仕事がすむと、父さんは、大型の水差し一ぱいのリンゴ液と、
器に盛りあげたリンゴをもって、地下室の梯子段をのぼってきた。 ローヤルは、ポップコーンをつくる道具と、はぜトウモロコシをいれた金の小鉢をもっていった。 母さんは、料理用ストーブの残り火に灰をよくかぶせてあしたまでもつように始末をして、 みんなだ台所を出ていくのを待ってロウソクを吹き消した。 *** ローヤルは、天火の鉄の扉をあけ、火かき棒で、おきになった薪を、チロチロ燃えている石炭の床の上にくずした。 そして、はぜトウモロコシを三つかみ、針金でできた大きなポップコーンづくりの道具にいれると、 石炭の上でゆすりつづける。 ほんのすこしすると、ひと粒がポンとはぜ、 すぐもうひと粒、そして三粒か四粒。 とたんに、小さなとがった粒が、いちどきに、すさまじいいきおいで、 パ、パ、パ、パンと何百粒もはぜた。 大きな洗い桶に、ふわふわした白いポップコーンが山盛りになると、 アリスがとかしたバターをかけ、 塩をふりながらよくかきまぜた。 その、熱くて、カリッとしていて、バターと塩の味かげんもいいポップコーンを、 みんなほしいだけ食べていいのだった。 母さんは、背もたれの高い揺り椅子をゆらゆらさせながら編みものをしている。 父さんは、ガラスのかけらで、あたらしい斧の柄をていねいにけずっていた。 ローヤルは、すべすべした松材の細い棒をつかって、 ごく細い輪鎖を彫っていたし、 アリスは、まるいクッションに腰かけて、毛糸刺繍をしている。 そして、イライザ・ジェインのほかは、 みんなポップコーンをつまんだり、 リンゴをかじったり、リンゴ液を飲んだりしていた。 イライザ・ジェインは、ニューヨーク週刊新聞のニュースをみんなのために読みあげているのだ。 アルマンゾは、ストーブのそばの足のせ台に腰かけ、 片手にリンゴ、すぐわきにポップコーンをいれた小鉢、 足もとの炉床にはリンゴ液入りの自分の大カップをおいていた。 水気のおおいリンゴをひとかじりしては、ポップコーンをつまみ、 それからリンゴ液をグッと飲んだ。 *** ふっとアルマンゾは思った。 これでミルクがあれば、「ポップコーン・ミルク」ができるな、と。 「ポップコーン・ミルク」というのは、 まず、コップの縁ぎりぎりまでミルクをいれ、 つぎに、同じ大きさのコップいっぱいポップコーンをいれ、 そのポップコーンをひと粒ずつミルクのなかへ落としていくと、 全部いれおわってもミルクはこぼれないのだ。 パンではこうはいかない。 うまいぐあいにひとつのコップにおさまるのは、 ミルクとポップコーンの組み合わせだけなのだった。 それに、この「ポップコーン・ミルク」はただやってみておもしろいだけでなく、 食べてもおいしいのだ。 けれど、アルマンゾは、いまべつにおなかがすいているわけでもないし、 大きな牛乳鍋いっぱいのミルクをいまいじると、 母さんがいやがるのもわかっていた。 ミルクをそうしてそっと置いておくと、 脂肪分の多いところがあがってきて、上のほうにクリームができるのだが、 いまいじってしまうと、そのクリームの層が厚くはならないだろう。 そう思ってあきらめると、アルマンゾは、 リンゴをもうひとつかじり、ポップコーンを口にいれて リンゴ液を飲み、「ポップコーン・ミルク」のことは口に出さなかった。 *** 朝仕事が終わり、父さんとローヤルといっしょにあたたかい台所へもどってきたときには、 朝食のしたくはほどんどできていた。 そのおいしそうな匂いといったら! 母さんはホットケーキを焼いているし、 さめないようにストーブの上の横のほうにおいてある大きな藍色の盛り皿には、 まるっこい茶色のソーセージが茶色の肉汁につかって山のように盛ってあった。 アルマンゾはおおいそぎで顔を洗い、髪をときつけた。 母さんがミルクを漉してしまうとすぐ、 みんながテーブルにつき、父さんが食前の祈りをささげた。 濃いクリームとメイプル・シュガーをたっぷりかけたオートミールがある。 薄切りにしていためたジャガイモがあり、 金色の、ソバ粉入りのホットケーキがある。 それは、肉汁で煮たソーセージをそえたり、 バターやメイプル・シロップだのをつけたりして、 いくら食べてもいいのだ。 プリザーブもジャムもジェリイも、ドーナツもある。 でも、なかでもいちばんアルマンゾがすきなのは、 ポロッとはがれる皮の、とろっとした煮汁のたっぷりはいったアップル・パイだった。 アルマンゾは、大きく三角に切ったのをふたつも食べてしまった。 ワイルダー 恩地三保子訳「農場の少年」 #
by foodscene
| 2012-07-04 13:45
| アメリカ
イライザ・ジェインが、自分の机の上で、
みんなのお弁当入れをひらいた。 なかには、バタつきパンにソーセージ、ドーナツにリンゴ、 とろっととけそうなリンゴの薄切りに香料のきいた茶色の煮汁がたっぷりはいった、 ふたつ折りのふっくらふくれたアップル・パイがはいっていた。 アルマンゾは、パイをひとかけらも残さず食べおわり、 指の先もなめてしまうと、隅のベンチにのっている桶にそえたひしゃくで水を飲んだ。 それから、帽子をかぶり外套をきてミトンをはめ、外へあそびに出ていった。 *** 料理用ストーブの火であたたまり、 あかあかとロウソクのともる広い台所へはいっていくと、 アルマンゾはほっとした。おなかがペコペコなのだ。 台所は、母さんたちのゆらゆらゆれたり、くるっとまわったりする張り輪いりのスカートでいっぱいだった。 イライザ・ジェインとアリスは、料理の盛りつけで夢中だった。 いためたハムの塩っぽいこんがりした匂いが、 アルマンゾのすきっぱらをキュッとしめつけた。 食料部屋の戸口で、アルマンゾはちょっと足をとめた。 細長い食料部屋のむこうの隅で、 母さんがミルクを漉していた。こちらへ背中をむけて。 両側の棚には、おいしい食べものがびっしりのっている。 黄色いチーズの大きなかたまりが棚にしまってあり、 カエデ砂糖の大きな茶色いかたまりもいくつものっているし、 カリッと仕上がった焼きたてのパンが何本も、大きなケーキが四つ、 それにひとつの棚全部がパイでいっぱいになっていた。 そのパイのひとつは切ってあり、小さな皮のかけらが割れていた。 そのひとかけらくらいなくなっても、べつにどうということはないだろう。 でも、アルマンゾがまだ動いてもいないのに、イライザ・ジェインが大声でいった。 「アルマンゾ、だめよ!母さんっ!」 母さんはふりむきもしないで、ただこういった。 「おやめ、アルマンゾ。夕ごはんがまずくなるからね」 アルマンゾは、母さんのいうことがあまりばかげていたので、思わずカッとした。 パイの皮のひとかけで、どうして夕ごはんがまずくなるんだろう。 ひもじくてたまらないというのに、テーブルにならべてからでなければ なんにも食べさせてはくれないんだ。 こんなわけのわからないことってあるだろうか。 テーブルには、おいしそうな切りわけたチーズ、 ゼリーのようにプルプルゆれる頭肉のチーズがある。 ジャムと、ジャムのように煮てから漉してゼラチンでかためたジェリイ、ベリイなどを 形をくずさないように煮こんで仕上げたプリザーブが、それぞれガラスの器に盛ってあり、 深い水差しにはミルクがたっぷりはいっている。 天火から出したての湯気のたっている焼き皿は、 薄切りのこまかい豚の脂身がカリッとこげてくるっとまるまったのがのせてある豆料理、 ベイクド・ビーンズだった。 *** けれど、腹ペコのアルマンゾにとって、何よりもすばらしく見えたのは、ジュージューいっているハムを山盛りにした、 白地に藍でヤナギのある中国の景色の図柄をかいた陶器の大皿をもってはいってくる母さんの姿だった。 *** 父さんはみんなの皿に盛りわけをはじめた。 まずコアーズ先生のを。つぎが母さん。それからローヤルとイライザ・ジェインとアリスの分だ。 そして、やっと、父さんはアルマンゾの皿をいっぱいにしてくれたのだ。 「どうもありがとう」アルマンゾはいった。 食事のとき、子どもが口にしていいのはこの言葉だけだった。 *** アルマンゾは、あまくてとろっとしたベイクド・ビーンズをたべた。 塩づけ豚をひとくち口にいれると、クリームのように口のなかでとけていく。 茶色のハムの焼汁をかけて、粉ふきにしたジャガイモをたべた。 つぎにハムをたべた。 すべっこいバターをぬって、ビロードのようになめらかなパンをほおばり、 カリッとした金色の皮をたべる。 ゆでつぶした大カブのこんもり盛りあがったマッシュも、山盛りのカボチャの煮こんだのも夢中でたいらげた。 そこでひと息ついて、アルマンゾは、紅色の胴着の衿もとに、ナプキンをぐっと押しこんだ。 それから、こんどは、プラムのプリザーブ、イチゴのジャム、ブドウのジェリイ、 それから、スイカの皮を香料と酢でつけたピクルスをたべた。 おなかはくちくなり、なんともいえなくいい気分だった。 最後に、ゆっくりカボチャのパイの大切りをたべ終わった。 ワイルダー 恩地三保子訳「農場の少年」 #
by foodscene
| 2012-06-30 15:56
| アメリカ
改築した家のキッチンで、叔母が嬉しそうに天ぷらを揚げている。
新しいキッチンで最初に作る料理は天ぷらと決めていたらしい。 油が景気よく音をたて、揚がった野菜が次々と、 真っ白なキッチンペーパーの上に載せられていく。 ピーマン、椎茸、サツマイモ。 揚げたてで湯気のたつそれらを、奏子は五枚の皿に並べ始めた。 叔母が隣で口ずさむ松任谷由実が、子守唄のように奏子の耳に届く。 *** 揚げたてのコロッケを肉屋の主人から受け取っている。 油染みのある袋は熱いらしく、 端を指でつまんでママチャリのカゴに入れた。 飲み物とコロッケと水筒が並べられる。 タッパ・ウェアには白い御飯がぎゅうぎゅう詰めになっていた。 御飯がジャーにあったから、おかずを肉屋で買って、 昼飯にしようと話し合ったのかもしれない。 中垣明良はビールをまず開ける。 ぐいぐい飲んでいると、都築未歩が「あたしも」と缶に手をかける。 残りを飲み干す。 魔法瓶の水筒には味噌汁が入っているようだ。 紙コップに注がれたものを熱そうに啜っている。 二人は旺盛な食欲を発揮する。 コロッケにたっぷりとソースをかけ、かぶりつく。 男は口いっぱいに御飯を頬張る。 「うめっ」 「うまいよね」 口の動きだけだが、言葉が伝わってくる。 *** 彼女は和風キノコ、奏子にはカルボナーラのパスタが来た。 *** 学校が終わると、娘は月島の商店街でコロッケと串カツとポテトサラダを買って、 父親が帰るまでに宿題を終わらせておきたかったから、 テレビも見ずに頑張ってやった。 御飯を炊いて、味噌汁を作って待っていたという。 *** 「あ、でも美味しそうだよ。飲んでかない」 「じゃ、味見してやっか」 未歩がふたつのお椀に注ぐ。 合わせ味噌で作った豆腐と油揚げの味噌汁だった。 煮立ちすちていたので香りは損われていたが、 奏子はひと口啜って思わず「うまい」と声をあげる。 「でしょう?」 *** 十代の頃、レストランの厨房で働いていたこともあるという彼は、 仔牛のカツレツとスパニッシュ・オムレツが得意の料理だという。 野沢尚著「深紅」 #
by foodscene
| 2012-06-28 14:46
| 日本
Mrs. Brewster was scraping the gravy into a bowl.
The table was set, with plates and knives carelessly askew a smudged white cloth; the cloth was crooked on the table. "may I help you, Mrs. Brewster?" Laura said bravely. Mrs. Brewster did not answer. She dumped potatoes angrily into a dish and thumped it on the table. The clock on the wall whirred, getting ready to strike, and Laura saw that the time was five minutes to four. "Nowadays breakfast is so late, we eat only two meals a day," Mr. Brewster explained. *** "Dinner's ready," Mr. Brewster said to Laura. She sat down in the vacant place. Mr. Brewster passed her the potatoes and salt pork and gravy. The food was good but Mrs. Brewster's silence was so unpleasant that Laura could hardly swallow. *** The morning work was done, the beans for Sunday dinner were baking slowly in the oven. Pa carefully closed the heating-stove's drafts and came out and locked the door. *** Dinner was so good. Ma's baked beans were delicious, and the bread and butter and little cucumber pickles, and everyone was so comfortable, so cheerful and talking. *** She did not make their bed nor even spread it up. Twice a day she cooked potatoes and salt pork and put them on the table. Wilder "These Happy Golden Years" #
by foodscene
| 2012-06-21 15:16
| アメリカ
ホテルのレストランでトルティーヤスープを飲む。
もしかしたらここで食べたこのスープが、アメリカでした食事の中で最高に美味しかったものの一つかもしれない。 *** さて、まったく土地勘のない二人で、 今夜の夕食はどうしようと途方に暮れていると、 渡邊さんから連絡があったので、食事の相談をすると 「御一緒しましょうか」と親切なお言葉。 その夜は渡邊さん御夫妻と「パパブロス」という地元で評判の、 まさに本場テキサスのステーキハウスに行った。 ショーケースの中は色々な種類の肉で溢れていて、 その中から好みのものを注文するのだが、 とにかく満席で、バーで待つお客さんも座るところがなくて皆立っている。 お酒を飲みながらの談論風発は滅茶苦茶楽しそうで、 日本のレストランでは考えられない賑やかさに圧倒された。 僕の選んだ約700グラムくらいのニューヨークカットステーキは、 厚さ8センチはあろうかという巨大サイズ。 付け合わせで選んだベイクドポテトも掌サイズで、 これ一つでお腹いっぱいという感じ。 それでもアメリカで食べたステーキの中では最高に美味しくて、 なんとか3分の2は食べました。 渡邊夫妻に感謝。 翌日の日曜はゆっくり11時まで寝て、 食事はルームサービスのトルティーヤスープと果物で済ませ、 自室でニューヨークからヒューストンまでの取材経過を整理する。 周防正行著「「Shall we ダンス?」アメリカを行く」 #
by foodscene
| 2012-06-21 15:03
| ノンフィクション・アメリカ
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