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アメリカ居すわり一人旅

レストランでの注文は多少なりとも自信があった。
NHKのテレビ英語会話で一緒に唱和してお勉強したからである。

美人のウェイトレスのお姉さんに
まずグリーンサラダを注文した。
次はアメリカの肉はひどくまずいときいていたので肉は避けて
エビ料理にした。
メニューの細かい部分は全然わからないので
「シュリンプなんとか」というその中で一番安いのにしておいた。

15分くらいしてまずグリーンサラダが登場した。
文字どおりグリーンサラダであった。
直径25センチくらいのボウルに生のホウレン草がどわーっと山盛りになっていて、
申し訳ていどの色どりにユデ卵の輪切りがのっっかっているだけ。
ホウレン草を生で食べたことなんかなかった私は胸に一抹の不安をのこしつつ
口の中に入れた。

「ぐぐぐ」。思わず吐き出しそうになった。
エグイというかニガイというか、
ホウレン草のアクが全然ぬけていないのだ。
だんだん口の中がしびれてきて感覚がなくなってきた。

途方にくれているところへタイミングよくウエイトレスが
またお皿をもってきた。
「よし、これで口直しすればいいんだ」とナイフとフォークを手に持って、
さあ喰わんと皿の上を見て仰天。

半透明の小石が敷きつめられてその上にスシネタのように広げられたエビが
放射状に20匹ほど並べられ、
中央にはとかしバターの入ったガラスの器が置いてある。
たったそれだけ。

しかもエビはその小石の上でプスプスと音をたてている。
私は西洋料理のバターとかホワイトソースのたぐいがひとくニガ手なので、
もちろんとかしバターなんか見ただけでオエッとなってしまうのだ。
しかしこれを食べないと晩ごはんぬきになってしまう。
そんなことは耐えられない。

「そうだ!人生はトライだ!」と我が身をふるいたたせ
エビにフォークをつきさした。
するとその小石がゾロッと身にはりついてくる。
エビのニギリの御飯部分が小石になっていると思っていただければよろしい。
必死にひきはがそうとするとエビのほうがグチャグチャになってしまうのだった。

仕方なくそれをそのままドボッととかしバターにつけ、
口の中でかんでみるとその異様なボリボリッという音とともに
ものすごい味がした。

「びえー。しょっぱい!」。
小石だと思ったのは岩塩であった。
生まれてはじめて岩塩をかじった口の中は先ほどのにがさと相俟って
もうシワシワになっていた。
しかしあとエビは19匹も残っている。

しかしこれは岩塩のエビ寿司である。
残すのはもったいないし、どうやって食べてやろうかと悩んでいると、
そこの店のオーナーがやってきて、
私が日本人ではじめてのお客だとか何とかいいながら挨拶するのであった。
「はあ、もう全くベリーグッドで…」と泣き笑いの表情でお答えした。

彼が立ち去ってからはもう恥も外聞もなく
エビを皿の上に横たえ、ナイフでゴシゴシしごいて岩塩をこそげとり、
何もつけないで口の中に放りこんだ。
またこのエビが異常に泥くさくてマズい。
経費節約のため、お姉ちゃんが近くの川でザリガニを取ってきて、
それを出しているのではないかと思った。

味わってなんかいられず、ただのみこむだけ。
岩塩のエビ寿司はどうにかこうにかクリアしたが、
ホウレン草だけは全くダメだった。

残るはデザートである。
これは前代未聞のものが出てくるわけがないので
余裕でカスタードクリームパイを注文した。

「ああ、もう本当にこれで口直しをしよう」とくたびれた体にムチうち、
デザートの登場を待った。
きた。
待ちわびたカスタードクリームパイがきた。

3度目の仰天。
これがまたでかいのなんの、直径15センチ、高さ7センチ、
一番上にベトーッとチョコレートシロップがかけてあり、
おまけにその横には高さ10センチでホイップクリームが堂々ととぐろをまいている。
見ただけで胸がいっぱいになった。
皿の上が満艦飾なのである。

おそるおそる一口食べると
全体がチクロでできているのではないかと思われるほど甘ったるい。
楽しみにしていたアメリカ初日の晩ごはんは「にがい、しょっぱい、あまい」の
恐怖の3段責めだった。

私はしびれた舌をべろべろしながら部屋に戻った。
ドッと疲れてしまった。

******
レストランに入っていくと、
きのう岩塩のエビ寿司を運んでくれたお姉さんが、
ニコニコしながら席に案内してくれた。

おそるおそるメニューを開くと、そこにはブレックファーストA・B・Cという
3パターンしかなくてホッとした。
安心してポテト入りオムレツのBセットを注文した。

運ばれてきたBセットは本当においしかった。
トーストもオムレツもオレンジジュースもコーヒーも
みーんなおいしい。

私はドンドンとテーブルを叩き、
「そうなのよ!こういうもんが、晩ごはんに出てきてほしいのよ」
といいたくなった。
別段、私は晩ごはんにフルコースを食べたいわけじゃない。
質素でもいいからおいしければよいのである。

あんなクソまずい、ザリガニと、とぐろケーキを7ドル50セントも払って食べるくらいなら、
2ドルのこの朝食が三度三度でてきたほうが、ずっとマシである。

私がトーストやオムレツをむさぼり喰っていると、
レストランのウエイターやウエイトレスがかわりばんこに、
コーヒーはいらないか、とすすめに来た。

ずいぶんいれかわりたちかわり来るなあと、
そーっと背のびして厨房のほうをのぞいてみると、
みんなで固まってごそごそやっていた。
そして「よし、次はおまえ、行け」というふうに
1人がポットを持たせ、背中をドンと押して私のところへ行けと命じているのであった。

彼らは私がきれいにたいらげたお皿を見てうんうんとうなずき、
満足そうであった。
そしてポットを指でさし示し、もう1杯どうか、とたずねるのである。
NHK英語会話でいってたとおりであった。

私はあの人ののすすめはうけ、この人のすすめを拒否しては悪いと思って、
最後のほうはミルクやダイエットシュガーを山ほど入れて5杯もコーヒーを飲んでしまった。
腹の中の3分の2はコーヒーみたいだった。
店を出るとき彼らはバイバーイと手を振ってくれた。
「こりゃあ、朝から調子いいぞ」
と気分がよくなってきた。

群ようこ著「アメリカ居すわり一人旅」
by foodscene | 2012-03-08 15:59 | ノンフィクション・アメリカ


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