食べ物に文句を言うな。

セリーナの2人の孫たちが、こっそりケーキのかけらをぶつけ合って遊んでいる。おいしそうなエンジェル・ケーキだ。マギーはひと切れ試してみようかと思ったが、ダイエット中なのを思い出した。それにしても、おなかが空っぽな感じだった。適当なものはないかと探しながら、フリトーズのコーン・チップスもあきらめ、結局テーブルを1周した。

「そのダンプ・サラダ、私が作ったの」。
マギーのそばで、近所の人が言った。
「ダンプ・サラダ?」
「ジェロー1袋、つぶしたパイナップルの缶詰1個、ホイップ・クリーム1パック・・・・・・」
 逆毛を立てて髪を膨らませた女が「こんにちは」と声をかけた。近所の人は振り向いて近づいていった。ジェローのざらざらする舌ざわりを味わっているマギーを残して。

 逆毛と少し離れたところ、オリーブ色の果物かごと1羽の死んだ小鳥を描いた油絵がかかっている壁の前に、セリーナがいた。セリーナのわきにはリンダとその夫が立っていた。
「ママ、お客さんが帰ったら、おいしいものを食べにいきましょうよ。どこでもママの好きなところへ」というリンダの声が聞こえる。セリーナの耳が急に遠くなったとでもいうように、いつもより声が高い。
「私たちがおごるから」
「だって、食べるものならこんなにたくさんあるじゃない。それに、私、ほんとにおなか空いてないのよ」とセリーナが答えている。
 セリーナの婿が言う。「でも、お母さん。どこか好きなレストラン、言ってみてくださいよ」。
ジェフ、そう、ジェフだ。マギーは彼の苗字が思い出せない。
「そうね・・・・・・」。セリーナは、誰かいい店を知らないかと探すように、あたりを見まわした。その目がマギーを捉え、また離れていった。ようやくセリーナが言った。
「そうねえ、<ゴールデン・チョップスティック>かな。あそこはいい店よ」
「なんの店です?中華料理?」
「まあ、そうなんだけど、ほかにも―」
「あ、私、中華料理はだめなの」とリンダが言う。「中華料理と日本料理はかんべんして。悪いけど」
「東洋風は全然だめなんだろ?タイ料理も嫌いじゃないか」とジェフ。
「そう。フィリピンとかビルマってのも」
「でも―」とセリーナが言いかけた。
「インド料理もだめじゃないか。インドを忘れないで」
「そう。インド料理のあのスパイスがね」
「スパイスで消化不良を起こしちゃうんです、彼女」
「私って敏感なのよ」
「メキシコ料理もだめだしな」
 セリーナは言った。「でも、どうせメキシコ料理の店なんかないわよ。そういう店はないの、この辺」
「それにしても、メキシコ人って、どうしてあんなに辛いもの、がまんできるのかしら」とリンダ。
「がまんしてるわけじゃないさ。メキシコ人ってのは、口の中が鎧のように頑丈にできてるんだ」
 セリーナは瞬きした。「じゃ、あんたたち、どこがいいの?」
「僕たちは、ルート1のステーキ・ハウスがいいかなと思ってたんですけど」
「<マックマンズ>?ああ、あそこね」
「ええ。お母さんさえよければ」
「うーん、<マックマンズ>ね、ちょっと・・・・・・うるさくない?」
「うるさいとは思わないけど」とリンダ。
「いつも混んで、ざわざわしていて」
「どっちかに決めて、ママ」。リンダは顎をツンとあげて言った。
「私たち、ママに喜んでもらいたいだけなんだから」

(アン・タイラー著 中野恵津子訳 「ブリージング・レッスン」より)
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by foodscene | 2006-04-05 01:53 | アメリカ


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