小言を口にしながらも、娘のために手間をかけた朝食をつくってくれる。
普段ひとり暮らしでは、ろくなものを食べていないだろうと言って、
出てくるものは“旅館ごはん”と千花が呼ぶ和食だ。
丁寧にだしをとった味噌汁にだし巻き玉子、煮物に焼き魚といったものに、
佃煮、海苔が食べきれないほと並べられる。
佃煮、海苔の類いは、開業医の父親のところにきたものだ。
人にはあまり言ったことがないけれど、洋酒やビール、茶や佃煮などは、
店で買うものではないと母の悠子も千花も思っている。
それらはちょっとした貢ぎ物として、父の診察室の片隅に堆く積まれるものなのだ。
(林真理子著 「野ばら」より)