「ねえ、食べなきゃだめよ」と、ラクシュミは言い聞かす。
「いま病人なんかになってられないんだからね」 いとこに電話していないときは夫に電話していた。 やや短くなった話の行き着く先は、今夜はチキンにしようかラムにしようかという議論だった。 「ごめん」と言っている声が聞こえたこともある。 「これって考えてるとそればっかりになっちゃうんだもの」 ミランダとデヴには言いあうことがなかった。 <ニッケルオデオン>で映画を見て、その間じゅうキスしていた。 デイヴィス・スクエアで、豚肉のスモークとコーンブレッドを食べた。 デヴが襟元に突っ込んだ紙ナプキンはネクタイのようだった。 スペイン料理のレストランのバーでサングリアを飲んだら、飾り物の豚の顔がにっと笑って、談話の進行役のようになっていた。 ボストン美術館ではミランダの寝室用に睡蓮のポスターを買った。 それでもミランダは日曜日を楽しみに待っていた。 朝のうちにデリへ行って細長いフランスパンを買い、デヴが好むようなものを 小さいパックで買った。 ニシンの酢漬け、ポテトサラダ、バジリコソースとマスカルポーネチーズのトルテ。 ニシンをつまんだり、パンをちぎったりしながら、ベッドの中で食べた。 デヴは子供の頃の話を聞かせた。 学校から帰るとトレーにのせて出されるマンゴージュースを飲み、白ずくめの服装をし湖のそばでクリケットに興じたのだという。 それが18歳の年になってニューヨーク州北部の大学へ留学させられることになった。 非常事態といわれるようなご時世だったらしい。 ずっと英語で教育を受けていたのに、アメリカ映画を見てしっかり聞き取れるようになるまで何年もかかったそうだ。 ある土曜日、なんとなく暇なものだから、わざと歩いてセントラル・スクエアへ行き、 インド料理のレストランでタンドリーチキンを頼んだ。 食事中、メニューの下のほうに印刷してある「おいしい」「水」「お勘定」といったような意味の言葉を覚えようとした。 なかなか覚えられない、というのがきっかけでケンモア・スクエアの書店へ立ち寄ることが多くなった。 外国語コーナーにある独習書のシリーズで、ベンガル語の文字を頭に入れた。 (J・ラヒリ著 小川高義訳 「セクシー」より)
by foodscene
| 2006-05-14 22:25
| アメリカ
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