「奈央子さん、フグは好き」
「もちろん」 「だったら来週あたりどうかな。 根岸の方に、すっごく安くておいしいフグ屋を見つけたんだ。 おじさんとおばさんの2人でやってる、ちょっと汚い店なんだけど、 その分安いんだろうなあ。 唐揚げが最高でさ、オレ、東京でいちばんうまいとこだと思うんだ」 --- イヴにいちばん近い日曜日、奈央子は早めに家を出て代官山のカフェで、 ピタパンサンドとコーヒーという簡単なランチをとった。 ---- 森山とは、少なくとも食べる趣味だけは一致しているようだ。 彼の連れていってくれた麻布十番のレストランは、 小さなビルの1階にあり、一見の客は入りづらいようになっている。 和食をアレンジしたしゃれた前菜が何品か出た後は、 小ぶりのコロッケが出て、そしていよいよビーフシチューだ。 「もう入らないかもしれない...」 「いや、いや、ビーフシチューを食べなきゃ、この店に来た甲斐はありませんよ」 大ぶりに切ったじゃが芋やにんじんが、いかにもうまそうだ。 コースに出た前菜やコロッケもそうだが、この店は昔の洋食をうまくアレンジしている。 飾りつけが綺麗で今風であるが、味つけはしっかりとしていてどれもうまい。 お腹いっぱいと言いながら、 奈央子はシチューの皿をたいらげてしまった。 求愛されている男だというのに、何のてらいも気取りもない。 2人の間には、手頃な値段の赤ワインが置かれていたが、 それも2人で空けてしまった。 「ああ、おいしかったわ。ものすごい量、いただいちゃったわ」 林真理子「anego」
by foodscene
| 2011-03-08 17:52
| 日本
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