ルンルンを買っておうちに帰ろう

 小さな会社であるから、遅くなった時、みんなの夜食にも出前なんか絶対にとらない。いつもカップヌードルが1個ずつ支給された。
 カップヌードルなら大好き。ここにはみんな平等の思想がある。みんながいっせいにお湯をそそいで、「ごちそうさま!」と空のカップを捨てればいい。
 
 私の入社当時はカップヌードルだった夜食が、いつかインスタントラーメン、万世のラーメンというふうにエスカレートしていったのは、やはり「女がひとり増えた」という男たちの喜びと甘えだっただろう。
 しかし自分の部屋の食器も次の日曜日までほったらかしておく女に、甘えようーつうのは甘かった!

 インスタントラーメンまではまだがまんできた。お湯を沸かしてつっ込みゃいい。しかし、万世のラーメンというと話しは別だ。
 万世のラーメンについて解説しなければならないが、これはいま流行の高級ラーメンのハシリ、麺とスープを別々に煮るやつだ。カップヌードルのように、微笑みながら「ごちそうさま」というわけにはいかない。
 ここまで私は耐えに耐えた。

 しかしラーメン闘争はエスカレートするばかりである。男性の記者たちは実にマメな人たちが多く、
「ラーメンの中に入れるとうまいと思って」
 とかいって、近くの八百屋でキャベツやモヤシを買ってくるのである。
 みな、この夜のラーメンタイムに、それぞれ主張をはじめたのだ。最悪の事態である。
 そりゃ、私のオトコだったら、ラーメンどころか酢豚や八宝菜だって嬉々としてつくってやろうじゃない。だけどヒトのダンナたちのために、なんで私が毎晩ネギきざんで、麺をかきまわさなきゃいけないのよ―。

 このラーメンタイムの自己主張を昼休みにまでもち込むヒトがいた。
 誰あろう、他ならぬ社長その人である。
 
 ある日の昼休み、出かけようとする私に彼はひとつのタッパーをわたした。
「あ、これでみそ汁つくって」
 弁当だけではあきたらなかったのだろうか。中にはきれいに切った三つ葉と、みそが入っていた。
 私しゃつくりましたよ。貴重な昼休み時間に、マスコミをやってる私が、会社でみそ汁をつくりましたよ。
 悲しくって涙がポロッとこぼれた。

 ショルダーバッグに黒いハイヒール。有名作家の先生方に可愛がられて、ゴールデン街とか、銀座8丁目のバーにも連れていってもらう。中でも五木寛之先生のおんおぼえめでたく、昼の一流ホテルでの情事・・・・・・。
 それがお玉かきまわしてみそ汁だもんねー。みじめさでボーッとして、みそなんかぜんぶほうり込んでしまった。
「こんなからいの飲めると思う!ホントになにやっても気がきかない。嫁さんに行ったら3日で追い出されるから・・・・・・」
 と社長のどなり声をあびながら、私はこの市井のマスコミからの脱出を考えはじめた。

(林真理子著 「ルンルンを買っておうちに帰ろう」より)
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by foodscene | 2006-04-10 00:41 | ノンフィクション日本


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