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anego 5

「奈央子さん、フグは好き」
「もちろん」
「だったら来週あたりどうかな。
根岸の方に、すっごく安くておいしいフグ屋を見つけたんだ。
おじさんとおばさんの2人でやってる、ちょっと汚い店なんだけど、
その分安いんだろうなあ。
唐揚げが最高でさ、オレ、東京でいちばんうまいとこだと思うんだ」

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イヴにいちばん近い日曜日、奈央子は早めに家を出て代官山のカフェで、
ピタパンサンドとコーヒーという簡単なランチをとった。

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森山とは、少なくとも食べる趣味だけは一致しているようだ。
彼の連れていってくれた麻布十番のレストランは、
小さなビルの1階にあり、一見の客は入りづらいようになっている。
和食をアレンジしたしゃれた前菜が何品か出た後は、
小ぶりのコロッケが出て、そしていよいよビーフシチューだ。

「もう入らないかもしれない...」
「いや、いや、ビーフシチューを食べなきゃ、この店に来た甲斐はありませんよ」

大ぶりに切ったじゃが芋やにんじんが、いかにもうまそうだ。
コースに出た前菜やコロッケもそうだが、この店は昔の洋食をうまくアレンジしている。
飾りつけが綺麗で今風であるが、味つけはしっかりとしていてどれもうまい。

お腹いっぱいと言いながら、
奈央子はシチューの皿をたいらげてしまった。
求愛されている男だというのに、何のてらいも気取りもない。
2人の間には、手頃な値段の赤ワインが置かれていたが、
それも2人で空けてしまった。
「ああ、おいしかったわ。ものすごい量、いただいちゃったわ」

林真理子「anego」
by foodscene | 2011-03-08 17:52 | 日本


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