人気ブログランキング | 話題のタグを見る

誠の愛

僕の泊まったホテルの近くに鎚と鎌の旗をかかげた共産党の本部があり、
その1階に小さなカフェがあった。
僕はいつもそこに行って朝食を食べた。
なにしろ安かったからだ。

ホテルの食堂で朝食を食べるとひとり500円近くかかるが、
ここだと100円ですむ。

焼きたてのティロ・ピタ(チーズパイ)とどろっとしたグリーク・コーヒーとで100円なのだ。
そして朝の6時から開いている。
父親と母親と30前後の息子が3人でそのカフェを経営している。
客は漁師たちと、共産党員たち(見かけからしてたぶんそうだと思う。たしかめてみたわけではないが)。

そこでフォークナーを読みながらーところでフォークナーの小説はブルジョア的なのか非ブルジョア的なのか? ー朝食を食べる。

時々まわりで客同士が喧嘩を始める。
漁師対漁師、あるいは党員対党員、あるいは漁師対党員......who knows?
とにかく僕はここで安い朝食を食べる。

それからカヴァラはどういうわけかパンの美味い町だ。
他の町とはパンの種類もずいぶん違っている。

共産党カフェをでると僕はビザンティン時代の旧市街の坂道を散歩する。
坂道のところどころにパン屋がある。
窓からのぞくと、職人が朝のパンを焼いているところだ。
いい匂いもする。

中に入ると小学生の子供が出てきて、もうすこしで新しいパンが焼きあがるからちょっとそこで待っていて下さい、と言う。
お父さんとお母さんがかまどの前で汗をかきながらパンを焼き、
おじいさんとその男の子が売っている。
子供はナップザックを入り口に置いて、学校に行く時間がくるまで店を手伝っている
(いつも感心しちゃうのだが、ギリシャの子供たちは本当によく働く。イタリアの子供は日本の子供と同様まず働かない)。
彼は一家の中で多少なりとも英語が話せる唯一の人物であり、それを誇りにしている。
「グッ・モーニング。ワッ・キャナイ・ヘルプユー」といかにも嬉しそうに僕に話しかける。

僕はおじいさんが丁寧に紙に包んでくれたあつあつのパンをかじりながら坂道を城まで上り、
誰もいない城壁の上に立って海と町を眺め、それから賑やかな魚市場をぬけてホテルに戻ってくる。

4日間我々はこの港町に滞在した。
この町がけっこう気に入ったからだ。
4日間、我々は殆どなにもしなかった。
ただぼんやりとして、映画館に行き、散歩をし、ホテルのヴェランダに座って港を眺め、
魚市場をのぞき、市場の近くの美味くて安いプサリ・タヴェルナ(魚介レストラン)で食事をし、また散歩をした。
雨が降ると近所のマーケットでワインとパパドプロス・クラッカーをたっぷりと買い込み、
部屋に籠もって本を読んだ。

(略)

僕は鯵のグリルを食べながら2つ向こうのテーブルに座ったナイロンのジャンパーを着たおじさんの姿をノートにスケッチしている。
彼はすごくつまらなそうにワインを半リットルのみ、イカを食べ、パンをちぎって口の中に詰め込む。それを順番通りにやる。ワインを飲み、イカを食べ、パンを口に詰め込む。
猫が1匹それをじっと見上げている。

(村上春樹著「遠い太鼓」より)
by foodscene | 2008-05-06 23:24 | ギリシャ


<< 彗星 寒いのきらい >>