ってくる。
お帰りなさい、という日なのだ。

教会の脇の55丁目は通行止めになり、たくさんの風船で飾りつけが施され、
フルーツパンチやサンドイッチ、クッキーなどがふるまわれる。
日本人観光客もいつの間にか参加していたりする。
もちろん、
"この街に帰ってきた”あらゆる人たちを歓迎している。

***

2000年の元旦、私の教会では大晩餐会が催された。
ホームレスの人たち60人を招き、
教会のメンバーも同じテーブルを囲み、
一緒に食事と会話、音楽を楽しんだ。
参加者はあわせて150人だ。

私は10人ほどのメンバーに混じって、
赤いエプロンをつけ、ウエートレスを務めた。
ジュースにサラダ、スパイシーなチキン、ポテトにブロッコリー、
デザートにコーヒーというフルコースだ。

岡田光世著「ニューヨークのとけない魔法」
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by foodscene | 2012-01-09 14:06 | ノンフィクション・アメリカ

Once A Year

「きっとダイエットするわ、本当よ」
あの時、媚といくらかの恨みがましさを込めて発した言葉を
私は実行した。

エキササイズの後は、
クネッケを2枚とゆで玉子、そして輪切りにしたトマトだけの昼食をとる。

林真理子「ワンス・ア・イヤー」
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by foodscene | 2012-01-09 12:50 | 日本