「あら敏、帰ってたの?」
「うん」
「菓子パン買ってきてあるけど」
「それよりラーメンがいいな」
「作ったげようか」
「うん」
麺類の好きな敏は、帰って来ると一人で黙々とインスタント・ラーメンを作って食べる習慣があり、そして父親も母親も夕食には間にあわないことが多いので、どちらかとまたラーメンを夜食にするなどということになったりする。
「煮えくり返ってるよ、ママ」
敏に注意されて昭子は我に返った。
「ラーメンぐらい自分でやれるでしょ」
「作るって言ったのはママだよ」
昭子と敏の口喧嘩は親密さを確かめあう挨拶のようなもので、やがて間もなく生卵が2つとハムが2切れのった豪華なラーメンが出来上って、敏は丼に顔を突込むようにして掻きこみながら、
「ねえママ、やっぱりママの作るのは一味違うね。お母さんの味です、へ、へ、コマーシャル」
などと、お世辞を言った。
(有吉佐和子著 「恍惚の人」より)