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農場の少年 1 冬の日暮れ

イライザ・ジェインが、自分の机の上で、
みんなのお弁当入れをひらいた。
なかには、バタつきパンにソーセージ、ドーナツにリンゴ、
とろっととけそうなリンゴの薄切りに香料のきいた茶色の煮汁がたっぷりはいった、
ふたつ折りのふっくらふくれたアップル・パイがはいっていた。

アルマンゾは、パイをひとかけらも残さず食べおわり、
指の先もなめてしまうと、隅のベンチにのっている桶にそえたひしゃくで水を飲んだ。
それから、帽子をかぶり外套をきてミトンをはめ、外へあそびに出ていった。

***

料理用ストーブの火であたたまり、
あかあかとロウソクのともる広い台所へはいっていくと、
アルマンゾはほっとした。おなかがペコペコなのだ。

台所は、母さんたちのゆらゆらゆれたり、くるっとまわったりする張り輪いりのスカートでいっぱいだった。
イライザ・ジェインとアリスは、料理の盛りつけで夢中だった。
いためたハムの塩っぽいこんがりした匂いが、
アルマンゾのすきっぱらをキュッとしめつけた。

食料部屋の戸口で、アルマンゾはちょっと足をとめた。
細長い食料部屋のむこうの隅で、
母さんがミルクを漉していた。こちらへ背中をむけて。

両側の棚には、おいしい食べものがびっしりのっている。
黄色いチーズの大きなかたまりが棚にしまってあり、
カエデ砂糖の大きな茶色いかたまりもいくつものっているし、
カリッと仕上がった焼きたてのパンが何本も、大きなケーキが四つ、

それにひとつの棚全部がパイでいっぱいになっていた。
そのパイのひとつは切ってあり、小さな皮のかけらが割れていた。
そのひとかけらくらいなくなっても、べつにどうということはないだろう。

でも、アルマンゾがまだ動いてもいないのに、イライザ・ジェインが大声でいった。
「アルマンゾ、だめよ!母さんっ!」
母さんはふりむきもしないで、ただこういった。
「おやめ、アルマンゾ。夕ごはんがまずくなるからね」
アルマンゾは、母さんのいうことがあまりばかげていたので、思わずカッとした。
パイの皮のひとかけで、どうして夕ごはんがまずくなるんだろう。
ひもじくてたまらないというのに、テーブルにならべてからでなければ
なんにも食べさせてはくれないんだ。
こんなわけのわからないことってあるだろうか。

テーブルには、おいしそうな切りわけたチーズ、
ゼリーのようにプルプルゆれる頭肉のチーズがある。
ジャムと、ジャムのように煮てから漉してゼラチンでかためたジェリイ、ベリイなどを
形をくずさないように煮こんで仕上げたプリザーブが、それぞれガラスの器に盛ってあり、
深い水差しにはミルクがたっぷりはいっている。

天火から出したての湯気のたっている焼き皿は、
薄切りのこまかい豚の脂身がカリッとこげてくるっとまるまったのがのせてある豆料理、
ベイクド・ビーンズだった。

***

けれど、腹ペコのアルマンゾにとって、何よりもすばらしく見えたのは、ジュージューいっているハムを山盛りにした、
白地に藍でヤナギのある中国の景色の図柄をかいた陶器の大皿をもってはいってくる母さんの姿だった。

***

父さんはみんなの皿に盛りわけをはじめた。
まずコアーズ先生のを。つぎが母さん。それからローヤルとイライザ・ジェインとアリスの分だ。
そして、やっと、父さんはアルマンゾの皿をいっぱいにしてくれたのだ。

「どうもありがとう」アルマンゾはいった。
食事のとき、子どもが口にしていいのはこの言葉だけだった。

***
アルマンゾは、あまくてとろっとしたベイクド・ビーンズをたべた。
塩づけ豚をひとくち口にいれると、クリームのように口のなかでとけていく。
茶色のハムの焼汁をかけて、粉ふきにしたジャガイモをたべた。
つぎにハムをたべた。

すべっこいバターをぬって、ビロードのようになめらかなパンをほおばり、
カリッとした金色の皮をたべる。

ゆでつぶした大カブのこんもり盛りあがったマッシュも、山盛りのカボチャの煮こんだのも夢中でたいらげた。
そこでひと息ついて、アルマンゾは、紅色の胴着の衿もとに、ナプキンをぐっと押しこんだ。
それから、こんどは、プラムのプリザーブ、イチゴのジャム、ブドウのジェリイ、
それから、スイカの皮を香料と酢でつけたピクルスをたべた。

おなかはくちくなり、なんともいえなくいい気分だった。
最後に、ゆっくりカボチャのパイの大切りをたべ終わった。

ワイルダー 恩地三保子訳「農場の少年」
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by foodscene | 2012-06-30 15:56 | アメリカ

深紅

改築した家のキッチンで、叔母が嬉しそうに天ぷらを揚げている。
新しいキッチンで最初に作る料理は天ぷらと決めていたらしい。
油が景気よく音をたて、揚がった野菜が次々と、
真っ白なキッチンペーパーの上に載せられていく。

ピーマン、椎茸、サツマイモ。
揚げたてで湯気のたつそれらを、奏子は五枚の皿に並べ始めた。
叔母が隣で口ずさむ松任谷由実が、子守唄のように奏子の耳に届く。

***
揚げたてのコロッケを肉屋の主人から受け取っている。
油染みのある袋は熱いらしく、
端を指でつまんでママチャリのカゴに入れた。

飲み物とコロッケと水筒が並べられる。
タッパ・ウェアには白い御飯がぎゅうぎゅう詰めになっていた。
御飯がジャーにあったから、おかずを肉屋で買って、
昼飯にしようと話し合ったのかもしれない。

中垣明良はビールをまず開ける。
ぐいぐい飲んでいると、都築未歩が「あたしも」と缶に手をかける。
残りを飲み干す。

魔法瓶の水筒には味噌汁が入っているようだ。
紙コップに注がれたものを熱そうに啜っている。

二人は旺盛な食欲を発揮する。
コロッケにたっぷりとソースをかけ、かぶりつく。
男は口いっぱいに御飯を頬張る。
「うめっ」
「うまいよね」
口の動きだけだが、言葉が伝わってくる。

***
彼女は和風キノコ、奏子にはカルボナーラのパスタが来た。

***
学校が終わると、娘は月島の商店街でコロッケと串カツとポテトサラダを買って、
父親が帰るまでに宿題を終わらせておきたかったから、
テレビも見ずに頑張ってやった。
御飯を炊いて、味噌汁を作って待っていたという。

***
「あ、でも美味しそうだよ。飲んでかない」
「じゃ、味見してやっか」
未歩がふたつのお椀に注ぐ。
合わせ味噌で作った豆腐と油揚げの味噌汁だった。
煮立ちすちていたので香りは損われていたが、
奏子はひと口啜って思わず「うまい」と声をあげる。
「でしょう?」

***
十代の頃、レストランの厨房で働いていたこともあるという彼は、
仔牛のカツレツとスパニッシュ・オムレツが得意の料理だという。

野沢尚著「深紅」
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by foodscene | 2012-06-28 14:46 | 日本

These Happy Golden Years 1

Mrs. Brewster was scraping the gravy into a bowl.
The table was set, with plates and knives carelessly askew a smudged white cloth;
the cloth was crooked on the table.

"may I help you, Mrs. Brewster?" Laura said bravely.
Mrs. Brewster did not answer.
She dumped potatoes angrily into a dish and thumped it on the table.
The clock on the wall whirred, getting ready to strike,
and Laura saw that the time was five minutes to four.

"Nowadays breakfast is so late,
we eat only two meals a day,"
Mr. Brewster explained.

***

"Dinner's ready," Mr. Brewster said to Laura.
She sat down in the vacant place.
Mr. Brewster passed her the potatoes and salt pork and gravy.

The food was good but Mrs. Brewster's silence was so unpleasant that Laura could hardly swallow.

***
The morning work was done,
the beans for Sunday dinner were baking slowly in the oven.
Pa carefully closed the heating-stove's drafts and
came out and locked the door.

***
Dinner was so good.
Ma's baked beans were delicious,
and the bread and butter and little cucumber pickles,
and everyone was so comfortable, so cheerful and talking.

***
She did not make their bed nor even spread it up.
Twice a day she cooked potatoes and salt pork and put them on the table.

Wilder "These Happy Golden Years"
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by foodscene | 2012-06-21 15:16 | アメリカ

「Shall we ダンス?」アメリカを行く

ホテルのレストランでトルティーヤスープを飲む。
もしかしたらここで食べたこのスープが、アメリカでした食事の中で最高に美味しかったものの一つかもしれない。

***

さて、まったく土地勘のない二人で、
今夜の夕食はどうしようと途方に暮れていると、
渡邊さんから連絡があったので、食事の相談をすると
「御一緒しましょうか」と親切なお言葉。

その夜は渡邊さん御夫妻と「パパブロス」という地元で評判の、
まさに本場テキサスのステーキハウスに行った。
ショーケースの中は色々な種類の肉で溢れていて、
その中から好みのものを注文するのだが、
とにかく満席で、バーで待つお客さんも座るところがなくて皆立っている。
お酒を飲みながらの談論風発は滅茶苦茶楽しそうで、
日本のレストランでは考えられない賑やかさに圧倒された。

僕の選んだ約700グラムくらいのニューヨークカットステーキは、
厚さ8センチはあろうかという巨大サイズ。
付け合わせで選んだベイクドポテトも掌サイズで、
これ一つでお腹いっぱいという感じ。
それでもアメリカで食べたステーキの中では最高に美味しくて、
なんとか3分の2は食べました。
渡邊夫妻に感謝。

翌日の日曜はゆっくり11時まで寝て、
食事はルームサービスのトルティーヤスープと果物で済ませ、
自室でニューヨークからヒューストンまでの取材経過を整理する。

周防正行著「「Shall we ダンス?」アメリカを行く」
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by foodscene | 2012-06-21 15:03 | ノンフィクション・アメリカ

慈愛のひと 美智子皇后

竹山校長は、市場の見学を終えると、
そのまま生徒たちを近くの寿司屋に引率した。
その寿司屋は、椅子のない、立ち食いの寿司屋である。
客のなかには、昼間から酔っている者もいた。

生徒の大半は、このようなところに足を踏み入れたことがない連中ばかりである。
彼らの当惑ぶりを見るのが、竹山校長の楽しみでもあった。

竹山は寿司屋のカウンターに全員を並ばせるや、
寿司の講義をはじめた。
「寿司の御飯のことを、シャリというんだよ。
その名の通り、口の中でべたつかず、
しゃりっとした舌ざわりでなけりゃいけない」

竹山校長は注文した。
「ではまず、ギョクを握ってもらおうか。
ギョクというのは、タマゴ焼きのこと。
最初にこれを食べるのが通とされている」

ギョクのにぎりが出されるや、
竹山校長は、手づかみで口に放りこんだ。
生徒も、眼の前ににぎりを出されると、竹山の真似をして、手でつまんで食べた。

竹山校長は、次々に注文を重ねる。
生徒たちも、大トロ、ヅケ、ヒモ、カッパと、
竹山の真似をして注文した。
美智子も、嬉々として寿司をつまんでいた。

***
マザー・ブリッドは、こうも、いっていた。
「ものを頼むときには、忙しい人に頼みなさい。
暇そうな人には、頼まないこと」

***
そんな美智子の唯一の気休めが、学校の坂下にあった団子屋であった。
美智子は、自治会の仕事で遅くなった日は、
かならずここに寄った。
渋茶に団子を頼みながら、ひとつ息を吐いていった。

***

サンドウィッチの黒い文字は、焼きのりでつくることにした。
同時に、かっぱ巻きなど、手軽につまめるものもつくった。
が、白黒ばかりでも色合いが悪い。
マザー・ブリッドは、とても色彩に気を配る人物であった。

美智子たちは、色合いを考え、テーブルクロスをパステルピンクにし、
アペリティフと呼ばれる食前酒にワインをつけた。

***

谷本は、美智子と組になった。
ふたりで話し合って、その日の献立はカレーライスということになった。
が、つくりはじめて材料が足りないことに気がついた。
いまさら、買いに走るわけにもいかない。

「ねえ、玉ねぎが足りないわ」
「茄子はあるけど…」
「入れてみましょうか」
「そうね、変わった味になるかもしれないわ。
ついでに、このトマトもなんとかしない?」
ふたりは、おもしろ半分に、カレーの鍋の中にどんどん野菜を放りこんだ。

いざ食事となり、ひと口、口に入れた者がいった。
「これ、なあに?」
美智子は、すました顔をして答えた。
「ステガバ料理よ!」
美智子たちは、学生自治会、つまりスチューデント・ガバメントのことを、
略して「ステガバ」と呼んでいた。
見かけのわりに、味は好評であった。

***
食事の献立も、あるもので間に合わせるのがやっとだったので、
毎日、ほぼ同じであった。
朝は、ふかしたサツマイモにおひたし。
昼はうどんか雑炊。
夜が、麦入りの御飯と野菜のいため煮である。

食べ物は、家族もお手伝いもいっしょだった。
館林でも、ヤミならば肉や砂糖も買えた。
が、母親の富美子は、そういうことはできるだけしないでいた。
平素の食事はなるべく切り詰め、
週末、父親の英三郎と長男の巌が来たときは、ここぞとばかりご馳走にしていた。

美智子たちは、出されたものを、文句もいわずにきれいにたいらげた。
学校へは、麦めしのおにぎりかふかしイモを持って登校した。

***
別の日に井上が遊びに行ったときには、おやつにサンドウィッチが出た。
井上は、眼をまるくした。
当時、食事はまだ芋が主流であった。
白米でさえ珍しいのに、パンが出た。
パンは、小麦粉をイーストで練ってつくった手製のものであった。
井上は、おいしくて美しい食べ物を前にして、いたく観劇した。
<いつか自分の手で、サンドウィッチをつくってみたいなぁ…>

***
美智子は、マシュマロが好物であった。
修学旅行にも、しっかりとマシュマロを持って来ていた。
美智子は、マシュマロの袋を抱いてストーブのところに行った。
集まっている友達に、それとなくいった。
「こうやって食べると、おいしいのよ」
美智子は、そういうや、ストーブの上にマシュマロを乗せはじめた。
当時、マシュマロは、珍しい菓子であった。
美智子が、それを焼いて食べるのに、みな眼を見張っていた。

マシュマロは、外をこんがり焼くと、中がとろりととろけ出す。
それを半分に割り、あつあつのところを、フーフー吹きながら食べるのである。

美智子は、みんなにひとつずつ配った。
おいしいものだから、みな次を要求する。
またたく間に、袋は空になった。

大下英治著「慈愛のひと 美智子皇后」
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by foodscene | 2012-06-07 17:02 | ノンフィクション日本

うたかた

しばらく話しているうちに、
気がついたら麻からメシを食うのを忘れているのだった。
で、三人で連れ立って地階の食堂へゆき、
僕はとうもろこしのスープと豚カツをたべ、
あとの二人は何やら注文しかけたところで、
局内の拡声器から呼び出しのアナウンスをうけて、
「じゃ、たのむよ」とそそくさと立ってしまった、
どっちをむいても十分とむだバナシをしていられる余裕のある奴なんか、
ひとりもいないのだった。

一階のコーラ・スタンドでコカコーラを立ち飲みし、
電話を三つかけていると、
同業のライターが通り掛かった、僕は彼の妻となった元女優がちょっと好きだった、
彼に彼女をとられたように僕は感じさえしたのだった。


田辺聖子著「うたかた」
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by foodscene | 2012-06-07 16:40 | 日本