ワイシャツに着更えてる間に、私は居間に朝食をはこぶ。
熱いコーヒー、(剛は砂糖なし)かりかりに焼いて、縁が焦げて縮れたベーコン、めだま焼、 (剛は三つ、私は一つ)それにトースト、バターに冷たいミルクを三百CC、 剛はよく朝にスパゲティを食べたがるので、茹でる。 すると私も食べないとソンしたような気になるので、食べる。 すこし分量はちがうけど。 大皿いっぱいのスパゲティに作りおきのミートソース、刻みチーズをたっぷりかけて、 剛と私は、朝からどっさり食べる。 「しかし、君はよう食うなあ。僕と一しょくらい食うとるやないか」 「何ぼたべても、ふとらへんのやから、ええやないの」 --- 「ゆうべはごちそうさま」 「お気に入りました? お料理」 「おいしかった。何たべたかなあ」 中杉氏が考えこんだので、とても正直でかわいい。 食事の内容というのは、あんがい思い出せないものである。 彼はあわてて、 「そうそう、ムール貝のスープがおいしかった。 肉もよかった、ええ肉使うてはった」 --- 食事の用意がもう出来ていて、サフランで炊いた貝入り御飯は熱々だったし、 牛肉は坐ればすぐ焼いて出せるようになっていた。 剛は血の出そうな生ま焼けが好きである。 コンソメスープはつめたくしてあるし、ワインは冷えてるし、 剛の好きなカマンベールチーズは切ればとろりとなってつめたいガラス皿に盛ってあるし、 剛を待ってるこんな瞬間、私はまた、(贅沢だなあ)と思うのだった。 --- スモークサーモンの上に、うんとこさキャビアをぶっかけてたべた。 高価いキャビアの缶詰が、いっぱいあったから。 さらさらした気高いくらいの涼気がみなぎっていて、 体まで透き通りそう。 山の夜の涼しさは、ほんとに値打ちがあった。 酒も料理も美味しい。 --- そういいながら、私は、仔牛のクリーム煮をあたためて来て、 熱いお皿に入れ、彼に廻した。 しばらく、食べるのに二人ともかかっていた。 ここで料理をすることもあるけれど、 道具や調味料がそろわないので、お客のあるときは、ホテルの料理で間に合わせる、 それはウチの家の習慣であったが、それでも今夜ほどおいしくは感じられなかったみたい。 --- それで剛が、お昼すぎ、やっと目をさましたとき、 私は自分の車で買物にいって、ちゃんと美味しいシチューを作り、パンも買ってきてあった。 お風呂も沸かしてあった。 --- 夕方の食事は、食堂にいって摂るのだった。 窓のガラスに食堂の灯がともっているが、その奥の闇に、 スキー場の夜間照明があかあかと灯っていた。 ワカサギのフライが出た。 小さな、透明なきれいな魚で、淡白で薄甘くて、軽くて美味だった。 私はいくらでも食べられた。 田辺聖子「私的生活」
by foodscene
| 2011-04-18 16:09
| 日本
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