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主夫と生活 2

子供たちにとってサンタクロースはとっくの昔にお伽話になってしまっていたが、
だからといってクリスマス・プレゼントに対する夢までが消滅してしまったわけではない。

それどころか、こちらの夢は、しっかりと頑固に生き残っていた。

同じことが復活祭にもいえるようだ。
連中はイースターそのものは信じていないが、キャンディを持ってくる兎のほうには、
まだまだ未練があるらしいのだ。

イースターの前の週になると、俺がちゃんとイースターをやってくれるのかどうか、
子供たちはさかんに心配し始めた。

俺は3人に提案してみた。
もうみんな大きいんだから、夜、大きな兎に仮装して飛びはねたり、
バスケットに入った卵型キャンディを枕もとに置くなんぞは、いいかげんにやめにしようじゃないか。
大体俺はあのキャンディが気に食わんね。
あれは今はキャンディの形をしているが、
将来は必ず歯医者の請求書に化ける恐るべき代物であって―

「でも、僕はまだ子供だもン」11歳のリアムがいった。
「パパは子供にむかって、イースターの兎がいないなんていおうとしてるんじゃないでしょうね」
「そんなことはありえないよ」ショーンもいう。
「パパが子供の夢を壊すようなことするわけがないだろう」
「心配しなくていいわよ、リアム」シオバーンがいった。
「イースターの兎ちゃんはきっと来てくれますからね」

しかし、これしきのことで引きさがる俺ではない。
イースターが間近に迫った頃、俺は砂糖とキャンディの値上がりを報じる新聞記事を見つけ、
切り抜いて子供たちに見せたり、ジェリー・ビーンズが突然、値上がりをした記事を読ませたりして子供たちに精神的圧迫を加えることを試みた。

しかし、子供たちもさるものである。
記事を読むやいなや、子供たちは直ちに行動を起した。
近郊の菓子屋に片っぱしから電話をかけ、品不足に襲われていない店、
少くとも12軒を発見して、そのリストを俺に手渡したのである。

イースターのキャンディ是か非か、
親子の攻防が盛り上がろうとする矢先、まずコリーヌが軟化してしまった。
子供たちからのプレッシャーに耐えかねたのだろう。
彼女は町へ出かけてゆくと、大きなチョコレートの兎を買ってきてしまったのである。
「イースターですものね、やっぱり何も買ってやらないわけにはいかないわ」

そして、俺のほうも、復活祭の前日、土曜日の夕方ぎりぎりまで頑張っていたのだが、
町へ買い物に出た時、ついふらふらとジェリー・ビーンズに手をのばしてしまった。

そうして、一つ買ってしまえばもう駄目だ。
俺はキャンディ・コーンやチョコレートなど、しこたま買いこんでしまったのである。

コリーヌはキャンディを入れるバスケットも買おうといったが、
俺は一計を案じて6ドルの節約に成功した。
今年のイースターには、バスケットのかわりに、木のサラダ・ボウルを使おうというのだ。
なんたる名案!


(マイク・マグレディ著 伊丹十三訳 「主夫と生活」より)
by foodscene | 2006-09-03 17:28 | ノンフィクション・アメリカ


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