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わたしのオックスフォード

「トーストが来たよ。どうぞ」
入口の横の配置室からおばさんたちが熱いトーストを運んでくれる。
すでに卓上にはバター、ジャム、コーン・フレークスなどが並んでいる。

あとでわかったことだが、トースト・ラックは熱くても、
肝心のトーストが冷たくなっていることがよくある。
「コールド・トースト」はここの朝食の名物なのだ。
バターを塗ろうにも溶けやしない。
その冷たいトーストをイアンは5枚も平らげた。
私もつられて3枚食べた。

***

各自の席にナイフ、フォーク、スプーン、カレッジ・カラー(セント・ピーターズは緑と金)のテーブルマットが置かれている。
ファースト・コースの到来を待ちきれない学生は、
長いテーブルのあちこちに置かれた籠の中のパンをかじりはじめる。

空になった籠や水差しを持ちあげて待っていると、
給仕がおかわりを持ってきてくれる。
つけあわせの野菜やグレーヴィー・ソースも皆の手の届くところに
置かれている。
このとおり形式だけはきちんと整っているのだが、
肝心の料理となるとどうもいけない。

友人の家などでよくおいしい家庭料理をごちそうになる私は、
「イギリス料理はまずい」という定評には同意できないのだが、
カレッジの食事に関するかぎり、
まったく弁護のしようがない。

なぜ野菜をここまで煮殺してしまうのか。
どうしてスープは糊みたいにねばつくのか。
なぜデザートはいつも甘すぎて粉っぽいのか。

イギリス料理が炭水化物に富んで「重い」のはわかっているつもりだが、
それにしても、なのである。
セント・ピーターズのコックは、
湿った感触のパンやぶ厚いパイ生地などで、
「これでもか」とばかりに学生たちを炭水化物責めにする。
イギリス人に友人たちは、
「カレッジの食事をイギリス料理の基準だと思っちゃだめよ」と、
いつもくり返している。

昨夜のディナーは、その典型ともいうべきものだった。
まずはスプーンを動かしにくいほど粘っこいマッシュルーム・スープ。
メインはステーク・アンド・キドニー・パイ。
家庭料理として親しまれている一品で、
牛肉と腎臓を香ばしいパイ生地にはさんだものの上に
熱いグレーヴィーをかけたものなのだが、
セント・ピーターズ版はパイがいつも半生で、
グレーヴィーはやたらに塩辛い。

つけあわせの野菜は人参とフライド・ポテト。
身長190センチ、質よりも量を大切にするドミニックは、
このポテトを自分の皿に山のように積みあげているが、
私は食べる気になれない。
人参も煮崩れる寸前にお湯からすくったとしか思えないほど
グチャグチャになっている。

デザートはアップルパイ……らしきものなのだが、
なにせ黄色いカスタード・クリームがなみなみとかけてあるので、
その下に隠されているものの正体をあばくのは容易ではない。
ケーキにせよパイにせよ、なんにでもカスタードをぶっかけるのが
イギリスの習慣なのである。
この習慣にどうしてもなじめない私は、
これだからフランス人にバカにされちゃうのよ、と粉っぽいアップルパイの生地を
噛みしめる。

****

かくもまずい食事を、なぜ学生たちは毎晩、食べに集まるのか。
理由は明白、安いからだ。
なにしろ3コースで2ポンド(500円弱)。
スーパーで買ったものを自分で料理するとしても、
ここまで安くあげるのはむずかしい。

***

ディナーは3コースだが、学生と違ってワインがたっぷりつく。
火曜、金曜、日曜には「デザート」というコースがある。
ケーキやアイスクリームなどの本来のデザートを食べたのち、
特別の部屋でポートワインを楽しみながらフルーツとチョコレートをつまむのだ。

このデザート用の別室は食堂よりもずっと小さく雰囲気も親しみやすい。
直接照明を排し、テーブルの中央にキャンドル・スタンドが置かれている。
ポートワインを左へ順々にまわしながらパイナップルを一切れ食べ、
チョコレートをかじる。
会話も雑談や噂話が中心である。

***
最近、食料品の値段が高くなってきた。
オックスフォードでも野菜の値段はロンドン並みだ。
こんなとき、貧乏学生のつよい味方は学生食堂である。

カレッジの食堂はとにかく安い。
たとえばセント・ピーターズの朝食は30ペンス(当時で約70円)。
シリアル、ジュース、紅茶込みで、
トーストは何枚食べても同じ値段。
クックド・ブレックファースト(スクランブルド・エッグ、ソーセージ、ハムなどの
典型的なイギリスの朝食)を頼んでも60ペンス(約140円)なのだからありがたい。

朝食だけではなく、昼食やディナーも安い。
昼食は1ポンド以内ですむし、3コースあるディナーだって2ポンド(約480円)という
安さなのだ(もっとも味のほうはいまひとつであることはすでに書いた)。

それでもまだ「高い」と言う人がいる。
政府からもらう生活費を倹約して親元に仕送りをしていたころのジャネットがそう。
当時、彼女はお昼には自分で作ったサンドイッチしか食べなかった。
パンが一斤で50ペンスほどで、
安物のチーズ・スプレッドが80ペンス。
それで1週間分のランチができるから、
一食当たり20ペンス(約50円)ですむ。
カレッジの昼食がまずいからといって、
1ポンド30ペンス(約310円)のサンドイッチを食べている自分がはずかしくなった。

さすがにジャネットのような人はそれほどいなかったが、
それでも全体的に見て、
みんなつましい食生活をしている。
たまには友人の誕生日のお祝いなどで外食をすることもあるが、
それは例外。安い食事と社交の場でもあるカレッジの食堂はいつも満員だ。

川上あかね著「わたしのオックスフォード」
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by foodscene | 2012-03-22 16:03 | ノンフィクション・イギリス

食べて、祈って、恋をして インド、インドネシア

夕食の時間。
わたしはひとりでテーブルにつき、ゆっくり食べようと試みていた。
食べることも修行のうちだとグルは言っている。
食事の量は控えめに。
掻きこむような食べ方をしてはいけない。
消化器官に大量の食べ物を短時間で流しこむことが、
身体のなかの聖なる火を消してしまうかもしれないからだ。

瞑想がうまくいかないと弟子たちが不満をこぼすと、
グルはつねに、最近の消化の具合はどうかと尋ねる。
ソーセージ入りカルツォーネや、1ポンドのバッファロー・ウィングや、
ココナッツ・クリーム・パイ半ピースを消化器官が必死に掻き回しているようでは、
瞑想をしても超越の境地にたやすく入れないのも当然だからだ。

もちろん、アシュラムではそのような食事は出されない。
ここでの食事は軽くて健康的な菜食ばかり。
それでも味はおいしいので、飢えた子のようにがつがつ食べるなと言われても、
けっこうむずかしい。

さらにビュッフェ形式をとっているので、
おいしそうな料理がいい匂いを漂わせて眼の前に並べられ、
しかも追加料金がないという状態で、
二度め、三度めのお代わりを我慢するのも容易ではない。

***

サムズアップはインドの清涼飲料水で、味はコーラに似ている。
しかし、甘みはコーラの9倍、カフェインは3倍だ。
そのうえ中枢神経興奮剤(メタンフエミタン)まで入っているのではないかと、
わたしは疑っている。
飲むと、ものが二重に見える。

週に数回、リチャードとわたしは村に出ていって、
サムズアップの小瓶を分け合って飲む。
アシュラムの正統なベジタリアン・フードに慣れた身体には
かなり刺激的な飲み物だ。

****
部屋からは熱帯の木々が眺め渡せる。
新鮮なトロピカル・フルーツたっぷりの朝食をとることもできる。
つまり、ウブドというのはこれまで滞在したなかで
最もすばらしい土地のひとつで、しかも、宿泊費は1日に10ドルとかからない。

***
食事は1日1回、米と魚か鶏の料理をひと皿に盛りつけた、
ごくふつうのバリの食事をとる。
毎日、砂糖を入れて飲む1杯のコーヒーが好物で、
コーヒーと砂糖を味わえる喜びを祝っているかのようにそれを飲む。

***
翌朝の月曜日、わたしが訪ねていくと、ニョモが、
ジャムの瓶に熱いコーヒーを入れて運んできた。
陶製皿に瓶を載せ、彼女がいつもいる台所からクトゥのいる玄関先まで、
足を引きずりながらゆっくりと中庭を横切ってくるその姿を見たとき、
わたしはてっきり彼女が夫に飲み物を運んできたのだと思った。

ところが、クトゥはその日、すでにコーヒーを飲んでいた。
そのコーヒーはわたしのためのものだった。
ニョモがわたしのために淹れてくれたのだ。

わたしがお礼を言おうとすると、彼女はいかにもうっとうしそうに手を振って、
それを拒絶した。
彼女が昼食を用意するテーブルに雄鶏がのぼろうとするのを追い払うときの手つきと
そっくりだった。

でも翌日、彼女はガラス瓶に入ったコーヒーの横に砂糖のボウルを添えて
持ってきてくれた。
その翌日は、ガラス瓶のコーヒーに砂糖のボウルと、
茹でた芋がついてきた。
その週は毎日なにか新しいもてなしが加わった。

***

ワヤンが、「忘れてた!ランチを食べてもらわなければ!」と言い、
母と娘は大あわてで台所に向かった。
あの恥ずかしがり屋の少女ふたりが隠れている場所だ。
しばらくして出てきた食事は、わたしがそれまでバリで食べたなかで
最高のものだった。

トゥッティがそれぞれの料理について、
大きな笑みを浮かべ、バトントワラーにしたいような元気のよさで、
きびきびと説明してくれた。

「ターメリック、肝臓をきれいにする!」
と、彼女は高らかに宣言した。
「海草、カルシウムいっぱい!」
「トマトサラダは、ビタミンD!」
「いろんなハーブで、マラリアにかからない!」
わたしは尋ねた。
「トゥッティ、そんな上手な英語をどこで覚えたの?」
「本から!」
「あなたはとても賢いお嬢さんね」

****
ウブドにはもうひとり国を離れて長いブラジル人がいて、
その男性がホストとなって、
今夜とあるレストランで特別な催しをするのだという。

豚肉とインゲン豆を煮込むブラジルの伝統的料理、
フェジョアーダをどっさりとつくって、
ブラジルのカクテルもふるまうという。

バリに暮らす世界じゅうのおもしろい人々が集まってくる。
どう?来ませんか?
そのあとは、ダンスに繰り出すの。
あなたがもしそんなパーティーが嫌いでなければ….。
カクテル?ダンス?どっさりの豚肉料理?
ええ、もちろん、行きますとも!

******

ともあれ、彼のこしらえたフェジョアーダは最高に美味だった。
スパイシーで豊かなこくがあり、退廃の薫りがした。
そのどの要素も、日常的なバリの食事にはないものだ。

わたしはひと皿を平らげ、もうひと皿も平らげたあとで、
はっと気づいた。
もうお代わりはだめ、ここは自分の家じゃないんだから。
こんな料理がある限り、
わたしは菜食主義者にはなれそうもない。

*****

この渇望をなんとかしなければと、
寝間着のまま台所へ行って、
半キロ弱のジャガイモの皮を剝き、
茹でてスライスして、バターで揚げ焼きにして、
たっぷりと塩をまぶして、ひと切れ残さず平らげた。

愛の行為による充足の代わりに、どうか、この半キロ弱のフライドポテトが
もたらす満足を受け入れて、と自分の肉体にお願いしながら。

****

こうして、わたしは偽物のアメリカ式ドライブの旅に出た。
道連れは、音楽の天才にして、流浪の境遇にあるクールなインドネシア青年。
バックシートには、ギターやビールや、
バリ式ドライブの非常食ー揚げせんべいや、さまざまな風味付けをしたインドネシアの
キャンディーなど—がいっぱいだった。

****

翌朝、同じ町にある家族経営の小さな食堂に入ると、
バリ人の店主が自分はタイ料理の凄腕コックだと宣言した。
料理はそれほどでもなかったが、
わたしたちは1日をそこでのんびりと過ごし、
冷えたコーラを飲み、脂っこいパッタイ(タイ風焼きそば)を食べ、
店主の息子である美少年と<ミルトン・ブラッドリー>のボードゲームを楽しんだ。

****

ここが元夫と初めてディナーを食べた店。
ここが妻と出会った場所。
街でいちばんのヴェトナム料理の店はここ。
ベーグルならここ、
いちばんおいしいヌードルはここ
(「いいや、きょうだい、いちばんのヌードル・ショップはここさ」)。
わたしが懐かしい”ヘルズキッチン”地区をさらに詳しく描きだすと、
ユディが言った。
「このあたりにうまいダイナーがあるんだ」
「<ティクタク>?<ジャイアン>?<スターライト>?」
「そう、<ティクタク>だよ、あんた」
「<ティクタク>のエッグクリームは飲んだ?」
ユディがうめいた。
「もちろん。ああ、あのうまさといったら……」

******
二番めの夢は、さらに確信を深めさせる夢だった。
わたしとフェリペがニューヨークのレストランで食事をしている。
ラムチョップとアーティチョークとおいしいワインと、
おしゃべり、幸せな笑い。


エリザベス・ギルバート 那波かおり訳「食べて、祈って、恋をして」
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by foodscene | 2012-03-21 16:05 | インド

食べて、祈って、恋をして イタリア2

キャサリンは地図と『ミシュラン・グリーンガイド』を持ち歩き、
わたしはランチを詰めたバスケットを持ち歩く。

なかにはソフトボール大のロールパンが2個、
スパイシーなソーセージ、肉厚のグリーン・オリーブをアンチョビで巻いたの、
森の薫りのするキノコのパテ、
薫製モッツァレラチーズ、胡椒をきかせたルッコラとチェリートマトのグリル、
ペコリーノチーズ、ミネラルウォーター、
ハーフボトルのよく冷えた白ワイン。

そうして、わたしがどこでお昼にしようか迷っているとき、
キャサリンが頭に浮かんだ疑問を口にする。
「どうしてみんなもっとトレント公会議について語ろうとしないのかしらね」

****

そしてわたしはひとり、豊かで満ちたりた街、ルッカに向かった。
このトスカーナの小さな街には、
世に名高い凄腕の肉屋たちがひしめいている。

イタリアのどの土地の肉屋にも負けない美しくカットされた肉が、
"食べたいんでしょ?"と誘惑するように街じゅうの店に陳列されている。
挑発的なストッキングをはいた貴婦人の脚のごとく、
あらゆるサイズの、色の、由来のソーセージが店の天井から吊され、
ぶらぶらと揺れている。

ハムとなったたくましい臀部が、ウィンドーのなかから
アムステルダムの高級娼婦よろしく誘っている。
チキンは死んでもなおまるまるとしてつやめき、
どの鶏が最もジューシーで脂が乗っているかを競い合ったあと、
誇らしげにみずからを捧げたのではないかと想像してしまうほどだ。

だが、ルッカですばらしいのは肉だけではない。
栗、桃……
店のかごにこぼれんばかりに盛られた無花果……。

この街は、プッチーニの生誕地としても有名だ。
でも、こういうことに興味を持つべきあと思いつつも、
わたしは地元の食料品店でこっそり聞いた秘密ー
街で最高のキノコ料理がプッチーニの生家の向かいのレストランで食べられるー
のほうにはるかに興味がある。

***
わたしは通りを渡った先のレストランに入り、
“キノコのリゾット”を食べながら、雨がやむのを待った。

****
いまとなっては、ボローニャへ行ったのがルッカの前だったのか後だったのか思い出せない。
ボローニャの街はあまりに美しくて、街にいるあいだ、
つねに歌を口ずさまずにはいられなかった。

「わたしのボローニャには名前がある!それは、き・れ・い〜」
美しいレンガ建築と裕福なことで知られるボローニャは、
古くから、“赤と肥満と美し”の街と呼ばれてきた。

食べ物は断然、ローマよりこっちのほうがおいしい。
そしておそらく、こっちのほうがバターが多く使われている。
ジェラートですら、ボローニャに軍配があがる
(こう言ってしまうのはローマへの忠誠を欠くようで、気が引けるが、
本当なのだ)。
ここのキノコは太くて肉厚でセクシーにそそり立っている。
ピッツァの上で波打つプロシュットは、優雅な貴婦人の帽子を飾るチュールのようだ。
そしてもちろん、ボローニャ・ソース。
ただのミートソースだという考えをこのソースは軽く一笑に付すにちがいない。

英語には”ブオン・アペティート”に相当する言葉がないと、ふと気づいた。
これはとても残念なことだし、食文化のちがいをよく示している。
イタリアの鉄道の旅は、まるで世界に名を馳せる食べ物やワイン巡りのようだ。
次に停まるのはパルマ……そして、ボローニャ……ええっと、次は……
モンテプルチャーノ。

列車のなかにも食べ物がある。
小ぶりのサンドウィッチや、おいしいホットチョコレート。
外が雨模様だと、なかでとる軽食も、列車の疾走感もいっそう楽しいものになる。

***

20ポンドの七面鳥を焼くには時間がどう見ても足りなかったので、
ルカは七面鳥の胸肉をソテーにし、わたしは七面鳥の詰め物だけをつくるために指揮をとった。
レシピをなんとか思い出し、パン屋で買ってきた上等のイタリアのパンに、
こちらで手に入らないものを別のものに置き換えて
(アプリコットの代わりにナツメヤシの実とか、セロリの代わりにフェンネルとか)
さまざまな材料を混ぜ合わせ、どうにかそれらしいものができた。

******

地図を頼りに行ってみると、そこは小さな食堂(トラットリア)だった。
気さくな年輩の女主人が、夕刻からの客に備えて、
キリスト生誕のクリスマス飾りを壊さないように注意しながら、
ストッキングの足でテーブルに乗って、窓ガラスを拭いていた。

わたしは彼女に、メニューを見る必要はないから、
シチリア島で初めての夜なので店でいちばんおいしいものを食べさせてほしいと伝えた。
彼女はうれしそうに両手を揉み合わせ、厨房にいる彼女よりもさらに年嵩の母親らしき女性に
シチリア島の方言でなにか叫んだ。

それから20分とたたないうちに、
わたしは、これまでイタリアで食べたなかで間違いなく最もおいしい食事にありついていた。

初めて見る種類のパスタで、大きくて平べったくてもちっとしていた。
大きさこそちがうが、それは司教冠のように折りたたまれて、ラビオリのような袋状になり、
なかにエビとタコとイカを混ぜたとろりとしたあつあつのピューレが詰まっている。
それがホット・サラダのように、新鮮なザル貝、野菜の細切りと混ぜられて、
オリーブ油をきかせた魚介風味のスープに浸かっていた。
そのひと皿のあとには、タイムと煮込んだウサギのシチューがつづいた。

ところが、翌日のシラクーザではさらにおいしかった。
日も暮れかかるころ、冷たい雨の降るなか、わたしはバスでシラクーザに到着した。
そして、すぐにこの町が好きになった。

*****
その夜、教えられた店に行き、テーブルにつくと、
ウェイターがただちにふわふわの雲のようなリコッタチーズを運んできた。
チーズにはピスタチオが散らしてあった。
このほかに芳しいオイルをつけて食べるパン、肉のスライスが何枚かとオリーブの皿、
タマネギとパセリ入りのドレッシングで和えて、冷たいオレンジを散らしたサラダ。
そのあとようやく、この店にイカの名物料理があることを教えられた。

エリザベス・ギルバート 那波かおり訳「食べて、祈って、恋をして」
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by foodscene | 2012-03-20 15:55 | イタリア

食べて、祈って、恋をして イタリア1

ローマでの最初の食事は、そんなには、
ものすごくたくさんというほどには食べられなかった。

自家製のパスタ(スパゲッティ・アラ・カルボナーラ)に、
ほうれん草とにんにくのソテー
(偉大なロマン派の詩人、シェリーは、
英国に住む友人に宛てた手紙で、イタリアの食事について、
こんな信じられないことを書いている。
「きみには想像もつかないと思うが、
イタリアの若いご婦人方はなんとにんにくを食べるんだ!」)。

ついでにアーティチョークもひと皿。
ローマっ子たちがやけに自慢する食べ物だ。
そして、ウェイトレスがいきなりサービスで出してくれたおまけ―
なかにそっとチーズが詰められたズッキーニの花のフライ
(蔓から摘まれたことに花たちは気づいていないかもしれないと思わせるほど、
ものすごく繊細に料理されていた)。

スパゲッティを食べたあと、仔牛肉も試した。
そうそう、店のお勧めの赤ワインをひとりでボトル一本空けて、
オリーブオイルと塩を添えた温かいパンを食べて、
そして、デザートにはティラミス。

******

時は2003年9月上旬。
暖かくてどんよりした天気がつづいていた。
ローマに来て4日目、わたしはどんな教会や美術館も訪れておらず、
旅行案内書にすら目を通していなかったが、
ただ目的もなくやみくもに歩きつづけ、
気さくなバス運転手がローマ一のジェラートを売ると教えてくれた
小さな店を発見した。

店の名前は、<イル・ジェラート・ディ・サン・クリスピーノ>。
訳すと、“聖人パリパリーノのアイスクリーム屋”といったところか。

最初は、ハチミツとヘーゼルナッツの2種類を食べた。
そしてまた店に戻って、グレープフルーツとメロンを試した。
そして夕食後、もう一度そこに歩いて戻り、
シナモン・ジンジャーを味わった。

******

授業は午後から開始だ。
そこで、昼食(エンダイブのロースト)を食べにいき、
学校までぶらぶら戻り、レベル1の生徒たち(きっと、わたしよりお間抜けなはず)の前を澄まして通り過ぎ、
初めての教室に足を踏み入れた―
同じレベルの仲間たちとともに。

******

ええと、ヨーガの練習っていつするんだっけ。
チョコレート・ペストリーとダブルのエスプレッソですます
速攻イタリア式朝食の前?それともあと?

ローマに来て数日は、毎朝、ヨーガ・マットを広げていた。
でも、まじまじと見つめて、笑っただけだった。
一度、ヨーガ・マットになりきって自分に語りかけてみた。

「了解、“ペンネ・アイ・クアトロ・フォルマッジ(4種のチーズのペンネ)“の
お嬢ちゃん…えっと、そうですよね?
あなたがきょう食べたのは」

わたしは赤面し、ヨーガ・マットをスーツケースの底にしまいこんだ。
それから散歩に出て、ピスタチオのジェラートを食べた。
イタリア人にはこれを午前9時に食べるのも理にかなったことだが、
いくらわたしでもそれには賛成しかねる。

******
フードライターのエリザベスはローマのアパートメントのほかに
ウンブリア州に一軒家を持ち、
イタリア人の夫がいて、イタリアじゅうを食べ歩き、
《グルメ》誌に寄稿するという仕事をしている。

前世で溺れている孤児を数えきれないほど助けたとか、
よほどの善行を積んだにちがいない。

当然ながら、彼女はローマのどこに行けばおいしいものが食べられるかを
よく知っている。
そのなかには、あれがない天国には行きたくないと思えるほどの、
フローズン・ライスプディングを売るジェラート屋もある。

ある日、彼女とランチに出かけたときは、
ヘーゼルナッツ・ムースのラムとトリュフ巻きカルパッチョ風に加えて
野生ヒヤシンスの球根、ランパショーネのピクルスまで食べた。

******

彼はしょっちゅう昼間に電話してきて、
「やあ、いま近所にいるんだ。
ちょっとお茶でもどう?
それともオックステールのひと皿にする?」などと言う。

こうしてわたしたちは、ちょっとどころかたっぷりと、
ローマの裏通りの地下食堂で食事をする。
照明は蛍光灯だし、外には看板も出ていない。
わたしたちはそんな店が好きなのだ。

ビニール製の赤いチェックのテーブルクロス。
自家製の果実酒リモンチェッロ。
自家製の赤ワイン。
そしてルカが“小さなユリウス・カエサルたち”と呼ぶ、
手の甲に黒い毛を生やした、
髪を一分の隙もないオールバックにした地元の男たちが持ってくる、
信じられない量のパスタ。

******

ルカといっしょでなければ、わたしは乳飲み仔羊の腸を人生で初めて
試すこともなかったことだろう。
これはローマの郷土料理。

食に関して言うなら、ローマという土地はかなりワイルドで、
北イタリアの金持ちなら捨てるような獣肉のあらゆる部位を、
舌も内臓も全部味わい尽くす。
それがこの街の流儀なのだ。

さて、試してみた仔羊の腸は…だいじょうぶ、味わえた。
ただし、それがなにかについて
あまり考えないようにしている限りは。

それはこってりした味わい深いグレービー・ソースに浸かっていた。
ソースそのものは抜群のおいしさだ。
けれども、腸にはある種の…腸ならではの弾力がある。
レバーにも似ているが、もっとむちゃっとしている。

無心に食べているうちは、おいしいと思えた。
ところが、このひと皿をなんと形容しようか考えはじめたのがいけなかった。
この見た目は腸って感じじゃないわね。
腸じゃなくて、これは…サナダムシ?
わたしは皿をわきへ押しやり、サラダを注文した。

「好きじゃないのかい?」これが大好物のルカが尋ねた。
「ガンジーは一生涯、仔羊の腸を食べなかったわ」
「食べたさ」
「いいえ、食べなかったわ、ルカ。
だって、彼はベジタリアンだったもの」
「ベジタリアンだったとしても、これなら食べられる」
ルカはきっぱりと言った。
「なぜって、肉じゃないからさ、リズ。
これはただのくそだ」

******

食べることと話すことがわたしにもたらした喜びは
計り知れないほど大きく、なおかつ単純明快だった。

10月中旬のある日、わたしは、
はたから見ればあんでもないことかもしれないが、
わたし自身にとっては人生最良の時間のひとつとして
永遠に記憶に残るような数時間を過ごした。

まず、アパートメントの近所に市場を発見した。
うちから道数本しか離れていないのに、
それ以前はなぜか気づかなかった。

わたしは一軒の小さな店に近づいた。
イタリア人の女性とその息子が自分たちの畑で穫れたものを売っている店で、
豊かな葉っぱの緑がまるで藻のように色濃いほうれん草や、
血のような色をした、牛の心臓かと見まごうばかりのトマトや、
ショーガールのレオタードのように皮のぴんと張ったシャンパン色のブドウなどが
並んでいた。

わたしは、細くて色鮮やかなアスパラガスの束を選んだ。
この半分だけ買えるだろうかと、
簡単なイタリア語で店の女性に尋ねることができた。

わたしひとり分でいいの。
それ以上説明する必要はなかった。
彼女はただちにこの手からアスパラガスを受け取って、
半分にした。

わたしは、毎日同じ時刻にこの場所へ来たら、
この店で買い物ができるだろうか、と尋ねた。
彼女は、できる、と答えた。

毎朝7時からここで店を開いてるよ。
すると、息子が言った。
「ま、7時に開こうと努力してるってこと…」
3人で声をあげて笑った。
この会話すべてがイタリア語で交わされた。
数ヵ月前までは、わずかな数語しか話すことができなかった言語で。

わたしは歩いてアパートメントまで帰り、
ランチのために新鮮な赤卵ふたつを半熟に茹でた。
卵の殻を剝いて平皿に載せ、7本のアスパラガス
(細くてシャキシャキで調理する必要もなかった)を
横にあしらった。

オリーブも何個か、アパートメントと同じ通り沿いにあるチーズ屋で
仕入れた山羊のチーズも数切れ、そして、
脂のよく乗ったピンク色のサーモンをふた切れ。

デザートには、市場のあの女性がおまけにくれた、
美しい桃が1個。
桃はローマの日差しの温もりをまだ残していた。

わたしはずいぶん長いあいだ、
食事に手をつけられずにいた。
それがランチの最高傑作に思えたから。
これこそ、なんでもないものでなにかをつくりあげる芸術だと思えたから。

自分の食事の美しさをたっぷりと目で愛でたあと、
ついにわたしはそのひと皿を、
清潔な板張りの床の日差しの注ぐ一角に持ち出し、
床にじかにすわって食べた。
指を使って。

ひと口ひと口をしっかりと味わい、
イタリア語の日刊紙を読みながら。
わたしの身体の細胞のひとつひとつに幸福が宿っているのを感じた。

********

ここから川を渡って、トラステヴェレ地区に入る。
この地区は生粋のローマっ子が住む、
いわゆるローマの下町だ。

古来ここに住む職人や労働者たちが川向こうの街にありとあらゆる記念碑を
建ててきた。
わたしは静かな軽食堂(トラットリア)でランチをとり、
料理とワインを相手に何時間もその店で過ごした。

トラステヴェレ地区では、本人が望むのなら、
食事時間を引き延ばしている人間を誰も咎めることはない。
わたしはブルスケッタと、スパゲッティ・カーチョ・ペーペ
(チーズと黒胡椒だけのいかにもローマらしい素朴なパスタ)と、
小ぶりのローストチキンを注文した。

チキンは、食事のあいだずっとわたしを見つめつづけていた野良犬に、
最後に分けてやった。

********

しかし、彼は間違いなくナポリっ子だ。
その証拠に、ローマを発つとき、彼はナポリでお勧めのピッツェリアを教えてくれた。

ジョヴァンニが言うには、そこなナポリでいちばんおいしいピッツァを売る店なのだとか。
わたしは色めきたった。
なぜなら、イタリアでいちばんおいしいピッツァはおそらくナポリのピッツァだろうし、
世界でいちばんおいしいピッツァはイタリアのピッツァだろう。
だとすると、その店のピッツァというのはつまり…
大げさすぎるかも、いや、でも、もしかして…
世界でいちばんおいしいピッツァ?

ジョヴァンニはすごく真剣に熱をこめて店の名を口にした。
秘密組織の会合に誘われたのかと勘違いしそうになったほどだ。

彼は店の住所を記したメモをわたしの手に押しつけ、
並々ならぬ自信をのぞかせてこう言った。
「とにかく、このピッツェリアに行くといいよ。
注文するのはマルゲリータ。
モッツァレラチーズはダブルで。
でも、もしナポリでこのピッツェリアに行かなかったとしても、
ぼくには嘘をついてほしい。
言われたとおり、あそこには行ったって」

もちろん、ソフィーとわたしは、そのピッツェリア<ダ・ミケーレ>に行った。
そこでひとり1枚ずつ頼んだピッツァはわたしたちを骨抜きにした。
それどころか、そのピッツァを愛するあまり、
興奮状態のさなか、わたしにはそのピッツァがわたしを愛してくれていることまで信じられた。
まるで情事のような、わたしとピッツァの関係……。

一方、ソフィーは哲学の深淵を垣間見たように、わたしに切々と訴えていた。
「どうして、ここの人たちは、ストックホルムでピッツァを焼いてくれないのかしら?
わたしたち、いったい、ストックホルムでなにを食べていたのかしら?」

<ダ・ミケーレ>はふた部屋だけの小さな店だが、
店のオーブンはつぎつぎにピッツァを焼きあげ、
休むことを知らなかった。
雨のなかを店まで15分ほど歩いたが、そんなこともまったく気にならない。

早い時刻に店に行かないと、生地がなくなって閉店になる。
それではあまりに残念だ。
午後1時ころには店の前がピッツァを求める人でごった返していた。
救命ボートにわれ先にと群がるような押し合いへし合いだ。

この店にメニューはない。
ここで食べられるピッツァは2種類だけ。
レギュラーとチーズ増量。

南カリフォルニアのニューエイジ風のオリーブと天日干しドライトマトのピッツァもどきは、
ここには存在しない。
この店のピッツァの生地は、これまで食べたピッツァもどきとはちがいー
これを思いつくまでに食事の半分の時間を要したが—
むしろインド料理のナンに近い。
やわらかで、噛みごたえがあって、味わい深い。
なのに、信じられないくらい薄い。

これまでわたしは、人生においてピッツァ生地の選択肢はふたつしかないと思っていた。
薄くてぱりぱりか、厚くてもっちりか。
なのに、薄いのにもっちりしたピッツァがこの世界に存在していたなんて!
なんという奇跡!
薄くて、ぱりっとして、もちっとして、噛みごたえがあって、滋味深くて、
塩気のよくきいた天国のピッツァがここにある!

ピッツァの上では、クリーミーな旨いトマトソースがふつふつと泡立ち、
水牛の乳からつくるモッツァレラチーズと溶け合っている。
そして葉を数枚つけたバジルの枝たひとつ。
それが香草の芳しい香りをピッツァ全体に放っている。
そこにいるだけで周囲の人々が活気づく、パーティーの出席者のなかでひときわ光る
映画スターのように。

こんなピッツァを口におさめるのはひと苦労だ。
放射状に切ったひと切れに挑むために、ぐにゃりとしたピッツァを折りたたむと、
土砂崩れのように熱いチーズが流れ落ち、
そばにいる人まで含めてあわてふためくことになる。
でも、こうするしかない。

この奇跡を起こすために、男たちは薪を燃料とするオーブンに
大きなシャベルでピッツァを入れたり出したりする。
まるで巨大な蒸気船の内部で、燃え盛る炉に石炭をくべつづけるボイラーマンのようだ。
シャツの袖がまくりあげられて、前腕に汗がにじむ。
男たちは力仕事に顔を紅潮させ、火の熱気に片目を細める。
そして口にはくわえ煙草。

ソフィーとわたしは、お代わりをそれぞれもう1枚注文した。
ソフィーはなんとか落ちつこうと懸命だし、わたしはもう、
ピッツァのあまりのすばらしさに、どうしていいのかわからなくなっている。

わて、ここでわたしの身体についてー
当然ながら、わたしの体重は日に日に増えていった。
イタリアに来てからというもの、
わたしは自分の身体をぞんざいに扱い、大量のチーズとパスタとパンとワインと
チョコレートとピッツァをそこに送りこんできた
(ナポリの別の店ではチョコレート・ピッツァなるものが食べられると聞いていた。
そんなばかな……。
ところが、あとでそれを街で見つけて食べてみた。けっこういける。
頭のなかでは、えええっ……チョコレート・ピッツァ?
という台詞が繰り返されているのだが)。

わたしはエクササイズをしていなかった。
食物繊維も、ビタミンも充分に摂っていなかった。
アメリカでは、無農薬飼料で育てた山羊のヨーグルトに麦芽を散らして食べていたというのに。
友人なら誰でも知っているくらい徹底していたのに。

でも、そんな日々ははるか遠い出来事。
アメリカではスーザンが、わたしが、
“炭水化物三昧の旅”に出ているとみんなに言いふらしているだろう。
でもこういったことすべてを、わたしの身体が喜んでいた。
わたしの身体はわたしの失敗や甘えを見て見ぬふりをする。
「好きにやりなさい。
いつまでもできるわけじゃないんだから。
純粋な喜びの追求はもう充分と思ったら、わたしに言って。
ダメージから回復する方法をいっしょに考えてあげる」……そんな感じだ。

それでも、ナポリ一のピッツェリアの鏡に映ったわたしは、
健康で幸せそうな顔をしていた。
瞳が輝き、肌もつやつやしていた。
自分のこんな顔を長いあいだ見ていなかった。

「ありがとう」とわたしは鏡につぶやく。
それからソフィーとわたしは、
甘いお菓子を求めて雨のなかに駆けだした。

エリザベス・ギルバート 那波かおり訳「食べて、祈って、恋をして」
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by foodscene | 2012-03-19 14:11 | イタリア

アメリカ居すわり一人旅

レストランでの注文は多少なりとも自信があった。
NHKのテレビ英語会話で一緒に唱和してお勉強したからである。

美人のウェイトレスのお姉さんに
まずグリーンサラダを注文した。
次はアメリカの肉はひどくまずいときいていたので肉は避けて
エビ料理にした。
メニューの細かい部分は全然わからないので
「シュリンプなんとか」というその中で一番安いのにしておいた。

15分くらいしてまずグリーンサラダが登場した。
文字どおりグリーンサラダであった。
直径25センチくらいのボウルに生のホウレン草がどわーっと山盛りになっていて、
申し訳ていどの色どりにユデ卵の輪切りがのっっかっているだけ。
ホウレン草を生で食べたことなんかなかった私は胸に一抹の不安をのこしつつ
口の中に入れた。

「ぐぐぐ」。思わず吐き出しそうになった。
エグイというかニガイというか、
ホウレン草のアクが全然ぬけていないのだ。
だんだん口の中がしびれてきて感覚がなくなってきた。

途方にくれているところへタイミングよくウエイトレスが
またお皿をもってきた。
「よし、これで口直しすればいいんだ」とナイフとフォークを手に持って、
さあ喰わんと皿の上を見て仰天。

半透明の小石が敷きつめられてその上にスシネタのように広げられたエビが
放射状に20匹ほど並べられ、
中央にはとかしバターの入ったガラスの器が置いてある。
たったそれだけ。

しかもエビはその小石の上でプスプスと音をたてている。
私は西洋料理のバターとかホワイトソースのたぐいがひとくニガ手なので、
もちろんとかしバターなんか見ただけでオエッとなってしまうのだ。
しかしこれを食べないと晩ごはんぬきになってしまう。
そんなことは耐えられない。

「そうだ!人生はトライだ!」と我が身をふるいたたせ
エビにフォークをつきさした。
するとその小石がゾロッと身にはりついてくる。
エビのニギリの御飯部分が小石になっていると思っていただければよろしい。
必死にひきはがそうとするとエビのほうがグチャグチャになってしまうのだった。

仕方なくそれをそのままドボッととかしバターにつけ、
口の中でかんでみるとその異様なボリボリッという音とともに
ものすごい味がした。

「びえー。しょっぱい!」。
小石だと思ったのは岩塩であった。
生まれてはじめて岩塩をかじった口の中は先ほどのにがさと相俟って
もうシワシワになっていた。
しかしあとエビは19匹も残っている。

しかしこれは岩塩のエビ寿司である。
残すのはもったいないし、どうやって食べてやろうかと悩んでいると、
そこの店のオーナーがやってきて、
私が日本人ではじめてのお客だとか何とかいいながら挨拶するのであった。
「はあ、もう全くベリーグッドで…」と泣き笑いの表情でお答えした。

彼が立ち去ってからはもう恥も外聞もなく
エビを皿の上に横たえ、ナイフでゴシゴシしごいて岩塩をこそげとり、
何もつけないで口の中に放りこんだ。
またこのエビが異常に泥くさくてマズい。
経費節約のため、お姉ちゃんが近くの川でザリガニを取ってきて、
それを出しているのではないかと思った。

味わってなんかいられず、ただのみこむだけ。
岩塩のエビ寿司はどうにかこうにかクリアしたが、
ホウレン草だけは全くダメだった。

残るはデザートである。
これは前代未聞のものが出てくるわけがないので
余裕でカスタードクリームパイを注文した。

「ああ、もう本当にこれで口直しをしよう」とくたびれた体にムチうち、
デザートの登場を待った。
きた。
待ちわびたカスタードクリームパイがきた。

3度目の仰天。
これがまたでかいのなんの、直径15センチ、高さ7センチ、
一番上にベトーッとチョコレートシロップがかけてあり、
おまけにその横には高さ10センチでホイップクリームが堂々ととぐろをまいている。
見ただけで胸がいっぱいになった。
皿の上が満艦飾なのである。

おそるおそる一口食べると
全体がチクロでできているのではないかと思われるほど甘ったるい。
楽しみにしていたアメリカ初日の晩ごはんは「にがい、しょっぱい、あまい」の
恐怖の3段責めだった。

私はしびれた舌をべろべろしながら部屋に戻った。
ドッと疲れてしまった。

******
レストランに入っていくと、
きのう岩塩のエビ寿司を運んでくれたお姉さんが、
ニコニコしながら席に案内してくれた。

おそるおそるメニューを開くと、そこにはブレックファーストA・B・Cという
3パターンしかなくてホッとした。
安心してポテト入りオムレツのBセットを注文した。

運ばれてきたBセットは本当においしかった。
トーストもオムレツもオレンジジュースもコーヒーも
みーんなおいしい。

私はドンドンとテーブルを叩き、
「そうなのよ!こういうもんが、晩ごはんに出てきてほしいのよ」
といいたくなった。
別段、私は晩ごはんにフルコースを食べたいわけじゃない。
質素でもいいからおいしければよいのである。

あんなクソまずい、ザリガニと、とぐろケーキを7ドル50セントも払って食べるくらいなら、
2ドルのこの朝食が三度三度でてきたほうが、ずっとマシである。

私がトーストやオムレツをむさぼり喰っていると、
レストランのウエイターやウエイトレスがかわりばんこに、
コーヒーはいらないか、とすすめに来た。

ずいぶんいれかわりたちかわり来るなあと、
そーっと背のびして厨房のほうをのぞいてみると、
みんなで固まってごそごそやっていた。
そして「よし、次はおまえ、行け」というふうに
1人がポットを持たせ、背中をドンと押して私のところへ行けと命じているのであった。

彼らは私がきれいにたいらげたお皿を見てうんうんとうなずき、
満足そうであった。
そしてポットを指でさし示し、もう1杯どうか、とたずねるのである。
NHK英語会話でいってたとおりであった。

私はあの人ののすすめはうけ、この人のすすめを拒否しては悪いと思って、
最後のほうはミルクやダイエットシュガーを山ほど入れて5杯もコーヒーを飲んでしまった。
腹の中の3分の2はコーヒーみたいだった。
店を出るとき彼らはバイバーイと手を振ってくれた。
「こりゃあ、朝から調子いいぞ」
と気分がよくなってきた。

群ようこ著「アメリカ居すわり一人旅」
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by foodscene | 2012-03-08 15:59 | ノンフィクション・アメリカ

自分に与えられた天分を放棄するな

どんなものであろうと、持って生まれたものを大切にしろ。自
分に与えられた天分を放棄するな。自然が意図した通りに生き
ろ。そうすれば成長できる(シドニー・スミス)

自分より出来のいい人間に秘密を打ち明けるな(バルタザール
・グラシアン『処世信託』)

その人の靴をはいて1マイル歩くまで、人を裁くな、(同じ立
場に立ってみるまで、人を批判するな)

されたことは忘れろ。してもらったことは忘れるな(孔子)

敵は許せ。しかし、その名は忘れるな(ジョン・F・ケネディ)

クレヨンで描けないアイデアには投資するな(ピーター・リンチ)
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by foodscene | 2012-03-08 05:51 | GOD

A Royal Duty 2

時計が午後5時を知らせると、
女王陛下がどこにいらっしゃろうとも、
サウジアラビアの宮殿だろうが、ロイヤルヨットのブリタニア号の中だろうが、
牛乳を添えたアールグレー紅茶と、
パンの耳を切り落としたサンドイッチ、そしてお菓子が運ばれる。

ダイアナ妃がアレクサンダーに手編みのダブルの部屋着ジャケットを持って来たこともあった。
マリアとコーヒーを飲みながら、おしゃべりをして、
戸棚にあったチョコレートビスケットを食べながら、大笑いをして。

ダイアナ妃は、私が彼女のためにワイン用冷蔵庫に入れておいた
ホワイトチョコレートをかじりながら、パントリーに詰めている私に
よく話をしにやって来た。

私は階段を降りて、皇太子の紅茶を入れた。
ハイグローヴで皇太子が好んで飲んでいた、
ミルクを少し落とした濃いアールグレイだった。


ポール・バレル著 "A Royal Duty"
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by foodscene | 2012-03-02 16:24 | イギリス

贖罪

せっかくだからあの別荘に似合うものを持っていこう、
と畑に行く前の晩にクッキーを焼いてくれたり、
オシャレなサンドイッチを作ってくれたりしました。
オシャレといっても中身は普通です。

田舎のスーパーには珍しいハムやチーズなど売っていませんから。
卵とか、ロースハムとか、きゅうりとか…
でも、そんな普通のサンドイッチを、
かわいい包装紙でくるくると巻いてキャンディのようにラッピングしたり、
ハート形にくり抜いてくれたりするのです。
それをフリルのついたイチゴ模様のハンカチを敷いたカゴに入れて
完成です。

+++

じゃあ、グラタンが食べたい。
そう言ったのに、その晩、食卓に上っていたのは
冷やしそうめんと蒸し鶏の梅肉和えでした。

湊かなえ「贖罪」
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by foodscene | 2012-03-02 16:13 | 日本

第3の案

物語には英雄でも悪役でもない第三の声がある。
それは物語を語る声だ。
真の自己認識があれば、
自分は自分の物語の登場人物であると同時に、
語り手でもあることに気づく。
私たちは物語に書かれる登場人物だが、
それを書いているのは私たち自身なのである

◆シナジーに到達する四つのステップ
1.「あなたも私も考えたことのない効果的な解決策を探して
  みないか?」と問いかける
2.「良いアイデアはどのようなものだと思う?」と質問する
3.基準を書いた紙を壁に貼ったら、その基準を満たす解決策
  を検討し始める
4.室内が興奮で包まれれば、シナジーに到達したと思っていい

第3の案を探す人にとって問題なのは、
公平という原則を超える基準を見つけること

ごく簡単なカウンタータイプがビジネスのあり方を一変させることがある。
たとえばレンタカー店のカウンタータイプは、
客が車を借りにくるのを待つのではなく、
客のもとに車を持っていく


育ての母親は目に涙をためながら、
ポジティブ・チケットがジョンの部屋の壁に
ピンで留められたままなのだと話した。
先日、なぜチケットを使わないのかジョンに尋ねたところ、
こう答えたという。
「絶対に使わない。おまわりさんが言ったんだ。
君は素晴らしい子だ。何でもなりたいものにきっとなれる、とね。
だからチケットはずっととっておく」

私は、幸福を長く続かせる鍵は奉仕であると思う。
奉仕こそ人生の真の成功を測る基準なのである
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by foodscene | 2012-03-01 08:14 | Books